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小椋夏己のア・ラ・カルト  作者: 小椋夏己


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 33 本当の七夕

「そういや今夜は七夕か、こんな日におまえと二人でこうして過ごせるなんて、俺はなんて幸せ者なんだ」


 俺はそう言って夕夏(ゆうか)の肩をそっと抱、こうとしてピシャリと叩かれた。


「何言ってんの、私は一体、その七夕の夜になーんでここにいるんでしょうね?」


 いや、ごもっとも。


 俺と夕夏は同じ大学で知り合って交際を始め、今はどちらも三回生。

 夕夏は文学部、俺は法学部、その教養が同じ授業だったのが知り合ったきっかけだ。


「えっと、俺のリポートがリジェクトされて、その再提出を手伝ってもら――」

「見守る、ね。勉強してる内容が違うからお手伝いはできませーん」


 もっともだ。


「そんで今日は七夕、そして明日7月8日金曜日はどんな日? さあ、言ってごらん」

「えっと、その再提出の締め切りです」

「よね? そんじゃとっととやったんさい!」


 そう言われて俺は仕方なくもう一度ノートに向かってカチカチとレポートの制作に取り掛かる。


 俺たちの大学は夏休みの前に試験があって、大方の高校生たちと同じ7月20日頃から夏休みに入る。

 7月頭から夏休みが始まってる大学の学生はもうとっくにバカンス気分というのに、なーんでこの糞暑い中を俺はこうしてレポートなんぞ書いてなきゃいけないのか。


「それはね、もっと早くとっととやっておかなかったから、締切の前日になって徹夜しなくちゃいけなくなったから」


 ギクッ、なんで俺の考えてたことが分かったんだ。


「そんなもん、もう2年以上付き合ってんだから見てれば分かります」


 そう言って夕夏は立ち上がると冷蔵庫から冷たく冷えたコーヒーのペットボトルを持ってきた。


「はい」


 氷を入れてコップに注がれたコーヒーを差し出しながら、


「今日はカフェインレスでは意味ないから、きっちりカフェイン入った無糖だから」


 そう言う。


「サンクス」


 俺は冷たいコーヒーを眠気覚ましに飲みながら、ぼちぼちと作業を進めていった。


 が、すぐに集中力が途切れてしまう。


「なあ」

「なによ」

「ちょっと疑問なんだけど」


 俺は真面目な顔で夕夏に質問をぶつける。


「そもそも七夕って7月6日から7日に変わったその夜なのか、それとも7日から8日に変わるまでのどっちなんだろ?」

「今夜じゃないの?」

「でもさ、夜の長さとしては夕べの方が長くない? 今日だったら夕方から0時までってことで――」

「はい、どっちでもいいからとっととやる」

「分かりました……」


 また作業に戻る。


 7月7日の夜は静かに過ぎてゆき、時刻はもう少しで8日になる頃となった。


 織姫と彦星はこの夜にやっと一年ぶりに再会できて、そんでもって二人きりで……

 そんなことを考えてたら、思わず知らず夕夏の顔に俺の顔をそっと……


「はいストーップ」


 夕夏が黙って読んでたタウン誌を俺の唇にバシッと押し付けた。


「だってさ、今夜は織姫と彦星が一年ぶりにデートしてる夜なんだぜ? 少しぐらいロマンチックになってもいいだろう」

「何言ってんの」


 夕夏にビシッと言われる。


「何がロマンチックよ。元々あの二人はね、結婚した途端に仕事もほっぽらかして猿みたいにやりまくってて、それで怒った神様が引き離したんだからね。もっと理性ってのを持って自分の義務を果たしてたら普通に一緒にいられたのよ」

「え、恋人じゃないの?」

「違うわよ、夫婦よ」

「知らなかった」

「そういうのだからロマンチックも何もないっての」

「いや、だけどそのへんはぼかすとかなんとか」

「何言ってんの、古代の人は大らかだから、そういうのはっきりくっきり書くのよ。例えば古事記のイザナギ・イザナミだって、子供の作り方が分からないって困ってたらセキレイが尻尾振って教えてくれたとか、イザナミが死んだのは火の神様を産んでその時に女性の大事なところを火傷して死んだとか、それに万葉集なんてね」

「さあレポートやろーっと!」


 学問というのは残酷なものだ。

 俺はこれ以上ロマンチックな気分を壊されたくなくて現実の作業に戻ることにした。


 よく世間では女性がロマンチストだって言うけど、夕夏はそのへんちょっと欠けるというか、うん、デリカシーがない。俺の繊細なガラスの心を素足でバリバリ踏み潰すようなところがある。


 毎年七夕の頃はまだ梅雨で、雨が降って織姫と彦星が会えない時も多いってのに、今年はえらく早く梅雨明けしたせいで、せっかく二人が会えてるってのにな。それをあんな風にあっけらかんと。本当にもうちょいなんとかならんのかね。


 カチカチとキーボードを叩きながら、ちょっと冷めた心のおかげで作業が(はかど)ること、とさみしく思う。


「あのね」

「なんだよ」


 俺は少しそっけなく夕夏に返事をした。


「七夕って本当は旧暦なんだよ」

「うん?」

「だから、今年は8月4日なんだって」

「へえ」

 

 だからどうした。


「だからね、きちんと明日レポート提出して、再々提出なんてことなしにして、その日はちゃんと時間取ってよ」

「へ?」

「その日は本当にゆっくり二人きりで、その」


 夕夏はちょっと横を向いて、


「本物の七夕をロマンチックに過ごしたいんだからね」


 そう言って頬を赤らめた。


 本当に俺の織姫は素直じゃないっての。

 俺は二人の七夕のために理性を持ってレポートを完成させてやると心に誓った。

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