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蝉の声 ー元親友の人気者と日陰者ー

 友情はとても脆いものだと思う。かつての大親友はもう僕の隣にはいない。同じクラスにいるのに、心の距離はずいぶんと離れてしまった。誰も僕らが友達だったことを知らない。

つるんでいる友達の種類が違うし、校内で会っても話すことはないからだ。

 あっちは、根っこから明るい。こっちは、おとなしい。正反対の僕らだが、心を通わせた時間が確かにあった。あの頃のような関係に戻れたらいいと思う。

あっちがどう思っているかは知りようもないけれど。



 友情はとても軽いものだと思う。かつての大親友はもう俺のそばにはいない。同じクラス

なのに、ずいぶん遠くに感じる。誰も俺らが友達だったことを知らない。知っている奴がいたら、そいつの趣味は人間観察だろう。

 あっちは真面目で、こっちはお調子者。全然性格が違う俺たちだけど、昔は最高に仲が良かった。あの頃のような関係に戻りたい。

あっちがどう思っているかは知りようもないけれど。


 一学期の終わり、夏休みの鯉のえさやり係をだれがやるか揉めて、僕らはじゃんけんに負けた。あいつも少し気まずそうな顔してたけど、たぶん僕のほうがもっとあからさまだったと 思う。


 「9時半集合な。」あいつが宙に向かって言った。


 暑い夏休みが始まる。

明日が餌やりの初日だ。憂鬱だけど、どうしようもない。なんて話せばいいだろう。「じゃんけんに負けるなんてついてないよな。」でいいか。でも、あいつと係をやるのがついてないって意味にとられてしまうかもしれないな。などと考えているうちに、寝てしまった。


 遠くで蝉の声が聞こえる。はっと目を覚ますと、9時だ。ベッドから飛び起き、顔を洗い、食パンを牛乳で流し込み、台所の母の声を背中で聞きながら外に飛び出た。


 時刻は9:10。アスファルトを蹴って走り出す。太陽が僕を睨む中、懸命に腕を振り続ける。暑さでぼーっとしていたのか、角を曲がるとき人にぶつかった。「すいません。」と言いながら顔を上げると、「こっちこそ、ごめんな。」と返すあいつがいた。気まずい空気が流れる。蝉の声だけが頭にガンガン響く。「とりあえず、行こうぜ。」あいつが言った。


 僕らは、横に並んで走り出した。沈黙が続く。汗を流しながらひたすら走った。苦しい、話したい、暑い、話したい。頭の中で、感情がぐるんぐるん回る。今を逃せばもう二度と話せない、そんな気がして、「学校まで、競争しよう。」と僕は言った。不意を突かれたあいつは、驚いて僕を見つめる。僕も見つめ返し、うなずく。こんな些細なコミュニケーションですら、僕らにとっては久々だ。


 僕らはどちらからともなく、スピードを上げた。僕は、運動があまり得意じゃない。対するあいつは大得意だ。運動会のリレー選手はいつもあいつだった。僕らの距離が少しずつ離れていく。必死についていこうとするが、足が地面にくっついているかのように重い。


 あいつの背中を見ていると、昔のことを思い出す。明るくて、運動もできて、クラスの人気者だったあいつ。僕らはなぜか気が合って、いつも一緒にいた。どの思い出にも、あいつがいる。


 それなのに、僕らは疎遠になってしまった。原因は、僕だ。あいつは憧れの存在であると同時に、僕に劣等感を与える存在だった。隣にいると、あいつと自分を比較して、卑屈になってしまう自分自身が嫌だった。そして、僕はあいつから離れた。


 足と手を規則正しく、激しく動かす。けれども、あいつの背中は小さくなっていく。足がもつれて転びそうになる。右足が地面をぐっと踏みしめる。汗が吹き出し、喉はカラカラ。心臓はバクバク。足は走るのを拒否している。だが、心だけはまだ折れていない。鉛のように重い足を地面にたたきつけ、一瞬宙に浮かぶ。それの繰り返し。あいつの背中はもう気にしていられない。足元のみを見つめて、目的地への到達を待つ。


 ふと見上げると──校門。息が上がって、顔が真っ赤なあいつがいる。なぜか分からないけれど、すがすがしい。劣等感は雲のように流れて行って、後には青空だけが残った。

激しい息遣いだけでの会話が続いた後、僕らは糸が切れたように笑った。


 蝉の声はもう聞こえない。

 


















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