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旅立ち 2-5

          5


 次の日の朝。

 夜明けを告げる鐘、朝五時の鐘が鳴り響いた。イリアナたち一行は、起きて旅支度を始めた。

 夕べのこともあり、イリアナは少し落ちつかなった。

 イリアナは、母の形見の懐中時計をいつでも見られるように首から下げていた。何かある度に時計を気にしていた。

 朝の五時半に宿の食堂で食事を済ませ、六時にチェックアウト。カーチャは食事後に商人ギルドの馬車の元へ向かった。馬車に乗ってカーチャが帰ってきたのが6時45分を回ったあたりであった。

 三人は現れない。

 イリアナの中でエルフィーナは『怒ると怖い』という印象ができつつあった。そのため三人組が来ないことで怒ったりりしないか心配であった。


「来ないわねー」


 エルフィーナはイリアナの左肩の上であきれたように言った。抑揚のない変な言い方だった。


「エル、やっぱり昨日やりすぎたんじゃないのー?」


 イリアナの右肩の上にいるハヤテマルがエルフィーナのほうを覗き込んだ。やはり抑揚のない言い方。


「うーん。でもまぁ、あれで逃げるならそこまでじゃないですかー?」

「それもそうかー」


 終始二人は抑揚のないしゃべり方だった。


「まだ待つのかい?」


 御車台のカーチャが聞いた。


「ごめんなさい、7時過ぎまで待ってもらえる?」


 エルフィーナの返答に、「あいよ」と短く答えた。

 イリアナも迫り来る時間に、そわそわと落ち着かない。数分おきに懐中時計を確認する。

 そして7時。

 三人は現れない。

 そう思った矢先。はす向かいの路地に奇妙な物陰が。うごめくその影をイリアナが見つけた。


「先生、師匠。あそこ」 


 ええ、と短くエルフィーナは答えた。

 レオンが気を利かせて、三人に手を振った。レオンの手招きに、三人はおずおずと来た。


「遅刻よ」


 エルフィーナは三人に厳しく言った。


「すいません」


 シアンとウィローは消沈したテンションで答えた。

 しかしマジェンタはふてくされた様子で目もあわせない。シアンが気づいてマジェンタをひじで小突いた。


「すいませんでした!」不満げにマジェンタも謝った。


「まぁ、路地から顔を出すのに二十分もかからなかったら遅刻もなかったでしょうから、今回は許してあげるわ」


 ハヤテマルとカーチャ以外のその場にいた者が驚いた。ハヤテマルとエルフィーナは彼らを察知していた。ドワーフという人種はヒューマンよりも耳が優れているため、物影の三人の話し声で気づいていた。

 一行は馬車へと乗った。三人組の顔は処刑場に向かう囚人の様な血の気のない顔であった。


 馬車の中には番いの魔人たち、イリアナ、三人組。レオンとカーチャは御車台である。

 荷台の空気は重い。

 まったく関係のないイリアナであるが、この重さから逃げ出したい気分だった。


「で、これからなんだけど、約束どおり、お試し期間の修行をしてもらうわ」


 エルフィーナはイリアナの肩から頭に移動した。


「まずウィロー。あなたは私が魔法を教える。イリアナちゃんと一緒に訓練を受けるように」


 ウィローは黙って頷いた。イリアナも「はい」と返事をした。


「次はシアン。あなたはヴァリーさん達が武術を教える。馬車の上では基礎訓練。宿場に着いたら実戦稽古ね」


 シアンは戸惑いながらも返事をした。


「さてマジェンタ。あなたにはこれを渡すから、しっかり暗記するように」


 そういってエルフィーナはぼろぼろの手帳を差し出した。


「これは……」 


 マジェンタの顔に怒気が浮かび上がる。


「昨日も言ったけど、あなたに足りないのは医学の知識。このままじゃ使い物にならないから、それ読んでしっかり勉強するように」

「いやよ!」


 エルフィーナの言葉をさえぎるように叫び、手帳を払った。馬車の幌に当たり荷台に落ちた瞬間、仲良し三人組は呼吸ができなくなった。

 魔法で三人の呼吸を封じたのだ。


「これは、お願いじゃないの。命令。あなたが従わないなら他の二人にも痛い目にあってもらうわ」


 そう言い終ると三人は魔法から解放された。激しい呼吸が三人から起こる。


「ひとでなし」


 マジェンタはかすれ声で強がった。その瞬間、再び三人の呼吸が止められた。


「……次は許さないわよ。三人まとめてあの世に送ってあげるから」


 三人は赤ら顔でもがき苦しむ。鼻水と涙と涎まみれでのた打ち回った。

 意識を失うかと思った瞬間、再び呼吸を許された。

 この瞬間三人の心は完全に砕け散り。奴隷根性が植えつけられた。

 

 次の宿場町までシアンは荷台で基礎訓練を始めた。筋肉トレーニングや馬車の速度を落として走り込みなど、基礎訓練をみっちりとやる。

 シアンは、体幹と剣の大きさがあっておらず、体格に不釣合いな大きな剣、グレートソードを身に着けていたため、戦闘バランスが非常に崩れていた。

 それが判明したのは、昼食のために馬車を停車させ昼食の準備をしているときのことだった。

 シアンだけは、ほかの二人とは違い、体を動かすことが修練であったため、食事の準備でみんなが馬車を降りたときを利用して戦闘訓練を行うこととなった。

 シアンは、レオンとの組み手でも不釣合いな剣を手馴れたように操るが、端々で致命的な隙を作り、そこを衝かれ滅多打ちにされた。

 それはイリアナとやっても同じであった。

 イリアナ自身は両手両足に重装備用の篭手、脛当てを身にまとっており、瞬発力は低い。だが、そのイリアナの放つ、重い装備によって上乗せされた破壊力に耐え切れなかった。

 ガードを崩され、組み付かれてしまった。無手の経験のあるイリアナに投げ飛ばされてしまった。

 シアンは心底落ち込んだ。レオンどころか、年下のイリアナにすら敗北しているのだ。

 ハヤテマルに与えられたプランも厳しいもので、「使う武器の見直し」という過酷なものだった。

 結局、シアンは個人授業となり、イリアナは魔法を中心の修行に変更となった。


 ウィローとマジェンタ、イリアナは客室で訓練。ウィローはエルフィーナに魔法を教わる。マジェンタは医学をやる。

 尤も、マジェンタは両親の手帳を熟読すると言うもので、『穴が開くまで読むように』とエルフィーナに言われただけだった。わからないことがあったら質問しなさいと言われた。マジェンタもさすがにしおらしくなり、分かりましたと答え、勉強を始めた。


「ウィローは、どのあたりまで魔法が使えるの?」


 エルフィーナが聞いた。

 ウィローは口ごもり、目を泳がせた。


「どんな事情かあるのか分からないけど、基盤となる契約が完了していないのに、いきなり上位の魔法を使ったら失神したり、死んじゃうのよ?」

「……ないです」

「え?」

「最初の契約しかしてないです」

「最初の契約って、中学生の魔法科で最初に契約するあれのこと?」

「……はい」


 ウィローは恥ずかしそうに肩を震わせた。


「マジェンタ。本当なの?」


 エルフィーナの問いに、「そうです」と、短く答え、再び手帳に目を落とした。


「今まで初級の魔法の第一段階だけ使っていたのね?」

「はい」

「じゃあ、戦闘ではエネルギーボルトとスネークバインド以外使っていなかったのね?」


 ウィローは、悔しさに肩を震わせながら頷いた。


「あら、これはうれしい誤算ね。なら、あなたの修練は割りと簡単」


 エルフィーナは満足そうに答えた。

 対照的に、ウィローは驚いたように顔を上げた。


「最近は学年があがるごとに新しい魔法の契約とかしたりするから、基礎中の基礎の魔法の習熟度が低いのよねー」


 ウィローとイリアナは、「はぁ」と返答に困ったような返事をした。マジェンタは答えず手帳を見続けた。


「あなたはイリアナちゃんと、エネルギーボルトの練習しかしなくていいわよ」


 エネルギーボルト。

 魔術師ならば必ず使える魔法。国民の場合、中等部へあがる際、魔術師学科を受験し合格すると、国から無料で契約させてもらえる最初歩の魔法の一つ。攻撃的に練られた魔力を対象に接触させることで破壊する。個々人の魔力に依存する破壊力を持つ。そのため、最も個人差の出る魔法の一つといわれている。

 エルフィーナはイリアナとウィローにこれのみを練習せよといった。イリアナはハイパーエネルギーボルトの破壊力を目の当たりにしているため、あの魔法の制御をするための練習なんだ。そう漠然と思い、特に疑問も抱かなかった。

 ウィローは正直、新しい魔法を教わると思っていたので残念に思った。


「そんな残念そうなな顔しないの。じゃあ、これからやる魔力操作が出来たら、新しい魔法の契約代を払ってあげるわ」


 それを聞いたウィローの顔が明るくなった。


「本当ですか?」

「できたらね」


 エルフィーナは笑いながら言った。


「じゃあ二人ともよく見ててね」


 そう言うと、エルフィーナは客室と荷台の扉を開けた。シアンがハヤテマル、レオンの指導の下、筋力トレーニングをしている。その脇をすり抜け、麻袋の一つへと近寄った。そして何かを取り出し、戻ってくる途中にある樽の上に幾つか置いた。

 置いた物は落花生である。

 そして客間へ戻ってきた。


「いい? 二人ともよく見てるのよ」


 エルフィーナの羽の先から細い糸が飛び出し、樽の上の落花生を絡め取る。そしてエルフィーナの元へと落花生を運ぶ。


「どう?」


 エルフィーナは落花生を割り、ほおばりながら言った。

 二人は拍子抜けした。なんてことはないエネルギーボルトと同じ初級魔法、スネークバインド。魔力の蔦によって対象の動きを封じる魔法である。この魔法も個人差の強い魔法として知られ、使い手が少なく、もっと強い効果の魔法『スタンクラウド』などが主流である。


「あなた達は、これをやってもらいます」


 イリアナとウィローは拍子抜けした。二人は顔を見合わせる。

 そして、スネークバインドの魔法の詠唱を始めた。


「ああ、だめよ」エルフィーナが遮るように言った。


「詠唱しないでやりなさい」


 イリアナとウィローは戸惑った。


「先生。スネークバインドは詠唱が必要な魔法です。私達は詠唱無しで出来るほど魔力は……」エルフィーナはため息をついた。


「スネークバインドを使わないでやりなさい。詠唱しなくても使える魔法があるでしょう?」


 イリアナは少し驚いた後、考え込んだ。ウィローもあごに手を当て考え込む。

 ウィローにしてみれば、最初期の魔法しか使えないわけで、スネークバインドの余地しかない。ほのかに、新しい魔法を教えてくれるのだろうか、という期待すらしてしまう。だが、それは無いことも知っていた。

 結局、すぐに答えへと行き着いた。


「まさかエネルギーボルトでやるのですか?」


 ウィローの言葉に、笑顔で返すエルフィーナ。


「その通り。簡単に出来るわけないから、修行なのよ」


 イリアナは、「ああ、それもそうか」と、納得した様子で、すぐに頷いた。だが、想像だにしなかった修行内容に、結局大きな戸惑いが起きた。


「でも先生。エネルギーボルトをどうやったら先生のように破壊力の無い糸状にするのですか?」


 イリアナの問いに、エルフィーナは空を仰ぐように目を瞑り、「うーん」と、少し考えた。そして目を開くと二人を見た。


「本当は二人で考えてやってもらいたいところだけど、王都まで時間もないし、教えてあげるわね」


 イリアナはメモ帳を取り出し、ウィローは真剣なまなざしで、エルフィーナを見つめた。


「エネルギーボルトはどんな魔法かな? はい、ウィロー」

「え? えっと。攻撃的な魔力の塊です」ウィローは不意をつかれたがすぐに答えた。

「ハイ正解。じゃあ攻撃的な魔力はどう練るのかな? はい、イリアナちゃん」続けざまにイリアナに問いかける。

「えっと、破壊のイメージをしながら、魔力に高速の回転を加えます」イリアナも何とか答えることが出来た。

「ハイ正解。魔力の塊を攻撃的に操作するわけだから、応用もある程度想像つくんじゃないかしら」


 二人は首をかしげた。


「長く伸ばすには、魔力の放出を持続させればいいわね。吸着は攻撃的な要素が必要よね? これの場合は接触した瞬間に破壊しない程度の圧力ね。あとはやり方は任せるけど、こっちに戻ってくるようにすればオッケーね」


 二人は黙り込んで考え始めた。イリアナはこの十日あまり、魔力を高める練習をしていた。ウィローは元から基本の魔法しか使えない。

 この二人には、最初から選択肢は少ない。おそらく、魔法を順当に契約してきたような、他の同年齢よりも簡単に解決への糸口を見つけるだろう。


 エルフィーナがこの二人に課したのは、魔力の流れを操作する訓練。

 

 彼女が魔法を教える際、これを最も重要視する。最初に出会った孤児であった子供達をはじめとして、魔法を教えてきた生徒にはこれのみをやらせていた。当然挫折する子供も居た。だが、無理に教えることはせず、挫折する者を無理に引き止めたりはしなかった。

 これは魔法を操るということの、難しさや責任の重要性を、苦難という形で明確に教え込むためであり、「続ける」という才能の有無という形でふるい落とすためでもある。


 楽に手に入れた力は暴力へと変わりやすい。


 エルフィーナの家族である子供達でさえ、まともに魔法を使えるようになったのは、四人中二人であり、これが一般人となると一割にも満たないほどである。一般的に見ても魔法使いになれた者のほうが圧倒的に少ないのだ。

 イリアナとウィローは、ヒントを元に自分達で考え始めた、そして実践し、お互いに相談しながら修練を始めた。エルフィーナはその二人を見て満足そうに頷く。


「あの、先……生」


 不意に横から声がかかった。

 マジェンタが怯えと気恥ずかしそうな顔を、やや背けていた。だが目はエルフィーナに向けている。


「この、黄熱病の対応についてなんだけど……」

「どれどれ~?」エルフィーナは他の子供達と変わらぬ態度で接する。


 マジェンタも、エルフィーナの態度に戸惑いつつも、受け入れつつあった。

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