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神田の小話『カジキマグロをレンジでチン』

作者: 神田かん

チン。音がした。どうやらレンジで何かを温めたのだろう。お父さんは幾分か昨日のお酒で頭が重いと感じながらも、ベッドから体を起こした。


チン。また音がした。日曜だからお母さんは朝早くにゲートボールの集まりに出かけて行った。お父さんは半分夢の中で、お母さんの「ゲートボールにいってきます」という声を聞いていた。まだ30半ばなのにゲートボールかと思ったが、偏見、と言ってにらむお母さんの顔を想像して言うのはやめた。


そんなちょっと周りとは違った趣向を持つお母さんが好きなんだよなぁと、庭に生える雑草たちを眺めて思った。チン。なにを温めているのだろう。ももは最近料理に関心を示しているらしい。お母さんの後ろについていっては、お母さんが料理をする横で、ももはエア料理をするのだという。


ももがエアーフライパン振りをする姿を想像して笑った。チン。お父さんはベッドから起き上がり、リビングに向かった。ももはリビングにやって来たお父さんに気づいていないようだった。


お父さんはおもしろくなって、そうっとももに近づいていった。ばれないようにキッチンのレンジがあるあたりを覗き込んだ。ももはこちらに背を向けて、しゃがみこんでレンジの中を見ていた。


彼女の周りには、はさみとマジックペン、そして透明な板のようなものが置いてあった。お父さんはなつかしい気持ちになった。プラ板。小さい頃、お父さんは工作の授業で教えてもらったのをきっかけに、キーホルダー作りにハマったことがあった。


その時に必要なのがそのプラスチックの板、通称プラ板なのだ。作り方といってもとても簡単なもので、プラ板に好きな絵を書き、好きな形に切ってパンチで穴を空けて、オーブンで数秒間熱するだけだ。


この簡単キーホルダー作りにハマった。とはいえ、たくさん作ったキーホルダーたちはすぐにごみとなってしまった。大きなプラ板がオーブンの中で小さくなっていく様子を思い出した。あぁ、キーホルダーを作りたかったんじゃなくて、プラスチックが変形する様を見たかったんだなと、お父さんはふとその当時の自分を理解できた気がして嬉しくなった。


チン。レンジはオーブンモード。ももは慣れた手つきでレンジを開けて、鍋つかみを付けた手で出来上がったキーホルダーを取り出した。その手さばきがあまりにもスムーズだったせいか、お父さんは野球選手を連想した。ショート。


ももの隣には出来上がったキーホルダーが並べられていて、絵も描かれていたがよく見えなかった。お父さんはまたそうっと寝室に行き、眼鏡をかけてキッチンに戻った。


覗き込むと、またももはレンジをにらんでいた。職人顔だなと思った。そしてももの隣にあるキーホルダーを見た。カジキマグロ。10枚ほど並べられたキーホルダーすべてがカジキマグロの絵であった。どのカジキマグロもまっすぐ泳いでいるカジキマグロで、その口はニコッと可愛く描かれているだが、目は死んだ魚の目をしていた。


数日後、会社から帰宅したお父さんは、帰るなり駆け寄ってきたももからプレゼントをもらった。可愛くラッピングされたプレゼントの包みを開けながら、お父さんはカジキマグロのキーホルダーなんだろうなと思った。


包みを開ける手の間から、ももはにこにこと満面の笑みを見せていた。その目はお父さんの表情を見逃すまいとしていた。


包みの中からは、やはりカジキマグロのキーホルダーが出てきた。目は死んだ魚の目をしていた。しかし、口はニコッと笑っていた。しゃがみこんだお父さんはニコッと笑って、ももの頭をなで、ありがとうと言った。


うん!と言って、ももはリビングの方に走っていった。お父さんはその後を追うように、靴を脱いでリビングへと向かった。お母さんのただいまがいつもより少し楽しそうに聞こえたのだった。


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