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死にぞこなった話。

作者: 毒電波

「これだけあれば死ねるだろ!」


 僕は四週間分の睡眠薬の封を切っていく。ついでに四週間分の抗うつ剤と抗不安薬の封も切る。四週間分の睡眠薬はけっこうな量だが、これを一気に飲み干せば、苦しい現世からリタイアすることができるはずだ。


 死んだら誰か悲しんでくれるかな? お母さんは悲しんでくれそうだけど、お父さんは微妙だな。僕にあまり興味がなさそうだし。葬式とかはやってくれるのかな? あ、でも誰も来ないか。

 ふふ、早く死にたいなぁ。


 睡眠薬の封をすべて切る。数年前はけっこう簡単にたくさんの睡眠薬が手に入ったが、現在は法改正かなんかしたせいで、四週間分、約四十錠の睡眠薬を集めるのも一苦労だ。

 僕が医者から出されている薬は、とりわけ効果が大きい薬だ。カタカナなので名前を憶えていないが、自殺に使用されることが多くて、外国では違法ドラッグに指定されているらしい。

 そんな睡眠薬を全て口に放り込み、コンビニで買ってきた高額なミネラルウォーターで一気に流し込む。人生の最期に口にするものだ、高級なものが良いだろうと思ってのミネラルウォーターだが、水道水と大して変わらないような気がする。失敗したなぁ。

 薬の効果を上げるために抗うつ剤と抗不安薬もミネラルウォーターで流し込んだ。


「よし!」


 現場猫の物まねをして、すべての薬がお腹に入ったのを確認すると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらベッドへ潜り込む。

 あー、死ぬんだ。死ぬんだ! 死後の世界とかあるのかしら? 異世界転生しちゃうのかしら? 楽しみだな!

 目をつぶる。


 ……………………

 ………………

 …………


「あ~ひしょ(遺書)を、はく(書く)のわすれたぁ」


 ベッドから起き上がろうとするが、手足がマヒしたように動かない。呂律も回らない。だが、とても気持ちがいい。

 多幸感に支配されながら、なんとか上半身だけを起こし、手の届く範囲になにか遺書として機能するものはないかと探すが見つからない。瞼が重たい。次第に遺書を書くのが面倒くさくなっていく。

 どうみても自殺だし問題ないかな、と納得して重たい頭を枕に静める。ああ、気持ちがいい。




 僕は強烈なノドの渇きとともに目を覚ました。


「……生きてる? なんで……?」


 なんで死ななかったんだろう、という理不尽さにイライラしてきた。しかし、強烈な倦怠感で体が動かない。 

 最悪だ。僕の人生はいつもそうだ。万全に万全を期しても、失敗する。成功体験なんて一度もない。結局、死ぬこともできない。迷惑だからさっさとこの世からリタイアしようとしたのに、それも認められないのか。なんてひどいんだ。

 神様がいるなら、顔面を殴ってやる。絶対に張り倒す。


 なんとかベッドから這い出て、ミネラルウォーターをがぶ飲みした。喉が渇くのを通り越して、喉が痛い。何度も咳払いをして喉の違和感をごまかす。溜息をつき、スマホの電源を入れた。

 そこで初めて、僕は六時間そこらしか眠っていないことに愕然とした。四週間分の薬を飲んでも、六時間そこらしか眠れなかったのか。

 右手の親指を噛んでいると、グルルとお腹がなった。腹痛だ。

 のろのろとトイレへ入り、用をたす。下痢だった。水のような便が出る。最悪だ。なぜだろうと思ったら、抗うつ剤と抗不安薬には副作用として下痢か便秘になると書いてあったことを思い出した。

 便秘になればよかったのに、二分の一で外れを引いた気分だ。ますますみじめな気分になる。

 次の自殺のプランを考える気力も、今の僕にはない。だからといって生き延びたので吹っ切れて人生をおもしろおかしく生きる気にもならない。

 僕の精神を蝕むうつ病は、楽しいことのアンテナを壊す働きがあるようで、最近は何をしても楽しくないのだ。


 トイレから出て、喉が痛いのでミネラルウォーターを飲む。あまりにも喉の痛みが激しいので、のど飴を買いに行こうと決意した。早く死にたい……。



 コンビニに着くと、女子高生と背は高いが不健康そうな女が店舗の前で楽しそうに雑談をしている。

 こいつらを殺したら死刑になるだろうか? 精神病で無罪? んー、殺す前に犯したらどうだろうか? 女二人をいたぶって、僕の惨めな人生を充実させれば、きっと死刑になるはずだ。そうしたら、満足したまま死ぬことができるかもしれない。


「キモ」と女子高生が呟いたような気がした。

 背の高い女が冷たい視線を向けているような気がした。


 気のせいである。気のせいなのは知っている。これが現実のものと区別がつかなくなったら、檻のついた病院で楽しく可笑しく暮らせるのだろうが、僕は生憎と妄想と現実の区別がつくタイプだ。

 だから、何もしない。何もできない。


 僕は無様に生きていく。



僕の人生はいつもそう。

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