旅立ち 2-1
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イリアナたちがシーズを発ってから一週間が経過した。
日付にして七月二十日。シーズから南西に170キロ。まで約半分を消化していた。
この一週間、イリアナたちは魔人とともに生活していた。彼らは箱の中に入らず、ぬいぐるみのままの姿で外にいた。
イリアナの教練をするのが主であった。エルフィーナ紋章の機能の説明と使用方法がそのほとんどであった。
『紋章エルフィーナ』は、森羅三十六紋の一つで、三十六紋の内でも最強の一角である。
使用者の魔力を中心に身体機能を大幅に増加させ、様々な魔法を使用可能にする。そのためイリアナのような未熟な者でも、一流の魔術師の使う魔法のような効果を発揮する。
また、専用の鎧の召喚、『栄光の鎧』の使用や、意思とは関係なく使用者を守るアクティブシールド、紋章の複製などの、その他幾つもの強力な力が備わっている。
イリアナは魔法は使えが、専門的に学んだわけではないので、イリアナ自身が制御が難しいものは、紋章が制御することとなる。
一流の魔術師レベルまで引き上げられてはいるものの、使用方法や注意点などを学ばなければならない。
魔人たちは、紋章の修練や戦闘訓練もさることながら、学校の勉強の面倒も見た。
それだけではなく、一緒に寝たり、食事をしたり、ゲームなどをして遊んだり、まるで兄弟のようであった。
カーチャとレオンに対しても、王都の安全なルートをナビゲートしたり食事の手伝いをしたりと、おおよそ仕事の依頼主とは思えぬほど、イリアナたちの生活に密着していた。
魔人たちがイリアナの勉強を見てるのには理由がある。
イリアナは当初、いくつか高校を受験していた。狂戦士病の受け入れを行っている学校が、現在彼女が通うセントラフィリシカ士官学校だけであったからだ。尤もこの学校も、鉄格子つきの特殊なクラスに入れられ実質差別を受けていた。
だが、彼女はそのことに不満を持っていない。与えられた課題さえこなしていれば学校への登校は免除されているのだ。
学校としても、問題を起こす要因が減るのは都合がいいといったところだ。お互いに納得のいった形であった。ただ、彼女自身、歳相応の生活は送れていないことに、少なからず寂しさを覚えているのも事実であった。
だが最近、彼女のその寂しさを払拭するような出会いがあった。
それが魔人たちである。
彼らとの新しい生活が、彼女の中に新しい風を呼び込み、新鮮な空気を味わうことになった。
魔人たちは彼女の寂しさを埋めたかったのだ。
イリアナも、魔人たちの様々な一面を見ることになった。
特に驚いたことは、彼らの『ヴァリー&エレ』という傭兵としての顔が意外に広いことであった。
イリアナたちのように行商しながら傭兵業もする者達は武装商隊と呼ばれることが多い。魔人たちのような一般的傭兵は、拠点を決めて、そこで仕事を請けて各地へ赴く。そのため、一般的な傭兵は、拠点周辺の同業の傭兵や冒険者、街の衛兵と顔馴染みになり易い。
みみずくのぬいぐるみが動くという奇妙な存在。にもかかわらず、彼らは宿場町で出会う傭兵や冒険者、さらには衛兵や店員にまで顔馴染みがいるようだった。
ハヤテマルはエリアやルートの情報交換、エルフィーナは魔力で作動する武器や道具の魔力の補充などの仕事をこまごまこなしていた。彼らの姿は特殊であるが、特殊であるが故の立ち回り方があるのだなと素直に感心した。
魔人たちはイリアナの目からみても忙しそうに見えた。だが、当初の目的は忘れていない。
一行は宿場町で宿を取る際は必ず冒険者ギルドの修練場を借りていた。
理由はもちろんイリアナの修練である。
レオンがイリアナの相手をするのは魔人たちと知り合う前からのことだが、今回は少し違った。イリアナの修練が済んだ後はイリアナの体を魔人たちが操り、レオンの教練をするのだった。
当初、レオンはイリアナに対し本気で相手をすることを渋っていた。ましてイリアナ自身は紋章を使わないという。危険である、と。
しかし、いざ戦ってみるとレオンがまるで相手にならなかった。
レオンが紋章を使っても同じであった。レオンとて、三人で旅を始める前から剣を握っていた。傭兵としての実績も経験もある。それを差し引いても力に差があった。魔人という肩書きは伊達ではないことを身にしみて理解した。
それはイリアナにしても同じだった。自分の体を貸している間、二人の魔人はイリアナの体を文字通り手足のように扱った。イリアナはそのことを魔人たちに言ってみた。
「そう? やっぱり自分の体じゃないから、扱いにくいわよ」と、エルフィーナが言うと、
「ああ、けど、まぁ昔から子供達の体扱っていたしな」と、ハヤテマルが続けた。
扱いにくくてこれだけの戦闘力なんだ。イリアナは素直に感心した。
「なに言ってんだ。これはおまえ自身ができることなんだぞ」
ハヤテマルにそう言われた。
確かに自分の体が動き、それに伴う感覚や手ごたえなどは十分にあった。動きにもまったく無駄が無く、流れるようで逆に何をしているのかわからないことが多すぎであった。
「力が追いついてくれば、その時わかるさ」
そういいながらハヤテマルはイリアナの頭をポンとたたいた。
イリアナもまだ教わり始めてから一週間であることだし、まして正式に弟子入りしたわけではないのだ。
そう、正式な弟子でもないのに惜しげもなく技術を教えてくれる。自分はこの人たちから、いろんなものを貰い始めている。もしこのまま貰い続けて、はたしてこの人たちに何か返せるのだろうか。
こんなにも早く人を信用するとは思っていなかった。
いや、この人たちを疑う気にならない。なれない。
そう感じずにはいられない。
彼らは魔人として接するのではなく、またイリアナをバーサーカーとして見るでもなく、ただ同じ人として、同じ目線で接するのだ。イリアナは差別や侮辱を受けることが多い。しかし彼らは事実を知りながらなおケロリと接する。それがイリアナを安心させるのだ。
同じ偏見の目で見られるもの同士ではあるが、彼らは卑屈にもならず自分自身を見失っていない。イリアナは彼らを手本にしようと思い始めていた。