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屋敷2

 ケイトが非難部屋を出て、一時間が過ぎようとしていた。


「ぐぬぬ……遅い。いったいなにをしているのだ! あのバカはっ!」


 ここまで冷静な態度を装っていたウォーレス伯爵が、怒りを爆発させて吐き捨てる。さっさと安全を確認して、この不快な部屋を出たいというのもあるが、置いてきた財産が気掛かりで仕方ない。命より大事な権利書や契約書、手形、借用書などを書斎の金庫に保管している。


「あ~っもう。ほんとうに使えないメイドね。戻ったら魔物の中に放り出してやろうかしら」


 待ちくたびれたバーバラも、無能なメイドをどうお仕置きするかで頭がいっぱいになっていた。そして、ついにしびれを切らしたウォーレス伯爵が、


「これ以上は、あのバカを待てん。様子をみてくる」

「あ、あなた? 大丈夫なの?」

「通路は物音がよく響く。魔物の気配がしたらすぐに戻るさ。それよりもバーバラ、私が部屋を出たあと鍵はかけないでくれ。すぐに私が入れるようにしておくのだぞ」

「わかったわ」

「いいな? くれぐれも鍵はかけるなよ」


 バーバラを微塵も信用していないウォーレス伯爵は、何度も念を押して部屋を出て行った。そして、当たり前のように鍵をかけるバーバラであった。



 狭い地下通路を遮るように梯子は設置されている。どう考えても見落としようがない。ケイトの姿が見当たらないということは、命令に背き屋敷へ戻ったということだ。


「クソッ! あのバカめ。後でどうなるか覚えていろよ」


 怒りを堪えウォーレス伯爵は梯子に手をかけた。錆びた鉄製の梯子が足を乗せる度にギシギシと軋む。地上に向かって伸びる梯子の先は、ちょっとした踊り場になっていた。今にも外れそうな手すりを掴み、足を踏み外さないよう注意して乗り移る。


「フッ、なあに、屋敷は憲兵隊が護ってくれているはずだ。ひょっとしたら、すでに王都の騎士団が魔物を掃討しているかもしれんな」


 そう自分に言い聞かせ、小さな窓を覗き込む。しかし、目に飛び込んできた光景は、ウォーレス伯爵の思い浮かべたものとは180度異なっていた。


「――ん!? …………うひゃあああああ!! 私の屋敷がああああああっ!」


 悲鳴混じりの叫び声を上げ、危うく卒倒しそうになる。先々代より受け継いできたウォーレス家の屋敷が、オレンジ色の炎に包まれているのだ。炎の勢いは凄まじく、全てを灰にするまで消えそうにない。


「……くうっ、も、問題ない。金庫は耐火性に優れたものにしている。屋敷はまた建て直せばいい。かなりの出費だが、資金はたんまりとある。また税金を上げればすぐに取り戻せるさ」


 このあとすぐに、ウォーレス伯爵は知ることになる。この土地の権利書や証明書を含む全財産が消失してしまったことを。



「――だ、旦那様が私たちを肉の壁と言ったのか!?」


 屋敷に戻ったケイトから事情を聞いた家令は激怒した。長年ウォーレス家のため尽くしてきたというのに、血も涙もないあまりに酷い言葉である。もはや、仕える価値も命をかける義理もない。このまま魔物に喰われて死ぬなんて悔しすぎる。どうにかして、使用人三十人が生き延びる方法はないだろうか。


「魔物を追い払うには……」


 ふと、とんでもないことを閃いた。今は亡き先代から信頼されていた家令は、金庫の合鍵の隠し場所を知っている。


「皆さん、急いで屋敷内のいたるところに油をまいてきてください。魔物たちが門を越える前に」

「「「「「はいっ」」」」」


 家令の指示に使用人たちは躊躇せず従った。人の命を道具として扱う主人より、信頼のおける家令に従うべきである。五分ほどで屋敷中に油を撒き終え、全員が安全な場所に避難すると屋敷に火を放った。良い木材や壁紙のせいかわからないが、火はあっという間に燃え広がった。


「見て! 魔物たちが!」


 家令の思惑通り、燃え盛る炎を前に魔物たちは屋敷を離れ、代わりに憲兵隊が駆けつけた。魔物に襲われた形跡はないのに、屋敷が燃えている。当然、憲兵隊員は不審に思う。


「なぜ屋敷が燃えている!? ウォーレス伯爵はどうした?」

「旦那様は隠し通路にて脱出しました。今は安全な場所におられます」

「なんと!? そのようなものが? 王族でもないのに、さすが伯爵様だ。それで? お前たちは見捨てられたのか?」

「まあ、そのようなところでございます」

「フッ。伯爵も薄情なお方だ」

「……ところで、折り入ってお話があるのですが」

「ん? なんだ?」

「我々はこの町を出ようと考えております。そこで、護衛をご依頼したいのです。お金ならいくらでも差し上げます」

「なに?」


 家令は火を放つ前に、ウォーレス伯爵が貯め込んだ金貨をすべて運び出していた。陳腐な正義感などあっさり吹き飛ぶ金額である。例え、家令を捕らえたとしても、伯爵より貰える謝礼は金貨五枚といったところか。


「俺は困っている者を放っておけない性分でな。仕方ない。お前たちに協力してやろう」

「ありがとうございます」


 とりあえず、あと十名ほど憲兵隊員を買収し、護衛を依頼。残りの金貨は使用人たちに分け与えた。

 ちなみに、権利書や契約書などの重要な書類は金庫から持ち出していない。しかし、いくら耐火性に優れていようが、扉が開いていれば中のものは燃えてしまう。こうして、ウォーレス伯爵は炭と化した屋敷以外の財産を失ってしまったのである。

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