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小椋夏己のア・ラ・カルト  作者: 小椋夏己


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 67 満願

「神様お願いです、どうか健康な体をください!」


 ある日一人の少女がとある神社でそう祈っていた。


 少女はどこがどうというわけではないが、少し体が弱かった。少し動くと熱を出す、疲れやすい。何か計画を立てて楽しみにしていても、当日になると体調不良で行けなくなってしまう、そんなことを繰り返す。病院で検査してもらっても、特に治療が必要な異常はく、単に他の人よりちょっと弱いだけと言われてしまう。


 少女には推しのアイドルがいた。そのライブのチケットを申し込んだら、転売屋が通常価格の数十倍で売りに出しても即売するというそのチケットに当選したのだ! 手にして少女は震えた。

 中学生の少女には母親が付いてきてくれることになり、その日のために健康にも気をつけて、夜ふかしや無理をしないように注意深く生活をした。


 そして前夜、興奮しすぎて眠れなくなった少女は、朝起きたら発熱をしていた。


「お願い、どうしてもどうしても行きたいの?」


 両親に懇願したが、だめだと言われた。何が原因で熱が出ているのか分からない、もしも感染症だとしたら他の人にうつしてしまう可能性もある。何度も何度も頼んだが両親は首を縦に振らなかった。

 少女のチケットは近所の姉妹に譲られた。二人は何度も何度も礼を言い、少女にお土産に限定グッズを買ってきてくれたが、少女はちっともうれしくない。


「もしも私が健康な体を持っていたら、こんな悔しい思いをしなくても済むと思うんです。お願いです、神様健康な体をください!」

 

 少女はいくつかの神社をお願いして回った。家の近くの神社、学校の近くの神社、病院の近くの神社、スーパーの近くの神社。あまり遠出ができないので、行ける範囲にある神社には片っ端からお願いをして回った。


 ある日、家と学校の中間あたり、石段を100段ほど登ったところにも神社があると知った。


「石段が100段、登れるかしら」


 少女がゆっくりゆっくり、休みながら石段を登り終えたところに、あまり大きくもきれいでもないが、誰かが手入れだけはしているような神社があった。


「本当にあったんだ、こんなところに」


 少女はあちこち色が薄くなった鳥居を作法通りにくぐり、お賽銭を入れていつもと同じように祈った。


「神様お願いです、どうか健康な体をください!」


 その時だ、それまで晴天だった空にいきなり雲が広がり、


「ぴしゃーん!」


 どこかに雷が落ちた。


「ひいっ!」

 

 少女は思わず身をすくませる。今は一人、いくら体が弱いからといっても、家の近くに出かけることぐらいは一人でできる。ついで参りは神様に失礼だということで、お天気のいい午前を選んで散歩のようにしてやってきた。


「神様、もしかして私の言葉を聞いてくれたんですか?」

 

 思い詰めている少女にはなんだか天啓のように思えた。


「そうだったら返事をしてください! 私は健康になりたいんです! どうすればいいですか、教えて下さい!」


 そう天に向かって叫ぶと、なんとこんな声が聞こえてきた。


『分かった、望みを叶えよう』

「え?」


 誰の声だ、誰かがどこかに隠れて少女をからかっているのか? そう思って見渡したが、誰もいる気配がない。


「か、神様ですか?」

『さよう』

「か、神様!」


 少女は賽銭箱の前に立ち直し、本殿に向かってまた頼んだ。


「私の声が聞こえたんですね、お願いです、健康な体をください。私はこのままではとても幸せな人生なんて送れません! お願いします!」


 少女の言葉に神様らしき声がこう答えた。


『ならば1001日の間、毎日欠かさずに参りに来るがいい』

「せ、せんいちにち?」

『そうだ』


 声は続ける。


『一日でも欠かせば願いは叶わぬ、だが満願を迎えた時にはそなたの望みを叶えよう』

 

 少女は一瞬絶句して考えた。


 1001日。一年は365日だからこれから3年近い月日、毎日欠かさず通わなければならない。


「あの、神様、一つだけお聞きしたいことが」

『なんだ』

「修学旅行があるんですが」

『は?』

「中学の修学旅行、それから高校に入ったら研修旅行というものがあるらしいんですが、その時はどうすればいいんでしょうか?」


 いわば少女が自分ではどうしようもない義務のようなイベントがあるということだ。


『分かった、しょうがないな。遊びのためではなく義務のため、そのような時だけは休んでも良い』

「ありがとうございます、がんばります!」

 

 ということで、なんだかちょっとだけ甘い1001日参りが翌日から始まった。


 正直、決して楽ではない。あるのは晴れの日だけではない、雨の日も風の日もあれば夏は暑いし冬は寒い。だが少女はひたすら神社に参り続けた。


「神様お願いです、どうか健康な体をください!」

 

 ただそうとだけ祈って帰る。それを毎日毎日繰り返した。


 そして1001日目、少女は高校生になっていた。


「神様、今日が1001日目です。修学旅行や研修旅行、それからおばあちゃんのお葬式がありましたが、それ以外はお約束通り通い続けました。どうぞお願いいたします、健康な体をください!」


 少女はぱんと手を打って頭を下げる。


『望みを叶えよう』


 少女の上にどこかから声がかかった。


「神様!」


 少女の顔が明るく光ったように見えた。


『そなたは健康だ』


 神様は自信満々にそう答えてくれたが、少女はなんだか納得できない。


「あの」

『なんだ』

「あの、それだけですか?」

『それだけ、とは?』


 少女はどう言っていいものかと言葉を選ぶ。


「あの、例えば初めてお会いした時のようにぴしゃーん、って雷が落ちるとか、なんか、そういうこと」

『ないな』


 神様らしき声があっさりと答えた。


『あの時の雷は偶然じゃ』

「ぐ、偶然、なんですか?」

『さよう』

「…………」

 

 少女はなんだかちょっと騙されたような気がした。あんな派手な演出をするからこの神様は信じられる、そう思ったのに偶然って。


 でもまあいい。なんにしろ望みを叶えてくれるというのだからありがたい。


「で?」

『で、とは?』

「いえ、ですからどう健康に?」

『いや、もう健康じゃろ?』

「は?」


 意味が分からない。


「あの、健康って?」

『じゃから、もう健康じゃろ?』

「えっと……」


 少女はまた首を傾げる。


「あの、健康なんですか、私?」

『健康じゃろうが』


 言われて考えるが、確かにこの1年以上、もしかしたらもっと前からかも知れないが、熱を出したり寝込んだりした記憶はない。


「ええと、確かに元気になったなという感じはありますが、その、それだけ?」

『それだけって、それが望みだったじゃろ?』

「ええ、まあ」

「だったら望みは叶ったじゃろうが、違うか?』

「いや、まあ、それはそうなんですが……」


 なんだろう、なんだか釈然としない。


「えっと、それは神様が私を健康にしてくれたということなんですか?」

『言ってみればな』

「言ってみれば?」


 もうちょっと説明がほしいところだ。少女は黙ったままじーっと本殿の中にいるんじゃないかと思う神様を睨みつけたまま立ち続ける。


『えっとじゃな』


 神様はこのままでは帰ってくれないと思ったのだろうか、解説をしてくれた。


『つまりじゃな、そなたの体が弱かったのは体力がなかったからじゃ。だから、1001日、毎日ここに参ることで、あの100段の階段を昇ることで体力がつき、健康になったのじゃ』

「は?」

 

 あまりよく意味が分からない。少女はなんだかめまいがした。


「えっと、確認したいんですが、それってつまり、私が毎日自分で歩いてここに来たから、それで丈夫に、健康になったってことですか?」

『その通りじゃ』


 神様は得意そうにそう答えたので少女はますますめまいがした。


「それってつまり、神様が私の願いを叶えてくれたんじゃないってことじゃないですよね?」

『何を言うかそなたは自分で毎日運動して自分を鍛えることができたか? 私に言われたゆえ、願いを叶えたい、そう思ってここへ通ったのであろう』

「はあ……」


 一理ある、それは確かにそうだ。もしも自分で毎日ウォーキングをしようと決めても、今日は暑いから、雨だから、なんだか具合が悪いから、そう理由をつけてやめてしまっていたような気がする。事実、少女は小さな頃からスポーツジムや水泳などに通ってはやめ、やめては通いを繰り返していた。両親も体が弱いのだからと無理に行かせることもなかったので、がんばって何かをやり通したこともなかったと思う。


『そういうことじゃ』

「はあ……」


 なんとなく納得したものの、やっぱりなんとなく納得できない。


「でもまあ、おかげで元気になったということはなんとなく納得しました」

『そ、そうじゃろう』


 口ではそう言いながら本当は納得できていない口調ではあったが、一応神様もその気持ちを受け入れることにした。


「それじゃあこれ、お礼です」


 少女は封筒に入れていた新札1枚とピカピカに光る新しい硬化をお賽銭箱に入れる。1001円、今日の満願の時にお礼として持ってきたものだ。


「うむ、殊勝な心がけである」

「はあ……」


 なんとなく微妙な空気の中、少女は一応頭を下げる。


「それじゃあ、これまでありがとうございましたということで」

『ちょっと待て』

「なんですか、まだ何かあるんですか?」


 少女はだるそうに答えた。


『い、いやな、せっかくご縁ができたのじゃ、またちょこちょこ顔を見せてくれるとうれしいかな、と』

「はあ……」


 つまり神様は少女が満願を迎えて来なくなるのがさびしいと言っている。少女にもなんとなくそのことが分かった。


「それじゃあ、またお正月にでも来ます」

『そ、そうか、頼んだぞ』


 言葉通り、少女はお正月に両親と一緒に初詣にやってきた。


「ここがあなたを健康にしてくれた神様なのね」

「もっと早く教えてくれてたらお父さんもお参りに来たのに」


 この神社に初詣に行きたいという少女から両親は理由を聞き、一緒にやってきたのだ。


「あー、まあねえ、うん」


 家族三人でお正月でも人が少ない神社の神様に頭を下げ、お礼を言って帰る。


「まあ、また来ますよ」


 少女は一足先に石段を降り始めた両親にくるりと背中を向けると、後を追うように石段を降り始めた。

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