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還って災いを与う④「ちょっと、遅かったわね」



 防衛軍内で第九と呼ばれる研究施設に正式名称はない。

 公式に存在が否定されているのと、単純にそこにだけしかないので区別する必要性がないというのが主な理由だった。場所も、本部のある群島からさほど離れていない。要するに、オーストラリア大陸にあった。脱出の際にハルに振り回されて半ば貨物のように飛行機に押しこめられていた城崎は気がつかなかったが。

 秘密というものは、隠す方にとってはいつ露見するかという恐怖と戦うことでもある。隠し事を閉じこめた小箱が目の前にあればいいが、距離が開けば開くほど、本当に大丈夫だろうか、どこかの不心得者が何かしでかしてやしないかと不安になる。だから研究施設は本部から弾道ミサイルが数分で到着して即時消滅させられる距離にあった。

 地図上には特に目を引くような記載はない。衛星からの映像も、各国の水面下の取引により研究施設を含む数キロは撮影されても空白として処理されている。

 研究所はオーストラリア大陸内陸部の荒れ地に存在している。一帯は乾燥地で、時折雨が降って緑が思い出したように芽吹く。それ以外の季節は何もかもが赤茶けた色で描かれている。

 施設は岩山を背景に、むしろ岩山と同化するように埋もれていた。最初は異物扱いだった人工の建築物は、長年の間、赤い砂の混じった風にさらされているうちに、背後の岩山と同じ色になってしまう。

 そして内部にいる者たちのほとんどは、外界で起きていることを関知しない。自らの知識欲を満足させるためだけに、いまそこで放り出したものが自分と同じ人間の、その一部だったことにすら意識をはらわない。いままで食べて来た牛や鳥の数を知らないように、そこでついえた命の数は誰も数えていない。

 そしてついには消費する者さえいなくなった。

「ここが第九、ですか」

 天条は空調が不安定のため、息苦しさを感じながら重い息を吐く。襟元を緩めたかったが、その場にいるのは気心の知れた部下ではなく、胸に下がる星の数が異様に多い者ばかり。この窒息してしまいそうな状況は、自身の緊張も含まれているのだろうと彼は独りごちる。ここでの役目は荷物運び程度だということを思い出し息を吐く。

 その荷物は、彼の手元でまったく動きを見せない。

「第九、とうわさされている施設だ。とはいえここは容れ物にしかすぎない。ネットの普及で、必ずしも研究者自身がその場にいる必要性はなくなったし、各地に出張所が存在している」

 先行していた男性、マクミランが振り返る。彼の脇で副官のスターが持ちこんだラップトップを沈黙している機械群に繋いでいる。

 目当ては、彼らの前に傲然と立ちはだかる扉だった。

「この向こうにあるスパコンが第九の心臓部だ。外部の情報機器にはいっさい接続されていない、完全なスタンドアローンだ」

 外部接続がされていないため、直結しなければ中の情報を閲覧することができない。彼らはある情報を求め、ここまで自らの足で出向いてきた。情報の漏洩を警戒し、施設内に入ったのは情報部長官のマクミランと副官のスター、そして天条だけ。警備の者たちは外で待機している。機械知性体の面々、特にアトラスは同行したがったが、図面を指し示しながらマクミランは丁寧に断りを入れる。

 来てもらえると心強いが、あなたが入れそうな個所は倉庫だけになりそうだ、と苦笑いを見せながら。

 せめて、と食い下がるアトラスはトレトマン作の通信機を天条に持たせた。

「情報部長官といっても、すべての機密情報が私の前を通過するわけではない。私から隠すことによって秘匿できていることがらも多いからね」

 ほとんど部外者になっている天条にマクミランは振り返ると眉を下げて情けない笑みを見せる。返す言葉につまった彼は手元に視線を落とした。荷物は車椅子に座った男性だ。

 人間ではない、機械知性体のディスだ。

 海里とシリウスによって防衛軍本部まで運ばれた彼は、応急処置を受けたあと、こうして車椅子に虜囚のように縛り付けられている。彼を診たトレトマンは、すでに自力で立ち上がることもできないのでこうして固定した方がいいというアドバイスだったが、天条としてはいくら人間ではなく、膂力を考えると拘束した方が安全だと言われてもどうにも扱いに困る。当のディスは現状に不満を訴えるどころか話しかけても反応はなく、頭は力なく下がっていた。

「……うまくいくだろうか」

 突如、胸元の通信機から発せられた音声に天条は反射的に機器の入ったポケットを押さえる。

「恐らく」

 短く返答する。携帯電話サイズの通信機の向こうにいるのはアトラスだ。大きさの都合上、留守番になったアトラスは人間たちを心配して何度も通信をよこしてくる。本来は天条こそこの場に同席できるような立場ではなかったが、トレトマンの強い希望で立ち会うことを許可された。

 友人がいれば心強い、と二手に別れて調査を開始する際、白い巨人は天条に言って立ち去った。

「開きました。コード変更はされていないようです」

 スターが振り返る。扉の電子ロックが解除され、ゆっくりと扉が開く。徐々に内部が見えるようになるにつれ、天条は足元から冷気がはい上がってくるのを感じる。スパコンの放出する熱を抑えるため、内部は相当程度冷やされている。第九制圧の際に真っ先に電源部分が破壊されたが、どうやらスパコン用のエアコンも独立稼働のために生き残ったようだ。

 白けた照明が灯った室内の中央に黒い直方体がいくつも並んでいる。星のように表面のランプが点滅し、ファンの唸り声が聞こえる。ケーブル類は足元をはわすのではなく、天井部分からぶら下がっていた。

 接続用機材の載った台車を押してスターが一番に乗りこみ、即座に作業を開始する。マクミランも手伝いを申し出たが、すげなく断られていた。

「こういう電子機器は仕事に必要な分は扱えるが、専門機器となるとさっぱりだ」

 若い副官の鮮やかな手際を横目に後頭部をかきながらマクミランは手持ち無沙汰に室内を歩き回る。スパコンの間を通り抜けて顔を出すが、機械のほかは埃のひとつも落ちていない。この部屋だけは事前調査で誰も中に残っていないことが確認されている。特に何も発見できなかったマクミランは同じく入り口で立ちつくす天条の元へ帰ってきた。天条も車椅子を押しながら歩けるスペースがないので扉の前にいるしかない。

「さて、あとは待つだけか……」

 不意に、マクミランの言葉が途切れて視線が動く。天条も彼の目を追って驚愕する。

 これまで等身大のマネキンのようだったディスが顔を上げていた。

「……けて、くれ」

 消え入りそうな声に、天条は彼の顔に耳元を寄せる。マクミランは一歩引いて身構え、懐から銃を抜いたが彼はかまわずディスの前に膝をついた。とっさだったが、不思議と天条の中でディスが自分たちに害を及ぼすという想像がなかった。もし攻撃を受けたとしても、自分が壁になればいいという考えもあったが。

 言葉が出せず、それでもどうにかして意図を伝えようとしているディスは拘束された状態で身をひねる。だがその動きは哀れなほどぎこちなく力がなかった。

 事態に気がついたスターもまた、上官を守るために銃を抜いた。天条に離れろと声がかかるが、彼は無視してディスの挙動と言葉に神経を傾ける。

 とうとう動くことをあきらめたディスが、折れそうなほど首を傾ける。長めの髪の間から首筋があらわになった。全身のいたるところを削られている身体は人工皮膚も一部がはがれ内部が露出している。首も半ば機械がうかがえた。

 ディスは首を伸ばし、最後の言葉を放つ。

「接続、してくれ」

 天条はディスの視線の先にあるスパコンと、のぞいている機械部分を交互に見つめる。

「あれと繋げということか」

 返事はない。ディスはもう動かなかった。瞬きすらしない様は死体と呼んでも遜色ない。

 天条は数秒考えたあと、二人に銃を下ろすように頼む。そして自分の推測を言葉にした。

「恐らく彼は、あのパソコンを通じて我々に何かを伝えようとしている」

 すでに身体は使い物にならないが、ディスの頭脳はまだ生きている。天条は機械知性体の生態や性質はほとんど知らなかったが、身体が機械である以上、電子機器との相性はいいはず、コンピュータを通じてなら彼はまだ話せるはずと訴えた。話しながら、トレトマンがディスの同行を求めた理由を、彼はここまで予測していたのかもしれないとひそかに驚嘆を覚える。実際は、第九にいたディスを現場に連れていけば何か得られるものがあるかもしれない、程度だったが。

 天条の想像を、逆にスパコンを乗っ取られる危険性がある、とスターが反論し、マクミランが同意する。

 二対一で天条の意見は却下され、スターが作業を再開する。すべてが推測でしかない以上、天条はごり押しすることもできずに黙るしかなかった。

 だが、救いの手は意外なところで現れた。

 三〇分も経たないうちに、スターが根を上げたのだ。

「スパコンのデータを呼び出そうにも、強力な暗号化がされていて壁を突破できません。こいつを崩すには、同じスパコンを持って来る必要があります」

 じっとしていると震えるほどの室内でスターは汗をかいていた。それほど集中しても、持ってきたラップトップでは太刀打ちできない相手らしい。

「扉の電子ロックとは異なる方式です」

 こんなトラップがあるとは聞いていない、とスターはかぶりを振った。

 どうする、と停滞しかけた空気を破ったのは、スターの半ばやけっぱちな嘆息だった。

「そのロボットなら、暗号化の解除、できますかね」

 心底不服そうな顔で舌打ちしながらスターはディスをねめつける。誰も確証は持てなかった。それにディスが反乱を企てている可能性も否定できない。だが事前にトレトマンから時間的な猶予はあまりない可能性を指摘されていたので、いまさら引き返して別のスパコンを用意して戻って来る手間はかけられない。

「やってくれ」

 マクミランが短く命令を下し、天条は重い車椅子を押した。病原菌に触れるような嫌悪感をにじませた表情で作業を進めるスターを見ながら天条は邪魔にならないように一歩引く。

「ねえねえ」

 え、と天条はかかった声に挙動不審になる。だが胸元の通信機は沈黙していた。次いで、こっち、という言葉に顔を上げて今度こそ驚愕に硬直する。

 スパコンの上に腰かける少女がいた。

 枯れ葉色の髪に赤いワンピースの少女が足を揺らしながらこちらに笑いかけている。

 まるで現実感のわかない状況に動けないでいると、少女は楽しそうに小首をかしげてみせる。

「ちょっと、遅かったわね」

 瞬間、室内が光を失った。



 その日、日本は一部地域をのぞいて高温注意報が発令されるほど、ひどく蒸し暑かった。

 気温は午前中から摂氏三十度を越えて湿度も高く、街は灼熱に包まれていた。吐く息すら熱く、蛇口をひねって出てきた水が湯になっている。都心は各企業が盆休みに突入した直後だったため、オフィス街は比較的、閑散としていたが、それと反比例して繁華街は多くの買い物客でにぎわい、海沿いの商業施設は多くのクルマが駐車場待ちで列を作って大型の観光バスからはアウトレットを目指す人々が次々と吐き出される。

 午前十一時四六分。

 陽光は中天にさしかかり、強い陽光に景色は白と黒に塗りつぶされる。アスファルトは熱せられて陽炎が立ち上り、大気との気温差で風景はゆがんでまるで濡れているように輝いて見えた。

 そして、世界は白だけに塗りつぶされる。

 あとに「日蝕事件」と呼ばれる事態は、文字通り、太陽を隠すほどの惨事となった。

 世界各都市、日本では北海道から本州、九州までの計五か所に「柱」が出現した。

 氷に似た結晶の柱は季節外れのクリスマスツリーのように海の中、あるいは空から降ってきたように唐突に表れ、何事かと顔を上げた人々を見下ろす。

 だがその光景を見られた者はまだ幸運だった。

 世界が白く染まった瞬間、柱の半径数百メートル圏内にいた人間は、柱の姿を認識する前に消えた。

 正確には、柱と同じ結晶と化したのだ。

 柱は凍てついた空気をまきちらすようにして浸食を開始し、わずか数時間で半径三キロ付近までを結晶の林へと変えてしまう。

 そこに存在するすべての動植物や建造物を巻きこんで。

 命と営みが停止した街は、皮肉だが箱庭的な美しさを保っていた。

 ある街は、煌煌とした明かりに照らされていた。しかし光の洪水の中に現れる通りに行き交う車はない。氷像に似た結晶に包まれ、あるいは結晶そのものと化した人の群れが立ちつくす。カフェで友人と話している姿や、携帯電話をいじった格好のまま停止していた。

 静まり返った街の上空で、鳥だけが何も変わらず飛びすぎる。ただ鳥も異常さは感じているのか、止まり木を探して降下することはなかった。

 陽光を反射し、まばゆく輝く結晶の群れは恐ろしく現実感を欠いた光景だった。

 政府は災害と呼ぶにも奇妙な光景に対し、封鎖以外の方法を取れなかった。だが現場の混乱は続き、誰が結晶領域から逃げ出して来たのか、捕まえたのはただの野次馬なのか区別できないでいる。

 しゃべり続けているのはテレビニュースの取材スタッフだけ。封鎖領域のぎりぎり端からカメラのレンズを向けている。マイクを手にしたレポーターは「ビル全体がガラスのように輝いています」「あちこちに犠牲者らしい人たちが見えます」「どうして自衛隊は突入しないのでしょう」と好き放題にしゃべっていた。

 興奮気味のレポーターが、雪まつりの雪像のようだと言って、封鎖された通りの向こう、陽炎の中で揺らいで見える人の群れ、かつて生きていた者たちを指さす。

 不謹慎だと叩かれたが、その発言だけは妙に腑に落ちたと人々の意識に残る。

 午後三時を回り、厚生省疾病対策課の職員が叫ぶ。

「人類はいま、感染爆発の危機にさらされております」

 結晶病が、ウイルスが、何らかの形で目に見えるものとして出現し、感染者を加速度的に増やしている。

 ウイルスの正体、感染経路、治療方法を探している。

 政府として万全の対策を行うべく、国際的に連携し国民への情報提供を密に行うことを確約する。

 何か異常を感じた場合は、お近くの病院や保健福祉局へ申し出てください。

 緊急事態宣言が出され、大半の公共施設は閉鎖となった。電車が止まり、交通網は寸断され、一部地域では電力やガスの供給が滞る。

「政府は官民一体となって対応し、事態の収束を図っております。そのためにはまず、一人ひとりが正確な情報を知って落ち着いて行動することが大切です」

 そう告げて、第一報は締めくくられた。

 結晶柱の出現の翌日には、政府による日本全土の非常事態宣言が発令された。内閣総理大臣は、これは災害緊急事態でも、警察法に基づく緊急事態とも異なると発する。

 大臣は冷や汗をかきながら繰り返す。その中で一度だけ、顔をそむけた瞬間に漏らした一言を、性能のよすぎるマイクが拾ってしまう。

「日本はもう終わりだ」と。



【還って災いを与う 終】


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは7巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

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「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。


今回で7巻終了です

次回から最終8巻になります。

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