10:イベントに向けて
社長への報告は一人で行った。正確にはナンナンも一緒だったが、社長と相対したのはジュンだけだ。
ナギも付いて行こうかと言ってくれたが、正体がバレた事を秘密にしなくてはならないし、これは自分がやらなければならないことだと思ったので断った。
もう甘えない。
仕事に対する甘さが、自分の行いに対する責任への認識の甘さが、今回の騒動の発端だ。だから、それらと決別するためにも、一人できちんと社長と向き合い、宣言したかった。
まっすぐ目を見て「イベントへ出ます」とだけ宣言したジュンに、社長も「頑張りなさい」とだけ返してくれた。
価値を認めさせ、辞めなくて済むようにする。そんなジュン達の思惑はお見通しの様にも見えたが、否定も却下もされなかったので、勝手に頑張る事にする。
社長とのことが終われば、次はメンバー達への報告だ。
メンバー達は休憩室で待っていてくれていたので、社長室を出て真っ直ぐに合流した。待ちくたびれていたのか、ジュンが顔を見せれば皆、一様に顔を綻ばせてくれた。しかし、報告に伴って、表情も曇っていく。
イベントには出られるが、それを以って辞めなくてはいけない。だからイベントで辞めなくても済むよう、活躍してみせる。だから一緒に頑張って欲しい。
正体や契約の事は話せないので、他のメンバーにはそう報告した。
本当は他のメンバーにも正体を明かしたいが、社長との約束もあり、ナンナンもこれ以上、秘密が漏れるのは妖精的にも問題という事で、諦める事にした。
「そうか……。頑張ろうな!」
辞めなければならない理由については話していないが、詳しく聞くことはせず、センは快活に笑う。
「ええ、頑張りましょう。私も出来る限り協力するわ」
ルイもジュンの手を取って、請け負ってくれ、その横ではハルがしきりに頷いている。
皆、ジュンの帰りを受け入れてくれ、当たり前のように応援してくれる。それはとても嬉しくて、やはり皆に報いたいと思う。
「そうと決まれば、さっさと色々決めちゃおうぜ。時間は無いんだから!」
ナギが促し、センも頷く。
「そうだな。じゃあ、まずイベントについてたが――」
ジュンがイベントについて知っているのは、渡された紙に書かれていた事だけで、センが補足してくれる。
スピリッツ・フェスタ
それがイベントの名前で、事務所の名前が掲げてあることから分かる通り、事務所主催のイベントだ。毎年開催しているファンへの感謝祭のようなもので、二日間かけて行われる。会場ではグッズの販売、展示、握手会なんかもやるらしい。
「で、会場には仮設ステージがあって、そこで色んなユニットがパフォーマンスをする」
メインはデビュー済みのユニットだが、デビューを控えた若手や研究生のユニットも、合間に出演させて貰える。一枠三十分と短い時間だが、顔を売れるチャンスであり、そこから人気が出てデビューしたユニットもいるとなれば、出演希望者は山ほどいる。そんな貴重な一枠をStatelyは貰えるらしい。
「最終的な許可はいるが、基本、曲の構成、振り付け、衣装なんかは全部自分達で決めることになる。自己プロデュース能力も鍛えられるってわけだ」
「私達は去年もやらせて貰えたの。だから安心して頼ってね」
「うん。ありがと、ルイ」
柔らかく微笑んで請け負ってくれるが、それに甘え過ぎない様にしなければ。
「曲は三曲ぐらいが限度で、一曲はダンスナンバーを入れる。ハルにも見せ場を作らないとな」
「俺、踊る」
センの言葉にハルは大きく頷く。
「あと振り付けは俺が作る」
「そうだな。頼む」
ユニットのダンス担当と言えばハルなので、誰も反対することなくお願いすることになる。
「曲も早い者勝ちだから四、五曲くらい候補を決めておかないとな」
基本的には事務所所属のアーティストの曲を使う事になるが、もちろんメインでライブを行うユニットに優先権がある。となると必然的にカップリング曲やらファンならば知っている曲、等になる。
いくつかの曲が挙げられ、絞り込まれていく。手慣れた様子で四人が決めていくので、ジュンはほぼ眺めているだけだ。
「そうだ! どうせなら一曲、ジュンをメインにしてやろうぜ」
ナギの提案に、ジュンは目を瞬かせる。
「え? 良いの?」
「何言ってんだよ! お前のスゴイ所、見せつけてやるんだろ! な、皆も良いよな?」
ナギが問いかければメンバー達は反論もせず、頷いていく。
「良いと思うわ。コーラスはきっちりやるから、音外さないようにね」
「かっこいい振り付けにするから、間違えないで」
「皆、やる気だな。責任重大だぞ、ジュン」
センが大きな手でガシガシと頭を撫でる。
「うん、頑張るよ!」
両手を握りしめ、ふんっと息を吐いて力を入れる。
最終的にジュンがメインに一曲、メインボーカルはナギのダンスナンバーを一曲、皆で歌える曲を一曲という構成になり、予備の候補も揃えて決められた。
「曲が決まったから、次は――」
「衣装ね」
モデルもやっているルイがずいっと前に出る。
「事務所からも借りれるけど、そうすると派手すぎるし、手続きも面倒だから、自前で行きましょう。ポップスばかりだからカジュアルにして、それぞれの個性を出しつつ、統一感があると良いわ」
「そうだな。じゃあ衣装の監督はルイに任せて良いか? 事務所とのやり取りなんかは俺がやるから」
「ええ、もちろんよ」
ルイは了承して頷く。
「はい!」
ジュンは大きく手を挙げる。
「オレは何をすれば良いですか?」
それぞれ得意分野というか、役割分担が上手くできている。甘えないと決めたのだから、ここいらの裏方仕事でも何か役に立ちたい。
「ジュンは――何もない」
センは言い辛そうに、しかしキッパリと言い切る。
「そんなぁ! 何かやれることちょうだいよ!」
「つってもなぁ……」
「安心しろ、ジュン。俺も役割無いぞ」
ナギが堂々と胸を張るが、何も安心できない。
「オレ、役立たず……?」
しょぼくれてしまいそうになった背中を、ナギが思い切り叩く。
「何言ってんだよ。歌、覚えたり、やることはいっぱいあるだろ。そっちに集中するためにも、めんどくさい事はセン達に任せとけば良いんだよ」
「ナギの言い方には引っかかるが、まぁそういう事だな」
「そうよ。やる事ばかりでパンクしても大変だもの。こういう時は頼りなさい。仲間なんだから」
そう言われてしまえば、これ以上反論するのも野暮だろう。
「わかった」
ジュンは大人しく頷く。
「オレ、頑張る!」
ぐっと気合を入れて、ジュンは拳を突き上げた。
ぽんぽんっとセンが頭を撫でた。
「いやぁ、ジュンは素直で良いなぁ。ウチの怪獣共もこんなんだったら楽だったのに」
「怪獣?」
「ああ、弟達だ」
センは指で三を示す。
「あ、オレと一緒! オレもお兄ちゃんが三人いるんだよ!」
思わぬ共通点に顔を綻ばせれば、センの撫でる手は更に勢いを増した。
「ジュンの兄貴はきっと楽だろうな。こんな素直な弟で。まぁウチのも可愛いつっちゃ可愛いんだが、やんちゃでなぁ。まぁおかげで天使に目覚める事が出来たんだが」
「は?」
話の飛躍に付いて行けず、ジュンは固まる。それはナギ、ルイ、ハルも同じらしく、訳が分からないと言う顔でセンを見ている。
「お? 何だ? 聞きたいのか?」
どう勘違いしたのか知らないが、皆が興味を持ってくれたと思ったらしいセンは、喜色を浮べ、同意を得てもいないのに話し始める。
「俺が小学生の頃。ある日、子供だけで留守番をすることになった。当然、三人の弟の面倒も俺が見ることになる。しかし、奴らはいう事を聞かない!」
小学生の弟ならば、当然小学生以下で、そんな年代の男子にやんちゃをするなと言う方が無理だろう。
「暴れ、喧嘩し、ちっとも静かにならない弟達と、一向に帰ってくる気配のない両親。俺は匙を投げ、テレビをつけた。そこに映っていたのが、そう! 天使だった!」
尚もセンの力説は続く。
「あどけない笑顔で歌い踊る天使! その天使がふと動きを止めた! どうやら歌詞を忘れてしまったらしい。これは放送事故!? 泣いてしまうかもしれない。俺は思った。けれども彼女は少しはにかんで笑うと、ハミングで歌いだしたんだ! 失敗してもくじけず、頑張るそのいじらしい姿! うちの怪獣どもとは全く違う、儚く弱い少女の、芯の強さ! どうして涙せずにいられよう! そして俺はその時、決めたのだ! 少女を守る守護者になると!」
高らかに突き上げられる拳と、言い切った清々しい表情のセン。一方メンバー達は置いてけぼりで言う言葉も無い。
「つまり、あー……。テレビで観たアイドル憧れたってことで良いのか?」
「違うぞ、ナギ! 天使だ!」
「ああ、うん、天使な。天使」
どうやらナギは理解を諦めたらしい。
「そして俺は天使を守るため、事務所に入った」
「え? そんな理由?」
まさかの志望理由だ。
「センは天使に会いたくて事務所に入ったの?」
「会うためじゃない、守るためだ。まぁでも会えなかったんだがな」
センは肩を落としてため息をつく。悲哀を誘う様ではあるが、理由が理由だけに共感できない。
「センの嗜好の理由なんて、知りたくなかったわ」
ぽつりと漏らされたルイのつぶやきが、皆の心を代弁していた。
「まぁ、センが頼りがいのある兄貴分なのことには変わりないしさ」
ナギが苦笑いを浮かべながらフォローを入れる。
「あ、でも、お兄ちゃんっていうより、お父さんっぽい」
ふと思いついて口にすれば、何だかとてもしっくりきた気がする。
戻ってくれば「おかえり」と迎え入れてくれ、どんな時も応援してくれる仲間。それはとても家族と似ている。
「センはユニット内のお父さん! で、ルイがお母さん!」
ジュンは楽しくなって続ける。
「で、残りは子供ってか。いきなり子だくさんだな、母さんや」
「いやよ、ロリコンの旦那なんて」
にやりと笑いながらセンも乗っかり、ルイも口ではそう言いつつも楽しそうだ。
「俺、おじいちゃんが良い」
「えー。ハルもお兄ちゃんが良いよ」
ちゃっかりと役割を主張するハルに、ジュンは頬を膨らませる。
「あ、なら俺、長男な。で、ハルが次男で、ジュンは末っ子。ということで、皆、俺の言う事聞けよー」
「いやいや、ナギよ。父の言う事の方が大事ではないかね?」
「あら、母親は偉大なのよ?」
すぐさま覇権争いが始まり、やいのやいのと言い合う。
他愛のないじゃれ合い見つめながら、ジュンは戻って来たのだと実感する。そして、ここに居続けられる様に頑張ろうと、もう一度しっかりと誓った。
結局ハルはおじいちゃんに落ち着きました。
もう一つの家族です。