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小椋夏己のア・ラ・カルト  作者: 小椋夏己


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 63 初夢・その二

「うそだろ……」


 俺はあまりにあまりな初夢に呆然とした。


 夢の中で俺は妻を手にかけていた。

 つまり殺してしまっていたのだ。

 やけにリアルな夢だった。

 実際に自分が行動していたかのように体が覚えている。


 確かに妻とはうまくいっていない。いわゆる家庭内別居という状態だ。

 食事も一緒には食べない、お互いに相手がいつ家を出て帰ってきているかも分からない。

 外で何をしているかも知らないし、もしも不貞を働いているとしても、それもどうでもいいぐらい相手に興味もない。いや、俺は実際にそんなことはしていない。もしも妻にそういうことがあったとしても腹が立つことすらないという意味だ。


 この状態がもう3年は続いている。

 特に何かあったわけではなく、結婚して一緒に暮らすようになってから、かけちがえたボタンがどんどんずれていくように、心が離れてしまったという感じだ。


 結婚して5年だから、割りと早くから互いに違和感を感じてはいたらしい。

 もっと早くに話し合いでもしていたら、どっちに揺れていたかにしても、もっと違う結婚生活、もしくは自由生活になっていただろうに、すれ違ったままで時間だけが過ぎ、気を使わない同居人という形が定まってしまった。


 妻という名の同居人がどう考えているかは分からないが、俺は、そのことで他の人間に対する興味も失ってしまった気がする。だから世間でいうところの不倫なんてめんどくさいことする気にもならないし、ちょっかいを出されても既婚者ビームを放出してそこで断ち切ってしまっている。

 全くひどい弊害だと思うが、結婚生活の失敗というものは、そのぐらい影響が大きいものなのだろう。


 いっそ妻から別れたいとでも言ってくれたら、そうしましょうとすんなり手続きをして次のステップに進めるのかも知れないが、自分から言い出すのもめんどくさい。


「だからってなあ、あんな夢を、しかも初夢で見るなんてなあ」


 俺は布団の中で寝たまま、小さくつぶやいた。


 夢の中で俺は妻をひどく罵倒していた。

 心の中にたまった(おり)を全部汲み出し、妻の頭上からざんざんとぶっかけるように、次から次へと不平不満、恨みつらみをぶつけていた。

 妻は、黙って座ったままで、俺の言葉の攻撃を全身で受け止めている。

 

 俺は、怒髪天(どはつてん)()くという形相(ぎょうそう)で、続けて激しく、妻を殴る蹴るし始めた。それでも妻は黙ったまま、されるがままにじっと耐えている。


 どのぐらいの時間が経ったのか、息を切らしながら動きを止めると、妻は動きどころか生命活動を止めてしまっていた、というのが初夢だった。


「ひどい初夢だ……」


 布団の中、目をつぶったまま、また小さくつぶやく。

 俺は妻にそんなことをしたいとは思っていない。


「いや、ちょっと待て」

 

 もしかしてまさか……


「そんなことは、ないよな?」


 何度も言うが、妻に対してはもう憎いという感情すらないのだ。夢だからこそ、あれだけ怒り狂い、妻に乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働き、あんな結末を迎えてしまったのだ。


 だが、あまりにもリアルで、心配になってきた。


「まさか、本当にやってしまった、というわけじゃないよな?」


 妻とは寝室を別にしている。

 だから横を見てももちろん誰もいない。

 ここでじっと寝ていても、妻の様子は何も分からない。

 

「確認するしかないか」


 俺はいやいや起き出してベッドから降り、夢の舞台になった我が家のリビングダイニングへと向かう。


 なんとなく全身がビリビリと電気が走るような感覚がするのは、寒くて空気が冷たいからだ、そうだ。


 寝室のドアをゆっくりと開け、冷える床を一歩一歩進み、夢の中で惨劇が起きたキッチンの流し前を見ると、


「ああっ……」


 なんということだ、夢の中の有様(ありさま)のまま、そこには冷たく固くなった妻の姿が。


「ああ、嘘だろ、俺の人生もこれで終わりだ……」


 俺はへたへたと冷たい床の上に座り込み、


「嘘だ、嘘だ、嘘だ……」


 そう言って首を振り続けていた。


 と……


「正月だからっていつまで寝てんの!」


 思いっきり誰かに布団を剥ぎ取られた。


「え!」

「ちょっと、起きて子どもたちの面倒見てよ! ほんっとに役に立たないんだから!」


 結婚前とは違ってでっぷりと太り、小さな子どもたちに振り回され、美容院にも行ってない化粧もしていない妻が不平いっぱいの顔でそう言う。


「休みの日ぐらい家のこと手伝ってよね!」


 俺の返事を待たず、妻はどしどしと足音を立て、寝室にしている和室から出ていった。ふすまをピシャリ! と大きく音を立てて。


「あれが夢だったのか……」


 俺は布団の上に上半身を起こし、はあっと大きくため息をつく。


「よかった……」


 どうしてあんな夢を見たのかなんとなく分かった。

 生活に追い回され、夫婦ともに不平不満だらけなのだ。

 

 でも、だからといって今の生活を失いたいとは思っていない。

 妻も子も俺にとっては大事な宝物だ。


「よかった……」


 もう一度そうつぶやき、俺はのそのそと起き出した。


 夢の中とは違い、そう広くないダイニングで子どもたちがきゃらきゃらと笑って転げている。

 

 そうだ、これがいかに大事な生活かを教えるために誰かがあの夢を見せてくれたのだろう。


 また一年、家族のためにがんばらないと。

 俺はそう思いながら、一番近くにいたちびを抱き上げた。

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