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まじめと魔人 S-6

 イリアナたちはテラスから屋敷へ入り階下へ向かって走っている。

 張り詰めた空気が漂う中、二人分の足音がだけが廊下に木霊する。

 人気がまるで無い。

 燭台に点された炎とと魔力による明かりが煌々と屋敷内を照らしている。それが逆に不気味で張り詰めた空気を醸し出していた。

 エルフィーナの探知魔法で引っかかった人間の数は6人。だが、ハヤテマルの念のためと言う理由で、ドアを開け一部屋ずつ確認していく。

 そのハヤテマルが不意に息をついた。


「師匠。どうしました?」

 イリアナが何事かを聞いた。


「なかなか来ないな」

「来ないとは?」


 レオンが、部屋を確認しながら聞いた。


「カジキ」

「あ、あの、カジキって何ですか?」


 イリアナは先ほどからハヤテマルが言っている『カジキ』について尋ねた。


「ああ、カジキってのは襲撃者のことだよ。ほら、レオンが投げた剣が、頭に刺さっただろ。角が生えてるみたいだったからそう呼んだ」

「でも、今その剣が刺さっているかは確認できてないんですけどね」


 魔人二人は顔を見合わせ、けらけらと笑っている。

 イリアナは『カジキ』という言葉の意味も含めて知りたかったのだ。カジキとは、おそらく生き物なのだろうと思った。だが、それ以上に魔人たちの口ぶりがすこし気になっていた。


「さっきの口ぶりだと、そ、その……師匠……たちは襲撃者が襲ってくることを願っているのですか?」

「お、早速師匠って言ってるな。よしよし」


 ハヤテマルは満足そうに答えた。イリアナは、「どうも」と短く答えた。


「お前たちに部屋の一つ一つを確認させているのは、救助対象である6人から引き離すためにやってるのさ。カジキがどこにいるのかわかんねぇし、来てもらったほうが早いじゃん? だから奇襲してもらいたいんだわ」

「じゃあ、あのすごい勢いでここへ飛んできたのも?」

「そうよー。相手に気づいてもらうためにやったの」


 イリアナは感心した。ふざけているように見えて、ちゃんと見るべきものは見えているんだなと素直に思った。もっとも、そのように思うことは、百戦錬磨のハヤテマルたちにしてみれば心外そのものなはずなのだ。


「でも、来ないんだよなー。予想外に腰抜けだったわけだ」

「やだもう。そこは冷静とか慎重って言ってあげないと可哀相でしょう」


 魔人たちは完全に相手をおちょくっているようである。


「でも、奇襲を誘っているということは……」


 気づいているんですよね、そうイリアナは続けようとした。


「どこにいるか知らん、おそらく最低限の力以外はカットしてるんだな」

「大丈夫よ。一、二回攻撃されても耐えられるから」


 二人の魔人は余裕を見せている。イリアナとレオンにはただただ油断をしているようにしか見えなかった。


「余裕と油断は紙一重」


 魔人たちはゲラゲラと笑い始めた。イリアナとレオンは言い知れぬ不安を覚えた。

 ため息をつき、イリアナが次のドアを開けた。目の前がやけに暗い。目の前には見覚えのある姿が立ちはだかっていた。

 頭から生えたように突き刺さった剣。カジキこと襲撃者だった。

 イリアナは悲鳴を上げそうになったが、それよりも早く襲撃者がイリアナの眉間めがけて手刀を叩き込んだ。

 手刀はイリアナの左耳を掠めるように空を斬った。

 イリアナは避けた。

 そして同時にカウンターで左拳を襲撃者の腹に叩き込んだ。拳を受けた襲撃者は、ドアの前から吹き飛び、壁に叩きつけられた。調度品がけたたましい騒音をかき鳴らしながら散乱し、掛けられた絵画が落ちた。

 イリアナ自身の意思ではなかった。


「ふぅ。危ない危ない。油断禁物ね」


 エルフィーナがイリアナの体を操ったのだった。


「レオン、今だ」


 レオンは、イリアナの無事を確認すると、ハヤテマルの声に頷くとはじかれたように階下へ走っていった。


「イリアナ、しっかりしろ」


 イリアナはあまりの出来事に激しい動悸に襲われ両膝を着いた。狂戦士にならなかったのが唯一の救いだと思った。

 息を整え、顔を上げた。


「もう、大丈夫です」


 イリアナは膝に置いた手を支えに、ゆっくり立ち上がった。


「よし、いい根性だ。よく我慢した」


 ハヤテマルの労いの言葉は、狂戦士化しなかったことだ。言葉を素直に受け取り、平静を完全に取り戻した。


「でも、相手の位置が分からないのにとっさに回避するなんて、さすが魔人ですね」

「ああ、あいつの位置のこと? あれ嘘」

「は?」


 エルフィーナの言葉にイリアナが、またかと言う顔をする。


「位置も知ってたけど、あの程度の奇襲なら対応もばっちりよ」

「でなきゃ、あけすけに奇襲奇襲ってしつこく言うわけないだろ」


 魔人たちの笑い声が耳元に鳴り響く。またやられた。イリアナの眉がピクリと動いた。

 襲撃者がゆっくりと立ち上がろうとしている。ダメージが蓄積しているのか動きが鈍い。


「さて、これから先はレオンが、負傷者の救出を終えるまで、敵を引き付けるぞ」

「はい」


 気合を入れなおすように大きな声で返事をする。


「アレだけイジっても、真面目に返事してくれるなんて……イリアナちゃんのそういう素直なところかわいくて好きよー」


 エルフィーナの声に少し力が抜けた。


「仕掛けろ」


 ハヤテマルの声にはじかれたように突進する。

 襲撃者は壁を支えに中腰になったところだ。

 イリアナは振りかぶって左ストレートを思い切り放つ。襲撃者はそれを寸でのところで転がるように躱かわした。 床に手を着き起き上がろうとしているが、先ほどの腹への一撃が効いているのか起き上がれない。

 当のイリアナの左腕は壁を貫通していた。

 思い切りとはいえ、こぶしを痛めぬ程度に抑えたパンチだった。だが、壁を貫通し自分の体まで貫通するのではないかと思った。拳も痛くない。まるで布団にパンチをしているようにやわらかい印象だった。紋章のすごさを改めて実感した。

 そして左耳から怒鳴り声が鳴り響く。正確には左耳についているイヤーカフスからだ。


「ばかやろう。あんなテレフォンパンチなんか当たる訳ねーだろ。お前本当に無手の使い手か? せっかくのチャンスを不意にしやがって」

「て? てれ?」


イリアナは、ハヤテマルが言ったパンチの名称が分からなかった。パンチの打ち方を怒られたのはなんとなくわかった。


「ハヤテさん、そんなに怒鳴らなくても……。イリアナちゃんはさっき私たちの紋章を受け取ったわけですし、勝手が判らないのもしょうがないかと……」

「あ、そうか。すまん。二週間も一緒にいたからついな……」


 ハヤテマルも、そもそも『テレフォン』というものが存在しないこの世界で、言葉を出したのも失敗したと思った。


「いえ。それで先ほどの、て、てれ? パンチってなんですか?」

「テレフォンパンチか。簡単に言うと、今から打ちますよって相手に伝えているようなパンチのことだな」

「テレフォンの意味は後で教えてあげるから、今は戦いに集中しましょう」


 イリアナは魔人たちの言葉に納得した。


「すこし体を借りるわね」


 エルフィーナがイリアナの体の自由を奪った。


「まずは私のパンチの打ち方ね」


 そういうと体の硬直をほぐす様にフットワークを取りはじめる。体の右肩を相手に向け、脇を閉めるように胸元へ腕を上げる。手も握りこぶしの形に近いが、まったく力は入っていない。


「拳に力はいつも入れるんじゃなくて、必要なときにつかうの。硬直させるのは相手に当たるとき」


 一、二発パンチを放つ。

 速い。今までの戦いは一発一発を本気で殴りつけていたので、そういった考えはまったくなかった。


「もうちょっと体借りるわね」


 エルフィーナはイリアナの体を操り、フットワークを取りながら襲撃者へ向かっていく。襲撃者は腕を剣の様に変形させ襲いかかって来た。

 イリアナの体はそれをふわりと躱かわした。

 二撃、三撃。無数に打ち込まれる。

 それを全部、流れるように躱かわす。

 襲撃者が痺れを切らし、大きく振りかぶった瞬間――

 イリアナの右のコンパクトなパンチ、右ジャブが襲撃者の顔面にヒットする。間合いを嫌った襲撃者は右脇から逃れようとする。

 そこに引っ掛けるような起動のパンチのフックが突き刺さる。再び正面へと戻された。

 顔を上げた瞬間、距離を測るジャブが当たる。

 不意をつかれ攻撃を受けたため一瞬無防備になった。そこへ渾身の左ストレートが炸裂する。

 鈍い金属音が鳴り響くと、襲撃者は壁を突き破り、瓦礫の白煙を巻き上げながら隣の部屋へと転がっていった。

 イリアナはあっけに取られた。

 そしてイリアナの体が開放される。自分の体がやったのかを確認するように、手を握りこんでみる。


「破壊力はともかく、今やった動きはイリアナちゃん自身が紋章なしに出来ることなのよ」

「私自身……」

「そう。あなたが成長できなかったのには、次へのステップへの出会いがなかったからなのよ。門徒にならなくても、王都までの時間でみっちりしごいてあげるから心配しないで、ついて来なさい」


 エルフィーナの言葉にイリアナは心が軽くなった気がした。


「けど、まずは目の前の敵」

「はい!」


 ハヤテマルの声にイリアナは気合を入れなおした。


「おそらく、さっきエルが与えたダメージのほかに、一昨日の戦闘とレオンが救出に向かった連中との小競り合いのダメージもあるのだろう。今がチャンスだ」


 ハヤテマルの指示にはじかれるように再び構える。イリアナはさっきエルフィーナがやって見せたように、体の力を抜きフットワークを取る。


「蛸よ蛸。あなたは蛸になるのよ」

「蛸……」


 エルフィーナの言葉に蛸を想像する。


「たこ焼き食べたいな」不意にハヤテマルが言った。

「戦いが終わったら作りましょうか」

「いいねぇ」


 魔人たちはくだらない雑談を始めた。『たこ焼き』ってなんだろう。イリアナもつられて想像する。蛸を焼いたものだろうか? いや、そもそも蛸って食べられるの? 

 イリアナの集中力が落ちていく。


「イリアナ。ちゃんと前を見ろ」


 ハヤテマルに声を掛けられハッとなると、目の前にいる襲撃者が回復して起き上がっていた。


「あーあ……イリアナちゃんどうしちゃったの? ぼけっとして……」

「す、すいません……」

「まぁまだ完全に回復したわけじゃないから、いけるわ」

「はい」


 イリアナは集中力を取り戻し、間合いを詰める。愚直とも言える様な光景であった。さきほどエルフィーナがやって見せたジャブとストレートを、タイミングを計るように真似している。元々、無手で戦っていたわけだから、打ち方さえ分かれば、間合いの詰め方自体は応用が利くのだろう。

 襲撃者は後ろへじりじりと下がる。部屋の片隅へと追い詰める。そこでイリアナの頭に直接声が響いた。ハヤテマルの声だった。


「逃げ場をなくすな。お前のどっちかの脇に隙を作れ」

「でも、逃げられてしまいます」

「逃げ場を作ればそこへ逃げたくなる。それを利用しろ」


 イリアナは右肩を相手のほうへ向けた、サウスポーのスタイルで構えを取る。相手に気取られぬよう右脇に隙を作った。

 間合いを詰め、イリアナの右ジャブが襲撃者を襲う。二発。襲撃者を部屋の隅に釘付けにする。そして左ストレートを放つ。襲撃者はかろうじてガードをする。そして間合いをさらに詰めて右手の引っ掛けるような軌道のパンチ、フックを放つ。そのフックの下を襲撃者はすり抜け、逃れようとする。


「今!」


 イリアナは右フックを放った反動を利用し、右手の裏拳を襲撃者へ打ち込んだ。だがその裏拳は空を切った。


「しまっ……」


 イリアナのがら空きの脇腹へ襲撃者の体当たりが炸裂する。


「がはっ」


 イリアナの中にあった息が全部飛び出すようだった。自分でも何が起こったのか理解できないほどの衝撃だった。右脇腹からの衝撃があったかと思うと、わずかな浮遊感。そして体全体にわたる大きな衝撃、体が転がる感覚であった。

 イリアナの体は、襲撃者の体当たりで隣の部屋へ吹き飛ばされたのだ。先ほどのお返しとばかりに、派手に飛ばされた。エルフィーナの紋章の力で守られていなければ、重傷だったかもしれない。


「イリアナ、すぐ来るぞ」


 イリアナは軽い脳震盪を起こしていた。壁に激突した際に起こしたのだ。壁を貫通したことを認識できていない。身体的なダメージはさほどではないのは運がよかった。。


「うう……」


 体を起こし、首を左右に振って目を覚まさせようとする。目を開けると襲撃者はもう目の前にいた。

 イリアナは、とっさに回避を行い難を逃れた。襲撃者の振り下ろした剣は大理石の床をバターのように抉り取った。だがその光景をイリアナは目撃しなかった。脳震盪で見るものがゆがんでいる上、目の前には火花のようなものが見える。


「イリアナちゃん。ハヤテさんの紋章を起動しなさい。紋章の名前は、『ハヤテマル』よ。早く!」


 イリアナは朦朧とした意識の中、エルフィーナの声に反応した。


「も……紋章、ハヤテマル。起動」


 イリアナは無意識に左手に力を込めた。イリアナ自身がハヤテマルの紋章を左手に格納していることを理解してやったわけではなく、たまたま利き腕である左腕に格納していただけだった。

 鈍い光とともに、装備が変更される。

 紋章エルフィーナのときとは打って変わり、鎖帷子の上から輝度の低い群青色の服を着ている。

 上着はバスローブの羽織方とは逆である。胴から下は、ゆったりとしたズボンになっており、膝元ですぼめられ、裾元をバンテージで巻かれている。手甲、膝当てを着けていて、材質は革と木材が主で、薄い鉄板もいくつか使われていて、軽い。

 この世界では見たことのない衣装である。


「イリアナ左に避けろ」


 ハヤテマルの言葉に、定まらぬ意識の中とっさに反応する。

 ふわりとした感覚の後、まるで自分の体がひとひらの羽根のように着地した。

 あまりの軽さに驚き、それと同時に意識が戻った。


「え? 師匠、今のは……?」

「おう、俺の紋章の力だ。それより集中しろ」

「はい!」


 イリアナは、気づいてはいないが、昏倒からすぐに戻れたのも、紋章の力によるものだった。


「イリアナ。苦無を使え」


 イリアナはハヤテマルに言われた聞いたことの無い道具を腰の袋から出して投げた。

 襲撃者は何とかかわし、ドアから外へ逃げた。

 イリアナは追いながら、自分が何で今投げたものを苦無だと思って投げたのか判らなかった。

 これも紋章の力なのだろうか。初めて体験する、人知を超えた力。背筋が少し冷たくなるのを感じた。

 ドアから廊下へ出た瞬間何かが振り下ろされてきた。が、それを事も無げにかわした。

 襲撃者の腕だったが、そのことはすでに判っていた。その腕をすばやく掴み、流れるような動作で大理石の床に投げ飛ばした。たいした力を入れた覚えは無いが、襲撃者は廊下の石床が陥没するほど強烈にたたきつけられた。そしてたたきつけられた反動で、宙を舞う襲撃者。その頭に刺さったレオンの剣を襲撃者を蹴り飛ばす反動で、引き抜いた。

 襲撃者は廊下をもんどりうちながら転がった。かなりダメージを負ったらしく、自力で立ち上がるのですらままならない状態である。

 イリアナの手にはレオンの剣。イリアナは少し安心した。この剣は、レオンが大枚をはたいて買った大事な剣だからだ。


「よし、イリアナ。とどめだ」

「とどめ、ですか?」


 ハヤテマルの言葉に少し戸惑った。イリアナは今まで強敵と対峙するための隠し玉、いわゆる必殺の技を持っていない。いままでレオンやカーチャの邪魔にならぬようサポートに重点を置いて行動してきたから必要としなかった。

 イリアナにじわりと汗がにじみ始めた。表情にあまり出ない分、生理現象から強く読み取れる。

 ハヤテマルは、ため息をつくと、エルフィーナを促した。


「ないなら、必殺の技は魔法にしましょう。私の紋章ならすぐ使えるしね」


 エルフィーナの問いに短く、はいと答えた。

 イリアナはエルフィーナに言われ、再び紋章エルフィーナを身に纏った。


「詠唱はどういったものでしょう?」

「ないわよ」

「え? でも強力なんじゃ……」

「強力よ~? だから取り扱いには注意してね?」

「はぁ……」


 イリアナは内心不安であった。


「エル、イリアナにどんなものか説明したら?」


 襲撃者のダメージを見て、ハヤテマルは余裕があることを悟った。

 ギシギシと音を立てながら、立ち上がろうとするも、ままなら無い様子だ。


「それもそうですね、イリアナちゃん」


 エルフィーナの呼びかけに、「はい」と短く答えるイリアナ。


「エネルギーボルトってあるでしょ。イリアナちゃんがよく使ってた、初級魔法のあれ」 


 イリアナは「はい」と返事を返した。

 エネルギーボルトは、魔術の試験を受けて合格すれば中学生でも習得でき、士官学校でも習う初級の魔法である。

 攻撃的な魔力を手に集め、対象に向かって放出するだけのシンプルな魔法である。決まった規格は無く、四元素の地水火風と光と闇に当てはまらないものを幅広く捕らえたもので、術者の癖や特徴が色濃く出るのが特徴だ。

 簡単に言えば、純粋な魔力の塊である。


「あれの超強力版って思ってくれるかしら。」

「超強力……」

「拳に力を込めて、ハイパーエネルギーボルトって念じれば、できるはずよ」

「ハイパーエネルギーボルト……」


 イリアナは左拳に力を込めた。魔力が左手に集まりだし、輝きを放ち始める。イリアナ自身にもはっきりとわかる。この力は自分が出せる力の量ではないと。それほど凄まじい魔力の渦が右拳に集まっている。

 襲撃者が体をゆっくりと起こし始めている。もっとも虫の息といえる状態で、各部にヒビが入り、体は崩れ始めている。


「さぁ、魔力の充填も十分。自信を持ってやっちゃいなさーい」


 エルフィーナの声に後押しされて、腕を前に突き出した。


「ハイパーエネルギーボルト!」


 腕から光の渦が溢れ出した。

 光の渦は球体を作り出しながら壁や床を激しく抉り取り、まっすぐ目標に向かって突き進み、そしてそのまま襲撃者を飲み込んだ。

 いや、襲撃者だけにとどまらず、壁を貫通し、幾部屋を貫通し、城の外まで突き抜けた。夜空に一筋の光の帯を紡ぎだした。

 光の渦が収まるころには襲撃者の姿は無かった。

 ただ、光に飲まれた際に切断された襲撃者の腕だけが残された。だがそれもまもなく爆発し、粉々になった。

 イリアナはあまりの破壊力に言葉を失った。イリアナの眼前にあるのは、自分の放ったハイパーエネルギーボルトが作った『道』であった。豪奢な城内を一直線にきれいに抉り取った先には夜空が広がっていた。

 エルフィーナとハヤテマルはイヤーカフスから元の姿に戻った。二対の人形は背伸びをして体のコリをほぐす。


「はい、お疲れ様。器道衆反応消滅よ」


 エルフィーナの言葉もイリアナは無反応だった。


「すごい威力だったでしょう?」

「……」

「イリアナちゃん?」エルフィーナが心配そうにイリアナの顔を覗き込んだ。

「あ、はい。なんでしょう?」

「どうしたの? ぼーっとして」

「その、あまりの威力にちょっと怖くなったというか……」


 イリアナは、目の前に広がる光景に恐怖を覚えていた。傾国の力を持つといわれる森羅の紋章の力。凄まじい破壊力に加え、イリアナ自身が消耗していない。森羅の紋章を巡る不幸な話は山ほどある。手に入れたい、手放したくない。それを象徴するかのような戦力。


「怖い?」


 イリアナはこくりと頷いた。

 エルフィーナはうれしそうな、満足そうな顔を浮かべた。


「でしょう? 使いどころをしっかり見極めないと、仲間を巻き込んだり、関係ない人や物を巻き込んじゃうからね。」


(最初に教えてくれていれば……)


 イリアナは目の前に広がる惨状に青ざめている。弁償に何年かかるのか、いや生きているうちに返せるのだろうか。


「いいんだよ。もともと俺たちの忠告を無視したのが原因なんだし」

「でも襲撃者をここまで引っ張ってきたのは私たちですし……」

「おまえねぇ……」


 イリアナの言葉にハヤテマルは呆れた顔で言う。本心から呆れているわけだが、その反面、この子に紋章を任せたい。そう思う魔人たちであった。


「被害は最小限だ。お前はよくやった」


 エルフィーナはイリアナの頭を羽で優しくなでた。ハヤテマルはイリアナの頬を羽で鷲掴むと「おにぎりおにぎりおにぎりー」とイリアナの顔をぐりぐり撫で回した。イリアナはまるでレオンやカーチャになでられたような安心感を覚えた。


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