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まじめと魔人 S-4

 夕餉ゆうげは宿の部屋で取ることとなった。

 今日の夕餉はいつもとは少し違う。一応五人での食事だ。魔人二人が増えて賑やかである。

 テーブルには近くの惣菜屋で買ってきた料理が所狭しと並んでいる。ざっと見回しても20種類ほど並べられている。パスタや煮物、肉料理、デザートの果物などだ。一品一品の量はさほどではないが、種類も多いと色鮮やかで華やかだ。五人で食べるにしてもやや多めかもしれない。


 イリアナたちが宿の中で食事をとっているのは魔人たちがいるからである。

 姿を晒さぬよう気を使ってのことではなく、改めて旅をする仲間を迎える、一種の歓迎会のような意味合いを持っていた。

 イリアナが紋章を受け取ろうが受け取らなかろうが、レオンたちが請けた「王都への箱の輸送」が、まだ残っているのである。

 魔人達を無事王都の親族の下まで届けなければならないのだ。


 王都までは約二週間ほどの道程。

 カーチャとレオンはすでに顔見知りだが、イリアナは今日あったばかり。レオンは、イリアナが嫌悪感を抱かないかすこし不安だったが、杞憂であった。

 イリアナの前に姿を晒したわけだが、魔人たちはあっけらかんとしたもので「よろしくなー」となれなれしく挨拶したかと思うと、あっという間に溶け込んでしまった。


 特に魔人とイリアナは食卓で食事もそっちのけでしゃべっている。

 イリアナの表情は相変わらず無表情であったが、魔人たちの話に相槌を打ったり、質問を返してコミュニケーションをとっている。

 真剣な顔をしているあたり、おそらく楽しいのだろう。


「ん? どうしたのレオン」


 イリアナがレオンの視線に気づいた。


「いや、久しぶりに飯が美味いと思ってな」


 イリアナは、「そう?」 とテーブルを見回した。食事はみんな冷え始めている。作り置きしている惣菜屋のものだ。お世辞にも美味いとは思えない。イリアナはフォークで冷えたパスタを口に運ぶ。顔をしかめる。そんなイリアナの姿に、レオンから笑みがこぼれた。


「まぁ確かにちょっと美味いかもね。スパイスが効いてるのかねぇ」


 冷めたピザをほおばりながらそう言うカーチャも、レオンと同じ気持ちだった。いつもと違うのは魔人たちがいることであるが、それ以上にイリアナが魔人たちとの話で生き生きとしているのが手に取るように分かるのだ。


「二人共なんか変」


 イリアナは怪訝な顔をして二人を見る。


「お前が楽しそうに見えたからよ。こっちもなんだかうれしくなっちまってよ」

「え?」


 レオンの意外な言葉にイリアナはハッとした。確かに話に夢中になっていたからだ。気恥ずかしい気分になり下を向いてしまった。

 魔人との会話に胸が踊っていた。

 みっともない所を二人に見られてしまったと恥ずかしくなった。常日頃から平常心を心がけていた手前、自分にも情けなくなってしまった。


「あらあら、恥ずかしがっちゃって可愛いわねー」


 エルフィーナが笑顔で冷やかす。


「ほらほら、このパスタが美味いぞ。下向いてないで食え、食え」


 ハヤテマルが、皿に山盛りよそって差し出した。

 イリアナは顔を真っ赤にしてそれを受け取った。火照ほてった顔を上げるのが恥ずかしくてまた顔を赤くしてしまい顔を上げられない。その場をごまかすために山盛りのパスタにがっつき始めた。

 それを見た魔人二人が大爆笑。


「だははは!いい食べっぷりだな!」

「そんなに急いで食べなくても料理は逃げないわよ」


 イリアナにはそんな二人の声など届いてなかった。恥ずかしさで爆発しそうだった。

 けど、不思議と嫌な気分ではなかった。この感覚は、幼いころ仲間達とともに囲った食卓に似ていた。

 イリアナの中に過去の記憶とともに封じられていた感情がわきあがってくるのを感じた。この団欒だんらんがもっと続いて欲しいと思った。

 魔人たちもレオンたちも笑っていた。食卓は笑いで満たされ、だれもが何も考えず笑っていた。


 だが、笑っていた魔人二人が急に笑うのをやめた。

 そして窓の外を睨むように見た。


「エル」


 ハヤテマルが目を合わせず窓の外を睨みつけたまま、エルフィーナに何かを促した。


「はい」


 エルフィーナは魔法で半透明の薄い板のような映像を開いた。板には沢山の文字や図が表示されている。

 しばらくして眉をしかめて顔を左右に振った。


「どうしたんすか?」


 レオンの顔にも緊張が走る。

 魔人たちはレオンに向かい頷き、レオンも城での異変を即座に悟り、それに返した。


「レオン、荷物をまとめてくれ。カーチャは馬車の用意だ」

「了解」


 レオンとカーチャはすぐに行動に移った。イリアナも荷物をまとめるのを手伝おうと席を立った。

 イリアナはふと視線を感じた。

 ハヤテマルがこちらをじっと見ている。


「なにか?」

「いや、助けに行きましょうとか言い出すんじゃないかって思ってたんだけどな」


 ハヤテマルは頭をかきながら言った。

 魔人たちはイリアナがそう言い出すことを期待していたのだ。青臭い正義感を。

 イリアナは少し考えた後、口を開いた。


「行っても相手にならないし、足手纏あしでまといだし……」


 イリアナはすでに傷みの無い左腕に手を置いた。

 人の意見に素直なのは、自分が責任を負わなくていいから。自分の意見を言わないのは度重なる失敗で、拠り所となる自信を失っていたからだ。ハヤテマルはなんとなくそう思った。


「なぁ……俺達の紋章を使って、あの襲撃者を倒しに行かないか?」

「え?」


 イリアナは驚いた。紋章を、しかも森羅三十六紋しんらさんじゅうろくもんである。それをあっさりと口に出したのだから。


「でも……」


 でもイリアナはすぐに目を伏せた。

 だが、ハヤテマルとエルフィーナはイリアナの顔をじっと見つめた。


「エルがお前の狂戦士化を絶対抑える。俺が戦い方を教えてやる。心配すんな」


 やさしくハヤテマルが誘うが、それをさえぎりエルフィーナが前に出た。


「いままでずっと失敗続きだったから、また失敗しちゃうって怖くなるのは判る。だけどいつかは乗り越えなきゃいけない。だって仇を討ちたいんでしょう? 自分を貶)おとし(めて、それを言い訳に逃げないで」


 エルフィーナは俯いているイリアナの顔を羽で挟んで顔を無理やり上げた。


「どこ向いててもいいけど、心の芯だけは前を向いててちょうだい」


 イリアナはエルフィーナの目を見た。力強い視線だ。

 不安と恐怖と焦りが、今の漫然とした自分からの脱却を促してはいたものの、それと同時に成長の妨げになっていた。

 焦りが一つ一つの技や連携の理解が上っ面になってしまい、なかなかコツをつかむことが出来なかった。理解がないから応用も利かない。

 だが、彼女に今必要なのは、一つ一つの技の理解力を上げることではない。心の平穏である。


 エルフィーナの目を見て、イリアナは力が抜けるような気がした。

 力を奪われるといった類ではない。余計な力が抜けたような感覚であった。

 イリアナは、ゆっくりと目を閉じ、深呼吸をした。


 そして顔を上げ、エルフィーナを見た。


「私は炎の中、大勢の人が死んでいく姿を見たことがあります。沢山の仲間や友人、そして女手ひとつで育ててくれた母を失いました。私は仲間を殺した化け物が憎い。仇を討ち、恨みを晴らしたい。だけどそれ以上に、あの光景を二度と再び見たくないです。だからもし弟子になれば、それができるのなら、私にできることなら何でもします」


 イリアナの素直な言葉だった。イリアナは目から溢れる涙の奥に、力が宿りはじめている。


「それがお前の気持ちか」


 ハヤテマルの言葉に、イリアナは黙って頷いた。

 短い沈黙の後、エルフィーナが微笑んだ。


「覚悟が決まったようね」


 エルフィーナは、レオンとカーチャに笑顔を向けた。レオンは頷き、カーチャもあきらめに近い感じで頷いた。

 カーチャは、元々イリアナが紋章の力を得るのは否定的だった。しっかりと地力をつけてほしかった。だが、無理に反対しなかったのは、イリアナの母親が彼女を押さえつけるような育て方をしなかったからでもあるが、イリアナ自身の成長のきっかけになればと思ったからこそであった。


 ハヤテマルは二人の了解を確認し、イリアナを見て涙を拭ってやった。


「少しは楽になったか?」


 イリアナは頷いた。


「人にしゃべると自分のもやもやとしたことが、すんなりまとまったでしょう?」


 エルフィーナがやさしい目でイリアナを見つめながら言った。


「お前の今の幸せも不幸も、自覚しろ。それはお前の重荷じゃない。お前を支える力だ。お前の良い所、悪い所。それはお前の持ち味だ」


 ハヤテマルの力強い言葉に、イリアナは頷いた。


「もう大丈夫みたいね」


 エルフィーナは、イリアナの頭を、その白い羽で優しく撫でた。エルフィーナはどことなく懐かしい気分になった。


「イリアナ。お前は今、一つ先へ進んだ。あくまで仮にだが、紋章を授ける。今は、襲撃者の被害を最小限に抑えることだ。文句を言わず黙って受けろ」


 イリアナは最後の言葉に真摯なまなざしで頷いた。番いの魔人はイリアナの顔に満足げに頷いた。


「よし、じゃあ細かい説明は馬車に乗りながらで良いだろう。いくぞ」


 全員は馬車へと急いだ。

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