仲直り
いわゆる転勤族の家系に生まれ、小学生のうちに六回は引っ越しを経験した日々。
中学で七回目を迎え、人見知りを拗らせそうになっていた俺が【その人】と出会ったのは、転校してから一週間ほどしてからだった。
気難しい性格で生傷が絶えないことからか、周りから遠巻きにされていた【その人】と隣同士だった偶然を利用して距離を詰めてみれば、なかなか可愛い人であることが判明し、きづけば夢中になっている自分がいた。
当時の話を聞いた母曰く「初恋」だったのだろう。
けれども、穏やかで幸福感に満ちていた日々は海外への転勤、という形で終わりを迎えてしまい。――不満より先に沸いたのは「もう二度と会えなくなるんじゃないか」という焦燥感の方で、相手の記憶に自分を留めたい衝動のまま、少ない知識と貯蓄計算を総動員させて選んだのが、花だった。
引っ越しの当日、手渡した花束と入れ替わりに貰った手作りのブレスレットは、家庭を持った今でも、大切に保管している。
***
愛する妻と子どもたちに問い詰められ、白状した《初恋のエピソード》に我ながら未練がましいと思いながらも、突きつけられたブレスレットを箱にしまう。
「ごめんなさい。無遠慮に聞いてしまって……」
「ごめんね。パパ……」
うつむく妻と子どもたちの頭をなでて、近所で起きた重婚事件に憎悪を割り増しさせながら俺は「最近、仕事ばかりだったからな」と、家族間のコミュニケーション不足を痛感する。
そして、こういう何気ない箇所から、ほころびは生まれるのだと先人たちが教えてくれている。
「よし! 今度の週末、レストランでも行こうじゃないか。仲直り記念だ」
提案するのと同時に泣きながら抱き着かれ、何とも言えないフワフワした気持ちになった。
「そういえば、何の花をプレゼントしたの?」
子どもたちを寝かしつけ、久しぶりの晩酌を楽しんでいた中で受けた質問に、甘苦い気持ちで答えると途端に妻の表情が固まった。
「それ、プレゼントに向かないダントツ第一位の植物だけど……。大丈夫だったの?」
聞いた瞬間に過った記憶の断片で、ココアの甘みが、消えたように感じた。
とある偉い人が言った。
『花に罪はない、花に意味を求める人間の方が罪なのだ』と。