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旅立ち 2-4

          4


 シアンとマジェンタは宿にいた。

 マジェンタがヒステリーを起こして、それをシアンがなだめ、説得して宿までつれてきた。


 彼らにとっては日常。


 この三人は同じ村、同じように夢を見て、同じように悩みを抱え、同じように芽が出ず、同じように自分ではどうにもならないことで苦しんできた。

 シアンは身長が伸びず、パーティの守護を司るディフェンダーの学科に入学できなかった。体格はそのままパーティを守るための呪文であるマジックシールドの強度に反映されてしまうためであった。ウィローは家が貧乏。学費が払えず、それこそ蛍雪の功とも言える努力を重ね、魔術師学科特待生として入った。だが、魔法の契約をするための資金を用意することができず、いまだに中学魔法学科で最初に契約する魔法しか使えない。そして医学を否定するヒーラー、マジェンタ。

 彼らは昔から悩み苦しんでいた。自然と惹かれあった。だが、傷を舐めあう仲ではなかった。共に逆境を跳ね除け、成り上がるための同士、そしてライバルであった。

 だからこそ、今こうして共にいるのである。いられるのである。遠慮のない関係として。

 宿のソファでやけ食いをするマジェンタをシアンもなだめつつも気遣うのであった。


「もうやめろよ。いくらなんでも食いすぎだ」


 シアンが釘をさす。膨れ面でマジェンタは焼き鳥にかじりつく。

 部屋のドアをノックする音がした。シアンが返事をすると、ドアが開いた。

 入ってきた人影は二人。ウィローとイリアナだった。そしてイリアナの肩の上に白い影。エルフィーナである。

 マジェンタはエルフィーナの姿を見るととたんに気色ばむ。


「何しにきたのよ」


 ウィローはマジェンタの態度に、マジェンタとエルフィーナの間をあたふたするばかりである。シアンも二人が顔を突き合わせてから目を伏せ、額を押さえた。

 エルフィーナはイリアナの頭の上に移動した。その目はマジェンタをしっかりと見つめている。

 マジェンタも負けじと睨み返した。エルフィーナは、怒気をはらみつつも自暴自棄ではないその目に、据わった肝を確認した。覚悟を決め、手帳を取り出し目を落とした。


「何であんたがそれを持ってるのよ」マジェンタは声を荒らげた。

「いいご両親ね。この手帳、おそらくあなたが世界を飛び回ることだろう思って書かれたのね。さらっと見ただけだけど、薬草や毒草、薬の作り方や風土病なんかの情報までありったけ詰め込んだって感じね。間違いもあるけど、親御さんの娘に対する愛がいっぱい詰まってる」


 そして、手帳を閉じた。


「いい物もらっちゃった」


 エルフィーナはうれしそうに手帳を見せびらかした。マジェンタはウィローをにらみつけた。ウィローは怯みながらも見つめなおした。


「ぼ、僕はまで、この人の下で修行する」


 二人はウィローが本気で言っていることはすぐに理解できた。長い付き合いだ。ウィローは彼らの答え次第で本気で彼らと袂を分かつつもりでいる。

 ウィローにしてもこれは賭けだった。彼自身とて、彼らと本気で分かれたいわけじゃない。師事しようとしている人物はどれほどなのかも知らない。しかしこのまま腐っているわけにはいかない。なあなあな生活に終止符を打つ好機だと思った。


「あんた、仲間を見捨てるつもり?」


 マジェンタの怒りに、ウィローは何も答えず二人を見つめた。

 その態度に腹を立てたマジェンタはウィローに焼き鳥を投げつけた。ウィローの顔に当たり一瞬顔をしかめた。だが、すぐに二人へ向き直った。


「ウィロー……」


 シアンも不安げにウィローを見た。その場で場違いな感覚を覚えているイリアナでさえ不安になってしまっている。


「別れる心配なんかないわよ」


 エルフィーナはさらりと言った。

 ウィローをはじめ他の二人もそれには少し驚いた。


「だってあなた達はこれから私の下僕になるんだもの」

「誰が下僕ですって?」


 マジェンタは身を乗り出した。


「あなた達よ」

「笑わせないでよ。誰があんたなんかの……」


 マジェンタがそう言いかけた矢先、急に息ができなくなった。シアンもウィローも同様に苦しみだした。


「どうしたんですか?」


 イリアナは駆け寄ろうとするが体が動かない。動きを封じられている。


「先生!」

「少し黙っていなさい」エルフィーナはイリアナに小声でつぶやいた。その言葉に何かあるのだろうと思って黙って従った。


 呼吸ができない中、マジェンタはイリアナの頭の上にいる人形の目が怪しく光っているのを見た。

 この人形は悪魔の類なのだと確信した。


 ばけものだ。


 意識が遠のく中、悔しくて涙が出た。自分の人生を呪いながら。目の前が暗くなりかけたその瞬間。マジェンタ達は窒息状態から開放された。

 三人とも床に崩れ落ち、体の中にこれでもかと言うくらい酸素を送り込む。


「どう? その気になった?」


 エルフィーナは不適に笑った。


「悪いけど今日からあなた達は、私の下僕。逆らえば今のような事になる。死にたくなければ従うことね」

「ひとでなし」マジェンタは絶え絶えの息で恨みがましく言った。

「この姿が人間に見えるの?」屁理屈で小ばかにする。

「死んじまえ……」

「聞こえなかったことにしてあげるわ」


 エルフィーナは見下すように笑いながら言った。


「あなた達はこれから下僕なわけだけど、対外的には一応生徒ということにしておくわ。しっかり演じるように。明日、朝の七時に私達の泊まっている宿の前に集合しておくこと。場所はウィローが知ってるわ」


 三人は従う以外は死ぬことくらいしかない。選択肢はない。


「一応試用期間を設けるわ。私達が王都につくまでの間で今後をどうするか決めるわ」

「今後って?」


 シアンが肩で息をしながら言った。


「使い続けるか……それとも、ね」


 使いつぶされ死ぬか、殺される。


「明日から各自に命令をするから、今日のところはお休みなさい」


 そう言うと、エルフィーナはイリアナに退出するよう促した。


「言っておくけど」


 エルフィーナの言葉に合わせてイリアナが止まった。


「逃げようなんて思わないことね。あと、通報しても無駄よ。これでも仕事で不義理を働いたことはないし、評判もいいのよ。何の成果もない鼻っ柱だけの役立たずの言葉と、私の言葉のどちらを皆が信用するかしらね」


 じゃあ明日、そう言い残しエルフィーナとイリアナは部屋を出た。

 ドアを閉めた途端、マジェンタの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 後味の悪さを背中に感じつつ、イリアナは宿へと歩きだした。


「あの、先生。やりすぎなのでは」


 イリアナは、歩きながら少し咎める様に言った。


「いいのよ。ああいう馬鹿は、徹底的に痛い目見ないと駄目だし、追い詰められなければ変われないのよ」

「わたしも、ですか?」


 イリアナは不安げに問う。

 エルフィーナはイリアナの問いに少し考えた。


「あなたには何もしないわよ。前にも言ったけど、あなたは勝手に変わるから」


 勝手に変わる。

 今のイリアナにはその言葉の意味を正しく理解するための経験がない。突き放されているようで少し寂しくなった。


「まぁまぁ、王都に着くまでにしっかり決めてくれればいいのよ」


 はい、と短く答え、イリアナはそのまま宿に着くまで口を開かなかった。

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