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まじめと魔人の冒険奇譚 (再編集版)  作者: 春牧大介
王都ラヴィニエスタ
20/27

王都ラヴィニエスタ 3-2

       2


 イリアナたちは王城ラヴィニエスタへと入った。

 城内はわりと広いが、シーズのようなすっきりとした美しさではなかった。

 補修の後があちこちにあり、美術品なども飾られているが、ヴィヴィアンの話では贋作とのことだった。美術品はさまざまな侵入者や襲撃された際の仕掛けや補修後を隠す程度のものなので、本物は無いとのことだ。

 内部情報をさらりと漏らすなとハヤテマルが叱ったが、どうやら有名な話で、城の案内場でもその話は聞けるとのこと。よほど城に自信が無ければ、情報など漏らさないだろう。確かに補修跡なのか、仕掛けの切れ込みなのか見分けはつかない。


  ヴィヴィアンの部屋へと案内された一行。

 首都ラヴィニエスタで宮廷魔術師をしている人物の部屋、どんな大きさなのかイリアナには想像もつかなかった。

 扉は普通の内開きの一枚扉である。アークメイジの執務室である。両開きの背の高い扉を想像していただけに少し拍子抜けだ。

 物理的な鍵は使用しないとのこと。魔法で施錠しているらしく、扉に手をかざし、呪文を唱える。かちりと音が鳴り、扉が開く。開くと同時に水晶灯に明かりがともる。二十畳程度こじんまりとした部屋が現れる。書物や書類が散乱して、雑然としていて生活感がにじみ出ている。シーズのセオドアの執務室のような物を想像していただけに、拍子抜けであった。


「そこのソファに掛けて。今、お茶入れるから」


 ヴィヴィアンは、そう言いながら使いこまれたやかんに水を入れて沸かし始める。

 一行はソファに腰掛けた。だが、ソファの上にもテーブルの上にも書類である。

 エルフィーナが邪魔臭そうに書類をどかし始めた。

 彼女が片付け始めるのを見て一行が書類を軽く整理する。

 圧迫感を和らげた一行は再び席に着いた。

 カーチャとレオン、テーブルを挟んでイリアナが座り、魔人たちはテーブルの上にちょこんと乗っかる形で座った。

 目線にまで積み上げられた書類の山の中に腰掛けると、まだまだかなり圧迫感を感じる。

 イリアナは落ち着かないため立ち上がり、雑然とした部屋を見回した。

 ぱっと見た感じでは汚い。そして狭い。暗い。

 汚いというのは、部屋に入った最初の印象、雑然としているということ。しかしよくよく見ると、きれいに整理されている。物が多いのと、高さがまちまちであるために雑然としているのだ。山の一つ一つに、おそらく意味があるのだ。狭く暗いのも物量のせいである。

 さすが師匠と先生のお子さんだ。イリアナはそんな風に素直に感心していた。


「汚くてごめんねー」


 ヴィヴィアンはそう言いながら、イリアナに紅茶を差し出す。


「いえ……そんな」


 イリアナはマグカップを受け取りながら結局座った。

 ヴィヴィアンは一同にマグカップを手渡すと、作業机から椅子を持ってきて、一同の見える場所、作業机のすぐ前に腰掛けた。


「で、一体何の用なんだ?」


 ハヤテマルが切り出した。

 一行の目がが、ヴィヴィアンに集まる。そのヴィヴィアンは言葉を選ぶように腕を組み目をつぶって唸りながら考え込む。

 沈黙が続く。

 ハヤテマルは羽を手の様に作り、人差し指の部分でテーブルをとんとん何度もたたく。

 エルフィーナもお茶のおかわりを注ぐ。

 この二人だけではなく、妙な緊張感が包んだ場に耐え切れずそれぞれが、ヴィヴィアンを促すように足を組みなおしたり、紅茶を口に含んだりした。

 そしてヴィヴィアンが瞼を開いた。


「おかんは怒るかもしんないけど」


 ヴィヴィアンは歯切れが悪い。


「怒られるような事したんだ?」


 エルフィーナがじとっと張り付くような目でヴィヴィアンを見る。 


「怒んないでね?」

「それは内容次第でしょ」

「約束よ?」

「内容次第でしょ」

「よし、約束したからね」

「いい加減にしなさいよ?」エルフィーナの顔に青筋が浮かび上がる。

「だってさ……」


 ヴィヴィアンはしゅんとしてしまった。

 ハヤテマルは頭を掻いた。


「とりあえず用件を言ってくれ。お前のことだ。手紙のこと以外のことがあるんだろ。このままじゃ埒があかねーよ」


 ヴィヴィアンはハヤテマルの言葉に後押しされ、顔を上げた。


「実はクラフト陛下とアンナ妃殿下のことなんだけど」


 ヴィヴィアンはエルフィーナの顔を見た。

 既に怒気を含んだ顔がそこにはあった。その顔を見ないように顔を背けた。


「昔から病を患っていらっしゃったのだけれど、ここ二、三年で悪化してきたらしいの。そのあたりから、『憤怒の誓い』に狙われ始めたの。体を動かすことも出来ないらしくて、安全な場所へと身を隠していただくことも出来なくて困っているの。ユアちゃんのことでも、日ごろからとても良くして頂いているし、返しきれないほどの恩を受けているの。だけど私に出来ることなんかおかんに頼むことくらいしか出来ないの。だからおかんに診てもらいたくて連絡したんだけど……」


 ヴィヴィアンはハヤテマルとエルフィーナの顔をうかがうために顔を上げた。


「お前、『憤怒の誓い』って、魔族に大切な人を殺された人達を勧誘して、魔族を殺して回る戦士に育て上げてるヤバイ組織だろ? 何でそんなのに狙われてるんだ?」


 ハヤテマルは困ったような表情で頭を掻いた。


「それは、ラヴィニエスタが『シルバーエール』と繋がりを持ったからだと思う」


 ヴィヴィアンは再び顔を伏せた。

 彼女の言った『シルバーエール』とは、『憤怒の誓い』とは真逆の活動を行う組織で、魔族と人類の友好的な関係を模索する組織だ。この組織によって、ラヴィニエスタにはごく少数、人類と魔族が親交を持つ村がある。ラヴィニエスタはこの組織のバックアップをしている。ヴィヴィアンはこれが原因ではないかと考えているのだ。


 ヴィヴィアンはエルフィーナの顔色をうかがうように覗き込んだ。エルフィーナは目を瞑ったまま、何も言わず怒っている。ヴィヴィアンもその理由は分かっている。


 魔人たちは八門徒の裏切りによって封印された。

 その中心にいたのがラヴィニエスタ国王クラフトとその妃、アンナなのだ。

 首謀者は別にいるのだが、実行犯は彼らである。

 両者は八門徒の数人をそそのかし、エスカーテとの密約を結び魔人たちを封印した。これによりエスカーテとの戦いに終止符が打たれることは無く戦火は広がってしまい、多くの死者と難民を出すこととなった。

 その難民のうちの四人がヴィヴィアンたち、魔人が引き取って育てた子供達であった。

 言ってしまえば、ヴィヴィアンにとっても本当の両親と引き剥がされた『憎むべき敵』と言っても良いはずである。

 彼女の本当の両親の生死は不明のままである。いつか会える。そんな希望的観測が、ラヴィニエスタ国王と王妃を憎みきれない要因でもあった。

 また、日が経つにつれ、その人柄を知ることとなると、魔人たちから聞いていたような悪人には思えないことを悟った。それどころか、平民出のヴィヴィアンを差別することなく扱い、彼女だけに限らず、国の再建や難民の救済のために力を注いできた。ヴィヴィアン自身がその目で見てきたことなのだ。


 だが、魔人たちは裏切り者を憎んでいることも知っている。やられたことを聞いた限りでは、それも仕方の無いこと。

 だが、ヴィヴィアンにとって、王と王妃は尊敬に値する人物。ラヴィニエスタの家臣としても、一人の人間としても失うわけには行かない。今回のことは絶縁されることを覚悟してのことだった。


 エルフィーナは深いため息をついた。

 イリアナは、いつ爆発するのか内心気が気でなかった。思わず生唾を飲み込むほどに。

 そしてエルフィーナは顔を上げた。


「まったくどうしようもない子ね」


 エルフィーナは困ったような顔をした。傍から見ても怒気を含んでいるようには見えなかった。

 ヴィヴィアンもそれには少し驚いた。マグカップが飛んでくるのではと思っていたからだ。


「怒ってないの?」


 ヴィヴィアンは思わず口に出した。


「怒ってるし、怒って欲しいわけ?」


 エルフィーナはじとっとした目でヴィヴィアンを見た。


「だってさ。私……」


 ヴィヴィアンは申し訳なさそうに俯いた。


「たしかに私達、いえ、私はあの二人どころかほかの四人の裏切り者も憎んでいるわ。正直今でも殺してやりたいくらいよ。私達を封じただけでなく、大陸中に戦火をばら撒いたんだもの。私たちが必死になって戦って守ってきた、この地にね」


 エルフィーナの言葉に、ヴィヴィアンは苦しそうに目を瞑った。


「だけどね、正気を失っていた私を、現実に引き戻してくれた人たちがいる。それがあなた達よ、ヴィヴィアン」


 エルフィーナの言葉にヴィヴィアンは顔を上げた。


「何も知らない、何も出来ないあなた達が、私達を救ってくれたのよ。失っていた人としての心を取り戻させてくれた」


 エルフィーナはハヤテマルを見た。ハヤテマルも笑顔で頷く。


「親馬鹿って思うかもしれないけど、貧しい生活の中でもあなた達はまっすぐ育ってくれた。どこに出しても恥ずかしくないと思うわ。当然あなたもね」


 ヴィヴィアンはエルフィーナを黙って見つめている。


「そのあなたが助けたいと思うなら、今回だけは私怨を横に置いておいてあげる」


 ヴィヴィアンは涙を流した。嬉しい、そしてほっとして。


「ありがとう。ありがとう」


 何度も言った。


 エルフィーナはハンカチを取り出し、ヴィヴィアンの涙を拭ってやる。

 イリアナはその光景を見て、心に何か懐かしいものを感じた。どこかうらやましいと思った。

 ハヤテマルはそんなイリアナの気持ちを知ってか知らずか、イリアナの頭の上に移動した。最近イリアナも魔人たちが頭の上にいるのを気にしなくなっていた。むしろどこかほっとするような感覚を覚えていた。


「そういえばお前、俺たちのことあいつらにばらしたのか?」


 ハヤテマルの言葉にヴィヴィアンは顔を上げる。


「ばれるとややこしいことになると思ったから、クラフト陛下とアンナ妃殿下、そして宮廷魔術師筆頭のマドーラ様、宮廷魔導師のリッチモンド様とマーカス様には伝えてある」

「まぁ、お前の後見人がパックとネロだしな。ばれるのも時間の問題だったろうし、しょうがないな」ハヤテマルは頭を掻いた。 


 パックとネロ。この世界において知らぬものはいない大人物である。

 彼ら二人は前八門徒の一員である。


 パックは、ラヴィニエスタの北に位置するソルトヴァーレーン王国の陸戦都督という、陸軍の総大将である。

 彼はホブゴブリンという種族だ。

 この種族は非常に強靭な肉体を持ち、温厚な種族である。ゴブリンは人類と敵対することも多い種族だが、彼らホブゴブリンは人類に好意的な種族で有名だ。非常に義理堅く、融通が利かないという頑固な一面を持つ。

 パックもその例に漏れず、頑固である。

 裏切りの誘いに乗らず、魔人を守るために抵抗した二人のうちの一人である。だが、衆寡敵せず重傷を負ってしまう。

 その後に療養中の中、魔人たちが人形に意識を移して健在であることを知る。すぐさま魔人達の下へと赴くが、魔人たちに戦火を広めないためにも、私怨を捨ててラヴィニエスタと共同戦線を張るように諭されこれに従った。戦火を収め、その後は器動衆の残党と戦いながらも、子供達の面倒を定期的に見るようになった。


 そしてもう一人の後見人は、大賢者ネロである。

 この大陸で知らぬものはいない大魔導師である。その体はアンデッドとなり完全に白骨化している。

 三百年前の人物で、こちらはエルフィーナの弟子である。第四次討伐戦の際に見出された人物で、前回もエルフィーナに乞われて参加した。

 しかしエスカーテの姦計にはまり、裏切ってしまう。

 その後、魔人達の下へ赴き赦しを乞い、パックと同様、子供達の面倒を見るようになる。

 彼もまた、器動衆との戦いをしながら、対器動衆用の魔道兵器の研究所を設立し、今も研究者として在籍している。


 敵と味方に分かれた二人が揃って特定の家族の面倒を見ているという不自然さは、遅かれ早かればれることであった。

 尤も魔人達からしてみれば、ばれたらばれたで対処などいくらでもやりようがあるのでさほど気にしていなかった。結果として、ヴィヴィアンの身元が判明してもクラフト達が魔人達に害をなさなかったのは、彼らなりの罪滅ぼしだったのかもしれない。


「とりあえず、会って診てみないと」


 エルフィーナの言葉にヴィヴィアンは笑顔になり、頷いた。


「じゃあ今から面会していただける時間を聞いてくる。ここで待っていて」


 ヴィヴィアンはそういうと席を立ち、書折る意を乱暴にかき分け、書類の山が次々倒れていくのも気にせず、あわてて部屋を出て行った。


「待ってて、って……」


 エルフィーナとハヤテマルは舞い上がる埃の中、呆れてしまった。


「三人とも済まないな。なんか段取り悪くて」


 レオン、カーチャ、イリアナの三人は完全に蚊帳の外だった。


「いえ、いいですよ。こういうのは慣れっこですから」


 レオンは言った。怒ってもいない。実際、城の中でのやり取りは非常に時間をとられることを知っている。様々な人が時間を有効に使っている空間なのだ。突然の来客に合わせた時間を捻出するための調整には時間がかかる。それを知った上で、ここにいる。

 カーチャも菓子を食べながら大きく頷き、まったく気にしてないと言っているようだ。


「あ、そうだ。イリアナちゃん」と、エルフィーナ。

「はい」

「悪いけど一緒に来てね」

「はい、どこへでしょう?」

「お馬鹿共の診察」

「お知り合いがいるんですか?」

「やぁねぇ。さっきまで話していた、馬鹿王と馬鹿王妃よ」


 イリアナは驚いた。ラヴィニエスタの国王と王妃に拝謁することとなる。これはイリアナのような一般人には一生に一度あるかないかの事である。


「わ、私なんかがそんな……」

「何言ってるの。あなたがいないと紋章の力が使えないでしょう」

「でも……」


 イリアナは息苦しくなり始めた。急に襲ってきた緊張が冷静な判断力を奪う。


「こんなことでもなけりゃ、あんたなんか王様と顔つき合わすなんてこと無いんだから行っといで」


 カーチャは無責任に後押しする。


「お前はもう八門徒なんだから、もしかしたらほかの王族とも顔を合わすかも知れんし、場慣れのつもりで行ってこい」


 そう言ったレオンの顔も真顔である。

 イリアナの表情は、マイナスの思考にはちゃんと反応する。かなり不安な様で、目元はひくひくと痙攣している。


「大丈夫よ。私がいるんだもん。多少の無礼は目を瞑らせるから安心して」


 エルフィーナは片目を瞑り、羽で拳の親指を立てたサムズアップの形を作る。


「は、はぁ」


 程なくしてヴィヴィアンが帰ってきた。

 結果はその場に居た全員が意外と思う結果であった。

 なんと、すぐに会えることになった。宮廷魔術師筆頭マドーラが、王と王妃に直接取り合ったとのこと。ただし、迎え入れるのはエルフィーナのみということとなった。エルフィーナはこれに不快感をあらわにした。

 イリアナが紋章を携えており、重篤な場合、彼女が居ないと治療が出来ないと言った。

 再びヴィヴィアンは部屋を出て行った。


 結局は、ヴィヴィアンとイリアナ、エルフィーナの三人でで面会することとなった。

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