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二度とは会わない、はずだった。

勇者が命がけで、仲間たちを魔王から逃がし、己は死んだ。

その知らせが人間軍に駆け巡るのに、わずか半日も必要なかった。

勇者に逃がされた仲間たちが、悔しみながらその事実を語ったのだ。

そして、魔王の城にただの人間が入った場合、どうなるのか。神より選ばれし人間、例えば聖女などでも、あの城に入ればどうなるのか、克明に語られた。

そのため、人間軍は退却した。あまりにも分が悪く、そして、魔王の城を襲い、己らが勝利する事はないと悟ったのだ。

魔王があの城にいる限り、どのような手段を取っても、魔王を討ち果たすことはできない。

そのため、人間軍は新たなる作戦を探すべく、一時撤退した。

彼等の頭の中には、勇者を救いだすという考えはついぞ芽生えず、勇者は死んだものとされた…………



「己らを必死に救ったというのに、置き去りで助けに来る気配もない、か」


魔王は己へあがって来る報告を聞きながら、真実人間が理解できない、と言う目で 呟く。


「また探っておけ、人間どもの動向は、どれだけ調べても損にはならん」


「御意」


人間とまるで同じ姿の魔物は、静かに一礼し、影に飲み込まれて消えていく。彼等は元は人間だったが、影の術により、魔族と化し、今は魔王領で生活を営む種だ。


「陛下、よろしいのですか」


「何がだ」


「あの……勇者と言うあの子供を生かしておいて」


「殺せと言ってくるあほうだ、己が魔王によって生かされているという事実は、この上ない屈辱に違いない」


「……そうですか」


悪魔種と呼ばれる部下が、戸惑いがちに問いかけて来るので、魔王はひらりと手を振って面白そうに言う。

その顔は至極楽し気で、立ち上がるその行く先は決まっている。

その背中を見送り、書類など本日の仕事が終わっているの確認し、部下はなんとも言えない顔をする。


「あんな人間一匹を気に掛けるとは、魔王様らしくない」





こつこつ、と暗い洞窟のような階段を下りていく。そこはヒカリゴケなどが数多に育ち、暗いと言っても足元に不自由しないだろう。

だがそれは夜目の聞く魔物であるからで、人間ならばとても不自由したに違いない。

その中、魔王は一つの部屋に向かっていた。

部屋の方からは物音が響いており、通りすがりの魔物たちや魔族が、心配そうにその部屋の方を見て、魔王を見て去っていく。


「どうだ、あの部屋の中身は」


「いまだに、脱出をあきらめていないようです」


「そうか」


脱出ならばまだいいが、と魔王は思いながら、部屋の前に立つ。

部屋の向こうからは、部屋一面に張られた減退術の効果があってもなお、想像を超える力の放出が続いている。


「勇者と言うだけあって、力は伊達ではあるまい」


感心した声でいい、魔王は扉を何の予備動作もなく開ける。

それと同時に飛んできたかまいたちの術は、魔王を狙った物ではなさそうだった。


「勇者よ。自殺の失敗は何度目だ?」


部屋の中には、がんじがらめに等しく、鎖で押さえ込まれた勇者が転がっている。

その周りにはおびただしい血が流れており、その血液で減退術の力を押さえたのだろう事が明らかだ。

魔王はそれの血の匂いに顔をしかめる事もなく、己が描いた減退術を上書きする。

あっという間に術は新たなる回路を作り上げ、血液さえも術の一つにしてしまう。

その中で、声を全く上げずに、荒い息でうずくまる勇者は、己の腹を真っ赤に染め上げていた。

それだけでも、相当な激痛が走っているに違いないが、自死に必要な程の出血には至っていないのだ。

魔王はそれを眺め、汚れた床に膝をつき、その長く豪奢な衣装を赤く汚し、勇者の腹に触れる。

勇者は触れられたことを嫌がり、身をよじって逃げ出そうとするも、鎖の長さからそれは叶わない。


「……」


魔王が音のない術を展開し、その術が勇者の腹の傷をふさいでいく。塞がれた痕は赤く残り、しばらくは痣として残るだろう。


「癒しの魔王ではないが故、あまり治す術は得意ではない。傷痕は幾つも残るだろう」


「……」


傷と言う傷をふさがれた勇者は、荒い息で、薄く開いた瞳で魔王を睨み、舌を噛まぬようにはめられた拘束具から唾液をたらし、何か言いかけるも、かなわない。


「貴様が下を噛んで死ぬことをあきらめれば、この道具は外してやってもいいのだがな」


魔王はその器具を指でなぞり上げ、勇者を持ち上げ、胡坐をかいた己の膝の中に入れる。

その事を勇者は激しく嫌がり、攻撃が可能な術を行おうとするものの、声をふさがれ魔王直々の減退術の中にいるという事もあって、抵抗はまったくかなわない。

魔王はそんな勇者を面白そうに眺め、嫌がる頭から流れる髪に爪の長い指を通し、その背中をなぞる。


「貴様が自殺を試みる事をもうしないならば、もっと日の当たる明るい部屋に入れるのもやぶさかではないのだ。だが己を血染めにして死のうとする以上、この魔王の部屋から出ることは叶わぬなぁ」


がんじがらめでも、何とか逃れようとしていた勇者の体の動きが次第に弱まっていく。

それは、体力の限界と言う、なんとも呆気ない抵抗の終わり方だった。

しかし勇者は身をよじり、膝の中から這い出て、そのまま魔王から遠ざかろうとする。

だがそれも、魔王が片手を伸ばせば届く距離、あっという間に膝の中に戻された。


「魔王の城の中でも、魔王の膝の中は最も安全で、体力を回復するのに持ってこいな場所だ。どうして嫌がるのだ」


勇者は何か言いたいらしいが、口は押えられ、何もしゃべれる状態ではなかった。


「……まあ、死にたいものが、それを願うわけはないかもしれないがな」






勇者は、魔王にとらわれてから、一度も諦める事無く、自殺しようと試みていた。

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