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まじめと魔人 S-7

 夜が明けた。

 昨晩の戦いの後、イリアナたちは城に泊まるこっとなった。

 これは領主であるセオドアの厚意によるものだった。イリアナたちは要人待遇で昨晩を過ごした。

 目もくらむような絢爛豪華な食事、案内された部屋はおおよそ三人が使うには広すぎるほどで、高そうな調度品や絵画などが飾られていて、落ち着かないまま床に就いた。


 そして朝食を済ませた後、レオンたちはセオドアに呼ばれていた。

 執務室は昨日とは打って変って書類が山積していた。そして警護には、名の知れたかなりの使い手たちが当たっている。

 セオドアは、体中のあちこちに包帯を巻いて執務に当たっている。もっとも大きな怪我は無く、軽い打撲や捻挫、擦過傷が数えるくらいだったらしい。これは彼の盾になって戦った兵士の功績だろう。その兵士も重傷者もいるが、いずれも再起可能であるとのことだった。

 彼は、レオンたちへの感謝も彼は忘れてはいなかった。

 まず、イリアナがあけた城の大きな風穴や不法侵入について話があった。責めるどころかイリアナたちの忠告を受け入れなかった己の浅慮と、対象を侮ったことへの自戒と感謝を込めて一切賠償をしなくて良いとのことである。それどころかありえない額の報奨をもらう形となった。

 報奨の額面の、レオンもカーチャも目を丸くした。確かに命がけではあったが、彼らが一年かけて稼ぐ額の倍近い数字であった。

 そんな金額に浮かれている暇は無かった。というのも、大きな問題が残っていた。

 それはイリアナ一人で、器道衆を倒したということ。この説明を乗り切らねばならない。


「君は、一体どのようにして器道衆を倒したのか聞かせてもらえないだろうか」


 セオドアから、この問いがついにきた。イリアナは案の定、おどおどしてしまう。

 無理も無い。森羅の紋章を持っているのはまだしも、その紋章は、世間では邪神に取り憑かれ人類を裏切ったということになっている番いの魔人の紋章である。所持しているのはともかく、この力をどこで手に入れたかを説明できない。道端で拾ったでは済まされない。

 レオンも頭をかき、カーチャもそっぽを向いて助けようとしない。これは派手に暴れさせた原因を作った当人たちに説明させる意思表示でもあった。イリアナは魔人たちのいる箱に目を落とした。


「昨日も君は箱を見ながら器道衆について話していたが、その箱に何かあるのかね?」


 セオドアの問いにイリアナは黙って俯くしかなかった。


「それはな、この娘が森羅の力に選ばれたからだよ」


 どこから抜け出したのか、番いの魔人たちはテーブルの上にちょこんと座っていた。


「先生! 師匠!」


 イリアナは驚いてあたふたするばかりである。

 警護の一人が抜刀した。それをセオドアが制止する。


「君たちは何者かね」


 セオドアは冷静であった。なぜならレオンもカーチャも取り乱した様子は無かったからである。


「ヴァリー&エレっていうレンジャーさ。正規のギルドに席を置いてる」


 ハヤテマルがそう言うと、エルフィーナがレンジャーの証明である認可証を魔法で飛ばしセオドアの机に置いた。

 セオドアは2枚のそれを手に取る。レンジャーギルド「静寂の森」所属。C級ライセンス。ヴァリーそしてエレ。勤続十二年のエージェントである。


「今はこんな身なりだけど、れっきとした元人間」ハヤテマルは付け加えた。

「質問には俺たちが答える。イリアナは昨日いろいろ知ったばかりで記憶もあやふやだしな」


 セオドアはこの二対のぬいぐるみたちのに話を聞くことにした。どの道、情報は必要なのだ。


「承知した、では早速先ほどの件だ。器道衆を倒したのは彼女かね?」

「そうだよ」ハヤテマルが答えた。

「どのような手段で?」

「森羅の紋章を使って」

「森羅の紋章? それは本当かね」

「間違いない。俺たちがあげた」


 ハヤテマルはあえて「授けた」と言わなかった。セオドアにこれ以上特別な存在だと感づかれるのを恐れたのだ。


「森羅の紋章は傾国の力を秘めているのであろう? あげたなどど。信じられん。本来ならばしかるべき機関で厳重に管理運営するための力だ。それを子供に小遣いをあげるかのようにたやすく、しかも彼女は……」


 と、言いつつ、セオドアの視線はイリアナの首についているチョーカーに注がれた。

 だが、そのまま口をつぐんだ。

 レオンとカーチャの突き刺さるような視線に気づいたのだ。

 咳払いを一つし、話題を切り替えた。


「もっと優れた力を持つものに与えるべきものなのではないのかね」

「さぁね。俺たちは紋章の持ち主から預かっただけだよ。あんたが言ったしかるべき人物に与えるように、とね。そして紋章が、この娘はそれに足ると判断したから、あげた。結果はご覧のとおり。見事器道衆を倒した」

「ばかな」

「この娘が倒したのも、紋章を預かったのは本当だぜ。紋章については調べたきゃ調べなよ。大賢者『ネロ』とソルトヴァーレーン王国のナイトロード『パック』に問い合わせればすぐわかる。あいつらとは長いんでね」


 秘書が、セオドアに問い合わせるかを聞いてきたが、首を左右に振った。


「それに紋章には相性というものがあります。彼女が手にしている紋章は番いの魔人たちの紋章。『エルフィーナ』と『ハヤテマル』です。宿主の対象になるのは野心が無い事と、偏向無く誠実であるということ」


 エルフィーナが淡々と説明する。


「それはつまり……」

「国家で、研究対象や手駒にしようとしても無理ということです」


 エルフィーナの言葉に、そうか、とセオドアは短く言った。エルフィーナはさらに続けた。


「だからこの娘から森羅の紋章を奪おうなんて気は起こさぬように。どこの誰とも区別できない死体が大量に出るだけですから」

「肝に銘じよう」


 セオドアは今回の件について新たな進展が無いことをひどく落ち込んでいるようだ。


「まぁ森羅に限らず紋章は人の力を切り離して作られてるから、いわばその人の半身のようなものなんだってさ。力の強くない者の紋章ならいざ知らず、森羅の力となれば誰でもってわけにも行かないよな」


 ハヤテマルは羽を顔の前で腕のように組んで頷きながら言った。ハヤテマルの言葉に頷いていたエルフィーナが、セオドアを見た。


「それにあなたは何故、器道衆について知りたがるのです?」

「それは商売のためだ」セオドアは即答だった。

「器道衆の情報を商売に使うのですか?」


 セオドアは首を振った。


「この都市は交易で栄えているのだ。言わば交易路はわれらの生命線。これが安全ではなければ商売が成り立たん。そのためには商売相手の安全と護衛の安全の確保が必要だ」

「つまり情報を売買しないのですね?」

「無論だ。さっさと共有し、商売がしたいのだ」


 セオドアはさらに続けた。


「一刻も早く生態を理解し、逃げきる方策だけでも確立させたい」


 エルフィーナはハヤテマルをちらと見た。ハヤテマルが頷くと、エルフィーナは一枚のカードを差し出した。何も書いていない無地のカードだ。


「これは?」

「それは、大賢者ネロの運営する研究所に問い合わせできるカードです。かれらは器道衆相手の魔法や武具の研究なんかをしてるって話です。ギルド静寂の森で、ヴァリー&エレの紹介であることを言えば案内してもらえると思います。これ以上の情報がほしければそちらを訪ねてください」


 エルフィーナが話し終わるのを聞き届け、レオンとカーチャが立ち上がった。


「俺たちは出発の準備がありますので」


 その言葉に合わせるように、魔人たちは箱の中へと入っていった。イリアナは緊張の意図から開放され、ほっと息をついた。

 セオドアは今回の件についてありがとうと頭を下げた。レオンは懐から報酬の入った袋をちらりとみせた。気にする必要は無いことをそれで表した。




 翌日の朝、イリアナたちはシーズを後にした。

 彼らはセオドアに別れを告げた足で、買い付けを済ませ、その日は街の宿に止まった。さすがにセオドアの城とは行くわけにも行かず、やわらかすぎて寝づらいベッドから、カビ臭い堅いベッドにランクダウンである。

 イリアナは城の部屋が少し恋しかった。アロマの香りが漂う寝室、ふかふかのベッドと編みこみの美しいシルクのネグリジェ。だがそれは良い思い出として心に留めておこうと思った。

 そして今、彼らは王都「王都」へ向けて馬車を進めている。その中で、イリアナの修行は始まっていた。

 彼女の基礎体力と基礎魔力の底上げと、バランス感覚の見直しである。狭く揺れる馬車でできることはそれくらいであるが、逆にイリアナに必要なのが技術よりもこれらの方だったのが幸いしていた。

 これから宿場町に着くまでこの基礎的な面の底上げが待っている。地味で大変な修行である。初夏ということもあり、日中はすでに暑い。滴り落ちる汗を拭おうともせず、ただひたすらに、ひたむきに地味な修練に打ち込む少女の目にはくもりもかげりも無く、降って湧いた幸運にも浮かれず、真摯に向き合っている。

 これからが夏本番である。

 今年の夏は暑く、厚く、熱くなることは間違いないだろう。不安と期待に心が揺さぶられる。

 その思いを胸に少女は今この時を生きている。

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