プロローグ 幸せな毎日が終わった日
小鳥が朝を知らせている。
それを耳にして僕はまぶたを擦って目を覚ました。
むくりと身体を起こして茫然と何もない時間を過ごしていたら、ドアの向こうから僕を呼んでいる。
「ラトー? 起きてるのー? 朝ごはんよー」
自慢の白い髪に寝癖がついていたので軽く直すと、僕は寝ぼけながらも家族の前に顔を出した。
するとお母さんのスタナが朝ごはんをテーブルに置いているところだった。
「おはようラト。朝早くから悪いけど今日もお手伝いお願いね」
手伝いというのは父の仕事の商人の手伝いである。これぐらいしか家事をちゃんと手伝えないんだ。快く了承した。
朝ごはんを覗くと大好物の卵焼きでテンションが上がる。大好物を頬張りながら母を観察する。
いつ見ても美しい……僕のお母さんは誰よりも容姿端麗であると息子ながら自負している。断じてマザコンではない。
そんな美女が専業主婦をしているのだ、お父さんは幸せ者だと少し嫉妬する。
僕は毎日願っている要望を口に出した。
「いつになったら魔法を教えてくれるの?」
「ラトにはまだ早いからあと一年後かな」
お母さんに微笑まれる。
お父さん曰く、お母さんはすごい魔法使いだったらしい。
今はそのような力はもう使えないみたいだが、口を滑らした父を怒る姿を見てると昔は本当に凄かったのだと思う。
だからこうして日課のようにお願いしているのだが、毎日同じ断り方をされている。
そんなモーニングルーティンを楽しんでたら、朝ごはんはもう残り一口となった。……名残惜しいが明日の朝を楽しみにしよう。
僕は残りを勢いよく掻き込んで家を出た。
晴れていて気持ちのいい朝だ。今日もいい1日になりそうだと鼻歌を歌いながら気分良く村を巡っていく。
昼になって何軒か回ったが、心なしかいつもより村全体の元気が無い気がするのは気のせいだろうか?
そんな違和感を考えていると、気さくな親父の武器屋に着いた。
「おじさんおはよう! 木材を売りにきたよ」
僕は元気よく挨拶する。
武器屋の店主は僕を見ると嬉しそうに返事をした。
「ラトか! いつもありがとうな、助かるよ」
この店の店主はいつ見ても元気で安心する。
僕は木材を売った後に雑談まじりに村の雰囲気が悪いことをおじさんに伝える。
「そりゃあ仕方ねーよ。今日は徴税の日だからな」
あーそうだ、忘れていた。今日は王都から役人が来るんだった。
武器屋の親父は続けて愚痴を溢している。
「まったく……あいつらが国を支配してから、どんどん税金を上げていきやがる。この村が崩壊しちまうのもあと数年ってとこかな」
あいつらというのは聞かなくても分かる。勇者様だ。僕は昔から母がよく話していたことを思い出す。
(――ずっとずっと昔からね、この世界には魔王というものが存在していて人間と魔族は均衡を保ちながら対立し合っていたの。でも15年前のある日、異世界から転生してきたっていう3人の冒険者が突然現れた。
彼らは常軌を逸した力であっという間に魔王を倒してしまった。王国はその偉業を称えて彼らを勇者と呼び、彼らは英雄となった。でも、その英雄達は世界を平和に導くことはしなかった。
3人の勇者達はそれぞれ異なる場所を支配して……)
話すときいつも悲しそうにしてたなぁ……。
「まぁ、どんな悪政を働こうが腐っても英雄だからな、それでも勇者様を信仰したり忠誠を誓う国民も少なくないぞ」
「僕も行ったことないけど、王都は絶対に行かないってお父さんもお母さんも言ってたんだ」
商人なら王都は絶対に行ったほうが良いと思うけど、2人とも毛嫌いしてるからなぁ……。でも僕も興味ないから問題無しである。
「お前の親は2人とも偏屈だな。王都は美女だらけで天国らしいぞ? 勇者様が集めてるって噂だ」
そんな国に聞かれたら非国民だと言われかねない会話をしていると、外で騒ぎが起きていることに気付いた。
「外が騒がしいな。役人の奴等はもう来やがったのか」
「みたいだね。お昼も過ぎてるし僕も一度家に帰るよ。おじさんまた明日ね!」
武器屋から出ると村の人々の様子がおかしい。慌てて走り回る者や議論している者、中には何かに祈りを捧げている者すらいる。
入り口の方を見ると人が集まっていたので、僕も興味本位でそこに向かう。
――そこではこんな小さな村には似つかわしくない数の王国軍が来ていた。ざっと100人はいるだろうか。中でも目を引くのは中央にある豪華絢爛な馬車だ。
金と黒を基調とした車体に、職人が趣向を凝らしたであろう細工や模様が隅から隅まで描かれており、宝石が所々に散りばめられている。馬車馬にですら似たような豪華な装備をつけている。
異常な光景の中に異常な存在がそこにはあった。
「いつもの役人はいないのか? 事件でもあったのかな」
僕は辺りを見渡して群衆の中に潜り込む。なにやら偉そうな軍団長が村長に話しかけている最中だった。
「もう一度だけ説明する。貴様らの村に魔族が住んでいるとの噂が耳に入った。このまま魔族を隠し通すようなら貴様ら全員を魔族親交罪で処刑するとイガラシ様は言っておられる」
なんだその噂、めちゃくちゃだな。僕もこの村に住んで少ししか経ってないがそんな噂を聞いたこともないし、魔族を見かけるなんてもってのほかだ。
村長も見当がつかないようで怯えつつも返答する。
「そう言われましても……この村の住民は生まれてから死ぬまで村を出ない人間が大半でございます。魔族なんているはずがありません。どうか信じて下さい」
なんとも脅しに似た尋問で僕は唖然とする。王国軍はいつも村や町を巡り村人達を脅迫して魔族を炙り出しているのだろうか。
王国も大変なのかなぁと踵を返して家族にもこの出来事を伝えに行こうと思うと、男の苦しみと共に多くの悲鳴が響いた。背後で起きた出来事にとてつもなく嫌な予感がする。
恐る恐る後ろを振り返ると、軍団長が村長を剣で切り捨てていた。村長は崩れ落ちる。
「それじゃあ仕方ない。村人を全員殺して魔族を見つけ出せ!」
王国兵は一斉に村人たちに斬りかかる。
14年間の人生で最初で最悪の悪夢が始まった――
村人達が逃げ惑う。前の方で観戦していた人々は次々と切り裂かれ地面に伏していく。絶叫が村の中をこだまする。
え……どうして殺したんだ……?
同じ人間同士なのに……?
王国軍は人間を守るための人達じゃないのか……?
魔族を見つけ出すためにここまでする必要があるのか……?
ここにいては駄目だ、僕も逃げないと……
今の状況にやっと頭が追いついて逃げようとした時、何処からか魔法が飛んできて兵士を纏めて吹き飛ばす。
「――人々を殺すのをやめてください!」
あれ? 不思議とこの声を知っている気がする。急いで声の発生源を探すと、そこには誰よりも身近な存在――親のゼムとスタナが駆けつけていた。
ゼムは大剣を両手で構えており、スタナは心臓を中心に上半身が光り輝いている。
「闇の精霊よ、我に力の一部を与え給え、ヘルファイアウォール!」
スタナが詠唱を終えると翳していた手から漆黒の炎が発生し、王国軍の中心部に轟々と燃え上がる炎の壁が出現する。
その場にいた王国軍は瞬く間に焼き尽くされ跡形も無く消滅してしまった。
ゼムは村人の前に立って王国兵を牽制している。
瞬く間の出来事に王国の兵士達は手を止めた。何が起こったのか理解が追いついてないみたいだ。
スタナは次々と魔法を詠唱して王国軍を圧倒している。
気がつくと王国軍は半分ほどに減っていた
僕は自分の鼓動が早くなるのを感じる。
あれは僕のお母さんとお父さんで間違いない!
こんなに強かったんだ。よかった……これで村の人たちは救われる。
スタナは王国軍を蹂躙し、続々と王国兵は数を減らしている。
このまま倒し切れると思ったその時――馬車から1人の男の声が響いた。
「――お前らじゃあいつには勝てないよ、俺が出てやるから下がってろ」
そういって馬車の扉が開かれる。中から出てきたのは、馬車同様に豪華な鎧に身を包んだ1人の男だった。
見たところ20代後半ぐらいだろうか、黒色の長髪が片目を隠してもう片方からは鋭い目つきを覗かせている。鼻や口もスッとしていて整った顔立ちをしており、全体的にクールな印象を感じさせる。
軍団長は直ぐに剣を納めて、男が地に足をつけるや否や喉が壊れる勢いで叫んだ。
「この方こそ! 我らの英雄である勇者が一人! レン=イガラシ様である! 全員跪け!」
辺りを見ると兵士も村の人達も勇者を見て驚いているが、段々と跪き始めた。僕も慌てて真似をして勇者をチラ見する。
勇者はスタナを見つけると何故か虚空の一点を見つめていた。どうしたのだろうか。
ステータスと聞こえた気がしたがよく分からない。
暫くすると確信を得たように喋りだす。
「久しぶりだな、あの時死んだと思っていたが生きていたのか。逃亡生活は楽しかったか?」
ニヤリと笑みを浮かべている勇者にスタナは苦虫を潰したような顔で返事をする。
「ふざけないで! また全てを壊しにきたの? 私の幸せを奪わないで!」
2人は何の話をしているのだろうか。昔に会ったことがあるのか? それにしては軋轢があったように思える。
スタナは再度上半身を光らせたかと思うと詠唱を行う。
「闇の精霊よ、我に力の一部を与え給え、ヘルファイア!」
先程の闇の炎を凝縮したような力の塊が勇者に向かって飛んでいく。しかし、当たる直前で魔法は消滅し光となって霧散してしまう。
勇者は霧散したことに少し驚いた気がした。
気がつくと勇者の姿が僕の視界から消えていた。するとスタナがいた方から悲鳴が上がる。
慌てて視界をスタナがいた方に戻すと、いつの間にか勇者に取り押さえられていた。
勇者は呆れたようにため息を吐き、残念そうに呟いた。
「弱すぎて話にならんな。以前のような力はどうした。」
スタナは勇者に捕らえられて悔しそうに呻いている。
「俺の妻に触るな!」
スタナの窮地にゼムが助けに駆けつけた。僕なら持つことも出来なさそうな大剣を振り上げて攻撃する。
すると勇者は何もない空間に手を伸ばしたかと思うといきなり剣を出して大剣を軽々と受け止めた。
そのまま勇者の手がぶれたと思ったら、一拍置いてゼムは大量の血を飛び散らせて倒れてしまう。
僕はこの状況に居てもたっても居られずに2人の元へ駆けつけていた。
「お母さん!お父さん!」
無謀だと分かっているが勇者を後ろから羽交い締めにしてお母さんを離そうと試みる。
「お母さんを離せ! 悪いことをするな!」
勇者は僕を見るや面白いものを見たかのように笑い出した。
「ハハハハハ! 先程の男といいこのガキといい、お前結婚して子供産んでたのかよ! 亜人なんて作りやがって! 随分お花畑な頭してるな!」
勇者に肘でお腹を殴られ吹き飛ばされる。重たい衝撃が体に響き、一瞬意識を失いそうになる。
勇者は村の住民に向けて愉快そうに説明をした。
「こいつはな、15年前殺した魔王の娘だ。あの時殺したと思ったがこんな所で生きているとはな。
人間と結婚なんかしやがって、コソコソと逃げながら生きていたようだが見つかってしまったなぁ! 俺様がいる限り魔族が幸せになれるわけねぇだろ! アハハハハ!」
魔王? 娘? 何を言っているんだ。僕の親が魔族のはずないだろ。だって普通の顔で、普通の身体で、いろんな村や町の人達と仲良く生きてきたのに。
僕はお母さんと目が合ったがすぐに逸らされて、悔しそうに黙っている。え、嘘だろ……?
「お母さん? 本当なの?」
スタナは今にも泣き出しそうに震えた声で答えた。
「ラト……黙っていてごめんなさい……」
後ろで父のゼムが声を掠らせながら喋る。
「スタナは何も悪くないんだ……隠していてすまなかった」
こんな騒がしい場所なのにそのセリフは鮮明に聞き取れた。僕のお母さんが魔族? 僕が亜人? そんなわけない。
だめだ、頭が真っ白になってきた。
横やりを入れるように勇者が話を遮る。
「そうゆう事だ。悪を滅ぼすのが俺の仕事なんでな、ガキはせめてもの情けですぐに殺してやるよ」
そう言って勇者はゆっくりと剣を振りかぶる。
待ってくれ、まだ何も納得してないんだ。
頭が少しも回らない。
勇者の剣を呆然と眺めながら、僕はそのまま死を――
――その時、スタナから目も当てられないほどの光が溢れ出し、油断していた勇者を弾き飛ばす。スタナは飛ばされた勇者の一瞬の隙をついて詠唱する。
「闇の精霊よ、我に力の全てを与え給え!」
僕の周りに光が集まってくる。心なしかさっきより黒い光が明るく見える。身体の中までとても温かい。
「貴様あああ! まだそんな力を隠していたのか!」
飛ばされた勇者が焦って僕に剣を投げつける。しかし、その剣は飛び込んだゼムの身体によって防がれた。
「ぐぅっ…貴様のやることなんかお見通しだ。これ以上思い通りにはさせねぇぞ」
「邪魔をするなあああ! 死に損ないがあああ!」
苛立っている勇者は今にも殺さんとする目でこちらを睨んでいる。
勇者を一瞥して2人を確認すると、ゼムとスタナは悲しいような優しいような温かい目で僕を見ていた。
「ラト、無責任なお母さんでごめんね。こんなことしか出来ないけど懸命に生きて――」
「こんなことなら俺の全部を教えてあげたら良かったな。ラト、お前なら大丈夫だ――」
僕の身体を包む光がより一層強くなってきた。
なんとなくの直感だが、もう2人と会えない気がする。
直後に起きそうな最悪の状況を想像して、僕は咄嗟に呼び止める。
「お母さん! お父さん! 嫌だ! 置いてかないで! 僕を1人にしないで!」
僕は必死に懇願する。急にこんなことになるのは嫌だ。
――だって、今日の朝までいつも通りの幸せな毎日だったのに。今日も明日以降も僕はみんなと幸せに……
そんな僕を見て、スタナとゼムは僕の頭にそっと手を乗せようと伸ばして――僕は光に完全に包まれて意識を失った。
――目を覚ますと知らない森の中に居た。身体中が痛い。
お父さんとお母さんは……!?
すぐに周りを確認するが家族どころか誰一人としていなかった。
夢である事を何度も疑った。
僕はこの現実を受け入れるしかなかった。
深い悲しみと後悔が僕を責め立てる。
ーー何時間くらい経っただろうか。まぶたがヒリヒリしている。
悔しい。
ずっとあの時のことを繰り返し考えている。
僕たち家族は何も悪いことをしていなかった。
むしろ人々の為に過ごし、慕われる毎日を過ごしていた。
勇者は本当に平和のために殺しているのか?
どうしても納得できない。
あれがこの世界の英雄だとは全く思えない。
――じわじわと心がどす黒く染まっていくのを感じる。
その悲しみと後悔は勇者に矛先を向ける。
何故、お母さんとお父さんは殺された……
何故、魔族という理由だけで殺されないといけない……
何故、勇者に僕の幸せが壊されないといけない……
何故――
――その数々の疑問は、やがて深い悲しみを激しい憎悪へと変化させ、一つの答えにたどり着く。
そうだ、勇者が居なかった時に戻せばいいんだ。
人間と魔族が均衡して対立していたあの時へ。
そうすれば誰も苦しまず、悲しまず、誰もが幸せな日常を過ごせる。
僕が全てを元に戻せばいい。
たった3人を殺せばいいだけだ。
『――として選ばれました。【魔王の加護】が付与されます』
頭の中でなにか聞こえた気がしたが、憎しみですぐに塗りつぶされる。
僕が魔王の血を受け継いでいるのなら僕が魔王より強くなってやる。
――そして僕が勇者を殺して壊れてしまったこの世界を元に戻す
――この日、世界に新たな魔王が生まれた――




