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小椋夏己のア・ラ・カルト  作者: 小椋夏己


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 29 カフェインレス

ちょっぴり大人な話になります。

「このコーヒーおいしいのよ」


 友人がそう言って勧めてくれたのは、ペットボトルに入った「カフェインレス」の水出しコーヒーだった。


「へえ、カフェインレス。そんなのおいしいの? コーヒーってカフェインが入ってなんぼじゃないの?」


 夫はそう言いながらも自分もコップに注いで飲む。


「味は普通だね」

「そうね、おいしいわ」

「だけど、カフェインの入ってないコーヒーってやっぱり意味がない気がする」


 夫はあくまでそう言うが、最近カフェインに弱くなってきた私にはありがたいと思った。


 昔はコーヒー中毒のように一日に何倍も飲んでいた。

 インスタントもドリップも、サイフォンも持っていたけど、いつからか少しカフェインがきつくなってきて、ほとんど飲まなくなってしまった。

 それでもコーヒーショップの雰囲気は好きなので、今ではカフェイン抜きのデカフェを楽しみに行く。


 コーヒーショップに行く時は大抵一人だ。

 一人でゆっくりとコーヒーを飲み、ホッと一息ついて自分をリセットするのだ。


 うちは夫婦二人きり、子供はいない。

 お互いに仕事を持っていて、比較的自由な時間を持つことも多い。

 というか、最近ではほぼ単なる同居人という雰囲気で、食事も一緒に取らないことが結構ある。


 おまけに夫はもっと自由を満喫しているらしい。

 はっきり言うと浮気をしている。

 今は不倫とか洒落のめした言い方をするが、言ってみれば不貞行為だ。言い方を変えたからといって良い行いになったというわけではない。


 私が黙っているのはその方が楽だからだ。

 あくまで遊びらしく、適当に相手を取り替えては適当に楽しんでいるらしい。

 私との生活に持ち込んでさえ来なければそれでいいかと思っていた。

 愉快ではないけどね。

 

 だけど最近はその生活にも疲れてきた。

 いや、気楽でいいというのは本当の本音。

 それに結婚しているという事実は、気がつけば色々なことの助けになっていたりする。

 少なくとも結婚していない女性に対してしばしば用いられる、あの不愉快な名称で呼ばれなくて済むのも事実。

 それだけでもまあいいか、とずっと見て見ぬ振りをしてきた。

 つまり私もある意味共犯者だ。


 しかし、少し前に見てしまったのだ。

 浮気がばれても知らぬ顔をしている私のことを知っているのか、それともバレていないと思っているのか分からないが、夫のセキュリティはかなりかなり甘い。

 その時も、ぽっとテーブルの上にスマホを置いたままお風呂に行っていた。

 

 よくあるパターン。

 そうして妻がうっかり見たスマホから夫の浮気という事実を知るという。


 見るつもりはなかったのだが、興味がないかと言われたらないわけではない。

 それでうっかり見てしまったのだ。


 相手はかなり若い女の子だったようで、メッセージをやり取りしている文面から、夫にかなり入れ込んでいるようだった。

 夫は見た目だけはかなりいい部類に入る上、夫婦揃ってそこそこ収入がいいので、きっと気前もいいのだろう。


 好き好きと文才なくハートやイラストを散りばめて訴える女の子に、夫が書いていたこの一文、それが私の気持ちをすっと冷めさせた。


「いいけど僕は結婚してるから、それちゃんと分かってるよね。分かった上で割り切って付き合うならいいけど、僕は妻と離婚するつもりないからね」


 夫は浮気相手との関係の言い訳に私との婚姻関係を利用している。

 その事実がとてつもなく私をイラ立たせた。


 これがもしも誰か若い子に気持ちを移したのならば、それはそれでしょうがない。大人しく別れましょうと言えるかどうかは分からないが、少なくとも夫はその子を真剣に好きになったということだ。

 人の気持ちをどうこうすることはできない、それぐらいは私にも分かっている。


 だがそうじゃない。

 夫はあくまで遊びの言い訳のために、特に大事にも思っていない私との結婚生活を持ち出したのだ。

 相手がそれでいいと言ったら気楽に遊び相手にする。もしも嫌だと言ったらそれまでと、どこかの副将軍の印籠よろしく突きつける。


 私のことも相手の女性のことも馬鹿にしている。

 一時の刺激欲しさの遊び相手を探すために、きちんとした契約である婚姻という制度を利用しているのだ。


「そうね、確かに刺激はないけど私には合ってるわ。おいしい、これ。あなたは刺激がある方が好きなんでしょうけどね」


 私の意味ありげな言い方にも気がつかず、


「そりゃコーヒーってのはそういうもんだからね。それじゃあ行ってくる」


 この週末は泊りがけの接待ゴルフに行くのだと言う。


「そう、いってらっしゃい」


 簡単に何もなかったようにそう言って夫を送り出した。


 そうしておいてテーブルの上には緑の紙と証拠色々。

 私の荷物の必要な物を大部分運び出す。

 小さな物とかは少しずつ持ち出していたのだが、興味のない同居相手の持ち物など、気がついてはいないようだ。


 私の人生にはもうあなたというカフェインはいらないの。

 そんな刺激はいらない。


 カフェインレスという存在を知って、お手軽に飲めるペットボトルに入っているのを知って、


「なんだ、そんな簡単なんだ」


 そう思うことができた。

 

 これからも自分に合ったカフェインレスを楽しむの、私は。

 あなたはせいぜい眠れぬ夜を過ごすがいい。

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