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小椋夏己のア・ラ・カルト  作者: 小椋夏己


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 57 二人静・その一

 少し離れた地域に住む友人から、「お彼岸に」と小さな包みが届いた。


「二人静」

 

 ああ、と思い出す。

 以前、この友人に送ってもらったこのお菓子を、母が「上品なお菓子ね」と言って喜んで食べていたことを。


 真っ白の包みの下にグレイの台形のような模様。

 友人に聞いてみるとどうやら雲の模様らしい。


 早速お仏壇に備えてみる。

 包み紙と同じ柄の箱を開けると中からモノトーンの源氏物語絵巻の模様がついた丸い紙箱。

 フタを取ると、小さな半円のお菓子が2つ包んだ小さな包みが入っている。


 本来は赤と白で一組のお菓子なのだが、お供え用は白が二つの一組になっている。


 包みを開き、半円の小さなお菓子を一つ、口に入れる。

 噛まずに飴を舐めるようにほろほろと口の中で溶かして食べる。

 和三盆の上品な甘さがゆっくりと口に広がって、じんわりと甘さを楽しんだ。


「上品な味ねえ」


 そう言って、小さな半分割りのお菓子を口に入れ、ゆっくりゆっくり味わっていたものだ。

 病で食欲がなくなり、少しでも栄養を取れる物を、そう思った時にもこのお菓子だけは口に合っていたようで、以前よりももっともっとゆっくりと味わっていた。


 母は病のために投薬治療を受けていたのだが、その副作用のため、味覚に影響を受けていた。


「何を食べても油臭いの、舌にべったり張り付く感じで気持ちが悪い。味がしない方がまだまし」


 そう言って食事を口にするたびに情けなそうな顔になり、食欲もどんどんと落ちていった。そしてそれに伴って体力もどんどんと衰えていってしまった。


 なんとか母が食べられるもの、色々と手を尽くしていた頃に、友人からこのお菓子が届いたのだ。


「前にも送ってもらったんだけど、食べてみる?」


 そう言って勧めたのだが、最初はしかめ面をして、


「マドレーヌやクッキーもプリンやゼリーすらだめだったから、だめじゃないかしら」


 そう言って怖がっていたのだが、思い切って半分割りの一つを口に入れ、


「あら、おいしい」


 そう言って、もう半分、半分と、いくつかを口にし、


「久しぶりにおいしいって思えた」


 と、涙ぐんだのだ。


「よかったね、おいしくてよかったね」


 私も一緒に泣けてきた。


 それを友人に報告したら、


「お母様に」


 と、またいくつか送ってくれて、ありがたく受け取った。


 それからも母の体調が復調することはなく、味覚や食欲が戻ることもなかったのだが、このお菓子だけは口に入れてゆっくりと溶かしていた。


 だが、それも、治療が進み、時が進むに連れて次第に味が変になっていき、おいしいと言うことはなくなっていった。


 それでもあれだけ食べられたものだからと、


「ゆっくり舐めるだけでいいから。和三盆は国産百パーセントで安心、そしてね、調べたんだけど、普通のお砂糖よりミネラル分が多いんだって。だから体にいいのよ。栄養のためと思ってもいいから口に入れてよ」


 と、食べるように勧めると、


「正直、何を食べても同じだし、栄養のためだったら他の安い飴とかでいいわよ。もったいない」


 と、横を向いた。


「値段なんか関係ないから。私はお母さんに少しでも元気でいてもらいたいの! そりゃ、そんなに裕福ではないから際限なく新しい治療とかを受けさせてあげられるわけじゃないけど、せめて少しでもおいしかったもの、体にいいものを食べてほしいの」


 涙ながらにそう言うと、


「じゃあ、それなら」

 

 と、小さな半割りを口に入れて、


「ああ、でもやっぱりちょっとは違うわね。薬臭くない。なんて言えばいいのかしら、自然な甘さがほんのりと感じられるわ」


 と、少しずつ食べてくれていた。


 今にして思えば、あれは母の私への思いやりであったのかも知れない。

 本当は他のと同じ、薬臭く、油臭く、口に入れてもすでに不愉快な存在でしかなかったのかも知れないが、それでも、小さな半円を口にして、積極的に舐めるわけではなかったが、溶けるに任せて食べてくれてはいた。

 味よりも気持ちを食べていてくれたのだろう。


 そんなことを思いながら、お仏壇の前で菓子の箱を手にとって見る。

 

 お菓子には友人からの手紙が添えられていた。


「お盆の頃は仕事で海外にいたもので訃報を知るのが遅れてしまいました、ごめんなさい。このお菓子はお母様が最後までおいしいと言ってくれたと伺っていたので、少し遅くなってしまったけど、お母様が思い出して味わってくださいますように」


 その後、気分転換にまたゆっくりと会いましょう、と押し付けがましくなく、短くだが続いていて、こちらを深く思いやる気持ちが伝わる文面であった。


 友人も両親を、そして夫を亡くしている。

 大事な人を亡くした経験があるから、そして私という人間をよく知っているからこそ分かる思いやり、それがゆっくりと伝わってくる。


「どう、おいしい? おいしいよね?」


 仏壇の上に飾ってある母の写真を見あげたら、ゆっくりと頬を伝う何かを感じた。


 もうずっと顔をあげられなかった。

 写真を見るのが辛くて辛くて、見ると泣けて泣けて、だから見上げられなかった。

 

 もう一つ、半分の円を口に入れて、ゆっくりと友人からの思いが溶けていくのを味わって、きっと母もこの同じ甘さを味わってくれていたはずと思った。

友人と話していてもらったお題「二人静」をテーマに3つのお話を書きました。

同じお題でいくつか書く時には、全然違う色味の話にしようと思っています。

今回のお話も3つとも楽しんでいただけるとうれしいです。


「創作ノート」にも経緯を書いていますので、そちらもよろしくお願いいたします。

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