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旅立ち 2-6

          6


 そして一週間がたった。

 それぞれの修練の開始された後は順調であった。

 シアンはレオンとハヤテマルに基礎訓練とナイフと格闘の訓練。イリアナとウィローはエネルギーボルトの応用。マジェンタは医学。

 特にマジェンタは、分からないことは、積極的に聞くようになっていた。エルフィーナの説明が分かりやすいようで、四日も経つ頃には、お互いかなり打ち解けていた。最後まで反抗的であったマジェンタであったが、両親の医学を肯定する人物が現れたことで、両親への不信感も幾分なくなり、一から学ぶ気になっていた。気恥ずかしさがあるものの満更でもないらしく、医学に対してもエルフィーナに対しても真摯な態度で接している。


「この前、マジェンタが天然痘について聞いてたけど、私達が来た当時は、黒死病のほうがもっとひどかったわよ」


 イリアナ、マジェンタ、ウィローはエルフィーナの話を聞いている。もっとも、イリアナとウィローは魔法の訓練をしながら、聞き流しているという感じである。


「さてマジェンタ。八百年前の「粛正時代」の黒死病ことペストの主な原因は?」

「ネズミのノミ」

「じゃあそれを防ぐために必要だったことは?」

「街や人の衛生管理」

「発病した際の対処法は?」

「滅菌処理した部屋を用意し、錬金術で合成した抗生物質と精霊魔法主体の治癒魔法による複合治療」

「ハイヒールと日傘に共通するものとは?」

「え?」


 エルフィーナの突然の問いにマジェンタの答えが詰まる。手帳に書いてないことだ。


「わかりません」

「知ってたら感心したかも」


 エルフィーナはたのしそうに笑った。


「八百年前の人たちは糞尿をどう処理してたと思う?」

「川に流していたんじゃないの?」

「それだけじゃないのよね」

「それぐらいしか思いつかないよ」


 マジェンタは首をすくめた。


「窓から放り投げてたのよね。街中でも」エルフィーナが笑いながら言う。

「まさかでしょ?」

「まぁすべての人がそうしていたわけじゃないんだろうけどね」


 エルフィーナは笑う。


「日傘は振ってくる糞尿から、ハイヒールは落ちてる糞尿を踏まないためにできたってわけ。ホント、街の中、臭いし汚かったからあまり入りたくなかったのよねー」

「冗談だよね?」

「今みたいに、し尿処理に関する決まりとかなかったから、割と街より外のほうがきれいだったかも」


 エルフィーナはしみじみと語った。

 マジェンタはその話に小首をかしげた。


「まるで実際感じたみたいに言うんだね」

「え?」


 エルフィーナは驚いた。

 しまった、やってしまったという感情がみるみる顔に出る。

 イリアナもマジェンタの突っ込みに焦った。不安そうにエルフィーナの顔色を伺った。

 エルフィーナは色を失い、完全にパニックになっている。そしてすがるような顔でイリアナを見つめた。

 イリアナも不安そうな顔を返す他なかった。


「そ、そうよ? それ、人から聞いたんだもん」


 目が泳いでいる。


「先生……」


 イリアナはエルフィーナの取り乱し方にフォローを試みたが、あまりの取り乱し方に何を言っても嘘にしかならないような気がした。


「あと、『私たちが来た』って言ってたけど……?」


 マジェンタに悪気はない。


「なんか、話しおかしくない? もしかして、嘘言ってる?」 眉間にしわが寄る。


 彼女が若干しつこくくらいついたのはこれが理由であった。マジェンタはここ数日、真面目に勉強していた。この情報が嘘であってはたまらないのだ。


「うそ? なにいってんの? やだ、ばっかじゃないの? うそなんかつくわけないでしょ?」エルフィーナが口を開けば開くほどほど説得力がなくなっていく。 


「えっと、ほら、あれよあれ、ね!」エルフィーナは必死にごまかす言い訳を考えている。


 イリアナにはその姿が悲しいくらい痛々しく伝わってくる。


「マジェンタ、どうしたの」ウィローも異変に気づき、手を止め尋ねた。


「うん……」マジェンタはこれ以上突っ込むのがかわいそうに感じていた。


「な、なによ、みんなして。私は言い間違えただけよ。そう、言い間違えただけ」

「は、はぁ」


 ウィローとマジェンタはそう言うしかなかった。また息を止められたらたまらない。


「なによ……なんなのよぉ……なんでみんなそんな顔で見るの……」


 エルフィーナはイリアナたちの困ったような複雑な顔をみると、半泣きでハヤテマルの居る荷台の方へ逃げていった。



 結局、マジェンタら三人にも正体を教えることとなった。

 エルフィーナがハヤテマルに正体がばれたと泣きついたとき、ハヤテマルの名前を呼んでいた。

 普段は通称である『ヴァリー』と『エレ』という名前を呼び合って使っている。

 だが、今回はシアンがその場に居た。それすらも目に入らないほど、動揺していた。ハヤテマルはエルフィーナを怒ったりせず、なだめて落ち着かせた。ハヤテマルにしても、シアンの目に宿った熱意を見ていたため、折を見て話すつもりでいたのだ。


 イリアナもレオンもカーチャもなんとなくこうなる気がしていた。

 もちろん正体を明かすということも考えていたが、どちらかというと、今回のように「ぼろを出す」と思っていた。

 マジェンタたち三人と出会う前の行動からして、この魔人たちはひどく人間味がにじみ出ていた。もちろん悪い意味ではなく『好感が持てる』という意味でだ。


 それだけに、どこかで何か失敗でもするのではないか、という漠然とした予感があった。もちろん、彼らの中で本当にばれたら大事になるようなことなら、おそらく隠し通せただろうし、むしろ完璧に隠し通しただろう。彼ら自身、『魔人』であるということがバレることは、さして問題視していなかったのではないか。バレたら適当にごまかすか、正体を明かしてしまうつもりだったのだろう。

 今回の場合、特に正体がばれたというわけではない。エルフィーナの暴走は、身近にいる人間に『嘘』をつき続けるのが我慢ならなくなったということの潜在的な表れであっのかもしれない。


 ハヤテマルは御者台にいるレオンを除き、全員を荷台に呼んだ。

 思い思いの場所に、腰を落ち着けハヤテマルの話を聞いた。

 事実を聞かされたウィローとシアンは血の気が引いていた。殺されると思ったからだ。先日からの仕打ちを考えれば、彼らの動揺はもっともだ。


「ふーん」と、相槌しただけの者もいた。


 マジェンタである。彼女だけが、妙に納得した様子で、顔色一つ変えなかった。


「私達が怖くないの?」


 エルフィーナの問いに、マジェンタは「別に」と答えた。

 マジェンタは男二人の動揺など、まったく見当違いだと思っているからだ。


「正体を明かしたってことは、殺す気とか奴隷にするとかじゃないんでしょ? なら今までどおりでいいじゃん。世界を救おうと戦ってきた英雄が、そんなちっぽけなはず無いしね。だから教えたんじゃないの?」


 マジェンタは特にいやみたらしく言うわけでもなく、さらりと言った。


「いや、まぁそうなんだが……」ハヤテマルは少し驚いた。

「大丈夫。別にスタンス変えるつもりないし、これから先、誰にも言わない。勉強の続きするからもう行っていい?」


 ハヤテマルが「あ、ああ」と少し戸惑ったように返事をすると、そのまま客室に入って勉強を始めてしまった。

 これにはその場に居た全員が驚いた。ここ数日の、マジェンタの変貌振りは目を見張るものがあった。暇さえあれば食事時ですら、手帳を見ていた。

 彼女を変えたのはエルフィーナだ。


 イリアナは当初、この二人が衝突ばかりするのではと不安であった。が、結果的にはそれは杞憂に終わった。二人の力の差があまりにもありすぎて、話にならなかったからだ。

 マジェンタが暴力に屈する形で始まった奇妙な仲は、わずか数日で好転していたのだから。

 これはマジェンタ自身が医学に対して、嫌悪感が消えたからであった。それは両親の生業である医学を評価する人が現れたことである。


 今、マジェンタは充実した時間をすごしている。

 気力も充実している。

 彼女は、朝な夕な手帳とにらめっこしている。分らない所やエルフィーナの足した注釈の疑問点などはすべて聞いて、さらに書き足している。彼女が手帳を手放しているのを見たのは風呂ぐらいなもので、朝日と月明かりを利用してまで、繰り返し読み続けている。目に悪いからとやめなさいといわれてしぶしぶ従ったが、夜な夜な複合治療の魔法の練習もしていた。

 だから今の彼女には、エルフィーナはもはや怖い存在ではない。文字通り「先生」としてみている。

 それとは対照的に、ウィローとシアンは狼狽している。いや、恐縮であろうか。

 一緒に行動していた人が、『番いの魔人』であった。などということを聞けば誰でもそうなるだろう。


「二人とも、今までどおりに、ね」エルフィーナが口を開くと、二人は「は、はい!すいません。すいません」と、上ずった声で返事をする。

「もうちょっと自然にだな……」ハヤテマルは残念そうに言った。

 魔人二人は頭を抱えた。


          7


 新しくマジェンタたちを加えた旅になってから、丁度二週間が過ぎた。

 彼らはそれぞれ師事する人物を得たことと、元からあまり力がなかったおかげか、スープに浸したパンのように吸収していた。年齢相応の、もしくはそれを上回る力をつけ始めていた。


 彼らを変えたのは切欠きっかけ


 ただそれだけのことが彼らを大きく変えた。

 そしてもうひとつ大きな事件が彼らを待ち受けていた。

 その日も蒸し暑く、馬車の中も蒸風呂状態だった。夕方になっても、湿気が下がらず肌にまとわりつくような不快感が一同を襲っていた。 

 宿を取り水浴びがしたい。

 マジェンタとイリアナの意見に男性陣も、そして元来風呂嫌いな種族であるドワーフのカーチャさえも同意見だった。それほど不快な湿気である。

 野宿することを避け、時間ぎりぎりの夕方五時だが、宿場に向かい馬車を走らせた。


 宿場街『フッズ』はシーズからおよそ行程の九割ほどの消化したあたりにある。

 これより先は一つ山を越えるか、金に余裕があれば、かつてドワーフとともに掘り抜いたという、マナマルハナ隧道とよばれる全長六キロメートルにも及ぶトンネルを通過すれば、山の中腹に出る。そこからは、遠方にを目視することが出来る。

 山間部に在るフッズは、かつては鉱山資源が豊富でいくつもの鉱山を抱えていた。

 二十年ほど前までは、一攫千金を狙う人も多く集まっていた。だが、何度か鉱山事故を引き起こし、『神のたたり』と恐れられ、閉山した。それからは、に近い場所にある『最後、もしくは最初の宿場街』へと、その役目を変えた。かつての賑わいはないものの、落ち着いた雰囲気の風情ある街である。地酒と避暑地として隠れた人気があり、バカンスに訪れる者もいるため、落ち着いているが寂れているという雰囲気はない。


 彼らがそのフッズへと足を踏み入れたのは、陽もとっくに落ちた午後七時。大抵どこの街でも夕方五時で街への入り口である市門は閉まる。これ以降は追加料金、もしくは締め出されることとなる。

 フッズは午後五時で市門は閉められる。とっくに街の市門は閉まっており、ここから先は、全員の身分証明と、やや高めの追加料金を支払い専用の門から入ることとなる。

 このような入り方もままある。


 しかし今回は少し違った。念入りに毒物や病気の検査はあるにはあるが、珍しくヴァンパイアの検査まで行われた。

『ヴァンパイア』とは、夜を活動時間とする、闇の眷属の代表格で、人間とほぼ変わらぬ姿と知性を持つ。だが、人間とは比べ物にならない魔力と生命力を持ち、人から吸血を繰り返すことで寿命もない。不死の存在。アンデッドである。

 彼らは闇夜を好み、人を誑かしては血を吸いつくす。吸血鬼に噛まれた、もしくは血を吸われた者は、治療せねば例外なく数日中に『レッサーヴァンパイア』となる。レッサーヴァンパイアには、自分の意思と呼べるものはなく、ヴァンパイアの忠実な僕と化す。僕化した者はもう助からない。なお、レッサーヴァンパイアに噛まれた者は、治療せねばレッサーヴァンパイアとなる。


 だからこそ、街に入る際に検査をしておけば、二次被害、そしてヴァンパイアの疑いも晴れる。検査自体は祭壇を使う儀式魔法によって執り行われ、この魔法に使われる触媒の幾つか(鶏の生き血や魔力を備えた触媒など)を追加料金として支払わねばならない。これを支払わなければ、当然街に入ることは出来ない。

 もっとも追加料金やヴァンパイアの検査など、など彼らにとっては些細なことであった。宿代はハヤテマルたちが出すこととなっているからである。

 一行はすでにくつろぎを求めて上の空である。多少値が張るであろう避暑地の宿だが、ここ数日続いた猛暑から開放され、なおかつ奢りで値の張る宿に泊まれるのだ。浮つくわけである。


 だが、ハヤテマルと御者台のカーチャだけが異変に気づいた。


「カーチャ、街の様子は?」ハヤテマルがカーチャの肩口まで来て、聞いた。

「ん、ちょっと、ね」


 カーチャは馬車の速度を落としつつ、街の空気を感じ取る。

 活気がまるで無い。


「張り詰めてるよな。なんか」


 ハヤテマルの言葉に、カーチャは相槌を打った。二人の顔は少し険しい。


「暗いな。寂れてるわけじゃないのに」ハヤテマルが切り出した。

「みんなシケた面してるねぇ」

「カーチャ。イリアナを借りるよ」

「すきにおし」いい加減な返答のようだが、彼女にとってハヤテマルたちが信頼に値するから好きにさせるという、最大限の信頼の証である。


 ハヤテマルはそのままイリアナのところへ引っ込んだ。


「一緒に街の様子を見ないか?」


 イリアナは、ハヤテマルのこの言葉に、眉を八の字に曲げた。

 せっかくみんなで人心地つけると思っていたのだ。ここ数日の猛暑でバテ気味でもある。疲れがどっと出た。

 無論、見た目はほとんど無表情ではあるが、微妙に「八の字」になる眉を見逃さなかった。極僅かな表情変化にハヤテマルもわかるほどには親密になっていた。

 ハヤテマルも、さすがにイリアナの反応を見て少し申し訳けないと思った。


「すまん。やっぱりお前はゆっくりしてなさい。レオン頼めるか?」


 レオンも、街の様子に気がついていた。カーチャとハヤテマルが真剣に話しているのを横目で伺っていたので、

「街の違和感っすね? 了解」と短く答えた。

 イリアナはすぐに「私もついていきます」と答えた。

 ハヤテマルとレオンは無理をしていると判断し、「休んどけ」と答えた。

 彼女がすぐさま反応したのは、自分は仮にではあるが、『弟子』であることを思い出したからだ。この二週間あまり、家族のように接してくれるハヤテマル達をいつの間にか、いつでもそこに居ると思い込み、軽視していたかもしれない。そして、ハヤテマルが自分からレオンにすぐさま切り替えたのは、おそらく急いで何かを調べなければならないことが出来たからなのだと。


「お願いです、私も」と、ハヤテマルに食い下がった。


 すがる様にハヤテマルをじっと見つめた。

 ハヤテマルは、一つため息をつき「わかった」と答えた。彼にしてみれば、疲れている弟子に無理強いさせたと思ってレオンに誘いをかけたに過ぎない。イリアナが思ったような、差し迫った何かがあるわけではない。

 ただハヤテマルのあまりの切り替えの早さにイリアナが、目的地に差し掛かり、切り捨てられるのではないかと勘違いをしただけだった。

 イリアナは、ほっと一息ついた。

 

 その後、ハヤテマルとレオン、イリアナの三人は、宿が決まると、リゾート気分丸出しのメンバーと別れ、夜の街を歩き始めた。

 夜ではあるが、水晶灯だけにとどまらず、何処も彼処も松明やかがり火を焚き、まるで何かの儀式のようで息苦しささえある。

 かたや、街は静まり返っている。書き入れ時であろう夜の酒場は、何処も閑古鳥が鳴いている。


 そのうちの一軒で情報を集めたところ、ある事件が浮かび上がってきた。


 一ヶ月ほど前から、ヴァンパイアとおぼしき一団に街が襲われ始めたという。すでに犠牲者も出ている。犠牲者は50名以上、死者はすでに二十五名。いずれも噛み付きによる呪いとされた。ある家族は赤子や幼子がさらわれた。おそらく生きてはいない。死者のほとんどは、眷属である蝙蝠に噛まれたり引っ掻かれたりして、早ければ数日のうちに呪いを患いそのまま死んだ。死体はレッサーヴァンパイアになる前に焼却し、埋葬したという。そして一団は廃坑のほうへと飛び去ったという。

 レオンはその話を酒場の店主から聞いたとき、何も疑問を抱かなかった。ただ、ヴァンパイアは厄介だと思った。退治する技量も武器も道具もない。襲われる前に街を出るのが得策かと思った。


「すぐに発ちますか?」


 レオンはイリアナの頭の上にいるハヤテマルに話しかけた。


「うん、厄介だな。ヴァンパイアのほうがまだマシだな」


 ハヤテマルの言葉にレオンとイリアナ、そして酒場の主人ですら驚いた。ヴァンパイアの仕業だといっているのにもかかわらず、ヴァンパイアではないような物言いであったためである。


「あの、師匠。ヴァンパイアの仕業なのでは?」


 イリアナは自分の頭の上にいる黒い人形にたずねた。


「ん? ああ。俺は違うと思うぞ」


 レオンもイリアナもいぶかった。


「おやじさん、ここら辺に教会か寺院はあるかい?」

「それなら、前の通りを右に曲がってすぐの道を左に曲がれば見えてくるさ」

「ん、ありがとう」


 ハヤテマルは頼んだグレープフルーツジュースを一気に飲み干し「行くぞ」と言った。

 レオンもイリアナも、頼んだ飲み物を飲み干し、酒場を後にした。


 教会にはすぐ着いた。

 割と大きな教会で、日中ならさぞ目立つことだろう。

 今は夜で、低い建物の周りは明かりだらけであったため、光の届かない高い建物は、夜の闇にまぎれて見えなかったのだ。

 夜であるが、教会には明かりが灯っている。夜ということもありかなり控えめだ。

 三人が教会に足を踏み入れようと扉に近づくと、扉の前に立つ人影が二つ。兵士らしき男とシスターらしき女性である。

 兵士の男がこちらに気づいた。


「あんた、ヴァリー? ヴァリーさんじゃないか」


兵士らしき男は、イリアナの頭の上にいるハヤテマルに声をかけた。


「ああ、カールマン隊長じゃないか、ひさしぶり」


 ハヤテマルも相手に気づき挨拶をした。


「これは助かった。あんたたちに頼みたいことがあるんだ。奥さんのエレさんは?」

「宿にいるよ。なんか街に入るときにいろいろややこしいことになってるのは聞いたよ。頼みはそのこと?」

「そうなんだ。実は……」


 カールマンと名乗ったこの男は、ラヴィニエスタの巡回警備隊の隊長で、ハヤテマルたちが仕事でうろつくこの地域を担当している。ハヤテマルたちは目立つため、自然と顔馴染みとなり、お互い仕事の情報交換や、警備隊の手伝いなどを行うようになった。

 彼の話は、ヴァンパイアに襲われた人たちの呪いが、司祭でも解けないこと、ヴァンパイアの潜む場所の特定ができないこと、時期を置いて突然呪いが発症するなど、不可解だという。


「はぁ。やっぱりな」


 ハヤテマルは頷いた。


「司祭でも呪いが解けないので予想がついた。たぶん呪いじゃねーんじゃないかな」

「では、なにが……」


 シスターも連日の治療の儀式で疲れがたまっているのであろう。


「シスター。たとえば、患者さんは水を怖がったり、風きり音とか怖がったりは?」


 シスターは疑問に思いながら考え込んだ。そして何かに気づいたように口を開いた。


「一部の方は、水を嫌がりました。なぜそれを?」


 ハヤテマルは頷いた。 


「まぁ、俺はそんな症状が出るってのを本で読んだくらいのにわか仕込みの情報だし、カミさん連れてくればちゃんとした病名もはっきりするんじゃないかな」

「病気? 治せるのか?」


 カールマンがハヤテマルに迫った。イリアナも少したじろいだ。


「いや、治せるかどうかはカミさん連れてくればわかるって。それに、予想が正しければ、そのあんたらの言う『ヴァンパイア』とやらも退治するよ。金はもらうけど」


 カールマンは目を丸くした。だがすぐに気持ちを切り替えた。


「いや、退治なら我々がやろう。これ以上一般人に犠牲者を出すわけには行かない」

「やめときなよ。ヴァンパイアの呪いならともかく、もし病気だったら、ワクチンが無い状態じゃ被害が増えるだけだぜ。ここの二人は紋章使いだからこいつらに任せたほうが安全で被害も少ないよ」

「わ、わく? 何が足りないのだ?」


 カールマンは合点がいかない。


「治療薬が足りないかもしれないってことさ」


 ハヤテマルは二人を見た。レオンは頷き、イリアナは「はい」と、こたえた。

 カールマンは悔しそうに俯いた。


「わかった……では、たのむ。報酬は必ずなんとかする」と搾り出すように言った。


 ハヤテマルとレオンは「まかせてくれ」と短く答えた。


「レオン、すまんが……」と、ハヤテマルが言おうとしたら「了解」と、一言発すると、レオンは宿へ走った。


「いや、ここで待っててほしかったんだけど……」ハヤテマルとイリアナは、レオンを呆然と見送った。

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