旅立ち 2-11
11
イリアナと魔人たちは荷台に移り、シアン達と合流した。
マジェンタがイリアナのことを優しく抱いた。
どうやらイリアナの泣き声は彼らに聞こえていたらしい。
イリアナは「大丈夫です」と答えた。その声色から、マジェンタたちは、ほっとした。
ハヤテマルが話を切り出した。
「さて、この前のワーバット戦でやったことについての説明を始めるぞ」
ハヤテマルはマジェンタを見た。
「ワーバット戦の事は聞いているな?」
マジェンタはこくりと頷いた。
「二人から自慢げに。耳にタコよ。格上に勝ったぜって」
シアンとウィローは肩をすくめた。
「そうか」ハヤテマルが笑った。
「でだ」
ハヤテマルは全員の顔を見渡した。
四人はハヤテマルの言葉を待つ。
「戦いの最後に起した爆発のことだが、あれは『粉塵爆発』という現象だ」
「フンジン……バクハツ?」
イリアナは、聴きなれない言葉に聞き返した。
その場に居たエルフィーナ以外の者が首をかしげた。
「エル」
ハヤテマルがエルフィーナを見た。エルフィーナは頷いた。
「粉塵爆発っていうのはね、空気中に可燃性の物質が高密度で存在している状態で引火すると、爆発的に燃え広がる、という現象よ。この世界の人たちは知らないでしょうけど、炭鉱には可燃性の微粒子がたくさんあるのよ。それが戦いで空気中に舞い上がるわけ。ハヤテさんが退避を命じたのは、シアンとレオンが使う刃物が火花を発生させる可能性があったからね」
「爆発……ですか」点火させたシアンは、いまいち画点がいかないようだ。
「だけどね、この爆発よりももっと恐ろしいのが、爆発によって生成される有毒な空気なの」
「空気……」全員が息を呑んだ。
「この空気は、有毒な一酸化炭素という物質を大量に含んでいるのね。この一酸化炭素を多量に吸引すると、呼吸困難になって死んじゃうの」
イリアナは、あのときの自分の役割に気がついた。
「では、私が張ったウォーターシールドは……」
「そうだ。ウォーターーシールドは、水の壁を作り出す他に、水中での呼吸するための空気を確保する魔法だ。その性質上、シールド内の空気は常に正常なものに浄化されている。たとえ有毒な空気が充満していても、シールド内なら安全というわけだ」
ハヤテマルがイリアナに説明した。
「そうか。その後、エアスクリーンで、シールド外の周囲の空気を浄化したんですね」
ウィローはうれしそうにエルフィーナに言った。
「そういうことね」
エルフィーナはうれしそうなウィローに笑って答えた。
「この粉塵爆発は、炭鉱での爆発事故の原因の一つといわれてるの。爆発の上に、有害な空気が充満して大事故につながるわけ。『山神の祟り』ってわけじゃなくて、人為的なミスから起こる『事故』なのよ。人間が事故を起こしたのを神様のせいにしたら可哀想よ」
マジェンタたちは感心した。
「それにこれは何も炭鉱に限ったことではないのよ」
マジェンタは首をかしげた。
「さっきも言ったけど、空気中に高密度の可燃性の物質が漂っている状態っていうのは、身近でも起こりうることなの」
「どういうこと?」マジェンタはイリアナに尋ねた。
「たとえば小麦粉なんかで、火災が起きてしまうこともあるの。家庭でも起こりかねない危険なものなのよ。だから絶対、どこかのお馬鹿さんみたいに戦いで使おうなんて、思っちゃだめよ」
そう言いながら、じとっとした目でハヤテマルを見た。
ハヤテマルは苦笑いで頭を掻いた。
シアン達とイリアナは、「はい」と答えた。全員が今回の一件が危ない行為だったことを理解した。
「じゃあ講義おしまい」
エルフィーナの講義終了の言葉に合わせて四人は「ありがとうございました」と言いながら頭を下げた。
「先生」
マジェンタがエルフィーナに話しかけた。
「今の呼吸困難の対処法について聞きたいんだけど、いい?」
「いいわよ」
エルフィーナはうれしそうに答えた。
この後は、別れの日とは思えないほど、ここ数日繰り返してきた修練を各々始めた。
マジェンタたち三人は別れを惜しみながらも、充実した面持ちであった。
日が沈み始め、夕闇が顔を覗かせて来た。
「見えたよ」
御者台のカーチャから声がかかった。
一行は、ほろの隙間から顔を出した。 穏やかな風が一行を優しくなでた。
夕闇が空を覆い始めていた。眼前には山道の脇の雑木林。木々の隙間から街明かり。星の瞬きのようである。
まであと一時間という所まできた。
雑談に花を咲かせていた一行も、王都ラヴィニエスタを眼前に、しんみりと落ち着いた。長い沈黙が続いた。
別れを惜しむ一行を静寂が包み込む。
イリアナはハヤテマル達と共に行くことを決めた。三人とは別の道を行く。マジェンタ達はそれぞれの道を行くことになる。彼らの道はひとりひとりのもの。これから先、彼らの道は交わることはないのかもしれない。
「なんか久しぶりに帰ったって感じだな」
風を受けながらシアンがぽつりと言った。
「二週間前のことなのになぁ」
ウィローも風を気持ちよさそうに受けながらいった。
「長かったような短かったような」
マジェンタも彼らの会話に乗った。
そしてしみじみ語った後、三人は大笑いしはじめた。
満足そうに。
今までの自分を笑い飛ばそうとしているかのようだ。
「……」
イリアナは何もいわず彼らの会話を聞いていた。
頭の上のハヤテマルと、肩の上のエルフィーナも満足そうに彼らの話に耳を傾けていた。
「先生」
マジェンタがイリアナの肩の上のエルフィーナに話しかけた。
「なぁに?」
「ありがとう。わたし、頑張るよ」
恥ずかしがることもなく、独り言をつぶやくように言った。簡単で簡潔な感謝の言葉。
「ええ、がんばんなさい」
エルフィーナもその意図を理解し、短く答えた。
マジェンタにとってエルフィーナは初めてお互いに本気で向かい合った相手だった。
落ちこぼれで、いいかげんな毎日を送る日々は、もはや過去のことである。
彼らは新たな道を行く。
「オレは誓う。強くなって一流の戦士になる。そしてラキア様の側近になるぞ!」
シアンが夕日に染まるに向かって叫んだ。
そしてウィローとマジェンタを見て、その目で促した。
ウィローはそれに力強く頷いた。マジェンタは仕方ないと言いたげであるが、その顔はウィローと同じくやる気だ。
「僕は、魔術科を卒業して宮廷魔導師をめざすぞー!」
ウィローは叫び終わると、胸に手を当て一息ついた。自分の言ったこと、目指すことに覚悟を決めた顔だ。
そしてシアンとウィローは、マジェンタを促すように見る。
マジェンタは一つ頷いた。そして大きく息を吸い込む。
「世界一の医者になるわよー!」
夕闇の空にマジェンタの思いがこだました。
シアンとウィローが大笑いしたのを皮切りに、ハヤテマルとエルフィーナも、手を思い切り叩いて大笑いした。イリアナはいつもの調子で控えめに叩いて彼らに続いた。
マジェンタは彼らの態度に、少し不服だったのか膨れっ面をあらわにする。
「大きく出たな! さすがに俺らも世界一なんて言えねぇよ、なぁ?」
シアンが笑いながら、ウィローの肩に手を置いた。ウィローも大笑いしながら、何度も頷いた。
「なによ、夢は大きいほうが良いに決まってるじゃない! あんたたちこそ途中で挫折したら承知しないからね」
「マジェンタの夢ほど険しくないよ」
ウィローは笑いながら返した。シアンも「ちげぇねぇ」といたずらっぽく笑った。
「良い度胸じゃない」
マジェンタは受けて立たんとばかりに二人の耳を摘みあげる。
彼らの道は険しいことには変わりは無い。それはここにいるすべての者が分かっている。
だが彼らの顔に、迷いは不安は無い。
この二週間で得たもの。それは彼らの強くどっしりとした土台となった。
イリアナは少し羨ましかった。
彼らには、違いはあれど「夢」を分かち合う仲間がいる。自分もそんな仲間が欲しいと思った。
彼らとは仲良くなったが、心のそこからの信頼を得たわけではない。この三人の絆は、同年齢であり遠く昔から培われてきたものだ。昨日今日知り合ったような自分には、入り込む余地は無い。自分にもいつか、こんな風に心のそこから信頼し会える仲間が出来るだろうか。
三人のはしゃぐ姿はもう既に、夕闇に溶け込んでいた。
王都には多くの光が瞬く。その光だけでも、夜ならではの活気がどれほどのものか伝わってくるようだった。
到着するのは最も活気付いた頃合だろう。




