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こいしてるーぷ  作者: 白木サトミ
1/4

その一

 背徳的な恋に、恋していた。

 性欲の延長線上にあるような、ありふれたものではなく。

 理屈で嵌まり込むような、恋。

 私だけの理屈で成り立つ、私だけの恋。

 誰に理解されなくても。

 私の中で理屈が通っていれば、それでいい。

 

 私という大月怜佳は、恋の縁に立っている。

 

 半歩進めば転がり落ちることができる位置で、立ち止まっている。

 恋をしたいくせに。

 恋ができるとわかっているのに。

 恋をしているようなものなのに。

 踏み込むのではなく、転がり落ちたいと願っている。

 理性ではなく、理屈に沿いたいと思っている。

「また変なこと考えてる」

 私の物思いを分断した声には、諦観が滲んでいて。

「……どうかしら」

 私は私で、物思いを遮られたせいで、毛玉のようにもさついた言葉を返してしまった。

「いや、顔に出てるから」

「そう?」

 否定せずにいると、呆れ混じりの溜息が、私の頬をくすぐった。

「葵の溜息、おいしい」

 ミント風味。

「そういうこと言われると、あんたの前で呼吸したくなくなるから、マジでやめて」

 吐息を舌の上で転がしてみせると、友人―小日向葵―の顔が、おぞましさに戦慄いた。

 のけぞる動作に合わせて遠ざかっていく亜麻色の髪は、水鞭のように流麗で。

 眉根を顰めているのに、かわいらしい顔は、かわいいまま。

「ごめんね。もうしないわ」

「こっち見て言え」

 ダイナミックなのけぞりから一転、私の視界を覆わんばかりに、大きな瞳が接近する。

 ここまで大げさに軽蔑しておきながら――

「ま、いいけど」

 結局はあっさり許して、微笑んでしまう優しさ。

 善性に満たされた笑みは尊く、愛らしい。

「ふふっ、ありがとう」

 眩しいほどの善人。

 私のように、偽悪を好む人間とは、本来ならば相容れない存在。

 奇縁としか言いようがない。

 どうして葵が私と共に居てくれるのか。四年来の付き合いだが、いまだに不思議でしかたがない。

 中学二年の時に、同じクラスになって。

 なぜか、葵から声を掛けてくれた。

 席は離れていたし、一年の時は違うクラス。とりとめない世間話をする程度の関わりすらなかったのに。

 教室中央の席でたそがれている私へ、葵は慈母のような笑みを浮かべながら、優しい挨拶をくれた。

 体育で二人組を作る時は、必ず私と組んでくれた。

 文化祭や体育祭のようなイベントが大好きなくせに、そういったイベントが苦手な私に合わせて、裏方に回ろうとする。

 私が風邪を引いたら、回復するまで毎日見舞いに来る。

 私が同級生から直接的かつ陰湿な仕打ちを受けそうになった時は、どこからともなく現れ、私を救い出してくれた。

 バレンタインの時などは、私の為だけに高級チョコを買い、それをわざわざ湯煎して、私と葵の名前を刻んだチョコを作ったりする。

 賑やかで、騒々しくて、お人よし。

 いつもいつも、私の傍に居てくれる。

 嗜好はまったく噛み合わないというのに。

 私も葵も、なにも変わらず自然体のまま、一緒に居続けて。

 葵は、善い人のまま。

 私は、偽悪をすっかり性根に沁みつかせてしまった。

 けれど、縁は途切れず、一緒にいる。

 腐れ縁とは、こういう関係のことなのだろうか。

 一度、葵に尋ねてみたいとは、思う。

 なぜ、私に声を掛けたのか。

 なぜ、私と一緒にいてくれるのか。

 そんな問いは無粋で、葵に対しての侮蔑でしかないから、決して口にはしないけれど。

 葵なりの理屈を、私は理解できずにいる。

「で、なに考えてたの?」

 主不在の隣席へ腰を下ろしながら、葵が問うてきた。

「たわいもないことよ」

 私だけの理屈を、葵に開示するつもりはない。

 卑下しているつもりではなく。

 葵から見れば、私の恋なんてたわいもないものだ、と。

 本心から、そう思ったのだ。

「ふーん……」

 口をへの字に曲げる葵へ、微笑んでみせる。

「あなたの言う通り、『変なこと』よ。気にしないで」

 皮肉のつもりはなかったが、葵は私の言葉が気に入らなかったようで、

「ま、いいけど」

 前髪を掻き上げながら、視線を逸らしてしまった。

 たとえばの話――葵との間に、背徳は成立するか。

 答えは、否だ。

 葵との恋に、私は抵抗を覚えない。

 私の中の道徳は、葵への恋心を受け入れてしまう。

 かわいくて、優しくて、素直で。

 欠点を挙げる方が難しい少女。

 私のように、一人で蠢いている人間を見つけて、声を掛けてくれる少女。

 私が葵に恋をしても、なんら不思議ではない。

 葵を、実に好ましい友人だと思ってしまっているから。

 私は、葵に恋することができる。

 そこに背徳は成立しない。

 だから、駄目なのだ。

 私は、背徳的な恋に、恋しているから。

 葵に恋することは、できない。

 不機嫌な横顔を眺めながら、自己中心的な申し訳なさに浸っていると――頬を舐るような視線を、感じた。

 進級してから今日まで、幾度も感じた視線。

 隠すつもりのない気配。

 葵に気付かれないように、そっと視線を横滑りさせる。

 すると、窓際の最前席からこちらを窺っていた視線と、ぶつかった。

「っ」

 私とたっぷり一秒は見つめ合った後、視線の主は満足したように、前方へ向き直ってしまった。

 目を合わせておきながら。

 視線で舐っておきながら。

 なにもなかったかのように俯いている。

「……ふふっ」

 私と同じ、石炭色の髪。

 私と同じ、乱雑なおさげ。

 私と同じ、女子の制服を着て。

 私と同じように、教室の隅で息を潜めている。

 

 そんな彼に――私は、背徳を予感している。

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