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ふたつの知性体②「予測のひとつだよ。ただ、予想よりも早かった」

「大変なことになったわ」

 そうつぶやくが、実際にどれだけ大変なのかをユキヒは理解できずにいた。いや、無意識のうちに深刻になりすぎないようどこかで歯止めをかけているのかもしれない。

 沼底に沈むほど気落ちしないのは、あの日、ユキヒたちはその瞬間から終息までを何も知らないでいたことが大きい。沖原一家は自宅のある千鳥ヶ丘市から遠く離れ、携帯電話の電波も届きにくい山間部にいたのだ。母親の墓参りという名目で、彼らは墓苑近くのキャンプ場にあるコテージを借り、そこで数日間を過ごすことにしていた。

 世界が急変した時刻は昼前とあってキャンプ場ではタカフミが火にかけた飯盒の前で汗を流し、マイキはカレーの鍋をかき回してユキヒはサラダの野菜を刻んでいた。

 平穏な、キャンプ場で見られる当たり前の光景。夜には花火をしようと笑い合っていた。

 昼食が終わったころ、片づけようと立ち上がった彼らの耳にキャンプ場の防災放送が届く。スピーカーが割れた音で何度も何かを繰り返すが、親子がいたところは場所が悪く聞き取れない。

 鉄砲水でも来て川に入るなという警告だろうか、と思いつつ、ユキヒは午前中から放り出していた携帯電話を手に取る。近頃のゲリラ豪雨の勢いは馬鹿にできない。雨雲が近づいているなら早くコテージへ避難する必要がある。そう思い、液晶画面に目を向けたユキヒは硬直する。

 世界が、終わっていた。

 結晶柱は千鳥ヶ丘市からは一〇〇キロ以上離れた沿岸部に出現した。それでも市街地の住人は先だってからの混乱が尾を引き恐慌状態に陥る者が多かった。さらに被害地からの避難者が道路や公共交通機関にあふれかえって一部では死傷者が出て火災まで発生する始末。火事は全員の目が結晶柱へ向かった隙をついたように大きく広がり、一区画を丸ごと焼きつくす大惨事となった。

 家屋の崩壊で道路が寸断されて消防車は立ち往生。重機も入れないので救出活動は遅々として進まず、そこに我先に逃げようとクルマが鼻先を突っこんで大渋滞になる。

 しばし呆然としていた親子は周囲にいた同じ親子連れに話しかけて情報を集めようとした。彼らはすっかり出遅れている沖原親子に首をかしげていたが、片づけの手はやめないまま知っていることを教えてくれた。

 聞くところによると、彼女の住む千鳥ヶ丘市一帯への入市制限も行われているらしい。野次馬などを閉め出し、緊急車両を優先的に入れるための措置だ。逆に、市街へ脱出する者は無制限に通行が許可されている。

 親子は限られた情報をかき集めて話し合い、コテージに居続けることを選択する。自宅周辺の状況は心配だったが、いまは家族が無事にそろっている現状を継続させる方が優先と考えた。

 だが彼ら以外のキャンプ場の使用者たちはあせって自宅へ戻って行った。コテージ管理者からは、予定していた宿泊者がいなくなったことでバーベキュー等で用意していた食料が無駄になるとなげいていたので、これ幸いとタカフミがすべて買い取った。これで当座の食料は確保できた。電気や水道、ガスなどのインフラ設備は生きている。掃除などの管理を自分たちですることを条件に、親子はコテージの一週間の延泊も取りつけることができた。

 家族がいて、安定した住居、電気に水と食料、ある程度の情報が入る状況に、タカフミはコテージを拠点に子供たちを守ることを基本方針とする。

 千鳥ヶ丘市の自宅へ戻ったところで対応は変わりないし、それに混乱した住人がまた襲って来ないとも限らない。コテージ管理者は自宅へ帰ろうとしない彼らを気にしながらも、自分は家族の元へ戻ると言って去った。

 沖原一家は数日間ここで様子を見てから自宅へ戻るか、あるいは千鳥ヶ丘市から離れた親戚の元へ身を寄せるか決めることにする。親戚といっても、母方の親族は母親が亡くなったあとからほぼ親交がない。父方は、父親の素行が問題でこちらも頼りにくい。父方の祖母は孫の将来を心配してたまに連絡を取り合っているが、高齢なのと他の兄弟との兼ね合いもあって表立って交流ができないでいる。

 親戚を頼る案はタカフミとしては最終手段であまりあてにはしていない。とにかく、いまはキャンプ場から出ず家族がまとまって行動するというのが家長の判断だ。

 タカフミの予想通り、千鳥ヶ丘市や烏守市では、結晶柱の出現に合わせてまたあのロボットが出て来るかもしれないと住人は恐怖に顔をひきつらせていた。



 世界が奇妙なまでに美しく崩壊してゆく中、機械知性体たちは話を続けていた。

 トレトマンは自身が張り巡らせている情報網からなだれこむ精査されていない断片を受け止めながら顔を上げる。

「……間に合わなかったと言うなら、君はこの事態を想定していたというわけか」

 白い巨体に見下ろされながらもハルは肩をすくめて苦笑する。ふらついていたが、人間と違って顔色に出るということがないため、傍からは特に異常は見受けられない。

「予測のひとつだよ。ただ、予想よりも早かった」

「もし、君をここで滅ぼして結晶の浸食が止まるというならいますぐ実行する」

 トレトマンは何の気負いもなくそう告げる。その手にまだ武器の類はなかったが、必要とあらば一瞬もためらわないという気迫があった。

 ハルはゆっくりと頭を振る。独特な光沢と色彩を持った髪が揺れた。髪の間からのぞく瞳は地下深く、光のとぼしい場所でも不可思議に色を変える。

「誤解して欲しくはないんだけど、僕は別に人類を根こそぎ滅ぼそうとしてるわけじゃあないんだ。それと、僕をここで機能停止させたとしても結晶化は止まらない」

「この状況を止める手立てはない、責任も取らないというわけか」

「悪化させた自覚はあるよ。けど、言い訳に聞こえるだろうけど、この状況を招いたのは人類自身だ。僕なりに対処はするけど、それは全滅が半分になる程度だろうね」

「最初から、人類には負けが決まっていると?」

「勝ち負けじゃあないんだ。この事態を下敷きにして、人類がさらに進化すると思ってみたら?」

「それでもおまえは止める!」

 と、声を上げて銃口を向けたのはシリウスだった。自分につきつけられる武器を見て、ハルは笑いながら立ち位置を変えると城崎の背後に回りこむ。

 人間が射線上に入ったことでシリウスにためらいが生まれた。その隙をついてハルは城崎を抱え上げると猛烈な勢いで走り出す。人類には出せない速さと、巨体を誇る機械知性体にはできない軌道を取って跳躍する。

 一瞬の空白の間に、彼らはハルを見失う。完全に虚を突かれた行動に、次の動きを決めかねている数秒で一人と一体は地下空洞の暗闇に溶けこむようにして消えてしまう。

 追いかけようと同じ人間形態の海里が動いたが、トレトマンが止める。ハルが向かったのは地下空洞の出入り口ではなくさらに奥。内部がどうなっているのかわからない上に、おそらく人間が動ける程度の広さしかない。ここで追えるのは海里のみなので、それは危険だと判断したのだ。

 それより、とトレトマンは周囲を見渡す。

「ここにある機材をすべて回収する。分析すれば、何らかの情報は得られるだろう」

 視線の先にいたアヴリルは、変わらずはかなくも美しい微笑みを浮かべている。眼前で行われる会話も、地上世界で起こっている崩壊も関わりがないとばかりに静かだ。

「少しばかり、急ぐぞ」

 言われて彼らは小さなネジまでふくめ、可能な限りを拾い集める。さすがに壁にまだ埋まっているフレイヤまでは、掘り起こしてもこの巨体を運搬する手段がなかったので保留となったが黒い直方体は最優先で運び出された。

 撤収後、トレトマンの分析力をもってしても彼らはハルと城崎の行方を追うことはできなかった。



 紛争地帯へ武力介入することで平和維持を行う組織、世界防衛機構軍。その中に、第九と呼ばれる部署がある。

 公式資料に記載はなく、第九という名称も俗称で名前だけが都市伝説のように漂っている。だが名はなくとも確かに存在した。名前のない部署は機械知性体から得た知識や技術を転用した兵器開発や、人体実験など非人道的な研究を長年行っている。

 だがその研究施設は崩壊した。

 イノベントの隠れ蓑としても機能していた施設だったが、ハルという異分子が紛れこんだ途端、積み木崩しのように瓦解した。そして制御を失った施設内に残った研究員たちは自らの知識欲を暴走させる。

 結果、世界中に散布されていた微細機械細胞のプログラムが改変され、人類を結晶化させるという悪夢のような状況を作り上げてしまう。結晶化へいたるシステムを構築したのはハルだったが、彼は第九の混乱初期に姿を消した。その研究を勝手に引き継いだある研究員の暴走が悪夢としか呼べない現象を生み出したのだ。

 トレトマンたちも、そしておそらくハルもこうなる前に手を打ちたかったのだが、先を走る者の背中が見えた瞬間、先行者がゴールテープを切ってしまった。

 そして日蝕事件が勃発する直前、そんな爆弾が開発されスイッチを押す寸前だったことを知らない天条たちは、制圧された元第九内のスパコンにアクセスを試みていた。だが独立稼働のシステムに対し、持ちこんだ機材だけでは対応できず、仕方なく、機械知性体のディスをスパコンに直結し防壁を突破しようと試みる。

 だが、そこで世界が終わった。

 天条は一瞬にして闇に落ちた空間の中、平衡感覚を失いそうになる。しかし照明が消えたのは数秒の間だった。予備電源に切り替わったらしく、非常灯が点いてダウンしたスパコンが再稼働を始める。

「何が……」

 そこで天条は、照明が消える寸前に見た光景を思い出し、顔を上げる。室内には彼らの他に、いるはずのない存在がいたはずだった。

 赤いワンピースの少女。

 だが天条の視線は何もない空間を素通りした。スパコンに腰かける少女は消えていた。そこには何もない隙間があるだけ。天条ははっきりと少女の長い枯れ葉色の髪や赤いワンピースを思い返せるというのに。

「いない……」

 狐につままれた気分だった。裏手に回っても少女の姿はない。そもそも、この部屋自体、彼らが入ってくるまで封印された状態だった。室内に生体反応がないことも最初に調査済みだ。それでも天条は疑念を消すことができず、奥の方まで探しに入る。施設内で人体実験が行われ、多数の被験者が拘束されていたことは知っている。もしかして、という思いがあった。

 しつこく隙間や壁に隠し扉がないか探したが少女の姿や痕跡は見つからない。嘆息したところでスターがデータの引き出しに成功したことを告げ、彼らはその場をあとにする。

 それでも天条の中には少女の赤いワンピース姿が奇妙なまでに強く焼きついていた。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは8巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

pixiv ID 2358418

「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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