不屈の時計
内木高志を追い、俺はアルプスの雪山を彷徨っている。
アルプスとは言え日本の山。
そう油断し、舐めていた。
今時スマホがあれば何とでもなる。
そんな甘い考えに急ぎ買い揃えた冬山用品で組織犯罪の重要参考人を追った。
よもや見渡す限りの白銀夜山。
既にスマホは虫の息。
内木に仕掛けたGPSも頼りにならず。
こんな雪山登山の危険を思い知らされている今になって思い出した事がある。
内木の調査資料に学生時代は運動部とあったが、あれは登山部じゃないのか?
今更過ぎる説明なんて要らないが、だとすればこれ……
俺は、嵌められたのか?
内木は山越えルートで逃亡を図ったのではなく、山で俺を陥れる為の策……
誰だった? 山で内木が仲間に抹殺される可能性に、お前が追って保護しろ! と言って……
今スグ保護しろ! 俺を……
雪原に立ち尽す俺の現状を誰かに伝えたいが、雪交じりの颪が吹き荒れ静電気放電で電波も遮断されて届かねえ!
今、お前は何処に居んだよ内木。
とりあえずに雪崩が来なそうな木々の間に張ったテントで湯を沸かす事にした。
心許無いライトで資料を見返すが、内木は名前通りか内気なくせに志しだけは高く、その志しを組織への忠誠心にと変え、内気な心は閉ざして隠し強気に見せて犯罪に手を染めて行ったとある。
要するに、ビビりの弱虫野郎が組織の駒になり卑怯な手口に調子に乗って勝ち誇ってるクズって事だ。
だが世間って奴は、そんなクズを生む組織を潰そうと、独り奮起しても興味も持たねえ!
お陰で組織の仲間が嘘の噂を世間に流し、真犯人が別の真犯人を創り出して逃げ遂せ、更に犯罪組織が強大化して行く今。
それでも正しい事をしたければ、相当に屈強な身体と精神力を求められる事に、律するべき三権の連中までもが組織の軍門に下ってく中で……
内木高志がこのテントに入って来た事に驚きは無い。
きっと、この湯を入れたカレーうどんの匂いに惹かれてやって来たに違いない。
「俺はやってない」
「だろうな。で、どうする?」
「組織を本当に潰す気なら……爆弾が必要だ。アンタ、覚悟はあんのか?」
「俺は登山経験も無いのにここに居るんだぞ」
「真実を世間に晒してもまた、嘘で覆い隠されるだけになるかもしれないのにか?」
「真実には隠せない物もある。内木、お前の腹にもな!」
こんな状況での話にも、今がいつかと腹は鳴る。
生きる為の不屈な根性で腹は叫んでみせた事に、真実の力を信じて結束の時を迎えた。
「ほら、食え!」