単純だから楽なもの
時折ゆうきの左手が無いことを忘れそうになります。
2日目の朝、周囲の雪が正方形に溶けている景色を見ても驚かなくなったゆうきは、もよおしたのでコートを羽織り、ナイフを内ポケットにしまうと、近くの草むらへとのっそりと動く、アリシアはいないので食べ物の調達だろう。
トイレにもすっかり慣れたゆうきはアリシアの見た目と容量の釣り合っていないバッグを漁ると、洗面器とタオルを取り出して、近くにある雪を魔法で溶かして、顔を洗いタオルで顔を拭くと、水を更に魔法で温めてタオルを濡らし服を脱ぐと、身体を拭き始めた。
遠くから見れば女神と見紛うほどの光景だったが、ゆうきの口からはひたすら「あ“ぁ〜」とか「ふぃ〜」とか全てを台無しにするようなおっさん臭い声が漏れ出ていた。
温いタオルって気持ちいいからしょうがない。
ちなみに暫くして戻ってきたアリシアから顔を赤くしながら、外で身体を拭くなら私のいる時にしなさい!と怒られた。
襲撃されないように心配して言われた忠告だと信じたいゆうきであった。
そんなプチ事件が起きた後に、2人は朝食をとると早速出発の準備を始めた。
と言っても片っ端からアリシアのバッグに詰め込んでいくのと、焚き火を消すだけなので、大した手間も時間もかからなかった。
「行きましょうか?ゆうきちゃんも大丈夫?」
「おうよ!行きましょうや」
(魔法より先に言葉遣いを教えるべきかしら……)
アリシアに悩みを抱えさせたまま一行は出発した。
二人は次の街へと歩いていく、ゆうきも歩くのには慣れたが、やはり愚痴がこぼれる。
「あぁ、この地形ならバイクとか乗れたら楽なんだろうなぁ……」
「バイクは高いからそうそう買えないわよ。もし乗り物が欲しいなら、馬車が安いからそっちからね。バイクは数が少ないからしょうがないわ」
「……待って待って待って?!バイクあるのか?!」
「?えぇ、あるわよ10年ほど前に実用化されて、一般販売が開始したばかりだけども。だからまだまだ高いわね、安くとも金貨50枚はするわ」
「他に何かあったり?テレビとか?」
こうして駄目元で色々と異世界でふざけすぎだろう、と怒られそうな質問をしていった。
分かった事は乗り物は車もあればバイクもあって飛行船や汽車なんかもあるらしい。
汽車は150年ほど前、車は50年ほど前から開発、販売されたそうな、テレビもあるが王族の顔出しや勅令の時なんかにしか使われないそうだ、モニターとしての機能しか無いみたいだ。
懐かしのジャパニメーションが見れない事を嘆きつつ、いつか観れる日が来るのを願った。
そうして、この世界の知識を深めていると、周りの景色が変わり始めた。
所々に地面が見え始めてきて、雪が少なくなってきて、周りの木々に緑が多く見られるようになってきた。
「アリシア!雪がなくなっ……」
と言いかけた、油断していたわけでも索敵を緩めた訳でもなかった、ゆうきは知らなかったがアリシアはそこそこ名の通った、通り名の付くようなハンターだった。
その辺のモンスターには遅れを取るようなことはしないだろう、モンスターなら。
ならば何が起きたのか、そう人である、人は知力と理性で戦う生き物であり、きっとそのどちらかを失えば人ではない、と考えれば同じ人間同士に害を与えた存在はモンスターかも知れないが、とにかくアリシアは罠にかけられた。
ゆうきが声をかけた瞬間落とし穴に落ちてしまったのだった。
落とし穴と聞くと何を言っているんだ?となるが実際恐ろしいものである。
下に杭を敷き詰めれば軽く人が死んでしまう。
中に油を溜めて敵が落ちたら火を放てばいい。
なんなら放っておけば餓死してしまうだろう。
どう〇つの森に騙されてはいけない。
「アリシア!大丈夫?!」
「大丈夫よ!そっちこそ大丈夫?」
「あぁ、大丈夫……じゃないかもしれない」
大丈夫…と言いかけたところで周りから5,6人の男共が出てきた。
「あぁ、だりぃ」
そうも言いたくなるのは当然だった、男共の中にあの『野犬』様がいたのだから、どう考えても仕返しってやつだろう。
とにかくどうやって逃げるか、そのために現状確認のため時間稼ぎをする
「……お久しぶりですね」
(しっかし、よくこうも顔の悪い奴らばっかり集められたなぁ。さてと、見事に周りを囲まれてるわけだけども、アリシアは穴の中で逃げるのって結構絶望的だよね、見捨てる?いや、後々ダルいな。今、見捨てて仮に逃げきれたとして、後々ハンターやギルドからは後ろ指を指されるし、『野犬』共から逃げ続ける生活が続く、そう考えると今決着を付けるのが一番楽かな)
楽をするためなら、超高速する思考が導き出した答えは『戦う』だった。
悲しい事に落とし穴はかなり有効だった。
だが、その為にも時間をできる限り稼ぐ。
「久しぶりだぁ?ククッそうだな1日ぶりだけど、俺にとっちゃ長い1日だったよ。ああそうだ、屈辱的な気持ちで満たされたからなぁ、てめぇのせいで骨が折れちまったからなぁ、痛かったぜ」
「あぁ、そうだったのか、それは悪かったと思うよ。それで何か用かな?」
(スキルで全員引き倒すか?)
「用って程じゃねぇさ子供だからって調子に乗りすぎたんだよ、だから大人の俺が大人を舐めるとどうなるか、教えてあげに来たんだよ」
「そりゃあ、どうも」
(いや無理か、ちょっと怪我するぐらいで後はお楽しみタイムになっちゃうわな)
「ったくよぉ、お前も落ちてりゃあすぐ気持ちよくしてやれたのになぁ、ちょーっと痛くなるだけで済んだはずなのによォ」
「気持ちいいのはいいけど、痛いのは嫌だなぁ……」
(やっぱりアリシア任せだなぁ)
「おいおい、しょうがないだろ諦めろよ、それに腕がないのはあれだが奴隷にしてもらえばそう悪い扱いは受けねぇだろ、顔は悪くねぇからな。俺等はアフターケアもしっかりしてんのよ」
欲にまみれた顔をしてこちらにそう言い放つ、周りの男共がニヤニヤと笑いながらこちらを見る、その言い方と雰囲気にゆうきは思わず鳥肌がたった。
(ロリコンはやべぇ……)
自分の身の危険より、性癖をおおっぴらに暴露していることに恐怖を覚えた、人と感性がズレてるからしょうがない。
そうしているうちに『野犬』とその仲間達を倒す算段をつけた。
唯一の問題はアリシアだ、どれ程の怪我をしているのか、こいつらと戦えるのか。
だが、ゆうきはアリシアの身のこなしと『野犬』共の発言や身のこなしから、アリシアの方が強いだろうと予想していた。
だからこそゆうきはまぁ、なるようになるだろみたいな軽いノリで動き始める。
「そうかい、それはありがとうさん!」
そう言って目の前の落とし穴に自分から飛び込む、それに驚いた『野犬』達は動くのが遅れてしまう、次の瞬間には鬼のような顔をしたアリシアが穴の上にいた。
〜アリシア視点〜
まさかこんな所に罠がはられているなんて、盗賊かなにかかと思った。
上からゆうきが心配して声を掛けてくる。
こちらは大丈夫と答えるが、ゆうきの方が心配だった、落とし穴があるという事は人がいる、案の定ゆうきが穴の外を見て会話が聴こえてくる。
ゆうきが時間を稼いでいる間に外に出ないと、しかし敵と思わしき声に思考が遮られる。
『用って程じゃねぇさ子供だからって調子に乗りすぎたんだよ、だから大人の俺が大人を舐めるとどうなるか、教えてあげに来たんだよ』
『ったくよぉ、お前も落ちてりゃあすぐ気持ちよくしてやれたのになぁ、ちょーっと痛くなるだけで済んだはずなのによォ』
『腕がないのはあれだが奴隷にしてもらえばそう悪い扱いは受けねぇだろ、顔は悪くねぇからな。俺等はアフターケアもしっかりしてんのよ』
アリシアは真面目に生きてきた、だからこそ人を守る為にハンターになり戦ってきた、それでも守れない命があった。
悔しくて、でもしょうがない事であってもしょうがないと思えない、そんな性分だった。
だからこそ許せなかった、あんな幼い子にまで手を出すのは愚か、守るべき存在をあんな風に扱うとは、頭の中が殺意と憎悪に満ちる。
すると上からゆうきが落ちてきた、その顔は恐怖に染められていた。
きっと上のヤツらに酷い事を言われ、落とされたからに違いない。
その瞬間アリシアの中の色々なものが吹っ切れた、あいつらは絶対殺すと。
そして、そのチャンスをゆうきがくれた。
「アリシア!僕が上に運ぶ、6人いるけど1人は僕がやる……倒せる?」
「……運んでちょうだい」
するとゆうきが身体に手を回す、ゆうきの身体が浮き上がり、ある程度まで上昇すると次は自分の身体が浮き上がり一瞬空中に留まるも今度は少し角度をつけて上昇し始めた。
そうして穴の上へと出る事に成功した。
周りを見渡す、情報通り6人の敵が穴の周りにいた、が目の前の一人の姿が消える、見ると何故かそこに落とし穴があり自身の足元の穴が無くなっていた。
とにかくアリシアは目の前のことに集中する。
自身の身体能力をあげる呪文を唱えるえて、剣を抜く。
「“我が血を滾らせたまえ“」
そこからの行動はもはや作業のようなもの、いや作業そのものだった。
まず、右側の敵を右肩から袈裟斬りにする、その威力は計り知れず敵の身体が真っ二つになる。その勢いで回転しながら左隣りにいる敵を腰から真っ二つにする。
その回転の勢いのまま後ろの敵に向かい合った瞬間踏み込む、敵はアリシアに飛びかかろうとしていたがそれは悪手だった。
アリシアの剣が飛びかかってきた敵の腹を串刺しにすると、そのまま剣に刺さった敵を他の敵に投げつける。そのまま自身も走り出して、最後の一人に切りかかる。
「おまえ、『鬼』がぁ!」
最後に、いや最期に鬼神の如く戦う魔法剣士の通り名を思い出した敵は、後悔と共に深い闇の中へと、二度と目覚めることのないその眠りについた。
寒くなってきました、風邪には気をつけるようにしてください。
ちなみに皆さんはどう森、どうやって楽しんでましたか?僕は株で稼ぐのが快感でしたね。
最後までお読みいただきありがとうございます。