王都ラヴィニエスタ 3-1
神聖国家ラヴィニエスタ王国の首都、ラヴィニエスタは大陸の中でも屈指の大きさを誇る城塞都市である。
一つの城壁に囲まれているのではなく、王城を中心に、その周りを囲うように貴族区画が存在し、さらにそれを囲うように騎士地区と宗教区画。国教は誠実と博愛の女神『オルファ』であるが、他の宗教を信仰する自由もあり、他宗教の教会も存在する。
そして、さらに囲うように市民地区、そして一番外周が商業地区となる。商業地区は、北には冒険者と傭兵のギルドや酒場などが多数密集している。東には行商などを取り仕切る商人ギルドや商店街などがある。南に歓楽街や観光施設。西に生産地区が存在する。
歓楽街から城門を出ると、平地に巨大な農場が存在し、王都の食料の三割をこの農場でまかなっている。尋常ではないその広さは、夏の緑の絨毯、秋口の黄金の絨毯が地平線の彼方まで広がり、ラヴィニエスタの名所として国内外を問わず多くの旅行者が訪れる。
快晴。
今日も天気は抜けるような青空である。
イリアナたちが、マジェンタたちと別れたのは昨日のことだ。
夜の七時を過ぎたあたりにここ、ラヴィニエスタへと到着した。
入場手続きを済ませて、マジェンタたちの寮の前まで送り届けた。しんみりなムードで送り出すことになると思いきや、三人は軽い足取りで馬車を降りた。そして三人が三人とも良い笑顔で、イリアナたちに別れの挨拶をした。
御者台のカーチャが袋を投げた。
それをマジェンタがキャッチした。袋の中にはたくさんの落花生が入っていた。三人は笑顔でありがとうと言った。
レオンも珍しく笑顔で「がんばれよ」と声をかけた。イリアナも「お達者で」と、くそまじめな挨拶を投げかけた。
ハヤテマルとエルフィーナの二人は、涙を浮かべながら「苦しくなったら今回のことを思い出せ」とか「無茶はしないように」だとか「体には気をつけるんだぞ」など、親が子供に言うようなことをしつこく言っていた。
マジェンタたちもさすがに引きつった笑顔でそれを聞いていた。
埒があかないので、カーチャが「もういくよ。宿がなくなっちまう」と切り上げさせた。
三人は笑顔で手を振ってお礼を言っていた。
魔人の二人は馬車が動き始めても、三人にむかってあれこれ言っていた。
シアンは「もうわかったってば」と苦笑いで何度もそう答えた。
ウィローは「この恩は忘れません」と深々と頭を下げていた。
マジェンタは「あたしが立派になったら会いに行くね」と言って手を振り続けた。
魔人たちは彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。
イリアナの頭の上のハヤテマル、肩の上のエルフィーナは涙ぐみながら手を振っていた。
路地を曲がり三人が見えなくなった。
三人がいなくなった後の馬車は、やけに静かで一抹の寂しさが残っていた。
魔人たちは驚くくらい静かだった。
イリアナもその心象を察してか、もらい泣きしそうであったが、そうすると全員が泣くのではと、ぐっとこらえた。
宿に着いたのは、夜の9時を回った辺りのことだった。
それから一夜明け、一行はラヴィニエスタへと向かうこととなっていた。イリアナは魔人たちが昨日のことを引きずっているのではないかと、声をかけ辛かった。
しかしそんなイリアナの気遣いを他所に、魔人たちはイリアナに普通に接してきた。
「今生の別れじゃないしな」ハヤテマルはさらりと言った。だがどこと無くいつもの元気がないように見えた。
「心配なのは変わりないけど、あの子達が何も危険な戦いに挑むわけじゃないしね」エルフィーナもどことなく暗い。
もっともである。
短い期間ではあったが、ありのままぶつかった教え子であった。情が移って当たり前だ。だが、自分達で言ったとおり、今生の別れではないと、自分自身に言い聞かせ割り切ろうとしているのだった。
イリアナも同じ気持ちだった。だから彼らの気持ちを察し、同じように普段どおり振舞うことにした。
それが昨日から今日の朝にかけての出来事だった。
そして彼らは、王城ラヴィニエスタへと向かっている。
前方に、二十メートルはある巨大な凱旋門が見えてくる。
ラヴィニエスタの名所のひとつ、『アパナルノートの凱旋門』である。
約二百三十年ほど前に建造されたもので、当時の王、アパナルノートが寡兵で器動衆を打ち破り、街を救ったことを記念して立てられた。
その巨大な門をくぐると、歓楽街のある大通りへと出る。人通りが最も多く、また最もにぎやかな場所である。
特に昼の時間は、屋台や店から胃を刺激する豊かな香りが、そこかしこから集まり、人々を食への欲望へと誘う。イリアナたちも例外なく欲望の渦にいざなわれた。ラヴィニエスタは首都ということもあり、各地の名産特産を扱う露店や商店が軒を連ねる。
後ろ髪を引かれながらも、一行は魔人たちの要望で、王城へと赴いた。
魔人の子供達が居るという、王城ラヴィニエスタ。
この城自体は築五百年余りの古城ではあるが、補修と改築が繰り返されてきた。さまざまな新旧の建築様式が施され、統一感のないデザインである。先のシーズの城と比べても王城とは思えぬほどいびつで見劣りする。
しかしこの城の真価はその内面にある。篭城をすることに特化した造りで、歴史において、シーズと同じく幾度となく外敵の進入を防ぎ、その都度増改築を繰り返し、様式の違う箇所に応じて、激戦を制した証明である。
また、それぞれの戦いを唄った唄があり、どれもが吟遊詩人のレパートリーには必ず入るといわれている。
一見すると城の見栄えが疎かであるが、その分、守りに易く、攻めるに難い。国の繁栄度は街の規模から容易にうかがい知ることができる。
城主は、前八門徒の一人であり、ラヴィニエスタ国王、クラフトである。
彼は前八門徒の隊長を勤めた人物で、邪気を祓う宝剣オキシダイトを振るい、数々の戦場で器動衆を葬った猛者であり、魔人たちにとっては裏切り者である。
城門の前に衛兵の詰め所がある。ここは城内とのやり取りをする受付も兼ねている。いくつか窓口があり、用件に応じて窓口が違う。魔人たちは城内に親族が居り、用件は親族との面会である。親族との面会用の窓口は最奥の親族用窓口である。
「おっす」
ハヤテマルが受付をしている兵士に軽く挨拶をする。
「おお、ヴァリーさん達じゃないか。ご無沙汰だね。娘さんたちに会いにきたのかい?」
受付の中年の兵士が笑顔で答える、手際よく書類を出す。
「そうなのよ。なんか呼び出されちゃってね」
返事をしながら、書類にエルフィーナが訪問理由とサインを書き込む。
中年の兵士の後ろを通りかかった若い兵士がハヤテマルに達に気がつき、「お二人とも元気ですよ。あのお二人がいると皆明るい気分になれますよ」と、明るい笑顔で返す。
世辞でも魔人たちは悪い気分はしない。本心で言っているのだろう。
「一人でも生きていけるようあれこれ教えてきたけど、逞しく育ちすぎて行き遅れないか心配だよ」
ハヤテマルは、冗談めかして言った。
兵士達も、
「なんのなんの、引く手数多ですよ」
と、笑った。エルフィーナが書類を差し出し、中年の兵士が受け取り目を通す。
「明日、商人ギルド『虹の森』に、朝八時以降、と。承知しました。伝えておきます」中年の兵士の返しに「よろしくお願いします」と、夫婦揃って頭を下げ、その場を後にした。
その様子を見ていたイリアナは不思議そうな顔を魔人たちに向けていた。
「どうしたの?」エルフィーナはイリアナの視線に気づいた。
「あ、いえ。今日、お会いになるのかと思ってました」
「ああ、来たことさえ伝えておけば、家の子のどっちかがこっちに来るから」
エルフィーナはそう言いながらイリアナの肩の上に止まった。ハヤテマルも後に続き反対側の肩に止まった。
「さて、飯だ飯」
ハヤテマルはイリアナをせっつく様に言った。
「何が良いですか。奢りますよ」
レオンが魔人たちにリクエストがないか聞いた。
イリアナとは、おそらくこの地で別れることとなるだろう。彼女はもう八門徒となることを決めた。何時までも寄り添っているわけにはいかないのだ。今日で最後となるかもしれないし、魔人たちには道中の稽古相手のお礼もかねて奢るつもりだ。
「てきとーに入ろうぜ。美味い店も多いけど、安くても堅苦しいのはちょっといやかな」
そういったのはハヤテマルである。
安くても堅苦しいとは、テーブルマナーや食事中の会話について気を遣わなければならない店、ということだ。
傭兵達がたむろするような店が、彼等の居心地の良い店、ということになる。
「じゃあ、定食も食べられる揚げ物屋なんかどうだい」
「あ、私それ賛成」エルフィーナが、カーチャの提案に乗った。
「あー。カキフライ。カキフライが食べたい」ハヤテマルも乗った。イリアナも黙って頷いた。
一行の考えが纏まった。揚げ物屋へ向かおうとレオンがドアを開けた瞬間だった。ちょうど同じくして入ろうとしていた女性と接触した。
「あっ」
女性は声を上げてしりもちをつくように倒れた。手荷物が散乱する。
手ぬぐいに水入れ、泥のついた手袋、園芸用のスコップなど、園芸用の道具が一式。
「失礼」
レオンは慌てて女性を気遣う。イリアナたちは黙って散らばった荷物を拾い集めた。
「あたしのほうこそ御免なさい」
若い女性の声だ。
この女性、よく見ると日よけの帽子をかぶっているのかと思いきや、ほっかむりである。足元も街を行きかう若い女性が穿くロングスカートやドレスではなく、ズボンを穿き長靴の中にすそを突っ込んでいる。畑仕事でもしているかのような井出達。おおよそ城とは無関係な感じの姿だった。
女性は顔を上げた。その目には魔人たちの姿がはっきりと映った。
「え? おとんにおかん?」
「は?」
魔人たちは女性を見た。
「ヴィヴィ? ヴィヴィアンじゃないか」ハヤテマルが思わず声を上げた。
ヴィヴィアンといわれた女性は、レオンに助け起こされた。尻の辺りを両手ではたいてほこりを飛ばす。
「え、なに? お前、城の中でもそんな格好で歩き回ってるの?」
ハヤテマルは少し嫌そうな顔で言った。
「やぁだぁもぉーう。まずいところ見られちゃったかしら」
ヴィヴィアンは右手を頬に当て、左手をパタパタとはたくようなしぐさを見せながら恥ずかしそうにケラケラ笑う。
「あなたねぇ……」
エルフィーナは呆れ顔で、ため息をつく。
「先生、こちらの方は?」イリアナが脇から顔を出す。
「ああ、紹介するわね。うちの長女のヴィヴィアンよ」
「どうも。ウチの長女と噂のヴィヴィアンです。あら、お人形さんみたい。何この子。何処からさらって来たの?」
「イ、イリアナといいます。師匠と先生に戦い方を教わっています」
噂でもなんでもない。意味不明な冗談だった。
だが、ヴィヴィアンのわけの分からない自信に気圧され、イリアナはカチコチになりながらも挨拶をした。
ヴィヴィアンはイリアナの後ろにいるカーチャとレオンに気づいた。レオンとカーチャは軽く名乗る程度の挨拶をした。
「あら? もしかしてお父さんとお母さん?」
ヴィヴィアンから飛び出した言葉にレオンとカーチャは思いもしない言葉をかけられ、一瞬だけ膝の力が抜けた。
「いいえ、ですが大切な家族です」
ヴィヴィアンはイリアナの短い言葉から、彼女の取り巻く環境をすぐに悟り、笑顔で「そう」とたけ頷いた。
「そういえば、あなた。この手紙」
エルフィーナが思い出したかのように手紙を出した。
「あなたこれ、私信で出して良い内容じゃないわよ」
ヴィヴィアンからの手紙。これこそが魔人たちがラヴィニエスタへ来た理由である。
「え? なんてかいたっけ?」
「『わが国に凶兆あり。出世しました。ユアちゃん反抗期。至急来られたし』って、バカじゃないの? バカでしょ? 凶兆の下りは明らかに国家機密でしょう」
「あー、ごめんねー。なんかいろいろあったからとりあえず来てもらいたいようなこと書きたかったのよ。現におとんとおかん、ちゃんと来てるでしょ」
ヴィヴィアンは、悪びれた様子もなく、テヘッっと誤魔化すように笑った。
「あーもう」エルフィーナは頭をかきむしる。
「仮にも宮廷魔術師になったんでしょ? 行動に気をつけなさい! 馬鹿」
一同がどよっとした。宮廷魔術師というのは別名『アークメイジ』と呼ばれ、魔術に連なるそれぞれの部門の部長職である。また、戦いにおいては戦術なども立てたりする軍師としての側面を持っている、非常に責任ある立場である。
そんな重要人物が、街中を家庭菜園を楽しむような格好で、城のあたりを歩いているわけだから、目立つはずである。
「宮廷魔術師になったって書いたっけ?」ヴィヴィアンは首をかしげた。
「大分前に言っていた部隊長のチーフメイジの上なんだから、アークメイジしかないでしょうが」
「それもそっか」ヴィヴィアンは自分の頭をポンと叩いた。
「それから身だしなみ。もういい歳なんだから、ちゃんとしなさい」
「はいはい」
さすがにばつが悪いと思ったのか、ほっかむりを取る。
輝くような赤毛がきれいに滑り落ちながら波打つ。腰の辺りまで伸びたウェーブがかったロング。顔立ちも整っており、優しげな目元ではあるが、同時に意志の強さも併せ持っている凛とした赤い瞳とやや太目の眉。
その格好とは、これまた似つかわしくない端正な顔立ちの美女が現れた。
腰に手を当て、きりっとした顔を見せる。
「その格好で格好つけんな」ハヤテマルが呆れ顔で言う。
ヴィヴィアンは「あはは」と、笑ってごまかした。
「まぁここでいつまでも話すわけにもいかないし、私の部屋に行きましょ」
ヴィヴィアンは城へ入るよう促した。
一行はそれに従う形で城へと入った。




