18:二人の想い
電気をつけても物が多く、明かりが遮られて薄暗く、点けないよりかマシ程度だ。そして点けたからと言って、場の空気が明るくなるわけでは無い。
立てる場所も少ない所為で、距離を取って二人の話を聞かない様にすることも出来ない。
仕方なしにジュンは少しでも邪魔にならない端の方にしゃがみこんだ。
「オレは小さくなってるから、居ない者として扱って下さい!」
サムズアップで宣言する。
「何なら耳も塞ぐし!」
「良いから黙って大人しくしてろ」
「……はい」
呆れ顔のナギに命令され、出来る限り縮こまる。
こうなったら二人の行く末を最後まで見届ける所存だ。
「で、話って?」
ジュンの処遇がひと段落したところで、サキの方から口火を切る。
それはサキも話をしたがっていた様に感じられて、ジュン的には少し嬉しく思える。
「サキのデビューの事だ」
「だろうね」
二人の仲違いの発端はそこにあり、話と言えばそれ位しかない。サキも分かっていたらしく頷いた。
「僕にデビューを辞めろとでも言いに来た?」
「そんなこと言う訳ないだろ」
皮肉めいた笑みを浮かべたサキに、ナギはすぐさま否定する。
「折角デビュー出来るって言うのに、それを捨てろなんて言うヤツはいない」
「捨てろとは言わなくても、捨てる人ならいるけどね」
そこまで言ってサキはふと瞳を揺らす。
「もしかして、やっぱりデビューしたくなったの?」
その眼差しはどこか期待している様にも見える。しかしナギは首を横に振った。
「いや、デビューは出来ない。俺にはまだデビュー出来るだけの力が無いから」
実力が伴わずデビューした人が苦労するのは至極当たり前の事だ。もちろん後から生き抜いていく武器を手に入れられる人もいるが、その前に潰れる人も多い。
「俺には自分がやっていけると思える自信が無かった。そのビジョンが見えなかったんだよ、サキ」
力なくナギは口にする。
「サキと一緒に、サキのおかげでデビューしても、それは運が良かっただけで、きっと、遅かれ早かれ、俺は置いてかれる事になった」
「そんなことない」
震える声には憤りも哀しさも含まれている。
「そうだな。皆もサキも優しいから、例え俺が足手まといになっても何も言わないし、見捨てないだろう。だから駄目なんだ」
邪魔をする人、競合相手といくらでも壁が存在する中で、足手まといを抱えて生き抜けるほど、生易しい世界では無い。
「サキ」
ナギは深く息を吸う。
後は吐き出すだけなのに、言葉は喉に貼り付いて剥がれようとしない。だから視線を部屋の片隅へ向ける。
両手を握り合い、何故か正座で祈る様に見守ってくれている仲間。「信じてくれてありがとう」と言ってくれた仲間に誇れる人間であれる様に、深呼吸をして、もう一人の大事な仲間に向き合う。
「俺はお前に嫉妬したんだ」
「え……?」
戸惑いの浮かぶ表情に、ナギは自嘲交じりの笑みを向けた。
「いつも一緒で同じ事をしていたはずのサキが、色んな人の目に留まって、先に行ってしまって焦った。自分もそうなれるはずだって思ってしまった。全く傲慢だよな。そんなヤツが皆から好かれるはずが無い」
「そんな……」
サキは愕然として首を振る。
「嘘だ。そうやって誤魔化そうとしてるんだろ」
「違う。本当の事だ」
「本当じゃない!」
サキが声を荒げる。
「だってナギは誰とでも仲良くできて、歌だって上手くて、メンバー達からも好かれてるじゃないか!」
ナギの優れている所は、常に隣にいたサキ自身が良く知っている。そんな人間が自分に嫉妬するなど、信じられるはずがない。
「俺達が好かれなきゃいけないのは仲間達じゃないだろ」
ナギは確かに大多数の研究生達との仲も良好で、Statelyというユニットを作った求心力もある。しかし、アイドルとして活動する上で、好かれなきゃいけない対象は不特定多数の、その先にいる誰か、だ。
「そんなの、まだ露出が少ないからで、デビューすればナギの良さに気付く人がたくさん出てくる」
「そうかもしれない。でも、それにはサキのおかげでデビューしたっていう負い目と嫉妬を抱えたまま活動することになる。さっきも言ったけど、そんな人間、誰からも魅力的に見えないだろ」
そして、上手くいかなかった時、全てをサキのせいにしてしまうのが怖い。
「だから、俺はデビュー出来なかったんだ」
全てをさらけ出し、己の弱さも露見した。恥ずかしくも情けなくもあるが、それを受け止めて、ありのままの自分でナギは佇んだ。
「――……ない」
「え?」
俯き、拳を震わせるサキの言葉は小さく、聞き取れない。
「信じない!」
サキがナギの胸ぐらを掴みあげ、二人は勢いづいて扉にぶつかる。
背中を打ち付けたナギがわずかに顔をしかめた。
「ナ――!」
驚いて飛び出しかけたジュンの前にナンナンが立ちふさがり、無言で首を振る。
その目は「邪魔をしてはいけない」と言っていて、気圧されてそろそろと元の態勢に戻る。ジュンは今にも再び飛び出しそうになる気持ちを抑えるため、ぎゅっと両手を握り込んだ。
「正直に言えよ! 本当は気付いてたんだろ!? だからデビューしないって言って、僕をStatelyから抜けさせたんだろ!」
激昂したサキは端正な顔を歪ませて、ナギを睨みつける。
「何の、事だ……?」
「僕がナギの真似をしたことだよ!」
「は?」
思いがけない言葉に面食らう。
「とぼけないでよ! 僕が真似をして、ナギみたいにしたら、そしたらナギじゃなくて僕のデビューが決まって、それが許せなかったんでしょ!?」
「どういう事だよ?」
訳が分からず、質問を返す事しか出来ない。その態度は益々サキをイラつかせているようだった。
「ナギはいつだって仲間を信じて、皆を引っ張っていって眩しくて。そうなれたら良いって思った。だから僕は――」
ふとした思い付きだった。
CMは少年達の群像で、その中で自分がどういう風にあれば良いか考えた時、いつも隣にいる親友の姿が目に入った。スポーツチームという中で親友の普段の姿はとてもしっくりくる。だから憧れたその在り方を真似して振る舞った。
その思惑は当たり、多くの人の目に留まる事になり、周囲も急激に変化して、デビューも決まった。本物を押しのけて。
「デビューする力がないのは僕の方だ」
ナギを掴んでいた手は離れ、サキの腕は力なく垂れる。俯くサキの肩は震えていて、表情が見えなくても身につまされる。
「人の真似をして上手い事になって、それが後ろめたくて皆もデビュー出来る様に事務所に言った。ううん、それだけじゃない。いつか本当の僕がバレて、飽きられてしまうのが怖くて、その時にユニットがあればどうにかなるって思って利用しようとした」
「サキ……」
「だから僕をStatelyから脱退させたんでしょ? 正直に言ってよ。僕のあさましさが許せなかったんだって。全部分かってたのに、認めたくなくて、被害者面して酷い態度を取った。僕に謝らせてよ、ナギ!」
サキは叫ぶ。
ずっと心に秘めてきた本心の吐露は悲痛で、目を背けてしまいたくなる。端で見ているジュンでさえそうなのに、正面から相対しているナギは尚の事だろう。
「サキ」
呼びかけにサキはビクっと体を震わせる。
そろそろと上げられた顔はくしゃくしゃに歪んでいて、今にも決壊しそうなのを必死に押しとどめている様だった。
そんなサキにナギは微笑む。
「――こんっの、バカ!!」
「は?」
あまりの事に込み上げていた物が一気に引っ込んで、サキは唖然とした顔になる。しかしお構いなしで眦を吊り上げたナギは叱責する。
「力が無い? 何言ってんだよ、バカ! お前のデビューが決まったのはサキ自身の実力だろうが! 顔も良いし、ダンスも歌も上手い。同期の中で抜き出てただろうが! それを言うに事欠いて俺の真似した? んなわけあるか! あったとしても何が悪い! それはサキだけがCMの演出にきちんと向き合ったって事だろうが!」
監督の指示は“普通の少年達”で、だからナギも何も考えず普段通りに振る舞った。それが“普通”だったからだ。
「サキはきちんと“普通の少年”を考えて演じたんだろ? 他のヤツらが平然とそのままな中で、サキだけが“普通”が何か考えて、演出に合う人物として振る舞った。だから人の目に留まった」
今なら分かる。自分とサキの違い。
要望に対して「そのままでいいや」としたナギと、「それはどういうものか」と考えたサキ。
それこそが二人の明暗を分けた物だ。
「サキはデビュー出来るだけの実力がある。だから事務所も決めた。その事に自信を持って胸を張れよ! このバカ!」
「ご、ごめん!」
「そこで謝るな!」
謝罪しようとしていたはずのナギが怒り、何故かサキが謝って立場が逆転している。
「大体、どんだけ俺が出来たヤツだと思ってたんだよ。俺はお前に嫉妬して、勝手にふて腐れてたアホだ。なのに取り繕ってカッコつけて、お前を傷つけた。だからせめて、サキに胸を張れるように、俺も俺で頑張ろうって思ったんだ」
「それが今日のパフォーマンス?」
「観てくれたのか?」
ナギの表情が綻ぶ。
「少しでも追い付けるよう、頑張った」
「僕が居なくても大丈夫って示したいのかと思った」
「何でそう悪い方に取るんだよ」
少しだけ声を出してナギが笑う。
「まぁ、ある意味そうなんだけどさぁ。サキに頼るんじゃなく、自分達で立てる様に頑張ったってわけだから」
「うん、すごかった。会場と一体化してて、あんなに盛り上がったのは初めて見た。」
「だろ? だからサキは安心してデビューしろ。俺達もきっと追いつくから」
ナギはすっと手を差し出す。
「ごめんな、サキ。それからデビューおめでとう」
やっと言えた言葉。
口にしてしまえば簡単なのに、今日までずっと言えなかった。
「ありがとう、ナギ。僕こそごめん」
サキも差し出された手を取って、確かめるように握りしめる。
ずっと一緒にいれるものだと思っていた。だが実際はそんな事は無く、その事実から目を背けて、人のせいにして拗ねた。
「見限らないでくれて、ありがとう」
「そんなことするわけないだろ」
そう言ってナギは笑う。
「それに、俺はサキがStatelyを脱退したとは思って無いからな」
ナギの言葉にサキは目を見張り、それから目を伏せてゆっくりと首を振った。
「ううん、僕は抜ける」
再び開かれた瞳には確固たる意志が宿っていて、輝いている。
「だってナギ達が頑張るのに、僕も頑張らないわけにはいかないでしょ。僕にとってStatelyは安心できる場所だった。人見知りだった僕が、嫌々入れられた事務所の中で見つけた大事な場所。甘えてしまう場所だ」
だから決別しなくてはならない。
「僕はデビューする。逃げ場を残して立ち向かっていける場所じゃないから、前を向く為にも、僕をStatelyから追い出して」
「どうしてもか?」
「うん」
少しのためらいもなく、サキは頷く。
「そっか……。わかった」
サキの意志の固さを感じて、ナギも了承する。
「サキはもうStatelyのメンバーじゃない。でも――」
一緒に居る事だけが繋がりでは無い。絆の形は色々あるのだ。
「お前は仲間だよ、サキ」
今までも、これからもずっと。
「うん、僕達は仲間だ」
二人は向かい合って笑い合う。
それは久々の事だった。