ふたつの知性体①「世界中、大混乱ですよ」
ふたつの知性体
日蝕事件。
事態とそこから発生したさまざまな混乱は太陽を隠すほどの惨事として人類の記憶に焼きつく。
あの日、世界が白く塗りつぶされたあと、人間は人の枠を壊されてしまう。
それまで当たり前の日常を営んでいた者たちが輝く結晶の塊へと変質してしまった。一瞬にして生物から無機物へと変わった人の群れと、人を見失った町は沈黙するのみ。中心に出現した巨大な結晶柱だけが事態を睥睨していた。
そして結晶柱が世界中の都市に現れてからの混乱は、いつまでたってもすぎない台風のようだった。
各国政府は結晶の影響範囲を封鎖し行方不明者の捜索と調査に乗り出すが、柱に近づいた調査員が結晶化する事態が相次ぎ進まない。
必ずしも結晶の町へ乗りこんだ者全員が結晶化するわけではないが、そのメカニズムは不明のまま。さらに影響の範囲が広すぎるのと人員不足により封鎖が完全ではなく、家族を探しに立ち入って結晶化する二次被害があとを絶たない。
結晶柱の出現は、沿岸の都市部。それも人口が特に多い市街地に集中して起こったため、生産や流通も滞り気味になっていた。本社が結晶に飲みこまれたので地方の支店でどうにかして物流を回復させようと試みる企業も多かったが、なかなかうまくはいかない。
それは流通大国と呼ばれる日本ではより深刻になる。食料品店やコンビニは棚の空きが目立ち、終日営業を掲げる大手チェーン店すらも商品の確保と従業員をそろえることができずに休業、あるいは時間制限付きの営業となった。
被害の少ない地方都市は、最初の買い占めを乗りきったあと、翌週には品数は少なくとも通常営業に戻ることができた店舗も多かったが、夕飯に悩む主婦の顔はどこか暗い。上げた顔の先にある家の明かりがないのを見てまたうつむく。たまたま外出中、家族全員が被害に遭ったのか、唐突に連絡の取れなくなる家庭が増えた。
人が消えた家は、当たり前だが誰も電気を点ける者がいないので暗い。町は日が暮れるとどこか闇が深くなり、夏至も過ぎて一日ごとに日没が早くなる中、追い立てられるようにして人は家路を急ぐ。
内陸部の都市は直接的な被害がなかったので直後の混乱はあったが騒乱までにはいたらなかった。だが被害を受けた沿岸部の市民が恐慌状態で逃げこみ、興奮のままに店舗や人家に飛びこんで強盗まがいの犯罪や事故を起こす例は多数あったが。
情報の寸断による焦燥、あるいは過剰反応した誰かの発言に振り回されて起こる暴動に警察や機動隊は右往左往する。結晶都市へ派遣された自衛隊は隊員の損耗を恐れ、外周を鉄条網や土嚢で囲うのが精いっぱいだった。
わずかな期間で各都市の人口比率図が塗り替わるほど人が移動し、数が激変する。
ただどこの自治体も、結晶化した、あるいは日蝕事件の前後で行方不明になった者を死亡として扱うかどうかの判断をつけかねていたが。
「隊長の予想通りでしたね」
声をかけられた久壇は土嚢袋を下ろして顔を上げる。盆を過ぎて風には時折、涼やかなものが混じるが日中の日差しは相変わらず刺すほどに強い。
「世界中、大混乱ですよ」
ヘルメットをかぶった頭から流れ落ちる汗をぬぐい、久壇は今日も晴れすぎている空を見上げて腰を伸ばす。
「当たったところで何にもうれしくはねえな」
久壇の部隊は鷹ノ巣山駐屯地の部隊と一緒に結晶都市の外周に立ち入り禁止の立て札や簡単な壁を作っている。作業は共同で行っているが、本来の指揮系統から外れて鷹ノ巣山に居候している状態は変わっていない。不可思議な話だが、久檀の部隊はいまだに書類上は空白となったままだった。もともと、久壇の部隊は再編成のために一度解散している。彼はその間の休暇を使って天条の仕事を手伝うことにし、部下は適当に遊んでおけと放り出したはずだが気がつけばこうなっている。
上層部には許可さえあれば、余っている自分たちが結晶都市内へ入って生存者の捜索や内部の状況確認を行うと再三伝えてあるが今のところ返事はない。上層部としては、部隊をほぼ強制的に解散させ長期休暇と称して現場から外したはずの久壇部隊の元隊員たち、その八割が自主的に彼の元へ集い指示を待っている状況に仰天し、おいそれと命令が下せないのだろう。
(だから、解散されたんだが)
久壇は地味な土木作業を何の文句も言わずにこなしている隊員を振り返る。彼としては、特に猿山のボス気取りで自衛隊の中で反抗的にふるまっていたつもりはない。部下を集めて私設部隊化するつもりは皆無。むしろ武力を有している集団として規律は何よりも優先されるべきと考えている。
だがしかし、栄転という名の左遷を繰り返すうちに、気づけば久壇の元には他の部隊で持てあまされた人材が送りこまれてくるようになった。上層部の考えは読めている。ここで部下を御せず耐えきれないなら自衛隊から去るか、あるいは個性派ぞろいの隊員の扱いに困って根を上げて泣きついてくるのを期待していたのだろう。
意図は理解していたが、だからといって、できません辞めます、というのも業腹だったので久壇は知恵をしぼる。いろいろと、久壇としては知恵熱が出そうなほど脳をフル回転させた。だが、最終的に出した結論は、個性をとがらせている隊員たちを好きにやれ、の一言で放り出したのだ。
命令に従うことが前提の自衛隊で自由にしろといわれたことで彼らは反抗すべき敵役を見失う。ぽかんとしていても災害は待ってくれない。負傷者と要救助者、瓦礫と濁流と雪崩とが迫ってくる。
結果、彼らは自分たちで考えて動くようになった。自ら指揮系統を確立し、隊員同士で特技を把握。装備が足りなければ適正数を調べて発注する。
久壇がやったのは、彼らの行動記録をさも事前に取り決めた作戦のように取り繕って上層部に提出しただけ。少々の矛盾は、現場の判断を優先した、で押し通した。
鼻つまみ者だった彼らも、文句も言われず、逆に周囲からは結果を出していると言われれば悪い気はしない。
数年かかったが、久壇部隊はいびつながらも形になった。
若さと才能を無駄にあふれさせて行き場をなくしていた問題児たち。久壇はどうにかして彼らを放逐されないよう適材適所を選んで放りこんでいただけ。彼の元へ送りこまれる隊員は、ありていにいえば社会不適合者だ。一個のことについては輝くばかりの才能を発揮するが、集団となると扱いに困る一芸選手ばかり。自衛隊を抜けた途端に世間に居場所のなくなる者や、よくぞここまで生きてこられたなと目を覆いたくなるほど社会性に欠けている者もいる。
中には久壇の独特すぎる考え方についていけず、まっとうになって出て行く者もいたが。
久壇はきびきびと指示を出す銀雪の背を眺める。
ナイフを持ったチンピラのようだった若者は、久壇に代わって部隊を取り仕切っている。もともとリーダー格だったらしく人心掌握に長けていた。他の隊員とも年齢が近いので悩み相談を聞いていることも多い。
久壇は苦笑しながら土嚢袋を運ぶ作業に戻る。結晶の影響範囲は直径三キロに及ぶ。主要道路の封鎖は完了し監視もついているが細い路地は手つかずだ。
「隊長、こんなことして意味あるんですか。封鎖よりも調査した方がいいでしょ。どうせ隙間はできるんだし、侵入するやつらがどうなろうとも自己責任ですよ」
今日も午前中だけで二桁の人数を追い返した。家族を探しに来たという切実な者より、携帯電話とカメラを抱えた物見遊山の方が多くて辟易する。
「悔しいががまんだ。あいつらを無視するのは簡単だが、放置すればいずれもっと大きな問題になる」
久檀は背中で遠方からファインダー越しに見つめる視線を意識する。SNSの普及により、世界中ほぼリアルタイムで通信と情報の共有が可能になった。しかも一度オンライン上に放り出された情報や画像は事実上、消すことができない。ここで自衛隊が民間人を見捨てる、あるいは不当な暴力行為があったとされるわけにはいかなかった。
「政府は表向きは調べるふりをしているが、これ以上何も起こらないことを願っているだけで実質動いていない。ここで火種を増やすとあとがねえんだよ」
「典型的なお役所仕事ですね」
「手を出して、事態が悪化するのを恐れているんだ」
日蝕事件から半月足らずの間に世界中で十億、あるいは二十億もの人間が結晶化した。
被害総額は天文学的というのも控えめなほど。さらに結晶は広がりつつあり、日本でも犠牲者は増加の一途をたどっている。政府ができたのは結晶都市の封鎖と海外から日本への外国人渡航者の大幅な制限。観光客が落とす外貨が得られなくなり観光業は痛手をこうむっているが、いまの日本は疑似的な鎖国状態を取り、自国民には国内にいれば安全と思わせることしかできない。
食糧や資源を輸入に頼っている日本は早晩、危機に陥ることは目に見えているが、それは市民の方もうっすらと理解できている。飲食店は休業が目立ち、人々は自宅の隙間に食料をつめこんだ段ボールを積み上げ水を汲み置きし、狭苦しくなった住宅事情の中で息をひそめていた。
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関西コミティア、文学フリマに出没します。




