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まじめと魔人 S-5

 夜の8時とはいえ、酒場もまだ営業している時間であり、街には人がまだいる。

 その中を馬車で疾走するわけにも行かず、速度はギャロップ程度に維持されている。説明の時間も必要なため、好都合と言えば好都合である。

 とはいえ、作戦と言えるほどの細かい戦術はない。紋章の力を解放してイリアナで、全力で襲撃者こと器動衆の足止め、撃破及び撃退である。レオン救助者の回収。カーチャは、屋敷の中の人々の退避誘導と撤退する時のために待機である。

 では、何のために説明が必要なのか。それは当然、番の魔人の『紋章』についてである。


「イリアナ、じゃあ手を出してみろ」


 イリアナは利き手の左手を出したが、ハヤテマルに両手だといわれ、両手を出した。そこへハヤテマルが左手に、エルフィーナが右手に手を置く。


「じゃあ、エル。よろしく」


 ハヤテマルに言われ、エルフィーナがはいと答える。


「じゃあ授けるわね」


 イリアナは息を呑んだ。

 両手の甲にうっすらと光り輝く紋章が浮かび上がる。痛みや特別な強い光も出なかった。驚くほどあっさり終わった。

 だが、イリアナは急に不安になった。

 今までも戦場で紋章使いを見てきたが、二つの紋章を使っていた紋章使いは見たことがなかったからだ。紋章は二つ以上受け入れると、紋章同士が反発し暴走、狂戦士と化すか発狂して死ぬと言われていて、禁忌とされているのだ。そのことについて尋ねた。


「私たちは夫婦だから大丈夫。ラブラブパワーでだいじょうぶいぶいなのだー」


 と、エルフィーナに返された。


「らぶらぶぱわーですか」


 イリアナは釈然としなかった。言い表しようのない興奮と不安が、胸の中を駆け回っている。


「俺とエルの二つの紋章は、エルの紋章が統制を取っているから干渉しないんだ」


 ハヤテマルにもそう言われ、そういうものなのだと納得し、ほっと胸をなでおろした。


「まぁ嘘なんだけどな」

「え?」


 イリアナは思わずハヤテマルを見た。驚いた顔を見たハヤテマルは大笑いした。


「そう言った方が安心して使えると思ってな」

「あの……」


 イリアナは少し苦々しく思った。冗談を言うのも、時と場合を考えて欲しい。


「エルの紋章が制御しているのは、力の制御だけだ。紋章同士の統制は取っていないんだ」

「じゃ、じゃあ……」


 イリアナは瞬時に青ざめた。つまり反発して暴走する可能性があるということだ。

 しかし魔人たちはイリアナの心配などまったく意に介さない。


「俺とエルがラブラブだから、紋章も干渉しないってのは間違いない。紋章ってのは、元々は邪神の呪いで暴走し始めた俺たち異界の人間の力を、抑えるために作った技術なんだ。いってみれば本人を半分に切り離すようなもので、紋章一つ一つには人格があって好き嫌いがあるってことだな」

「え、えっと……」


 イリアナはいぶかしげにハヤテマルを見る。嘘を警戒している顔だ。


「まぁ嘘じゃないんだけどな」

「むっ……」


 イリアナはやっぱり嘘だったと口をへの字に曲げる。


「どうした? 嘘じゃないぞ?」

「え?」


 今度は本当らしい。イリアナはなんて意地の悪い魔人なんだろうと思った。


「ところで、イリアナ」


 ハヤテマルは普通に話しかけた。


「なんですか?」


 つっけんどんに反す。


「お前、え? とか、は? とか多いよな」

「え? そうですか?」


 言ったそばから疑問符が飛び出る。


「うん」

「すいません……」


 それもそのはずである。今日知った情報のほとんどが初耳なのだから。しかもこの意地悪な魔人に嘘かも本当かもつかない情報を吹き込まれているのだ。疑問符が増えるのも仕方のないというものだ。


「それから、敵は『オフィサー』タイプ。戦闘力は昨日戦ったのを見るに下級オフィサーだな。単独で行動しているところから、偵察か遊撃を担っているのだろう。偵察兵なら、強力な飛び道具は持ってないだろうし、近接武器も強力なのを積んでいないだろうから、レオン一人で倒せるな」

「足場が悪くなきゃいけます」


 レオンは自信ありげに答えた。


「まぁ武器があれば、だろうけどな」

「ああ~……」


 レオンは頭を抱えた。先日大枚を叩いて買ったばかりの高級メーカー物の名剣だったのだ。


「イリアナに聞いたぜ~? 金貨30枚も出して買ったんだってな~ それをイリアナ助けるために投げつけたんだもんな~ しかもセオドアから返してもらえないとか……器動衆が爆発したら金貨三十枚が……」


 魔人たちはレオンをからかうようにイタズラっぽく笑った。

 レオンは「ぐああ……」と唸って頭を抱え込んだ。 


「あの……『オフィサー』ってなんですか?」


 イリアナが唸って頭を抱えるレオンを尻目にハヤテマルに質問した。


「そうか、イリアナは傭兵ギルドで講習を受けてないんだな」


 イリアナはこくりと頷いた。


「オフィサーは個体数が限られていて、部下を持つ連中のことだな。将校だと思えばいい。オフィサーの特徴は、大体人間に近い外見を持っていて知性も人並みだ。人の言葉を理解することが出来るから、人間社会に溶け込む者や人間を部下に従えている者もいる。そしてオフィサー以上のクラスすべてにいえることだが、やつらの最大の特徴は変形能力を持っていることだ」


 イリアナはまじめにメモを取っている。レオンも黙って聞いている。


「お前たちの仇であろう『化け物』が器動衆かもしれないと思ったのは、オフィサーより上はそんな能力を一様に持っているからだ」


 ペンが止まる。その顔はこわばっている。


「黙って余計な想像をして、入れ込みすぎるのも困るからあらかじめ言ったわけだが、名のある傭兵団を壊滅させる力を持った相手を、今のお前がどうこう出来るわけないんだからな。あせらず、今は自分の力をつけることと、なにより眼前の状況をどうするべきかを優先しろ」


 イリアナは、はっとした。自分がこの力を授かった理由と、何のために自分が今領主の館へ向かっているのかを。

 一回、自分の顔を両手で叩いた。そして左手を胸に添えて大きく深呼吸をして、顔を上げた。

 その目に迷いはない。


「よし」


 ハヤテマルは大きく頷いた。さすがに長い間旅をしてきただけの事はある。己に出来ることをわきまえているな。そう思った。


「レオンは紋章の力をまとってくれ」


 レオンはすぐに紋章の力を身に纏った。だが、兜がない。


「あら? レオン。兜はどうしたの?」


 エルフィーナが聞いた。


「襲撃者に体当たりをして落ちたとき、やつの攻撃で破壊されました。今修復中ですが、あったらあったで視界も悪くなるし、なくても行けます」

「じゃあ魔力で強化しましょうね」

「お願いします」


 エルフィーナが魔法による強化をした。二人のやり取りを確認後、ハヤテマルはイリアナに話しかけた。


「お前は紋章を発動前にやることがある」


 ハヤテマルはエルフィーナを見る。エルフィーナは一つ頷くと呪文を唱える。

 二人の魔人が光り輝き一つになる。

 光が消えるとイリアナの眼前に、一つの仮面が浮かんでいた。楕円形の何の飾り気もない白と黒で左右に塗り分けられたものだ。覗き穴らしきものはない。


「これを身に着けろ」


 ハヤテマルの声が目の前に浮かんだ仮面からする。

 イリアナは少し戸惑った。


「躊躇する気持ちは分かるが、これを身に着けないとアドバイスも手助けもしてやれんぞ。お前は森羅三十六紋の内の二紋も使うことになるんだ。身に着ければ、エルが力を制御してくれる」


 イリアナは頷くと眼鏡を外し仮面をつけようとする。


「あ、眼鏡は外さなくても大丈夫よ」


 仮面から今度はエルフィーナの声がする。


「いえ、この眼鏡。伊達ですから」

「あら、おしゃれさんねー」

「そ、そうですか?」


 イリアナは眼鏡を胸ポケットへしまうと、仮面をつけた。

 周りを見回すと、思ったよりも視界が広い。いや、広いなんてものじゃない。普段どおりである。あわてて顔を触ってみる。顔の回りは見えないものが遮っている。やはり仮面は付けている。


「ちゃんと仮面は身に付けてるから大丈夫よ。これで私とハヤテさんでイリアナちゃんをサポートするからね。これをつけている限り、イリアナちゃんの首から下が吹き飛んでも、頭は残るから安心してね」


 何か引っかかる物言いだと思ったが、実際紋章を操るのは魔人ではなく自分自身なので、それもそうかと納得した。

 目の前に半透明の板のようなものが浮かび出した。それには文字がいっぱい書かれている。何かの情報だろうか。触ろうとしても被っている仮面であろう見えない物体に遮られた。


「ああ、ごめんなさいね、直ぐ消すから。」

「はい」


 イリアナの目の前に浮かんでいた文字列は消えた。


「じゃあ、紋章を起動させましょう。まずは私の紋章ね」


 エルフィーナの軽い乗りが緊張感を損なうが、イリアナ自身リラックスはしている。


「使いたい紋章の名前を言って、格納されている場所に力を込めてね」


 イリアナは右手に力を込めたが、紋章の名前が分からない。


「あの、エルフィーナ様の紋章の名前が分かりません」

「ぶはっ。エルフィーナ『様』だって」


 イリアナのエルフィーナ様発言に噴出するハヤテマル。エルフィーナ自身も思わず噴出した。イリアナ自身笑われるようなことはしていないのにまた笑いものにされている。

 心外だと思った。口がへの字に曲がる。


「すまんすまん。俺たちの呼び方は普通そうなるわな。お前にとって俺たちとは初対面なんだもんな」


 ハヤテマルは申し訳なさそうに言った。

 そう、彼らはイリアナと顔をあわせるまでの約二週間、箱の中でイリアナをずっと見ていたのだ。彼らにしてみれば、親しみを感じるに十分な時間があった。

 逆にイリアナはカーチャやレオンと違い、その存在すら知らなかったのである。


「レオンは傭兵用の名前の、バリーとエレに『さん』付けだな。カーチャは『ヴァリー』と『エレ』って呼んでる」

「私はどう呼べば?」

「そうねぇ……」


 魔人の二人の沈黙がイリアナにはいやな予感の前兆としか感じられなかった。不安げな顔で、魔人たちの言葉を待つ。


「ぱっと面白い名前って思いつかないな」

「そうですねぇ」


 やっぱり変な名前を言わせようとしていたのかと、一つため息をつき目を伏せた。この人たちは、自分をおもちゃにしようとしている。


「やっぱり俺が師匠で、エルが先生かな」

「ハヤテマル様が師匠で、エルフィーナ様が先生ですね……」

「やっぱりこれが一番しっくり来るしな。お前は今のところ、弟子でも生徒でもないけどな。昼間も言ったけど、八門徒になるなら師匠と先生って呼び方してもらう。お前の敵討ちをするための技術を教えるわけだからな」


 イリアナは、はいと頷いた。メモを取っている。紋章についてもメモを取るつもりらしく、今までのことをまとめている。

 メモを取り終え、イリアナが顔を上げたのを確認してエルフィーナが話し出す。


「じゃあ続きね。私の紋章を思い描いて、格納されているところに力を集中させる感じで」

「思い描いて力を集中させる感じ……」


 復唱しながら右手に力を込める。ぼんやりと光を放つと、エルフィーナの紋章が手の甲に現れた。


「うん。いい感じね。では、紋章の力を身にまといましょう。ここからが重要よ」


 イリアナの顔がより真剣なものへと変わる。


「身にまとう時の詠唱よ。今はむやみに力が解放されないように『ロック』、つまり鍵が掛かっているから、そのロックを外す詠唱を教えるわね」

「詠唱……」


 イリアナはメモに書きながら言葉を待つ。


「ラブラブラブリーン。プリプリリーン。世界の平和と愛のため、勇気と希望がてんこ盛り。無慈悲な悪を懲らしめる。まじかるキラリン天使、エンジェルイリリーナただいま参上。悪い子達はお仕置きなんだからね。プンスカポン」

「えーと。ラブラブらぶり……」


 イリアナはメモ書きをすぐにやめた。その顔は青ざめている。


「……と言うのは冗談よ。『紋章エルフィーナ、起動』だからね。間違えないでね」


 番の魔人たちの笑いが、仮面から聞こえてくる。イリアナはメモを取りながら大分不信感を募らせている。夫婦そろってこの調子で、先が思いやられる。


「紋章エルフィーナ、起動」


 気を取り直して、その言葉を発すると、光の帯がイリアナを包み込みはじけた。その光がはじけると、白と青を基調とした服をまとったイリアナが現れた。ノースリーブの上着にホットパンツ、ロングブーツ。髪も乱れないよう先端付近で結われている。おおよそ戦う者とは思えない露出である。


「元気な女の子っぽくまとめてみました」

「へぇ。イメージがガラッと変わって良いじゃん」


 魔人たちには見慣れた服装のようだ。

 コメントに困る服装である。材質からデザインセンスまでこの世界では見たことのないものである。イリアナ自身、見た目よりも実用性を意識するので、露出が多いこの服装には不安がある。しかも驚くほど軽い。


「見た目で判断しちゃダメよ? 厚さ1ミリの魔力密着装甲だから行動を制限されることはないし、魔力の燃費も最低限に抑えつつ自前の魔力と、外気の魔力を交互に取り込んで作動するハイブリッドな……」


 話はなおも続いている。何を言っているのか理解できない。魔法の力で強いと言いたいようだが。


「イリアナ」


 ハヤテマルに呼ばれて反応する。


「平たく言えば、お前に対して負担が軽く、レオンより死ににくいってことだけ理解しとけ」


「はい」


 ハヤテマルに言われてイリアナは安心したようだ。


「エル。よろしく」


 ハヤテマルとイリアナが離している間、延々と自分の服の薀蓄をたれていたエルフィーナだったが、説明を止め、恥ずかしそうに次の説明を開始する。


「じゃ、じゃあ次ね。これから召喚魔法を使うわね。いわゆる武具召喚ってやつね。詠唱は短いから安心してね。『召着、栄光の鎧』で十分よ」

「召着、栄光の鎧」

 右手に力を込め、そうつぶやいた。

 今度は体が金色に発色し光に包まれた。

 光が消え去ると今度は重厚なフルプレート、つまり肌の露出のまったくない全身鎧に包まれていた。兜も顔の部分に視界用の穴すら見当たらない。バケツを被っているようである。

 だが身につけている本人には視界の制限は無く、むしろ視界は先ほどと変わらず、着けていないくらい広いが違和感がある。さすがに動きは制限されて動きにくい。動くたびに、重厚そうな金属の擦り合う音が聞こえるが、鎧は驚くほど軽い。

 そしてレオンと同じくらいの目線になっている。レオンの身長は180センチ。それより少し小さい高さに目線が置かれている。

 厚底でピンヒールになっているようだ。


「目線が上がって動きにくいでしょう? まぁ今だけだから気にしないでね。じゃあ二人とも馬車の屋根に上がって」


 イリアナとレオンにエルフィーナが促した。

 カーチャは後ろでドアが開く音を確認した。ちらと後ろを見ると、レオンが何事もなく屋根に上がった。次に出てきた黄金の鎧を見て前を向いたが、もう一度後ろを見た。

 カーチャは目を丸くした。

 立派な鎧を着た何かが、無様に屋根に上れずもがいている。


「あんたもしかしてイリアナかい? なんだいその格好は」

「あの、なんでもない。それより前」

「あ、ああ。でもなんでもないって、あんた」


 カーチャはちらちらと後ろを気にしながら手綱をさばいた。

 イリアナは屋根に上がるのも一苦労である。足を屋根に引っ掛けてはずり落ち、腕の力で這い上がろうにも鎧で動きが制限されて力が入りにくい。無様な格好を晒し続けている。

 だが、ふいに鎧が光り輝くと、ふわりと浮いた。


「うわっ」


 体は吊り上げられるように屋根の上へと上がった。エルフィーナの魔法である。


「女の子が股をみっともなく開かないの」

「すいません」

「まぁ慣れてないからしょうがないんだけど」


 馬車の屋根の上に紋章使いが二人仁王立ち。これだけでも十分すぎるほど目立っている。しかも片方は全身金色の全身鎧である。馬車もギャロップで進んでいるので、行き交う人々も目で追い易く必然的にイリアナとレオンに視線が集まる。


「あの、俺ら見世物になってるんですけど」


 今まで黙って従っていたレオンが思わず口をだした。さすがにこれはレオンにとってもきついらしい。イリアナに至っては手で顔を覆っている。兜でまったく顔など見えないはずなのに。


「ごめんなさいね。移動するのに馬車に負担をかけないようにしたかったから」

「そんなことより早くしてくれ」


 レオンは兜はつけてないのだ。顔が丸出しで、見られていると言う意識はイリアナ以上だ。


「じゃあレオン。イリアナちゃんに掴まって」

「つ、掴まるってどう掴まるんすか」


 レオンはイリアナの腕を掴んだ。


「抱きついて。ぎゅっと」

「いや、さすがにそれは出来ねぇよ」

「そ、そうですよ」


 二人はしどろもどろになり否定する。


「家族なんでしょう? まったくなに恥ずかしがってるの」


 エルフィーナはあきれた口調で言った。


「いや、さすがにそれはレオンが可哀相だわ」


 ハヤテマルが助け舟を出す。年頃の女の子を持つ家庭の心情を理解している。


「ハヤテさんまで……もう、じゃあ仕方ないわね。イリアナちゃん、体借りるわよ」


 答える間も無く、体の自由が無くなり勝手に動き出す。


「え? なに? 体が」


 イリアナの左腕はレオンの背中から脇へ通す。


「なんだ? イリアナ、何するんだ?」


 突然イリアナが密着してきたので、レオンは驚いた。


「わ、私にも何がなんだか」


 そして左腕でレオンの体を支え、右腕で一気に両足を抱えあげる。世に言う『お姫様抱っこ』である。


「うわ、イリアナ何しやがる。下ろせ」

「私がやってるんじゃないよ」


 イリアナとレオンは動揺している。


「カーチャ。手はずどおりお願いね」


 エルフィーナの声に「あいよ」と後ろも見ず片手をあげて答える。


「まどろっこしいから、飛ぶのも私がするわね」

「なんだなんだ?」


 二人の慌てふためくのをよそに、エルフィーナは鎧の力を引き出す。背中から光の翼が現れる。そして高度を取り、街の建物の屋根の上まで上がる。

目の前には美しいシーズの夜景が広がっていた。だが二人にはその美しい光景を目に焼き付ける余裕はなかった。


「じゃあレオン、舌を噛まないようにね」


 そういうや否や爆発にも似た音とともに、凄まじいスピードで飛び始めた。


「ぐおっ」っとレオンの悲鳴が聞こえた。レオンは目を丸くして凄まじい風圧に耐えているようであった。イリアナはまったく平気だった。これもきっと紋章か鎧のおかげかと思った。



 十秒ほどで領主館へ到着し、三階テラスへ降り立つ。

 そこでやっとレオンは解放された。二、三歩よたよたと歩くと両膝を突いて呼吸を整えている。

 栄光の鎧は光に包まれ消えた。紋章エルフィーナを纏ったイリアナが現れ、そのまま体の自由を返した。


「情けないわねぇ十秒くらいで」


 エルフィーナにそういわれレオンも言い返した。


「冗談じゃねぇよ。あんなスピードで飛ぶだなんて聞いてねぇよ。飛んでる間、息が出来なかったんだぞ。しかもなんかすげぇ風圧だしよ」


 普段目上には敬語を使っているが、このときばかりは恨み節。素で喋っている。


「私だってハヤテさん以外の男を抱きかかえるの嫌だったんだからね」

「しらねーよ……」


 レオンはどっと疲れた様子だが、自力で立ち上がった。


「まぁまぁ。それよりエル。『カジキ』は?」

「えーと、所在は不明ですが、おそらくすでに起動中ですね。死者は出ていないようですが、負傷者が六人くらいですね」

「やけに人が少ないな」

「多分昼間の忠告で、人をあらかじめ払ったのかもしれません。屋敷の結界も、内側に向けてかなり強力なものになっていますね」


 魔人たちの会話の脇で、イリアナは気分が悪いのかずっと黙っている。


「イリアナちゃんも気分悪い?」

「いえ、もう、大丈夫です」


 そう言いながら、眼鏡の位置を直す。

 いつの間にか眼鏡をしていることに気づいた。

 顔を自分の手で触ってみる。仮面はしていない。


「眼鏡なら今着けたわよ。本当は着けていないほうが、ガラスの破片が目に入ったりしないから安全なんだけど、トレードマークだものね」

「はい、ありがとうございます」

「あと、私たちは仮面からイヤーカフスになっただけだから安心してね。仮面をつけていると息苦しいみたいだからこっちにしました」


 イリアナは耳を触ってみる。たしかに耳に何か付いている。


「こっちも大丈夫っす」


 レオンも回復したようである。


「じゃあ行くか。レオン、お前は襲撃者と遭遇後、地下の六人の避難誘導だな。どこかで武器を調達できたらそこから加勢してくれ。イリアナは直接やりあうぞ」


 ハヤテマルはそういうと、イリアナは真剣な顔で頷いた。


「了解。負傷者救出後、武器を探して合流します」


 レオンは短く答えた。


「武器は同じ紋章使いがいるなら、借りてもいいかもな」


 ハヤテマルの意見にそれもそうか、とレオンは言った。

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