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小椋夏己のア・ラ・カルト  作者: 小椋夏己


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  2 ファイブハンバーガー・プリーズ

「5つの、ハンバーガー、クダサイ」


 その人はいつからか土曜日の午後1時あたりになると現れるようになった。


 濃い金髪に深いブルーの瞳。すらっとした長身、年の頃は二十代から三十代だが、欧米人の年齢というものは日本人から見るとあまりはっきりとは分からないものだ。

 いつもシンプルなシャツにスラックス。黒いカバンを下げている。服装だけではどこの何をしている人かはさっぱり分からない。

 なかなかの男前に見えるが、俳優というほどではないようにも思えるし、スタイルもモデルとまではいかないか。

 ビジネスマンのようでも学生のようでもある。

 どう見るとしても「これ」という決め手にはかける、そんな人であった。


 注文はいつも同じ。


「5つの、ハンバーガー、クダサイ」


 そうしてハンバーガーが5つ入った紙袋を抱え、


「サンキュー」


 と、本場の英語(だと思っているが誰も本場の英語を知る者はいなかった)で挨拶して帰っていく。


「何者なんだろうね?」


 誰ともなくそう言うが、たかだかファストフードのカウンターで商品を受け渡しするだけの関係、誰も自分からどこのどなたか、誰と食べるのか、どこの国の人なのかを聞く者はいなかった。


「土曜日の午後だし、宣教師かな。信者の人と一緒に食べるとか?」

「信者4人だけか?」

「しょぼい教会だね」


 笑いながらそういう話になることもある。


「家族5人で食べるんじゃないの?」

「え~子どもがいたらポテトとかシェイクとかナゲットとかも一緒に買わない?」

「う~ん、そうかも」


 そういう話になることもある。


「大学のゼミの人数とか」

「学生よりもうちょい年上じゃない?」

「う~ん、見た目だけじゃよくわかんないよね」


 結局のところ、どこの誰かは分からない。


「毎週毎週同じハンバーガー、飽きないのかな?」

「週末だけのお楽しみじゃないの?」

「ハンバーガーがあ?」

「お楽しみだから全部自分で食べるのかな」

 

 みな好き好きに話題にするが、何が正解かは分かるはずもない。

 

 だが、ただ一つだけ、みなが納得し落ち着く話題がある。


「英語だと数詞が前に来るから、それであの言い方なんだろう」


 英語だと、


「ファイブ・ハンバーガー・プリーズ」


 を日本語にして、


「5つの、ハンバーガー、クダサイ」


 そうなるのだろう。


 この職場にそれ以上英語のことを言える人間はいなかったので、そこで話は落ち着いてしまった。


 そうして、その「5つのハンバーガー」の人は毎週、毎週、きちんと同じ時刻になるとやってきて言うのだ。


「5つの、ハンバーガー、クダサイ」


 と。


 1年以上の月日が経ち、バイトのメンバーが交代しても、


「5つの、ハンバーガー、クダサイ」


 の方はやってきて、同じようにハンバーガーを買って、


「サンキュー」


 と言って帰っていき、また新しいメンバーが同じような疑問を抱く。


 逆にやめた元バイトがやってきて、


「ねえねえ、あの人、5つのハンバーガーの人、まだ来てる?」


 そう聞いていく。


 それほどに伝統の伝説の人となっていた。


 そんなある日事件が起きた。


「いらっしゃいませ」


 いつもの曜日の時刻にいつもの人、誰もがいつものあれが始まると思っていたら、


「1つの」


 って、え? え? 5つじゃないの?


 店内のみんなが緊張したのが分かった。


――どうして数が減ってるんだ――


――もしかして教会がつぶれた? もしくは宣教師仲間が帰国してしまった?――


――ひょっとして離婚して一人ぼっちになったとかじゃないよね、でもなんとなくさびしそうに見えなくもない――


 各々が各々の心の中にぐるぐると色んな思いが渦巻いていた。


 そうしたらその人が続けてきたのだ。


「ビッグバーガー、と、5つのハンバーガー、クダサイ」


 と。


「あ、は、はい。ビッグバーガー1つとハンバーガー5つですね」


 接客カウンターの者が慌てて注文を厨房に通す。


「サンキュー」


 そうしてその男性はビッグバーガー1つとハンバーガー5つが入った紙袋を抱え、いつものように帰っていった。


「あ、あ、びっくりしたー!」

「ほんとだよー!」

「どうしたかと思ったー」


 店長まで交えてみなでホッと胸を撫で下ろした。

 一気に息を吐いたような感じだ。


「それで、なんで今日は1つ多いんだろう? それもビッグバーガー」

「うーん、一番上の子が足りないから大きいのにしてって言ったとか?」

「だったらハンバーガーは4つになってるはずだよ?」

「本当だ」

「下に子どもが生まれた?」

「にしてもまだ赤ちゃんじゃない、ハンバーガーは早いよ~」

「そうだよね」

「あれだ、本国から宣教師の偉い人が来たんだよ、それでその人だけビッグバーガー」

「偉い人って年寄りっぽくない? その人がビッグ?」

「そうだよねー」

「それに遠い国から来た人をおもてなしするのにファストフードのハンバーガー?」

「だよね、お寿司ぐらいは出しそう」

「それかすき焼き」


 また好き勝手にそう言い合うが、やはり何も分からないままだ。


「来週もまた来るのかなあ」

「来てほしいよな」

「うん」


 来週もまた、


「5つの、ハンバーガー、クダサイ」


 といつものように来てほしいような、少しアレンジしてほしいような、みんなそんな気持ちで来週を心待ちにしていた。

友人が大学時代にアルバイトしていたお店で実際にあった出来事を参考にしています。

その方は今はいくつのハンバーガーを買っていらっしゃるのでしょう。

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