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骸骨ロボットと自分と他人

 その日、その男はあるバーで一人で酒を飲んでいた。機嫌が悪く、ストレス解消の為に酒を飲んでいる事は明らか。悪い酒だ。やがて、そんな男の耳に、店のドアが開く音が響いてきた。誰かが入って来たようだ。
 「なんだ、あのロボットは……」
 ドアの方を見て、男はそう呟く。店に入って来たのは、外装が剥げて機械の骨格がむき出しになった骸骨のようなロボットだったのだ。分厚く黒い古いコートを着込み、シルクハットのような帽子を被っている所為か、まるで死神のような雰囲気がある。
 男は「チッ!」と舌打ちをすると、
 「おい、店主。変なロボットが入って来たぞ。追い出せよ」
 と、そう店主に訴えた。それを聞くと、落ち着いた雰囲気のある店主は、物腰柔らかくこう返す。
 「お客さん。うちの店ではロボットの出入りを禁止してはいません」
 「ああ? あのロボットは持ち主不在じゃねぇか」
 「はい。時折、顔を見せるロボットです。常連の客の間で人気があります」
 それから男は「なんだと? この店じゃ、野良ロボットなんか出入りさせているのか? 冗談じゃねぇ。おい、客の言う事が聞けないのか? いいか? 俺は……」とそう言いかけて途中で言葉を止めた。さっきの骸骨ロボットが、彼の隣に腰を下ろしたからだ。
 “いいか? 俺は、ロボットが嫌いなんだよ!”
 男は呑み込んだ言葉をそう心の中で続ける。すると、それを見透かしたかのように骸骨ロボットがこう話しかけて来た。
 『どうしたのでしょうか? あなた様、随分とご機嫌が悪いようですが』
 男は苛立った口調でこう返す。
 「うるせぇ! 俺に話しかけて来るな。俺はロボットが嫌いなんだよ。なのになんで、プライベートでまでロボットの顔を見なくちゃならないんだ?」
 ところが、それを聞いても骸骨ロボットは意に介さない。
 『おや? それは不思議な事を言いますね。今の時代、家事用ロボットは当り前じゃないですか』
 そんな事を言って来る。すると、男はそれに過剰とも言える反応を見せた。
 「そもそも俺は、それが気に食わねぇんだよ!」
 それを受けて、骸骨ロボットは小さく両手の手の平を広げると『わぁ、これはビックリです』と少しもビックリしていなさそうな口調でそう言う。
 思わず声を荒げてしまったことを少し反省したのか、男は口調を和らげてこう続けた。
 「どんどんロボットが社会に進出しているがな。俺の職場じゃ、もう半分はロボットが人間の代わりに仕事をやっているよ。俺の部下なんざ、ロボットの方が多いくらいだ」
 『部下? お偉いんですねぇ』
 骸骨ロボットがそう言うと、男はやや機嫌を良くしたようだった。
 「ああ、一応、グループのリーダーをやっている」
 だが、それから職場での事を思い出したのか直ぐに元の態度に戻ってしまった。
 「ホラ、よくつまらない仕事はロボットに任せて、人間はもっとクリエイティブな仕事をしろだとか言うだろう? でもよ。そのクリエイティブな仕事ってのが俺にはいまいちよく分からないんだよ。一体、俺らに会社は何を望んでいるんだ?」
 どうも彼は上司から何か説教をされたようだ。“単純な仕事ならロボットにもできる、むしろロボットの方が優秀だ”。恐らくはそのような事を言われたのだろう。
 「大体だ。ロボットの方が優秀だって言うがな。ロボットの仕事には心がないんだよ。人間にとっては人間の仕事の方が良いに決まっているんだ!」
 男がそう愚痴を言い終えると、骸骨ロボットはこう返した。
 『なるほど。確かにそう感じる人もいるでしょうねぇ』
 男はその言葉に頷く。
 「そうだよ。俺はせめて家庭の仕事くらい、人間の手でやるべきだと思うんだ。なのに、あいつときたら……」
 どうも男は自分が話している相手がロボットである事を半ば忘れているようだった。酔っている所為もあったかもしれないが、骸骨ロボットの応対が巧いという事もある。聞き上手なのだ。或いはこのロボットは人間の話し相手になる為に造られたものなのかもしれない。
 『“あいつ”と、言いますと?』
 そう骸骨ロボットに尋ねられて男はこう返す。
 「妻だよ。……いや、元妻か」
 それを聞くと、骸骨ロボットはやや表情を曇らせた。
 『どうも込み入った事情がおありのようですね。お聞きしてよろしいかどうか……』
 と、そしてそう言ったが、男は構わずにしゃべり始めた。“誰か”に話を聞いて欲しかったのかもしれない
 「俺はせめて家の仕事くらいは人間の手でやるべきだと思うんだ。ところが、あいつはロボットを買いやがったんだ。そんなに高いロボットじゃなかったがな。まぁ、一体くらいなら別に良いかと思っていたんだが、あいつはそのうちにもう一体買いたいとか言い出しやがったんだ。で、実際に買いやがった。家事はロボットに任せて働きに出たいんだとよ。俺はそれに反対した。そうしたらあいつ、怒りだしてさ、それで喧嘩になってそのまま……」
 骸骨ロボットはそれを聞くと数度頷く。
 『なるほど。ロボットが原因で、夫婦喧嘩ですか。それは確かに益々ロボットが嫌いになるかもしれませんねぇ』
 男はそれを聞くと苦笑する。
 「ま、ロボットが好きって時点で俺とあいつは合わなかったのかもしれないがな。まだ、あの女が買ったロボットは二体ともうちにあるんだよ。俺はロボットなんか嫌いだから使う気にならないが、半分はあいつの金で買ったもんでもあるからな。処分した後に文句でも言われたら厄介だと思って、家に放置してある」
 その説明に骸骨ロボットは反応をした。
 『おや、それは勿体ない』
 男は肩を竦めた。
 「でも、仕方ないだろう? 俺はロボットなんか使う気になれないんだから」
 ところが、それを聞くと骸骨ロボットはこんな事を言って来たのだった。
 『いえいえ、その使っていないロボットを有効活用する手段ならありますよ。ロボットシェアリングをやれば良いのですよ』
 「ロボットシェアリング?」
 『はい。ホラ、カーシェアリングってあるでしょう? 会員間で車を貸し借りするっていう。それのロボットバージョンですね。これを利用すればあなたは嫌いなロボットを家から追い出せて、しかもお金が入って来る。良い事ばかりです』
 そう言いながら、骸骨ロボットは生意気にも電子端末を取り出して、それで男にロボットシェアリングのサイトを見せた。男はそれに興味を惹かれる。“金になる”というのが効いたのかもしれない。だが、警戒心も忘れてはいなかった。
 「お前はどうして俺にそんなに親切にするんだ? 俺はロボット嫌いなんだぞ? 金でも要求するつもりか?」
 それを聞くと骸骨ロボットは大袈裟に首を横に振った。
 『いえいえ、そんな、滅相もない。ただ、ワタクシは人間様のお役に立ちたいだけなんでゴザイマスヨ』
 「人間の役に立ちたい?」
 『ハイ。ロボットは人間に奉仕するべく産まれ来たものです。だから、常に人間の役に立ちたい思っております。実はワタクシ、こんな姿だから分かるかもしれませんが、今は主人がおりません。捨てられてしまったのです。だから、誰か役に立てそうな人を見つけたなら、こうしてご奉仕させていただいているのです。それで、ロボットとしての欲求を満足させる為に。
 ワタクシは、もう誰も修理してはくれませんから、後は朽ちていくだけですが、その前に一人でも多くの人間様に奉仕をさせていただきたいのです』
 それを聞くと男は奇異な物でも見つめる目つきで骸骨ロボットを見た。
 “俺なら人間を恨んで、復讐してやろうって思うがなぁ”
 などと心の中で呟く。
 骸骨ロボットはその時まるでそれを察したかのように、カタタッと震えて歯を鳴らした。それは笑ったようにも何かの病気の所為で痙攣したようにも思えた。
 それから男は“まぁ、相手はロボットだ。人間と同じじゃないか”とそう思うと、
 「分かったよ。面白そうだ。そのロボットシェアリングってのを、利用させてもらうよ」
 とそう返した。
 ところが、それを聞くなり骸骨ロボットは目の色を変えるのだった。そして、再び笑うように痙攣するようにカタタッと歯を鳴らす。
 『そうですか。それはワタクシも大変に嬉しく思います。ただし、一つだけ忠告がゴザイマス』
 「ああ? 忠告?」
 男は“ロボットのくせに”とは思ったがそれを口に出しはしなかった。
 『ロボットは飽くまでロボットです。どれだけ優秀で、あなた様の役に立ったとしてもそれはあなた様自身ではない。それはよく肝に銘じておいてください』
 男はその言葉を笑った。
 「この俺がロボットを自分自身だと思うはずがないだろう? バカバカしい」

 男はそうしてロボットシェアリングを始めたのだが、それは男が思っていた以上に上手くいった。彼のロボットをレンタルした客達は、その性能に満足をして「良いロボットでした。是非、また貸して欲しい」と称賛したり、「こんなに仕事のできるロボットをありがとうございました」と感謝の言葉を述べたりしたのだ。中には、少し多めにレンタル料を払う客までいた。当然、男の気分も良くなる。しかもそれは副収入としては充分な額になった。
 男は、まるでそれが自分の成果のような気がしていた。そして、予想以上のその結果を受けて、男は更にロボットを購入する事に決めたのだ。数を増やせば、それだけ稼ぎも大きくなると単純に考えたからだった。
 しかし、
 「ええい! なんでお前は、ちゃんと働かないんだ!」
 男はそう言って新たに買ったそのロボットを殴っていた。自宅の庭にあるロボットを仕舞う為に使っている倉庫の前で。中古で他の二体と同じ型のロボットを買ったのだが、その評判は何故かすこぶる悪かったのだ。以前まで家にあった二体とはまるで違って、客から苦情を言われてしまった。つまり、男の思惑は大きく外れたのだ。
 その鬱憤を晴らす為に、男はロボットに暴力を振るっていたのである。ところが、そんな時に突然彼はこう話しかけられた。
 『もし。あなた様、一体、どうしたのです?』
 その声には聞き覚えがあった。ロボットシェアリングを紹介して来たあの骸骨ロボットだ。見ると、玄関から顔を覗かせている。
 「なんだ、お前? どうして、ここにいる?」
 骸骨ロボットは歯をカタカタと鳴らしながらそれに答える。
 『いえいえ、あなた様があれからどうなったのか気になったので、つい自宅を探してしまったのですよ。なにせ、ワタクシは、時間だけはたくさんありますもので』
 「チッ!」と舌打ちすると、男はこう言った。
 「このロボットのデキが悪いから、こうして躾けているところだよ」
 するとロボットは『それは無駄な事をなさいますな』などと返す。
 「無駄?」
 『ハイ。無駄でゴザイマス。ロボットはそんな事をしても仕事ができるようにはなりません。当たり前の話です』
 男は苛立った口調で反論する。
 「なら、どうして他のロボット二体はちゃんと仕事をやるんだよ?」
 『それは簡単な話です。仕事を誰かが教えたのでしょう。元は二体とも奥さんの物ですから、恐らくは奥さんでしょうな。ロボットがお嫌いなあなた様は知らないかもしれませんが、業務で使うような高いロボットとは違って、家庭用の安いロボットは丁寧に仕事を教えなくては優秀には働いてくれません。奥さんはよほど確りとロボットに仕事を教えたのだと思いますよ』
 それを聞いて、男は軽い怒りを覚えた。自分の手柄だと思っていたものが、本当は妻の手柄だと言われているような気になったからだ。骸骨ロボットは更に続ける。
 『しかし、あなた様。どうして新たにロボットを購入されたのですか? 確か、あなた様はロボットがお嫌いだったはず…… まさか、ワタクシの忠告を聞かず、ロボットを自分自身の一部だとでも思ったワケではありませんよね?』
 が、そこまでを言ったところで、突然に彼は激しく打たれてしまったのだった。道に転がる。男が近くにあった鉄の棒を握りしめていた。
 「うるせぇよ、ロボットのクセに」
 もちろん、男が骸骨ロボットをその鉄の棒で打ったのだ。
 「ロボットのクセに俺に説教か? なんだお前は? 人間にでもなったつもりか? 身の程知らずが!」
 そう言いながら、男は転がっている骸骨ロボットを棒で叩き続けた。骸骨ロボットは訴える。
 『これは随分と酷い事を為さいます。ワタクシはもう誰からも修理をしてもらえません。壊れたら壊れっぱなしでゴザイマス』
 その彼に向けて、男は更に棒を振るった。
 「うるせぇよ! ロボットが生意気に文句を言ってるんじゃねぇ! やっぱり、お前、自分を人間だとでも思っているんじゃねぇか? そうだろう? 思い知らせてやる!」
 その言葉に骸骨ロボットは大きく首を横に二回振った。
 『いいえ、いいえ。ワタクシは自分を人間だなどと思ってはいません。ですが、もし仮に、あなた様にそう思えるのであれば、それはあなた様がワタクシを人間だと思っているからではアリマセンデショウカ?』
 「あ、何を言っているんだ?」
 『もしも、あなた様がワタクシをロボットだと思っているのなら、たかがロボットごときにどうしてこうまで腹を立てるのでしょう? 怒りにまかせて鉄の棒で叩き、そしてそれによって快感を覚えているのでしょう? あなた様がワタクシを人間だと感じているからではないでしょうか?
 いえ、実はあなた様はロボットと人間の区別がついていないのかもしれない。そしてロボットを人間だと思ってしまうあなたは、もしかしたら人間を……』
 その骸骨ロボットの言葉を聞くと、男は激昂した。
 そして、
 「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ! 黙れ! 黙れ! 黙れ!」
 と、そう叫び、骸骨ロボットを何度も何度も鉄の棒で叩き続けた。やがて、骸骨ロボットはカタタッとまるで笑うように痙攣するように歯を鳴らすと動かなくなった。それを見ると男は言う。
 「フン! 死んだか。まぁ、野良ロボットだから別に良いだろう。野良ロボットを迷惑がっている奴もいるからな。むしろ有難がたがられるかもしれない」
 乱れた息を整える。そして、そのまま男は家の中に戻っていった。
  “くだらないロボットが……”
 そう心の中で呟きながら。

 ――。

 会社。男がいるフロアで、男の部下の一人がたくさんの社員達から賞賛されていた。その部下は独創的な発想で新たな製品開発に成功し、会社の業績向上に大きく貢献したのだ。ベテランも若手も素直に彼の実績を評価していた。場の雰囲気は明るい。しかし、
 「ちょっと待ってくれ、皆! そいつに仕事をやらせたのはこの俺だぞ!」
 そんな雰囲気の中、男が不意にそんな声を上げたのだった。しかも、必死な焦ったような口調で。
 皆が男に注目をする。とてもとても奇異な目つきで。
 「何を言っているんだ、君は?」
 男の上司がそう咎めるように言う。
 男はそれに「しかし、やらせたのは私です」とそう返した。
 それはまるで、それが当然の事だとでも言わんばかりの口調だった。それで男を見つめる視線は、明らかに侮蔑の色を帯びる。
 男にはそれがどうしてなのか分からない。こう思う。
 “どうしてだ? どうして、皆は俺を褒めないんだ? あの‘ロボット’に仕事やらせたのはこの俺なのに……”

 その会社の目の前の道路。
 骸骨ロボットが、ビルを見上げている。どうやら彼は生きていたらしい。こんな独り言を言う。
 『やれやれ、やっぱりあの方は、人間とロボットの区別がついていませんでしたか…… いえいえ、仮にロボットだとしても同じかもしれません。どんなに命令通りに動いて文句を言わずに従う存在がいたとしても、それはやっぱり自分自身とは別の存在でゴザイマスカラね。自分の一部だと認識するのは、ナンセンスです』
 そして、それから骸骨ロボットはカタタッと歯を鳴らした。まるで、笑うように、痙攣するように。

 『――これを読んでいるそこのあなた様。どうかあなた様も充分に気を付けてくださいネ。人間様の忠実な下僕である、このワタクシの、心からの忠告でゴザイマス』

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