旅立ち 2-8
8
歩き始めてすぐ、イリアナとシアン、ウィローは顔を見合わせた。というのも、彼らには大きな疑問があったからだ。
それは目的地である。
意気揚々と教会を出てみたものの、レオンと、その肩に乗ったハヤテマルは迷いなく、歩を進めているからだ。
二人は打ち合わせのようなことをしながら町外れへと向かう。
闇に慣らすため明かりをつけることなく林道を歩く。
「イリアナ。お前何処に向かっているのか、聞いてないか?」
シアンがイリアナに聞いた。
イリアナは、横に首を振った。
「そうか」
状況を聞かされていないので、三人の不安は募るばかりである。
「よし、大体こんなもんだろう」
ハヤテマルが不意に言った。
レオンは立ち止まり、イリアナ達三人は驚いて固まった。
「お前達、お待たせ。状況を説明するぞ」
ハヤテマルは三人の見回した。
「二人でおおよそのことを煮詰めていたんだ。今から基本方針なんかも一緒に話すぞ。不安だったろう? ごめんな」
イリアナたちは再び顔を見合わせた。先ほどと打って変わって緊張がほぐれている。
「これから向かうのは、この街が昔使っていた廃坑だ。ここら辺は昔鉱山で有名だったのは知っているな。敵はそこに潜んでいる。俺達はその中から対象を探し出してしとめる」
イリアナたちは驚いた。このフッズの鉱山はとても大きく、また入り組んでいることで有名だ。とても一日二日で踏破できるとは思えない。
イリアナはそのことをハヤテマルに告げた。
「だから、お前がいるんだろ」
「え?」
「お前の体には今何があるのかな?」
「……?」
ハヤテマルはイリアナの頭に飛び移った。
「紋章があるでしょうが」
「紋章で何ができるんですか?」
「大まかな敵の場所を見つけられる。エルの紋章を使ってな」
イリアナは自分の右腕を見た。
「使い方を知りません」
「後で教えるよ」
イリアナは、こくりと頷いた。それを見て、ハヤテマルはレオン、シアン、ウィローの三人の顔を見回した。
「まず、相手は廃坑の方へ去ったという情報。ここから廃坑から先は、ナカミ原野が広がっていて、その先のビストイア連峰あたりからわたってきた可能性が高い。だが、ナカミ原野には大所帯の蝙蝠が生息できる場所がないらしい。だから廃坑が住処と見ている。次に、相手は人間大の生物。これは赤ん坊がさらわれているあたりから想像がつく。大きな魔物と蝙蝠の大群が襲ってきたわけだから、それなりに大きな居住スペースが存在しているところがアジトとなる。となると廃坑の中でも大分限定されてくるわけだ。閉鎖されている入り口が破損か全損している場所、もしくは縦穴がある場所が出入り口となる。」
三人は黙って聞いている。
「次に、もしヴァンパイアならば、大げさに夜襲なんかかけてくるわけないから、この線は外れる」
「あの、ヴァンパイアなら何で夜襲をかけてこないんですか?」
シアンがハヤテマルに質問した。
「ヴァンパイアって言っても、退治の仕方は確立されているからな。専門的な知識や技術が必要ではあるけど。自分の居場所や戦う準備をさせてまで、何度も夜襲を掛ける真似、人間の知能を持っているならしないだろ。したがって、夜襲に味を覚え何度も繰り返したあたり、相手の知能は低く、野生的な相手だと思われる」
シアンとウィロー、イリアナは納得したように相槌を打った。
「これらを総合すると、行き着くのは巨大化したジャイアントバットかワーバットってところだな。赤ん坊をさらっていったってところでほぼワーバットだろうな」
ハヤテマルはレオンを見た。レオンも頷いた。
「ヴァンパイアが夜襲を繰り返したのは、油断させて誘い込むための嘘という線は?」
ウィローは好奇心で聞いてみた。
「さっきも言ったが、ヴァンパイアではない。病気がそれを示している。最初に襲撃を受けたのが一ヶ月前、病気が発症するまで二週間ほどの間に、ヴァンパイアの呪いを発症していない。さらに最初の襲撃から数えて三回の襲撃を受けているが、やっぱり呪いではなく病気が発症している。ってのが証拠といっていいかな。ヴァンパイアの呪いは発症までに二、三日だからヴァンパイアの線は無くなったわけだ」
三人は真剣にハヤテマルの話しを聞いている。
「怖くなったか?」
イリアナは首を振った。
シアンとウィローも、気後れした様子は無い。
ハヤテマルとレオンは安心したようにに笑った。そしてハヤテマルはイリアナの頭の上にちょこんと乗った。
「よし、じゃあ退治するか」
レオンとシアン、ウィローは「おう」と返事をした。
イリアナも「はい」頷いた。その拍子にハヤテマルが転げ落ちた。イリアナの顔にへばり付きなんとか落ちずに踏ん張った。
廃坑の入り口を三箇所廻ったところで、それらしき場所を見つけた。
レオンは廃坑内の地図を広げ、確認した。大きな空洞が存在している。かつてドワーフたちが居住区としていた場所である。
顔を上げ、ハヤテマルを見て頷いた。
「よーし、じゃあ突入するぞー」
三人はやや硬い表情だが気合は乗っている。空回りだけが心配である。
「じゃあ、ウィロー。ライトの魔法をかけてくれ」
ウィローがライトの魔法をかけた。
ライトの魔法はその名のとおり、周囲を明るく照らし出す魔法である。効果時間は人に寄るが大体十分から十五分程度持続する。松明やランタン、水晶灯よりも持続時間が少なく、術者の魔力を若干消費する。これを見ると他の三者と比べるとメリットがないようだが、ライトの魔法は他の三者が及ばない大きなアドバンテージが三つ存在する。
一つめは光の広さ。ほかの三者に比べ、光が広く明るい。術者の任意の場所に吸着することもでき、手のひらや杖に吸着させ松明のような使い方から、壁などに吸着させることで、簡易的な燭台や室内灯のように扱うことができる。
二つ目、戦闘時に光源を気にせず闘うことができる。これは前述した他のものに吸着させることで、光源が一定となり坑道を阻害されることがなくなる。
三つ目は、光源を定着させることで手が空くということである。松明や水晶灯を手に持ったりぶら下げたりすることなく、いつもどおりの戦いをすることができる。
条件付で四つ目の使い方が存在するが、それは後述するとしよう。
ウィローがライトの魔法をかけたのを確認し、レオンは松明を消した。そして一行は廃坑内へと歩みを進めた。
「師匠」
不意にイリアナが頭の上のハヤテマルに話しかけた。
「うん?」
「さっき言ってた先生の紋章の使い方のことなんですが」
ハヤテマルは「おぉー」と、すっかり忘れていたようで「おー、おー、おおー」と何度も頷いてイリアナの質問に感心した。そしてイリアナの頭の上から肩へと移動した。
「エルの紋章についてだが、今回の場合を踏まえて説明するぞ」
「はい」イリアナは頷いた。
「生態探知の魔法があるよな?」
「はい」
「あれって魔法の力でなんとなくわかる程度の代物だろ?」
「私はそこまで高度な魔法は使えないので……」
「そうか、まぁそういうものらしいんだわ」
彼らの話にある生態感知の魔法は中級から上級に位置する魔法で、名前のとおり生物の存在位置を大まかに感知する魔法である。昆虫などの小さい生き物を探知することができず、生命体であっても意識のないものは感知できない。だが、これが有ると無いとでは旅の安全性が大きく変わってくる代物だ。
「んで、エルの紋章の生態探知なんだけど、紋章を起動してくれるか」
イリアナは紋章を起動させた。服装も一瞬で入れ替わり、初めて見たシアンとウィローは声を上げて驚いた。
小恥ずかしさがイリアナを包んだ。
「じゃあ、生態探知の魔法を起動してみよう。『生態探知起動』で大丈夫だと思う」
イリアナは「生態探知起動」と、復唱した。
イリアナの顔の前に、透明の板が現れ、その中に文字が現れた。以前とは違い綺麗に見やすく情報が羅列されている。初めて見るイリアナでも、どういう情報があるのかわかる。
板はいくつかに分けられており、まず地図。線のみで構成された地図は立体的に描写され、細かい地形も表示されていている。地図にはいくつかの色違いの光が描写されている。もうひとつの板には目次のように機能が表示されている。そしてもうひとつの板は矢印が表示されている。おそらくこれで地図を回転したりできるのではないかと思った。
レオンたちも気になって集まってきた。
「下層もあるみたいだな。イリアナ、一階層、下を表示してくれ。『一階層、下を表示』でいけるはずだ」
「はい。『一階層、下を表示』」
イリアナがハヤテマルに倣って口にすると、地図が変形した。下層が表示された。
下層の地図にはびっしりと赤い光点が光っている。
「おー、おー」
ハヤテマルは笑いながら頷いた。
「師匠、これはなんですか?」
「これか? これは蝙蝠の大群だな。ここを見てみ」
ハヤテマルは地図の天井付近と思われる場所を羽で指差した。
「天井?」
「そうだな」
レオン以外の三人からどよめきの声が上がった。
「これ、すごい大群じゃないですか」
「大群って言っても、こっちには魔法が使えるのが二人もいるじゃないか」そう言いながら、ハヤテマルはイリアナとウィローを見た。
イリアナとウィローは戸惑った。
「イリアナ君はともかく。僕は範囲攻撃魔法なんて使えません」
ハヤテマルは首をかしげた。
「あれ? エルが範囲魔法教えたって言ってたんだけど」
イリアナはハヤテマルの言葉に気になるところがあった。
「師匠、もしかしてエネルギーボルトでスネークバインドを再現するって言う練習のことですか?」
ハヤテマルは顔を上げた。
「そう、それ」
「でも師匠。でもあれは、殲滅するためのものではなくて……」
不安そうなイリアナとは対象的に、ウィローがすぐに気が付いた。
「いや、威力を下げないでワイヤー状のまま、天井あたりにばら撒けばいいんじゃないの?」
「あ……」
イリアナとウィローはここしばらくの修練の本質を理解した。
それは「応用」であった。
エネルギーボルトの様々な可能性を知ることによって、固定観念に縛られず新しい技術を身に着ける。つまり応用力を身につけるということであった。
確かに広い空間、特に天上の高い場所があるのならば、網の目にスネークバインドを張り巡らせれば、空中を飛びまわる蝙蝠のの機動力は封じることができる。今回に限らず、狭い範囲において、相手の機動力を封じる力となる。
イリアナとウィローはお互いに見合って頷いた。
「お前たちの役割がなんとなく理解できたみたいだな」
ハヤテマルはそのままシアンを見た。
「お前は戦うスタイルを大きく変えたから、実戦で感覚を磨け」
シアンは「ウス!」と力強く返事をした。
「じゃあイリアナ、地図を閉じてみろ。『生態探知終了』でいいぞ」イリアナは頷いて「生態探知終了」と唱えた。
情報の板がフッっと消えた。
「よし、これで『生態探知』の起動と終了は分かったな? じゃあもう一回開いてみろ」
「はい」
イリアナは同じ手順で地図を開いた。出し方の方法をメモ帳に書き込み始めた。
「じゃあいくか」
ハヤテマルはレオンを見た。レオンは「了解」と言って歩き始めた。
目標地点からに大分近づいた。距離にして約五十メートル。地図によれば吹き抜けの部屋をはさんだ向かい。ドアの二つ向こうとなるとなる。おそらく彼らが普段使わない部屋なのだろう。残された不用品が手付かずになっており、埃をかぶっている。
「生態探知起動」
イリアナの肩の上でハヤテマルが画像を見る。
「うーん。やはり生きているわけ無いよな」
ハヤテマルが言ったのは、さらわれた赤子や幼子のことである。生態探知には生存者の明かりである緑色が無かったためである。
食われたのである。
ハヤテマルは一回目を伏せ、気持ちを入れ替えるように顔を上げた。
「んじゃ、基本方針を説明するぞ」
全員がハヤテマルに注目した。
「レオンが前衛で盾になる」
レオンは紋章を纏っており、その剣を握った。
「シアンはイリアナと一緒にウィローの護衛。イリアナは魔法を使うから、お前が二人を守るつもりでな」
シアンは「ウス!」と気合を入れた。
「イリアナは後衛のウィローを護衛しつつ、魔法で敵の機動力を奪え」
イリアナは、「はい」と、頷いた。
「ウィローは、光源を優先しつつ、イリアナと連携して相手の機動力を奪え」
ウィローも杖をいつよく握り、「ハイ!」と強く返事をした。
「相手は野生の力を備えた化け物だ。もう気づかれていることだろう。だからあえて突入できる場所を選んだ。ある程度広さがないと、味方を巻き込みかねないからな」
四人の目にはすでに気合が乗っている。
「じゃあ手筈どおりに、状況開始」
レオンを先頭に、続いてシアン、イリアナ、ウィローと吹き抜けの部屋へと入った。
レオンとシアンは敵ねぐら前のドアの前の壁に張り付き、機をうかがう。
ウィローとイリアナは部屋に入るなり魔法の網を作る詠唱を始めた。
ウィローとイリアナは無数の魔法の網を張り始めた。
イリアナは、レオンに、
「レオン、いける」と合図した。
イリアナの合図にレオンとシアンが、敵のねぐらへのドアを蹴破り突入した。
レオンたちのためにライトの魔法がねぐらへと投げ込まれた。
ちょうどレオンたちの背中で光が大きくなる。
先述した四つ目の優位性。それは魔力依存あるこの魔法は、光の強さを変えられることである。
敵の行動までは予期していたはずだが、突然の強い光源に蝙蝠たちは大混乱に陥った。
レオンとシアンは混乱した蝙蝠たちを的確に倒していく。
「はあっ!」
レオンは紋章の力で剣から衝撃波を放った。
無数の蝙蝠たちを蹴散らした。
そして衝撃波は、天井にぶら下がっている、何匹かのワーバットを襲った。
ワーバットはライトに目がくらんだまま何とか衝撃波をかわす。衝撃波は天井に当たり轟音とともに破壊した。土ぼこりが舞い上がり視界を阻害し始めた。
レオンたちはライトによる混乱が収集しかけるのを見てイリアナたちの部屋へと退却した。
ワーバットたちは手勢の蝙蝠とともに、レオンたちが逃げ込んだ部屋へと追いかけた。
部屋に入ると天井付近を中心に、無数の魔法の網が張り巡らされていた。
なだれ込んできた蝙蝠たちは、その網に絡め取られていく。
蝙蝠は暴れるが、エネルギーボルトの網に体力を奪われ、次々に息絶えていく。
魔力の網は、イリアナとウィローが張り巡らした、「スネークバインド風エネルギーボルト」である。
魔力の網を張り巡らしても、それを避けて飛ぶのもそれなりにいるが、約七割は魔力の網に引っかかった。
ワーバットも数匹引っかかりもがいている。またあるものは、飛びながら避けられず、網にかかり、地面に落ちた。
シアンがそのうちの一匹に踊りかかる。
「うおらぁ!」
ワーバットに向かって右手に持った小剣を突き出した。
体勢をを崩しながらもワーバットは避けた。そして噛み付くように飛び掛った。
シアンはそれを左篭手で受けた。鉄の篭手であるため貫通しなかった。しかし食いちぎろうとする力は凄まじかった。
だが、シアンは冷静だった。
そして、小回りの利かない右手のショートソードを足元に捨て、すばやく腰のナイフを出し、コンパクトに下から、がら空きの腹に突き立てた。
ワーバットの体は、くの字に曲がる。曲がる体は、ナイフをさらに食い込ませた。
シアンはそのまま力任せにナイフを引き抜き、ナイフで首を切り裂いた。
ワーバットは奇妙な声を上げ絶命した。
シアンのここ数日の成果が出た瞬間だった。小さい体に合わせた武器を持つことで、戦闘力が飛躍的に伸びたのだった。
小さくガッツポーズをとった。
そのシアンの後ろで、ワーバットの断末魔が聞こえてきた。
レオンである。
シアンが一体倒す間に三匹ほど始末していた。さすがにイリアナとウィローを守りながらでは戦いも消極的であった。
ワーバットが思いのほか引っかからず、地上での戦いが激しさを増していく。
激しい土埃が舞い上がり、視界をさえぎる。四人とも戦い辛そうに何とか対処している。
ハヤテマルがあることに気がついた。
「ウィロー!ライトの魔法を用意しろ!」
「レオン、殿を頼む。シアンは松明の準備だ」
「イリアナ!お前はウォーターシールドを唱えろ!」
ウォーターシールドは精霊魔法に属する魔法で、炎などから対象を守る結界魔法である。
四人はハヤテマルの奇妙な指示に混乱した。
「いいから黙って従え!」
「ライトの魔法、いけます!」
ウィローはハヤテマルの切迫した様子に、状況の悪さを感じ、考える前に従った。
「最大出力で部屋の中心部に向けて撃て。それと同時に、全員部屋から退去」
「はい!」
ハヤテマルの声にウィローは部屋の天井へ向けて放った。
強い光が部屋を照らす。
強烈な光に、蝙蝠とワーバットは悶絶した。
それと同時に、全員が光に背を向け、元来たドアから部屋を出た。
「イリアナ、ウォーターシールド!」
「は、はい!」
イリアナは、ウォーターシールドの魔法を唱えた。
イリアナの足元から全員を包むように魔法陣が広がり、その外周から水のヴェールがドーム状に展開される。
全員入るウォーターシールドを張られた。
「いいか? どんなことがあっても、俺が良いと言うまで、ウォーターシールドを切るな!」ハヤテマルが言った。
「わかりました!」イリアナは緊張した面持ちで答えた。
そしてハヤテマルはシアンを見た。
「シアン、松明は?」
「い、いけます」
「合図をしたら、中心部に向けて投げ込め。その後はドアから飛びのけ」
一瞬、間を置き……
「よし、投げ込め!」
ハヤテマルの指示に、シアンは部屋に松明を投げ込んだ。そしてイリアナたちのほうへ大きく飛び退いた。
松明がライトの魔法の効果が残る部屋の中心に差し掛かった瞬間、激しい光と轟音が鳴り響いた。
爆発は部屋を越えて、ウォーターシールドを張った部屋の外にまで届き、爆炎はシールドを飲み込んだが、シールドは炎をすべて防いだ。
「レオンとシアンは警戒をしてくれ」
二人は立ち上がりドアのほうを警戒した。
しばらくして、炎と土ぼこりが収まってくる。
「し、師匠……」
「どうした?」
「さっきから、ビーッ、ビーッって鳴っていてるんですが」
イリアナの紋章から警告音が鳴っているようである。
「そいつは警告音だ。ウォーターシールドを絶対に切るなよ?」
「はい」
イリアナは、ハヤテマルに何度も念を押されたこのことは、きっととても重要なんだろうと思った。
「イリアナ。生態探知。エルの紋章なら今の状態を固定させたまま、新しい魔法を使うことができるはずだ」
「固定……ですか?」
「『ウォーターシールドを固定』でいいと思う」
「ウォーターシールドを固定、生態探知起動」
生態探知魔法の画面があわられる。
隣の部屋からごっそりと敵の反応が消えている。
一部まだ点いてはいるが、虫の息である。
そして生態探知の魔法から、完全に光が消えた。
「全員、部屋へと入るぞ。その際、ウォーターシールドの効果範囲外に絶対に出るな。いいな」
四人はハヤテマルの強い口調に、危険な状態であることを悟った。
歩を進めると、あちこちに蝙蝠の死体が散乱している。
中心部に差し掛かったところでハヤテマルが止まるように言った。
「すべて死んでいると思われる反応が出たが、警戒を怠るな」
ハヤテマルの言葉に、四人が警戒を解かずに周りを伺う。
「イリアナ、エアスクリーンの魔法をこの部屋にかけてくれ」
「エアスクリーンですか?」
エアスクリーンは風を司る精霊魔法のひとつ。空気の壁を作り出す魔法でもあり、異常な空気を正常に戻す力も有る。
そしてイリアナは、エアスクリーンを唱えた。
イリアナは両手を頭の上へと掲げた。
両手から光の粒子が、風に乗るように周囲へと広がっていく。
光の粒子が、部屋の隅々まで行き届く。光の粒子がほのかに部屋を照らし出す。
そして粒子が、徐々に消えていく。
エアスクリーンにの力によって周辺の空気が正常化された。
それと同時に、イリアナの紋章から警告音が消えた。
「師匠、音が止みました」
「そうか」
ハヤテマルは、イリアナの肩口から頭の上に乗った。
「イリアナ、ウォーターシールドは解いていいぞ。レオンとシアンは、一応ワーバットの首を刎ねておいてくれ」
「了解」
レオンとシアンはワーバットの死体を捜し始めた。それと同時にイリアナはウォーターシールドを解いた。
「しっかしすごい爆発って感じだったけど、蝙蝠とかの死体を見るに、そうでもなかったんですかね」
シアンが剣を鞘から抜き、ワーバットを探しながら言った。
「こいつらは、爆発で死んだ以外に、有害な空気を吸引して死んだのもいるのさ」
「有害な空気?」シアンが聞いた。
「まぁあとで説明するよ」
そして、レオンとシアンが剣を鞘に収めながら戻ってきた。ハヤテマルと目が合うと、一つ頷いた。
「よし、じゃあ帰るか」
「師匠、被害者の捜索はしないのですか?」
イリアナが頭の上のハヤテマルに言った。
「戦い始める前に生態探知で、人間の反応は無かっただろ」
「では、回収は?」レオンがハヤテマルに聞いた。
「食い散らかされた赤ん坊の死体を見るのも拾い集めるのもごめんだ。俺たちの受けた依頼は、化け物の退治だ。生存していない以上、後のことはここの人たちに任せるほうがいいだろう」
「了解」
レオンは紋章の力を解き、元の服装へ戻った。
「はい、状況終了。撤収だ」
シアンとウィローはハヤテマルの言葉にほっとした。そして興奮もそのままに軽い足取りで歩き出した。
イリアナも紋章を解いた。
「おつかれさん。お前も今度こそ温泉で旅の疲れを取りな」
ハヤテマルはイリアナの頭を優しくなでた。
どこか懐かしい感覚がイリアナの頭をくすぐる。
それと同時に、急に焦りにも似た寂しさが襲ってきた。『番いの魔人』である二人との約束まで後少しであることを思い出したからだった。




