旅立ち 2-3
3
宿場町『エンドラ』に着いた。
暮れなずむ街に晶灯技師が水晶灯に明かりを灯す。
水晶灯はここ三十年ほどで開発された、明かりを灯すためのランタンである。水晶の粒子を錬金術で生成したものをガラスケースに入れて発光魔法とあわせて使用する。松明と比べ、明るく長持ちし、水にぬれても消えず発熱も少なく安全なものである。
ただ、専門技師が必要であることと、非常に脆く多少値が張るのが欠点であり、冒険の携帯には向かないが、錬金術師を擁する場合はこちらを使う一行も多い。この宿場町エンドラが宿場町として活気がある証拠でもある。
そのエンドラに着くや否や、カーチャは急いで商人ギルドへ宿を取りにいった。イリアナとレオン、そして番いの魔人はカーチャと別れ、冒険者ギルドへ赴く。そして三人の若者も一緒に続く。彼らは彼らでギルドへの仕事の報告があるのだ。
イリアナたちの目的は修練場の借用である。時間も時間だけに利用者もまばらである。宿場町という特性上、通過点に過ぎないた、めギルドの修練場はもともと利用者が少ない。それに加え今は夕方。繁盛するのは酒場である。ギルドと酒場を併設している小さな街などでは、修練している人間を酒の肴にしてしまうこともあり、気恥ずかしいこともある。もっとも肴の変わりに新たな人脈もできることもあるので、一概に悪いとも言えない。
気恥ずかしさに集中力を乱されながらも修行に打ち込んでいると例の三人組がやってきた。
「あの、これ」
シアンがいきなり袋を差し出す。ジャラっと音が鳴る。おそらく銀貨と銅貨の入った袋だろう。
レオンは無視しようとしたが、イリアナが彼らを気にして、集中力が落ちたことを見抜き手を止める。
「いらん」レオンはぶっきらぼうに答える。
「でも、助けてもらったし」
「じゃあ後にしろ。邪魔だ」
レオンは少々うんざりしていた。修練場の借用時間は限られている。さらには割りと値が張るため、集中してやっていきたいのである。これは傭兵の間では「修練上を使用している者への接触」はご法度。そして暗黙の了解であった。駆け出しの少年たちがそれを知るはずもないのかもしれない。
「ちょっと、そんな言い方無いんじゃない?」
レオンのぶっきらぼうな対応に、シアンの後ろからマジェンタが食って掛かる。
「ふん。イリアナ続けるぞ」
「え、でも」
レオンは剣を構えた。
だがイリアナは彼らを気にしている。だがレオンの気持ちも十分察している。集中しているときに水を差されたのだ。
「なによ、こっちは礼をしに来てやってるのに」
マジェンタ言葉にレオンの顔に怒気が浮かぶ。何か言おうとしたが、だがエルフィーナがそれをさえぎった。
「やめなさい。相手は子供よ。未熟者相手に傭兵の暗黙の了解なんかわかるわけ無いでしょ」
ハヤテマルはため息をついた。エルフィーナは間違いなくレオンより怒っている。
「誰が未熟者よ。仮に未熟者でも、勤続年数と簡単な仕事やればなれるCクラスが偉そうに言わないで」
マジェンタは怒気をあらわにまくし立てた。シアンもウィローも頭を抱えた。どうやら彼女の、この勝ち気な性格で起きるトラブルは、彼らには日常的なことらしい。
「そのCクラスがいなければ、仲間を一人殺していたようなヒーラーもどきが何を言ってるの。笑わせないで」
エルフィーナは突き放すようにいった。
「だれがもどきよ、誰も殺しそうなったりしてないじゃない!」
「死んでたわよ」
「だれが!」
エルフィーナは黙ってウィローを見て顔をしゃくった。
ウィローは自分のことを指差した。
「うそ。あんたさっき死なないって言ったじゃん!」
エルフィーナはため息をついた。
「あなた本当にヒーラー? 熱中症は死ぬこともあるのよ! 死にそうになっている人の不安を煽って生きる気力を奪って助かるわけないでしょう。学校ではこんな初歩的なことも教えないの?」
人外の姿ものにあきれられてマジェンタは悔しそうにさらに気色ばむ。
「そう。最悪な学校に通ってるのね。医学を軽んずるなら現場に出てこないで頂戴」
「あんたにそんなこと言われたくない!」
「あなたみたいな基礎を軽んじてるくせに鼻っ柱だけは一流気取りの能無しは現場にいるだけで迷惑。今のうちに普通科に転科しなさい」
「なんですって?」
「あなたに命を預けるこの子たちが不憫だわ」
マジェンタの怒りの形相にうっすら涙が浮かぶ。
「熱中症の人間に解毒の魔法を掛け続け、ほかの要因に頭の回らないバカにヒーラーは勤まらないのよ」
エルフィーナは容赦なく止めをさす。マジェンタの顔には怒気と涙があふれていた。涙を飛び散らせながら振り向き、走って行ってしまった。
シアンとウィローはエルフィーナの迫力に気圧されしばし固まってしまった。ウィローは我に返るとシアンの背中をたたいた。
シアンはイリアナたち一同に対し頭を下げマジェンタを追いかけた。
一人残ったウィローはシアンの持っていたお金を再び差し出した。
「いらん。何度も言わせるな」
レオンは再度断った。ウィローが何かを言おうとするが、それをさえぎる形で続けた。
「その金で、装備を整えるなり、参考書を買うなり己を磨く足しにしろ。俺達はたまたま居合わせて、同業者を救ったに過ぎん。だが、見返りを求めないわけでもない。お前らが一人前になったら今回の貸しは返してもらう」
イリアナは、ほっとした。なんだかんだいってもレオンは気を使っているのだと。イリアナの肩の上にいたハヤテマルが声を殺していたずらっぽく笑った。
それを見たエルフィーナも「まぁそういうことね」と笑った。
レオンはイリアナに、「再開だ」と言うと、再び訓練を始めた。
ウィローは深く頭を下げた。そして顔を上げてエルフィーナを見た。
「あの、エレさん」
「なぁに?」
「さっき僕が熱中症って言うので死にそうだったという話なんですけど、本当なんですか?」
エルフィーナは目を瞑りながら空を仰ぐように「うーん」と、考え込んだ。気持ちを決めてウィローに顔を向けた。
「君の場合はちょっと症状が進行してたけど、あの子があのまま魔法をかけ続けてれば死んでたわね」
「そうですか……」
ウィローは目を伏せた。
「誤診で死にかけたことが怖い?」
エルフィーナの言葉にウィローは目を伏せたまま首を振った。だが、立ち去ろうともしなかった。
「なんか話があるなら、訓練が終わったら聞くけど?」
ウィローは顔を上げ、うれしそうに「お願いします」と言い、訓練場の外で待つこととなった。
イリアナたちが訓練が終わるまで大体一時間。だがその一時間でレオンもイリアナも汗びっしょりであった。イリアナたちがウィローの元へ行くと、カーチャが一緒にいた。カーチャは商人ギルドで荷物の整理を行った後、合流していた。エール酒とツマミ代わりの焼き鳥をかじっていた。ウィローもカーチャの横で待っていた。
イリアナとレオンが浴場で汗を洗い流している間に、魔人たちとカーチャ、ウィローは酒場で食事を頼んでいた。
イリアナたちが戻ると程なくして食事が運ばれてきた。
おのおの食事に手をつけ始める。だがウィローは友人達に申し訳ないのか、手をつけないでいた。
ハヤテマルが気を利かせてウィローに食事をとりわけして渡した。
「ありがとうございます」
ウィローは皿を受け取り、食事に手をつけ始めた。
「で?」
エルフィーナがウィローの話を聞こうと話しかけた。
ウィローはフォークを置き、口を開いた。
「マジェンタ、さっきの女の子のことなんですけど……」
口が重たい。
ウィローは一同の姿を見回した。周りはウィローを見ながら食事をしている。淡々と。
先ほどの出来事を引きずっている様子はない。が、不快な思いをさせた側としては気まずいのは当たり前である。
エルフィーナたちからすれば、積極的に話を引き出す理由がないから絡まなかっただけである。
「あの人がどうしたのですか?」
重い沈黙に絶えられなくなったイリアナが積極的に絡んだ。
ウィローはイリアナの助け舟に乗っかり話を進めた。
「あいつのこと許してやってほしいんです」ウィローは頭を下げた。
「あいつの家は医学の研究をしているんですけど、あいつの両親、昔からそのことで馬鹿にされてきたんです。魔法の時代に紙と鉛筆で人が救えるか、って……。ネズミを使った動物実験や、たくさんの薬品もありましたし、人によっては悪魔の儀式をやっているんではないかという人もいました」
拳を握り締め、吐き出すように続けた。
「そのことでマジェンタもよく苛められていました。死体と薬品を操る、悪魔の一家。死霊術士の娘って。だからマジェンタ自身、両親のことと医学が大嫌いで、将来絶対ヒーラーになるんだって。ヒーラーになってお金を稼いで、いい暮らしをして馬鹿にしたやつらを見返すんだって」
ウィローは俯きながら言葉を搾り出した。
一同はそれを黙って聞いていた。沈黙が場を支配した。
「それで?」
エルフィーナが切り出した。
「エレさんは医術の価値を知っているんですよね」
「価値もなにもヒーラーするなら必須じゃない。もっとも、私は医師でもヒーラーでもないから、持っている知識もただの知識でしかないんだけどね……」
その言葉を聞き、ウィローは身を乗り出した。
「おねがいです、あいつに医学の価値を教えて……いや、思い出させてあげてくれませんか」
ウィロー立ち上がり頭を下げながら、一冊の本を差し出した。
「それは?」
本、よく見ると分厚い手帳であった。かなり使い込まれた手帳である。分厚くなっているのはメモ書きを挟み込んでいるからだ。
エルフィーナは手帳を受け取り、無造作に開いた。中にはびっしりと医学の研究結果が書かれていた。
「マジェンタの両親が入学祝にマジェンタにプレゼントしたものなのですが、あいつ、もらったその場で捨てたんです」
「捨てた?」
ウィローは黙ってうなずいた。尤もな話である。両親の研究が周りに理解されないお陰で、マジェンタは子供の頃から鼻つまみ者であったのだから。肉親だから何もかも理解し、受け入れ支えるべきというわけではない。
現実は違う。少なくとも彼女にとっては。
彼女にとって、両親の存在は、自分の生きる意味すら疑うほどの忌々しい存在だった。縁を、過去を拭い去りたい。日陰者で終わりたくない。そのためにヒーラーになる。彼女の生きる意味は、今置かれた現状の打破。これのみであるといえた。
「ふーん」
エルフィーナはパラパラと手帳をめくった。
だめか。
ウィローの目には、いや、その場にいるすべての人間には、エルフィーナから興味がないと言わんばかりの雰囲気が漂っているのが見えた。
パタン、と手帳を閉じた。
「いいわよ」
エルフィーナの意外な言葉に一同は目を皿のようにした。
「本当ですか!?」ウィローは目を輝かせた。
「といっても、王都につくまでの間に改心するかどうかだけど」
エルフィーナは手帳に目を落とした。そして優しい目になりながら手帳を見た。
ウィローの顔は本当にうれしそうである。
「こらこらエレ。あんたうちの馬車の乗員を勝手に増やすんじゃないよ」カーチャが呆れ顔で言う。
「先行投資ってことで、ここは一つ……」
ハヤテマルは顔の前で羽を合わせて頭を下げた。カーチャ自身も特に反対する気もなかったので、かってにおし、の一言で片付けた。
「まぁ、馬車に乗る気があるのなら、だけど」
エルフィーナはそんなことを言いながら、手帳に目を落としながら考えた。
正直なところを言うと、マジェンタがこの先、ウィローとシアンがこの先どうなろうが知ったことではなかった。だが手帳を書いたマジェンタの両親に対して深い親しみを感じた。彼らを悲しませることのないよう手を打ちたくなった。ただそれだけだった。
「じゃあ僕。二人に知らせてきます!」ウィローはうれしさのあまり勢いよく席を立った。
「待ちなさい」
走り出したウィローはエルフィーナに呼び止められ立ち止まった。
「私も行くわ」




