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まじめと魔人 S-3

 シーズの中央よりやや北の位置に領主の城がある。

 白塗りの城で、ところせましと装飾と彫刻が施され、豪奢で荘厳な空気をかもしている。

 月夜の晩には月光を浴びて、闇夜に浮き上がる姿は月の女神にたとえられ、国内外を問わず有名な城である。建設が始まってから完成までに二百年を要し、今も修復と増築を繰り返している城である。

 またこの城は、多くの戦火にさらされながらも、決して落城することなく耐え抜いてきたことから、商人たちも験を担ぐために良く訪れるのである。


 現領主のセオドアは連合国お抱えの商人でありながら軍才も上々で、幾度となく魔獣、魔物の侵攻から都市を護ってきた。

 その領主の机の前のソファに、レオン、その向かいにカーチャとイリアナがソファーに座っている。二人の魔人はイリアナの膝の上の箱の中に入っている。


「では、君たちにもまったく心当たりがないのだな?」

「ない」


 レオンはセオドアの言葉に短くぶっきらぼうに答えた。

 セオドアは淡々とテンプレートのように作成された、質問を繰り返した。情報の交換が出来るかと見込んでいただけに、ただの事情聴取である。

 レオンはそれが気に食わないようで、魔人のことは、あえて伏せた。


「では、襲われる前に立ち寄った街は?」

「ウォフィールド。一昨日の夜までは、至って順調だった」


 実際レオンたちが襲われたのは、あのときが初めてである。襲われた理由は、おそらく魔人たちなのだろうと踏んでいた。しかしセオドアが君たちにもと言ったことを魔人たちは聞き逃さなかった。


「フム……」


 セオドアは書類を見ながら、考え込みだした。

 レオンは出された紅茶に口をつけた。カーチャは肝の据わったもので、自分は特に何か言うこともなさそうだと感じたのか、寝息を立てている。

 イリアナは煌びやかな装飾や調度品の圧倒的な存在感や、沈み込むようなソファの重心の不安定さに落ち着かない。特にソファはとりわけ慣れず、菓子や紅茶のカップに手を伸ばすのにもいちいち腹に力を入れなければ取れない有様。

 なるべく普通にしようとしているのだが、かえって一挙手一投足に力が入り目立っている。箱の中からは、時折笑いを押し殺す声が聞こえてくるのが、イリアナの平常心をさらに狂わせ、何十にもマイナスの連鎖が続くのであった。


「イリアナ君……だったか。君はどうだったかね」

「は、はひっ」


 いきなり話しかけられ、上ずってしまった。

 箱から吹き出す声が聞こえる。

 イリアナの顔は、見る見る赤く染まる。


「突然話しかけてすまないな。驚かしたかね?」

「え、あの、その……」 


 完全に取り乱しているといっていい。


「腰抜け」


 イリアナの横からそう聞こえた。

 聞こえたほうには誰あろう、カーチャである。カーチャは寝ている。だが、カーチャは確実にそう言った。

(このオバン、狸寝入りか)イリアナはムカッときた。


「どうしたのかね」


 セオドアの声にすぐ答える。しかし緊張はすっかり解けている。


「私は怖くて、良く憶えていません。ですが」

「ですが?」

「兜を殴りつけたときのことなんですが」


 セオドアはイリアナの答えを待つ。イリアナの膝の上の箱が少し開き、イリアナを見つめる二人分の目。落ち着いた様子に満足そうな顔である。


「人間のはちょっと違うと思いました」

「なぜそう思ったのかね?」

「私の左手は、襲撃者の頭部を殴りつけたとき、複雑骨折しました。私は王都にあるセント・ラフィリシカ軍事学院で無手むて(素手の格闘)の教育を受けています。兜が砕けるとはいかなくても、兜を吹き飛ばすなり破損させることが出来るはずです。しかし直撃した私の拳が一方的に砕けました。内部まで硬いものでできているのだと思います」

「つまり、相手は人間や魔族じゃない、ということだろうな」


 イリアナが答えるよりも早く、レオンが答える。


「ゴーレムやガーゴイルのような、魔法生物という線もあるが、それにしては思考パターンが複雑だった」


 レオンの率直な感想は、イリアナも感じたことだ。生きているかのように思えても生気がない。人間にしては、動きに無駄がなくゴーレムのような魔法生物と言われれば合点がいってしまう。しかしそれだけでは納得いかない何かがあった。


「そりゃあそうだろ。器動衆きどうしゅうなんだし」


 箱から声がした。おそらく黒い方、ハヤテマルだ。


「え? 器動衆?」


 イリアナは思わず反応する。


「今なんと言ったのかね?」


 セオドアが『器動衆』という単語に食いついてきた。

 器動衆とは、邪神エスカーテの体から生成される子供とも言える存在であり、また、兵士に当たるものだ。

 個体差はあるものの、全身金属で構成されており強力な戦闘力を持ち、固体によっては知性を持ち合わせ、人間のみを捕食する。

 人間を食い、記憶や知能を吸収といわれていて、その人間に成りすますことともある。

 ただ、知性を持つ固体はあまり知られてはおらず、世界でも5体が確認されているのみである。だが、人間を捕食しその知能を吸収するとすれば、確認されていない固体や、なりすましをしている固体は計り知れないのだ。


 イリアナはセオドアに気圧されて、「すいません」というとうつむいてしまった。


「いや、責めたつもりはないんだ。ただ、『器動衆』の単語が出てきたのでね」

「と、言うと?」


 レオンにはハヤテマルの声が聞こえていたらしく、取り乱すイリアナの援護するように、かわりに相槌を打った。


「一昨日、「君達が戦った『襲撃者』なのだが、ほぼ原型のまま回収をしたのだ。顧問魔導師の話では、今現在、あの固体は完全に機能停止しているようで、いわゆる生物で言うところの、死んでいるという状態であるらしい。らしい、というのは少なくとも生物の類ではないということなのだ。ゴーレムと同じようにかりそめの生命を与えられた、魔法生物の類らしいということ。だが、動力源となるものの反応は一切見当たらなかったという。既存の魔法生物とは異なるため、器動衆であるとのことだ。魔導士たちは貴重なサンプルだと喜んでいるがね」


 セオドアは昨日の収穫によほど手ごたえを感じたらしく、口が良く動く。


「回収なんかしないで破壊するべきだったんじゃないのかね。再起動だって時間の問題だろうに」


 再び箱の中のハヤテマルが呟いた。


「ちょ、ちょっと……」


 つっけんどんな物言いにイリアナが再びしどろもどろになる。


「ん? どうしたのかね?」

「あの……いえ……」


 セオドアの問いかけにあわてるイリアナに、寝ているはずのカーチャから素敵なエールが送られる。寝相の不利をしてイリアナの足を踏みつけた。


「いっ……っつ!」


 イリアナはカーチャを睨みつけた。

 その後もカーチャは膝でイリアナの膝を何度もぶつけてきた。膝に当てるのが鬱陶しかったのか何度も手で払う。しかしカーチャはやめる気配がない。

 イリアナは箱に目を落とすと、すこしだけ箱が開き、二組の目がイリアナを見つめている。そして、セオドアの方を気にしながら目配せする。彼らは代弁するよう持ちかけているのだ。イリアナは、カーチャと魔人たちの意図を理解し、黙って頷いた。


「あの、もし襲撃者が器動衆なら、必ず再……起動します」


 魔人たちは、セオドアに聞こえない大きさで話すため、聞き取りにくい。イリアナは何とか代弁しはじめた。


「再起動とは?」

「邪神の手下は、絶命するとき自爆する……と聞いたことがありましゅて……して。つまり爆発しないということは……その、個体が生きているということで……」


 ほとんど箱を見てしゃべっており、自分の意思でしゃべっていないことが丸分かりなのだが、セオドアはそんなことを意に介さなかった。


「爆発するという根拠は?」

「その……器動衆きどうしゅうは、魔法生物と異なり、予備のど……動力源を持っていて、証拠を残さぬよう……えっと、予備の動力を過剰に運動させ、自爆する? そうです」

「ふむ……」

「だ、だから、先日回収した襲撃者が器動衆なら……」

「まだ死んでいない?」

「そう、なります」


 イリアナは必死に魔人とセオドアの仲介をしている。


「それで私にどうしろというのかね?」

「えっと、今すぐ、襲撃者を破壊するべきかと……器動衆の可能性あり、なおかつ生死……が判明していない以上、防衛力のない都市……の中に持ち込むのは危険、であるということ……だそう、です、です。」


 セオドアは親指と人差し指で顎鬚を触りながら考え込みだした。

 イリアナはセオドアから目を離すと、目を閉じ大きく息を吸い込んだ。

 箱に目をやると、うんうんと魔人達が頷いている。よくやったと小声で言われて、まじめな顔をしていたイリアナの表情がいくらか落ち着いた。


「イリアナ君」

「は……はいっ」


 突然セオドアに話しかけられ少しびっくりした。さっきも同じことをやったばかりである。イリアナ自身、こういった場所で話すことは基本的にないので、場慣れしていないのも当然だった。


「先ほどの話だが、誰から聞いた話なのかね? 随分と器動衆に詳しい人物のようだが」


 イリアナは焦って顔を伏せた。というよりも、とっさに箱を見た。

 緊張でいっぱいいっぱいの顔である。

 魔人たちはおもいっきり顔を振っている。彼らも声には出さないが、必死にダメ!ダメ!と身振り手振りで応戦する。

 イリアナのすがるような顔が魔人らの心をいやおうなく痛めつける。だが、姿を晒し紋章を所有している上に魔人であることがばれたら、イリアナ達に迷惑がかかる。

 イリアナにしてみれば、こうなるであろうことは予測できたのではないか?なぜ代弁などさせたのか?完全にパニックに陥り、目を回した。


「それはね、少し前に雇ったレンジャーから教わったのさ」


 先ほどまで寝たフリをしていたカーチャが助け舟を出した。イリアナと魔人達は助かったと思った。


「くわしい話を聞きたきゃ、こっから西に50キロ先のカモロのレンジャーギルド『沈黙の森』にいるバリー&エレという傭兵に聞いてみたらどうだい。魔人に詳しい人物だよ。なんでも十五年前の邪神との戦いで、大賢者ネロの下で器動衆を専門に戦っていたエキスパートだとか」

「あの、『時の波間にたゆたう者』と言われるあの大賢者ネロの下で? そんなに有能な人材がラタナルに埋もれてるのかね。しかし……カモロのバリー&エレか。聞いたことがないな」

「人を選ぶらしいからね。あたしらが雇えたのは幸運だったのかもね」


 セオドアはカーチャの情報をメモしているようだ。イリアナはカーチャに小声でありがとうと言った。カーチャはイリアナの頭の後ろに腕を回し、肩をぽんぽんとたたいた。箱の仲の魔人たちもうれしそうに二人を見つめている。


「それで、破壊するのか?」


 ずっと黙っていたレオンが話を修正した。


「いや、さすがにそれはない。申し訳ないがさすがに君たちだけの情報ではな。器動衆の可能性がある貴重な研究体だ。手放すことは出来ない。まして私の一存ではね」

「だろうな」


 レオンは言葉通りそう思った。実際手を合わせて生き残っているレオンたちのような存在が非常に稀有なケースなのだ。

 人類にとって天敵ともいえる器動衆かもしれない固体を手に入れれば、後学のために調べたいと思うのは学者や導師にとってみれば当然のことなのかもしれない。破壊しろといわれて素直に従うわけがない。


「……」


 箱の中の魔人たちは険しい顔を浮かべている。イリアナには少し悲しそうな顔にも見えた。


「こんなところか」


 そう言うとレオンは立ち上がった。どうやらセオドアから情報は得られそうにない。これ以上の会話は無意味だと思った。


「君達の忠告は心に留めておこう。警告に感謝する」


 そう言うと、秘書に情報に関する報酬を渡すよう指示を出した。

 レオンたちは礼を言うとセオドアの部屋を後にした。


 セオドアは椅子に深くもたれ込み、こめかみを右手でマッサージをした。椅子を後ろの窓へと回し、窓の外を見た。

 夕日に、橙色の屋根が溶け込み、街全体を一色へと変えている。

 先人たちが積み上げてきた美しい街並みである。

 しばらくその街並みに見入る。市場は夕餉の支度が始まっている。朝にはない落ち着いた活気が街を包み込んでいる。

 セオドアは机に向き直ると、手元のハンドベルを鳴らした。ほどなくして秘書が隣の部屋からやってきた。


「研究室周辺の警備を強化してくれ。それと屋敷周辺の結界を内側に向けて最大強化してくれ。」

「内側に向けてですか?」


 秘書は怪訝な顔をした。


「ああ、内側だ。」


 セオドアは再び背もたれに体を預けた。承知しました、と言うと秘書は退出した。

 たかが傭兵のことと、秘書は思ったことだろう。だが、シーズの商業を支えてきたのは傭兵業である。歴代当主の伝統ともいえる一つの教訓が、「現場の言葉」である。

 レオンたちの言葉は信じられる。

 確かに都市の安全を考えれば破壊するべきだろう。だが、もし器動衆ならば、調査することで得られる情報は、器動衆の対処方法から兵器開発などに生かされる。


 結局は都市の安全にも繋がるのだ。


 葛藤の中で下した決断は屋敷の結界で外に出さないことであった。だが、イリアナとの会話でこれすらも危険な賭けなのかもしれない。

 ぬぐいきれない漠然とした不安は払拭できないままだった。

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