11:問題発生?
事務所への申請は無事に通り、曲が決まった。
早速ハルが振り付けを作り、出来た所から皆に教えていく合間に、歌の練習も行っていく。準備は順風に思えた。
「衣装についてなんだけど」
レッスンが終わり、片づけを始める皆にルイが呼びかける。
「お揃いのTシャツを用意するから、ボトムスは各自で準備しておいて。色は黒が良いわ。ストール巻くのは良いけど、何か羽織るのはナシでお願い」
「了解」
「わかった」
自分の持っている洋服を思い返しながら、それぞれが了承していく。
そんな中、ナンナンがふよふよと肩を落としながらジュンに近づいて来る。
「あー……ジュン?」
「どうしたの、ナンナン?」
ドリンクを飲みながら横目で見やれば、ナンナンは肩を落とし、視線を彷徨わせている。
「衣装の事ナンが……」
「うん、どんなの出してくれるの?」
レッスン着しかり、ダンスシューズしかり、ジュンとして必要な物は全てナンナンが用意してくれている。なので、今回の衣装も任せるつもりだ。
「それが……出せない……ナン」
「え!?」
驚きのあまり、ドリンクが気管に入ってむせてしまう。せき込むジュンにメンバーの注目が集まるので手を掲げて大丈夫だと示す。ナンナンは背中をさすってくれるが、手が小さすぎて効果は薄い。
「大丈夫か、ジュン?」
唯一ナンナンの姿が見えるナギは、異変を察知して寄ってくる。
「う……うん、大丈夫。かなぁ?」
頷きつつナンナンに視線を向ければ、避けるように目を逸らされた。
「とりあえず片付けて、人の居ないとこ行くぞ」
声を潜めてナギが言うので、ジュンは黙って頷いた。
帰ったフリをしてメンバーと別れたジュンとナギは、階段の踊り場にいた。移動にはエレベーターを使う人が多い為、ここなら人気も無く、密談には最適だ。
「で、一体どうしたんだ?」
早速ナギが口火を切り、ジュンを見やる。
「えっと……ナンナン?」
ジュンも困り顔でナンナンに問いかける。
「衣装が出せないってどういうこと?」
「出せない?」
訝しげに眉を寄せたナギに、必要な物はナンナンが用意してくれていたと説明し、同時に衣装の用意が出来ないと言われたことも伝える。
「ナンナン、どういうこと?」
ずっと押し黙るナンナンに、つとめて平然を装って尋ねる。
「――実は」
ナンナンはやっと重い口を開く。
「予算が無いナン」
「は?」
ジュンとナギは同時に声を出す。
「予算? 予算って、予算?」
「そう、予算ナン」
ナンナンは頷き、言葉にしたことで吹っ切れたのか、続けて話し始める。
「エージェントとなる妖精には、それぞれ予算を与えられてるナン。それで必要経費を賄うナン」
何と、ジュンが使っている物は魔法などで出したのでは無く、買ってきたものらしい。まさかの事実にびっくりだ。
「で、その予算がそろそろ尽きそうナンよ」
「ということは、つまり?」
「お金が無いナン」
端的な結論にジュンは目をしばたかせる。
お金が無い。
世知辛い現実の中ではそういう事もあるだろう。しかし、それを口にしているのは妖精というファンタジーな存在で、あまりにもあべこべな気がする。だが、問題はそこでは無い。
「そしたら私、衣装どうすれば良いの?」
「あー……残念ながら、衣装ナシってことで――」
「そんなのイヤ!」
一人、ズボンも履かず、パンツ一丁で踊る姿を想像し、ぶるっと体を震わせる。
「ナンナン、どうにかしてよ!」
「そんな事言われたって困るナン!」
睨み合い、言い合う二人にナギは頭を掻きつつ、止めに入る。
「とりあえず、落ち着けって二人共」
「だって……!」
価値を認めさせなくてはならないのに、衣装も無しでは話にならない。これは死活問題だ。
「えっと、ナンナン。予算は追加できないのか?」
「出来なくはないけど、経費削減が叫ばれている今日、そう簡単に追加の申請は通らないナン。第一、あの経理のお局ときたら、いーっつも重箱の隅をつつく様にねちねちねちねち――」
「わかった! わかったから!」
ドス黒い空気を吐き始めたナンナンを遮り、ナギは深く息を吐く。
「そしたら自分で用意するしかないな」
「自分でって言われても……」
「ジュンは兄貴がいるんだろ? 借りれないのか?」
そう言われて、兄の顔を思い浮かべる。
三人の兄は歳が離れており、既に三人とも家を出ているが、荷物は家に残されている。その中に洋服も当然あるだろうが、問題が一つ。
「サイズが合わないと思う」
兄達は皆、山登りやら筋トレやらが趣味で、遊ぶと言えば体を動かす事な、アウトドア派だ。全員、背が高く、がたいも良い。ジュンも男の姿になったとはいえ、どちらかと言うと華奢で小柄で、兄達の服ではぶかぶかだろう。
「サイズか……」
「ナギの服は貸してくれないナン?」
「俺の?」
腕を組んで考え込んでいたナギは顔を上げる。
「俺のでも良いんだけど、黒のボトムスは持ってないんだよ。だから買いに行こうかと思ってて……」
そこまで言って、ナギは手の平にぽんと握った手を叩く。
「そうか。俺が買ってやるよ」
「え!?」
「つっても貸してやるだけな。終わったら返せよ。それなら問題ないだろ」
名案とでも言わんばかりにナギは晴れやかな顔で頷く。
「でも良いの?」
「だって無いと困るだろ」
「そうだけど……」
ナギは何でもないことの様にしているが、やはり恐縮して俯いてしまう。そんなジュンの頭をナギは乱暴に撫でる。
「今更、気にすんなって! あ! それとも気にしてるのは丈の事か? 確かに余っちゃうかもなぁ」
イタズラっぽく笑うナギに、ジュンは頬を膨らませる。
「むしろ足りないかもね!」
ふんっと息を吐きつつ言いかえし、それから二人で笑い合う。
「――ありがとう、ナギ」
正直、助かるのだから、ここは素直に甘えてしまうことにして、お礼を言う。
「どういたしまして」
また二人で微笑みを交わす。
「イチャついてんじゃないナン」
にょきっと二人の間に割って入り、ナンナンは半目で睨みつけてくる。
「BでLな展開はノーサンキューナンよ」
「またナンナンの意味分かんないヤツが始まった」
ジュンは肩を竦める。
ふと訪れた合間の静けさに、足音が響く。
「誰か来るナン」
音は階下から聞こえてきており、段々と近づいて来る。
角を曲がり、姿を現したのは見覚えのある顔だった。
「サキ」
ナギが名前を呼ぶ。
サキは二人の姿を見て目を見開いた後、視線をジュンだけに移し、それから微笑んだ。
「辞めなくて済んだんだ。良かったね」
「ふぇ?」
一瞬、何の事だか分からず、変な声が出てしまう。
「社長、許してくれたんだ?」
「何でその事知って――」
「僕も現場に居たんだけど?」
「あっ!」
そういえば、あのライブにはサキも参加していた。問題の場に居たかは覚えていないが、あれだけ騒いだのだから何があったかくらいは知っているだろう。
「サキも心配してくれてたのか。ありがとな」
今度はナギの言葉にぎょっとする。それはジュンだけでなく、サキもだ。
はっきりいってサキがジュンの心配をするいわれはない。まず出会いが悪かったし、その後も関わることも無く、話したことすらない。そんな人物の心配をどうしてするのか。
困惑するジュンをよそに、ナギは心配していた前提で話を進める。
「もしかして、お前も社長に取り成してくれたのか?」
「えぇ!?」
「僕は見た事をそのまま報告しただけだよ」
そしてサキも否定はしなかった。
「えっと……ありがとうございます?」
何故かは分からないが、一応かばって貰えたらしいし、とりあえず頭を下げてお礼を言っておく。するとサキはまた目を見開き、頭をあげたジュンとしばし戸惑いつつも見つめ合ってしまう。
「やっぱりサキは優しいな。ありがとな」
「別に優しくなんか……。優しいのはナギの方でしょ」
晴れやかに笑うナギに、サキは渋面を作る。
「いつでも仲間を大事にするもんね」
褒めているはずなのに、言葉にはどこか棘がある。その真意が分からず、ナギは困惑し言葉に詰まった。
「仲間達と仲良くね」
綺麗な顔立ちに笑みを浮かべて吐く当てこすり。毒を含む声色にジュンはたじろいで一歩下がり、その空いた空間をサキは通り抜けようとする。
「サキ」
ナギが腕を掴んで引き留める。息を呑んだサキは、その瞳にナギの姿を映した。
「お前も大事な仲間だ」
告げるのは真摯な言葉だが、どこかナギの顔は苦しそうだった。
サキはしばしその顔を見つめた後、そっと目を伏せ、腕を振り払った。
「ウソツキ」
ぽつりと漏らした言葉を残して、サキは振り返ることなく去っていく。ちらりと見えた表情は怒りというよりは寂しそうな、泣きそうな顔をしていた。
そして、その後ろ姿を見つめるナギも同じ顔をしていた。
ナンナンは現場の担当なので、事務員さんとはいがみあったりしなかったりするんです。