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小椋夏己のア・ラ・カルト  作者: 小椋夏己


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23/68

 23 7つの水仙の歌

 英語の自習時間にある歌の歌詞を日本語訳しなさいという課題が出た。


「7つの水仙」


 アメリカの古いフォークソングだということだった。


「辞書は使ってもいいけどスマホの翻訳機能とかは使わないこと。それから相談してもいいから直訳じゃなく歌らしく訳してください」


 担任であり、英語の担当教師でもあるミス・ハシノはそれだけ言い残して出張に出かけてしまった。


「えっとあいめい、のっと、めんしょん……めんしょんって何? あ、マンションか」

「めいのっと、でかも知れない、ってことは、私はマンションを持ってないかも知れません?」

「そんで次が、あいはぶのっとえにーらんど。ランドって国?」

「マンションも国もない?」

「この場合のランドは土地だろう」


 あっちこっちでわいわいと作業が始まる。


 実は俺はこの歌を知っていた。

 小学校の時、合唱で歌ったことがあるのだ。


 住むに家なくふるさとなく 

 銀貨一つない僕だけれど

 愛する君に捧げよう

 7つの水仙の花


 そういう歌詞だったと記憶している。


「2番はどうだったかなあ」


 何しろ小学校時代のことだ、1番は多分合ってると思うが2番は部分しか覚えてない。


「え、何?」

 

 隣の席の山名が僕の独り言を聞いていたらしい。


「いや、俺この歌知ってるんだよね」

「え、そうなの? ちょっとみんな、田代がこの歌知ってるってさ!」

「え、なになにそうなの」

「楽勝じゃん!」


 みるみるみんなが俺の席に集まってきた。


「いや、覚えてるってもなんとなくだよ?」

「うんうん、それでもいいから」

「そんでどんな?」

「しょうがないなあ」


 そう言いつつ、なんとなくスターになったように得意な気分になる。

 そうして覚えている1番の歌詞を歌わずにゆっくりと読んでみた。


「それ、歌えるわけ?」

「そりゃ歌えるよ、合唱で歌ったんだから」

「歌ってみそ?」

「ええ!」

「はよはよ」

 

 さすがに歌うのは恥ずかしかったが、みんなにわいわいと囃し立てられ、仕方なく音楽をつけて歌ってみる。


「へえ、上手じゃん」

「合唱やってただけあるな」

「で、で、歌詞書くからもっぺん」

「でもさ、これそのまま丸写したしたらばれるんじゃないの?」

「そんときゃそん時、みんなで怒られれば怖くないって」


 クラスで完成させた歌詞を提出と言われているので、1番は俺が歌ったそのままを提出することになった。


「しかしこんな男やだな」


 山名がいきなり言い出した。


「だって、家も実家もそんでお金もないんだよ、この男」

「本当だよね~」


 他の女子も相槌を打つ。


「そんで、この水仙は一体どうして買ったわけ?」

「そのへんで引っこ抜いたんじゃないの?」

「ってことは、お金もなんも持ってない上に盗人(ぬすっと)じゃない」

「盗人って」


 ドッとみんなが笑う。


「まあ水仙買ったからお金なくなったのかもよ」

「だったらそのお金でアイスの一個でも買ってもらった方がうれしかったかなあ」

「まさに花より団子じゃん」


 また笑い声が起こる。


「ま、いいじゃない。それで2番は?」

「う~ん、それがあんまり覚えてないんだよ」

「一部でもいいから」

「うん、そこなんだけど」


 ふふふ、ふふ、ふ~ふ~、この花こそ~


「ぶ、なんだよそれ」

「いやさ、この花こその部分をさ、誰だったかおぼえてないけど鼻くそーって言ったやつがいてさ」

「ぶ、きたね~」

「そんでそこだけ覚えてるってわけ?」

「そうそ」

「役にたたね~」


 クラス中がどっと沸く。


「まあ、1番だけでも楽できたんだから、みんなで考えよう」


 ということで、適当に歌っぽく歌詞をまとめて完成させた。


「1番と2番、全然違うけどまあいいよね」


 一人だけの責任ではないということで、みんな気楽にそれでいいということになった。


 さて翌日、朝のホームルームの時、日直が課題を提出した。


「はは~これはやられたな~誰かこの歌知ってたでしょ? 古い歌なのに」

「田代くんでーす」

「ミスター・タシロか~」


 ミス・ハシノはミス・ミスターで生徒を呼ぶので本人もミス付きで呼ばれているのだ。


「なんで知ってたの?」

「あ、小学校の時の合唱で」

「コーラスか~それは考えてなかった、アイミステイク!」

「ミス・ハシノのミス~」


 クラス中がどっとうける。


「ま、いいか。お疲れ様でした」


 なんとか課題は受け取ってもらえたみたいだ。


「この歌ねえ」


 不意にミス・ハシノが遠い目で言う。


「先生の思い出の曲なのよ」

「ええーってことは、誰かに水仙もらったってこと?」

「まあまあ、そのへんはね、ご想像にお任せしまーす。さて、ホームルーム終わり。今日も一日がんばりましょう。じゃあ!」

 

 ミス・ハシノはそう言って元気よく「7つの水仙」の鼻歌を歌いながら行ってしまった。

 

 昼休み、俺は隣の山名と課題の話をしていた。


「先生、絶対これ水仙もらったんだよ、そう思わない?」

「そうかもな」

「どういう人だったのかなあ、相手は」

「少なくとも貧乏だったんじゃね?」

「それで結婚しなかったのかな」


 ミス・ハシノは五十過ぎの独身女性だった。


「どうかなあ」


 どんな思い出にしてもそれはミス・ハシノには大事な思い出なのだろう。

 今でもきっとミス・ハシノの心の中には白い水仙がいい香りと共に揺れているのだろうなと俺は思っていた。

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