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魔法少女★少年アイドル!  作者: 結はな
17/24

16:全てを出し切って

 それは不思議な感覚だった。

 興奮してふわふわとしているのに頭の片隅は冷静で、感覚は鋭くなっている。視界は広く、一つ一つの音が鮮明に聞こえて、内から出る声もぶれることは無い。指の先、つま先、頭のてっぺんまで意識が行き渡って思う通りに動くのに、まるで自分の体では無い様な気さえする。


 割れんばかりの拍手が巻き起こり、その感覚は唐突に打ち切られる。

 余韻として残るギターの音で、全てが終わった事に気付く。

 ステージの正面にはパフォーマンスを始めた時よりも観客の数が増え、会場全体を見渡せば、遠くからでもこちらを観ていてくれている人がいる。どの人も浮べる表情は笑顔で、その目はキラキラと輝いている。

 肩で息をしながら、ジュンはその光景を呆然として見ていた。


「ほら!」

「うわっ」


 いきなり肩に回された腕にたたらを踏む。


「最後まで気を抜くなよ」


 汗だくのナギが隣で笑う。

 後ろにいたセン、ルイ、ハルも前に出てきて一列に並び、五人は手を繋ぎ、大きく振り上げてから頭と共に降ろす。


「ありがとうございました!」


 また拍手が起こり、その音を聞きながらStatelyはステージから降りて行く。ステージ脇でもスタッフ、見学者、皆が暖かく迎えてくれる。


「ジュン!」


 階段を降りた所でナンナンが突撃して来て、顔に貼り付く。


「やったナン! 大成功ナンよ!」

 そのまま泣きじゃくり、しがみ付かれて前が見えなくなる。このままでは危ないのだが、喜んでくれる事が嬉しくて、そのままされるがままになっておく。


「お帰りなさい」


 社長の声にナンナンがそろそろと顔から剥がれてくれる。視界の先には手を叩きながら出迎えてくれる社長の笑顔があった。


「あなた達、よくやったわ。大成功ね」

「ありがとうございます」


 センが代表で感謝をし、皆で礼をする。


「これからも、この調子で頑張ってちょうだい」


 社長の感想にメンバー達は喜び合うが、ジュンだけが心から喜ぶことは出来ない。まだ、ジュンへの審判は下っていない。

 ジュンは不安を打ち消すようにまっすぐと社長を見つめる。その視線を受けて社長の顔も引き締まった。


「付いてらっしゃい。話をしましょう」


 社長は踵を返し、スタスタと歩いて行ってしまう。

 喜びから一転、メンバー達の顔は心配に変わるが、ナギだけが何も疑っていない表情で力強く頷いてくれた。

 ジュンは頷き返し、付いてくる気のナンナンが肩に乗って来たので、その背中を軽く撫でながら社長の後を追い、ステージ脇から出た。


 二人は人通りの少ない通路から楽屋口を通り、駐車場へと出る。そしてドラマやマンガでしか見たことのない、黒く車体の長い車に案内された。

 座席は向かい合って座れるようになっており、座り心地はこの上ないほどに柔らかい。そして座席の間にはテーブルまである。


「狭いけれど我慢してね。人に聞かれたら困るし」

「狭いって……」


 社長の言葉にナンナンが肩をずり下がらせて呆れ顔になる。


「車にしちゃ充分広いナンよ」


 ジュンとしても同意見だ。しかし、今は車の広さよりも重要な事がある。


「さて、それでどうだったかしら? 満足のいくパフォーマンスは出来た?」


 足を組みながら、社長は切り出す。


「正直、分からないです。まだ実感がわかないっていうか……」


 本番中の不思議な感覚は既に消え去っていて、いつもより少しだけ昂ぶっている気もするが、それも次第に収まるだろう。


「ステージの上の自分が自分じゃないみたいでした」

「それが舞台の魔力よ」


 社長は少しだけ顔を綻ばせた。


「舞台の上ではいつもと違う自分が現れるわ。隠していた本心、性質、そういったものが全て表面化するの。それを怖いと思う人もいれば、楽しいと思う人もいる。あなたは楽しかった?」

「はい。ずっとやっていたいくらいに」


 膝の上で拳を握り、ジュンはまっすぐ社長を見据える。

 手は震えているし、社長の視線も怖くて目を背けてしまいたくなる。けれど、ここで少しでも弱気な態度を見せたのなら、望みはきっと叶わない。


「それは約束を破る事だと分かってて言っているの?」


 淡々とした声色は、思惑を読み取らせてはくれない。

 本来ならすぐにでも辞めるべきだったジュンに与えられた温情を、踏みにじっていると言われても仕方がない行為で、図々しいのも理解している。しかし、諦めきれない。


「約束は覚えてるし、わかってます。迷惑をかけちゃうかもしれないことも。それでも俺――私は続けたい。皆と一緒に歌いたい!」


 胸を張って「仲間です」と言えるようになりたい。


「これまで以上に秘密がバレないよう気を付けます! レッスンももっともっと、真剣に取り組みます! 問題も起こさないし、皆の足を引っ張らない様に一生懸命にやります! だから――」


 社長の視線を正面から受け止めて、必死に願う。


「どうか、お願いします!」


 もう一度、頭を下げる。


「ナンナンからもお願いするナン」


 テーブルの上に降り立ち、ナンナンも一緒に頭を下げてくれる。

 車の中は静かで、外の物音がいやに大きく聞こえる。


「頭を上げなさい」


 社長の嘆息が沈黙を破った。


「正直、あなたがここまでやるとは思わなかったわ」

「社長……?」

「さっきも言ったけれど、Statelyのパフォーマンスは大成功だった。本当に素晴らしく、それはお客様の反応からも分かる。きっとアンケートの結果も良いでしょうね」


 社長は頬を緩ませる。


「お客様が期待している子を捨てられないわ」


 ジュンは目の前がほんのりと明るくなった気がする。


「それって……?」

「辞めなくて良いって事ナン?」


 ガバッと顔を上げてナンナンも食いつく。


「そうね。辞める事については一旦、保留にしましょう」

「ひゃっほう! やったナン! やったナンよ!」


 喜び、ナンナンが車の中を飛び回る。


「本当ですか? 本当に良いんですか?」


 言われた言葉が信じられなくて、思わずジュンは確認してしまう。


「本当よ」


 社長は頷く。


「とりあえず、という事になるけれど、辞めなくて良いわ。今回のアンケートの結果次第になるけれど、おそらく良い物となるでしょう。そうなってくると、他の役員からもあなたの退所について、待ったが掛かるはずよ」


 商品としての価値が認められたのなら、社長の一存で辞めさせる訳にもいかない。本人に退所の意志があるのならば話は別だが、続けたいと願っている以上、独断専行は好ましく無い。


「本当、よくやったわね」


 肩を竦め、社長はため息をつくが、うんざりしていると言うより、感心の色が強い。


「ジュン、どうしたナン?」


 呆然としているジュンの顔をナンナンが覗き込む。


「嬉しくないナン?」

「えっと……」


 目をしばたかせ、自分の胸に手をあてる。


「嬉しい」


 言葉にすればポンッと感情が弾ける。

 ポップコーンが弾けていく様に喜びが身体中に弾けて満ちていく。


「嬉しい! 嬉しいよ、ナンナン! 私、辞めなくて良いんだって! やったね、ナンナン!」


 ナンナンと両手を繋ぎ合い、ブンブンと上下に動かす。


「そうナン! やったナン! 正義は勝つナンよ!」

「ちょっと、それじゃ私が悪みたいじゃない」

「違うナン?」


 あざとく小首を傾げたナンナンは、飛んできた社長の拳をさっとかわしてジュンの後ろへ隠れる。


「この疫病神が……!」

「ナンナンは可愛い妖精さんナン!」

「もう、ナンナン! 失礼な態度取らないの!」


 折角勝ち取った権利が、ナンナンの振る舞いのせいでご破算になってしまっては堪らない。


「社長、本当にありがとうございます」


 やっと伴ってきた実感を大事に受け止めながら、ジュンは感謝を伝える。


「やぁね。お礼を言うのは早いわよ。すぐに辞めなくて良いってだけで、続けて良いとは言ってないでしょう。アンケート結果によって続けさせるかは決めるわ」

「アンケートなんてぶっちぎりで一番に決まってるナン!」

「まぁ一番かはともかく、悪くは無いでしょうね」


 社長は頷く。


「けれど続けて良いとなっても、あなたが難しい存在なのは変わらないわ。デビューするかどうかも別の話になるし、秘密がバレたらその時点で辞めて貰う事には変わりないし」

「相変わらず冷淡ナンね。これだから夢を忘れた魔法少女(笑)はー」

「だから見えてるんだっつーの! (笑)がっ!」


 睨みつけられても手が届かないと思って、ナンナンは平然としている。同じく向かい側にいるジュンにも睨みと冷気が浴びせられるので、いちいちあおるのを止めて頂きたい。


「アンケートの結果はいつ分かるんですか?」


 空気を換えるためにも尋ねてみる。


「来週中には分かるはずよ。それまでは他のメンバーもお休みの予定だし、あなたも休んでいなさい。集計が終わって、話し合いの結果が出たら呼び出すわ」

「わかりました」


 暫定的な残留で、またも緊張の日々が続きそうだが、大方良い結果になると言われてもいるし、ひとまず安心出来る。そうなると早く皆に伝えたい。

 そわそわと動き始めたジュンに社長は苦笑する。


「話すべきことは終わったから、行って良いわよ」


 めんどくさそうに手を振り、追い払われる。


「はい! ありがとうございます!」


 最後にもう一度頭を下げて、電話をかけ始めようとした社長を残して車から飛び出す。

 太陽はそろそろ傾き始めているが、まだ青空は広がり、清々しい天気だ。解放的な気分になったのは、外に出たからというだけでは無いだろう。


「早く皆に報告に行くナンよ」


 ナンナンはジュンよりも逸って手招きをしている。


「うん、行こう!」


 急く気持ちに従って、ジュンは走り出す。通路を走るわけにはいかないが、外ならば構わないだろう。車に注意しながら移動し、楽屋口の守衛さんに会釈をしつつ、中へと入る。

 そこではメンバー達が待っていてくれていた。


「ジュン!」


 姿を見せるとナギ達はすぐに駆け寄ってくる。心配顔の皆に向けて、ジュンはピースを突き出した。


「やったわね!」

「良かったな、ジュン!」

「俺も嬉しい!」


 センには乱暴に頭を撫でられ、ルイは手を握ってしきりに頷く。ハルもそこに手を重ねて、珍しく微笑んでくれている。口々に喜びの言葉を発し、はしゃぐ三人の奥で、ナギだけが俯いて佇んでいる。


「ナギ?」


 一番応援してくれて、一番支えてくれたはずの人が喜んでくれない。一抹の不安を感じながらジュンはおずおずと呼びかける。


「――……った。良かったな、ジュン……」

「ナ、ナギ!?」


 なんと、ナギは泣いていた。

 予想外の出来事にジュンはもちろん、他の三人も唖然として棒立ちになる。


「本当、良かった……。マジで安心した……」


 へなへなと座り込み、項垂れたナギは時折鼻をすすっている。

 ジュンはそっとルイ達の手を離し、ナギの前でしゃがみこむ。


「信じてるって、ナギがずっと言い続けてくれたおかげだよ」


 信じていても不安がよぎる事はある。けれど、そんな姿を一切見せず、信じていると言い続けてくれた。だから勇気づけられた。だから頑張ってこれた。


「ありがとう、ナギ」


 ぽんっと、いつもしてくれるようにナギの頭に手を乗せれば、柔らかな髪の感触とほのかな温もりを感じる。

 お腹の中がむず痒くなる気がした。


「信じてくれてありがとう」


 もう一度口にしたお礼と共に、ジュンの目からも涙が落ちた。

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