序:オーディション
魔法少女(?)ものです。
よろしくお願いします。
芸能事務所・スピリッツの代表取締役・社長である速水千紗は、ため息をつきたい気持ちを何とか押し殺し、笑みを顔に貼り付けていた。
事務所の持ちビルの一角、会議室には事の幹部と、彼らに査定される原石、つまりオーディションを受けている少年がいる。
入れ替わり立ち代わり入室する少年達は、夢に向けて真剣なまなざしで自分をアピールしてくるが、千紗の気分は沈んでいくばかりだ。
よく芸能人にはオーラがある、と言うが、実際に目を惹く人間というのは存在する。しかし、今日の少年達にそれを感じることは出来ない。昨今の人手不足は深刻だ。
やはり育てていくしかない。
何度も巡る考えと結論。
いきなり大成する子はいない。ゆっくりじっくりと育てていけば、いつか大輪の花になる子もいる。そういう可能性に掛けるしかないのだ。
「次の子で最後です」
案内役の言葉に千紗は姿勢を正す。
これが終われば退出できる。そしたら貼り付けている笑顔の仮面を取っ払う事も出来る。
「し、失礼します」
おどおどとしながら入ってきたのは、まだあどけなさの残る少年。細身で身長も小さめだが、年齢的にこれから伸びるだろう。そして中性的で整った顔立ち。
これは“当たり”だろうか。
思わず千紗の眉が上がり、他の幹部達も気持ちを引き締めたのが伝わってくる。
「では椅子へどうぞ」
「は、はい!」
少年は同じ方向の手足を動かしながら、部屋の中央に置かれたパイプ椅子の前へと来る。
「よりょしくおねがいしみゃす!」
勢いよく頭を下げ、お尻がぶつかり椅子が倒れる。
「す、すみません!」
慌てて椅子を戻し、少年は椅子に腰を落とす。視線は宙を彷徨い、手はきつく握られている。
オーディションというのは緊張するものだが、少年の緊張度はかなり高いようだ。
「えー……では名前と年齢をどうぞ」
あっけにとられていた進行役が、ようやく自分の仕事を思い出し、オーディションが始まる。
「はい……! えっと三好あ――じゃない、ジュンです。三好ジュン。年は十……五? です」
何故、自分の年齢が疑問形なのか。しかも名前まで間違えそうになっている。
千紗は少しだけ上がっていた気分が、どんどん下がっていくのを感じる。どんなに見た目が良くてもこれでは使えない。
いや、まだ決めつけるのは尚早だ。育てていけば物になるかもしれないし、緊張なんて慣れていけば良いだけだ。
判別するためにも話をしなくてはならない。緊張をほぐしてあげ、内面を探り出すのも選ぶ側の役割だろう。
「ジュン君は何故、この世界に入りたいのかしら?」
なるべく優しい声を出して尋ねれば、少しだけジュンの表情は緩んだ気がする。
「小さい頃から歌が好きで……あっ! ダンスも好きです。テレビに出てるアイドルの真似して踊るのが好きで、家ではよくやってます」
「へぇ、どんなアイドルの真似をしてるの?」
「はい! 最近はフルールが好きです!」
千紗の動きが止まる。
フルール。
聞いたことはもちろんある。
キャッチコピーは「花咲く国からやってきた。花の妖精・フルールです!」で、ブリブリのフリルとリボン、レース満載のドレスで歌って踊る三人組の少女アイドルユニットだ。ちなみに決め台詞は「あなたのハートを満開にしちゃうぞ!」だ。
「あー……まぁ可愛い子達よね。歌も上手いし」
色物っぽい見た目だが、三人が違うパートを歌ってハモったり、実力は確かで業界でも口の端に上ることも多い。
「はい! デビューした時から好きなんです!」
同意されたことが嬉しいのか、ジュンは満面の笑みになる。
「歌も上手いし、ダンスも皆きっちり揃ってて、しかも衣装も可愛くて、私も着てみた――」
そこでジュンの動きが止まり、千紗も面をくらう。
着てみたいって言いかけた?
確かに中性的な顔立ちだし、まだ体も出来てないから着られるだろう。化粧や衣装のアレンジ次第では似合わない事もないかもしれない。
見当違いな方向へ行きかけた思考を誤魔化すためにも、千紗はぎこちなく笑顔を浮べ、ジュンも同じような表情を返してくる。
「――――あー……、僕も女の子だったら着てみたいなぁーって思いました!」
「そうね、可愛いものね」
千紗が頷き、後は他の幹部達からも当たり障りのない質問がいくつかされ、ジュンは退室していった。
深く重いため息が出る。
あれはモノになるか?
まず見た目はかなり良い。声もちょっと高めで変声期間際の、独特な魅力がある。しかし――。
千紗の足りない経験では彼を量ることはできず、渋い顔のまま合否のマークを書き込んだ。