還って災いを与う③「残念だけど、話をまとめている時間もないんだ」
そしてユニオンの面々はディスによってもたらされた位置情報をもとに、フレイヤを探しに出た。
ハルと人間と、そして壁画のように埋まった機械知性体を見て、海里は判断に窮する。若い世代である海里はフレイヤと面識はない。知識にはあっても目の前の存在がそうだと一瞬では繋がらなかった。それはレックスも同様で、シリウスがそうかもしれないと気づいた程度。
「フレイヤか、むごい姿になっているな」
滑るように進んできた救急車が変形し、二足で立ち上がる。トレトマンは周囲の様子を観察し、指揮者のように前へと進み出た。周囲に視線を走らせると一人ひとりの顔を眺め渡す。
「君は、城崎くんだね。どうしてここにいるのか、訊いて答えはもらえるのだろうか」
「……こちらの都合です」
「では、天条大佐に君の行方については報告しない方がよさそうだな」
勝手に納得し、肩をすくめたトレトマンは次にモノリスの前から動かないハルに視線を移す。
「ハル、ようやく見つけたぞ。君とはゆっくり話がしたかった。会えてうれしいぞ」
「じゃあ、先に聞くけど、あなたはここに至るまでに何がわかった?」
「様々なことがらについてだ。まず、世界中に蔓延している結晶病、あれをばらまいているのは君ではない。恐らく、一部の人間の暴走だろう」
正解、とハルは手を叩く。
「すごいね。多分、大抵は僕が犯人だって思うよ」
「関わってはいるのだろう。だが自らが率先して積極的に動いてはいない」
「根拠は?」
「世界の現状は、どうも君の好みではなさそうだ」
ハルは腹を抱えて笑う。人間なら涙を流しそうなほど笑っていたが、そこまでの機能はないらしい。顔色も変えずに笑い続ける様に、この場では唯一の人間になる城崎の方が怪訝な顔をして距離を取った。
「すごいや。その洞察力、怖いくらいだね」
大したことではない、とトレトマンはそっけなく返す。この考えに至るまでにさして時間はかからなかった。先ほど自身が言ったように、世界の混乱具合がハルの言動と合致しない。さらに、機械知性体全般の考え方に沿わなかったからだ。
イノベントはこれまで、あくまで人間世界の表には出ないでいた。多くの時間と手間を、機械知性体という存在が認識されないようにするために傾けていたのだ。
世界大戦でも漏れなかった正体が、結晶病の発露と前後して盛大に露出している。それだけイノベント側の情報統制が取れなくなってきていることもあったが、同時に協力者である人間の暴走を抑えきれなくなっているのだ。
イノベントは瓦解した。
ディスが語ったことは、恐らく正しい。
彼らは人間に技術提供し、実行者として手足を借りていたが、気がつけば母屋を乗っ取られ裸同然で放り出されてしまった。人間は制限なく閲覧できる情報と実行できる技術に狂喜乱舞し、遠慮も容赦もあと先も考えずに暴走しているのだ。
「そうだね、好みじゃあない。あんなに派手にやらかせば、絶対に世の中の連中から反発に遭う」
微細機械細胞は、イノベントの指示で世界中に散布されている。地域によって密度に差はあるが、発展途上国が特に多い。建前としては、砂漠の緑化事業のため、だったが、実際は何か不測の事態が起こっても隠ぺいがたやすいというろくでもない事情からだった。
そして実際に、中東あたりの年中きな臭い地域で結晶病が発見されても、インフラ設備が整っていない地域では、未知の伝染病もテロ攻撃での死亡者もいっしょくたになってしまい、長らくの間、被害は見て見ぬふりをされていた。
だが都市のひとつが丸ごと結晶と化してしまえば事態は変わってくる。人々は対岸の火事どころか、いきなり窓から飛びこんできた火焔瓶に右往左往して半ば冷静さを失っている有様だ。
「止めなければならない」
ハルはまっすぐな視線を向け、はっきりと告げる。
「いまばらまかれている微細機械細胞は、僕が構築した初期段階の発展形だけど、規模を大きくした分、お粗末な仕様になっている」
人体に侵入した微細機械細胞は人間の神経組織を複製し、その際に不要になった内臓器官等を排除して無機的な存在へと昇華する。傍から見れば、人間の身体が結晶に食われて空洞化した状態となってしまう。
「あの結晶には元になった人間の情報がすべて保存されている。だけど、保存してあるだけじゃあだめなんだ。永遠に保管できる情報媒体なんてない。相互補完していかなければやがて消滅してしまう」
「現状のままではな。だが、進化は続いている」
独白じみた語りに対応できるのはトレトマンだけ。他の者たちは半ば呆然と見つめていることしかできない。
「例の、えっと、アメリカだっけ? どこかの都市が丸ごと結晶化したよね、あの規模になってもまだ足りない。単一のままではいくら巨大化しても結果は同じ。消滅までのタイムリミットが早いか遅いかだけ」
「では、君は止めると言ったが、具体的にはどうするつもりだね」
視線を泳がせたハルは答えるためというより、独り言のようにつぶやいた。
「じきに、微細機械細胞は次の段階へと進む。恐らく爆発的な勢いで人間を取りこみ、結晶化させる。だが結晶となった人間をひとつの組織として管理することは不可能だ。あれは機械だから、手段は行使できても目的はない」
あくまで微細機械細胞は、人間の記憶や意思を結晶として取りこむだけで、それ以上の発展性はない。同じパターンを繰り返して増殖するだけ。
「それじゃあ結晶化された人間はたまったもんじゃない。このままでは自己意識が消滅するのを待つばかり。だから人間は自力で生存できる方向を模索し、恐らくはインターネットのように、特定の頭を持たない、互いが互いを補完し合う網目を構築しはじめる。そうなれば、もう人間としての個ではなく、群れとして成立する」
個ではなく、群れと聞いて海里は昆虫を思い出す。マイキと一緒に庭にいた蟻の列を追って巣をたどった。大量の昆虫がまるでひとつの意思を持っているように行動する様が不思議だった。
社会性昆虫とインターネットのネットワーク間相互接続はまったく異なるものだが、知識の浅い海里は自分の知っているもので補わなければ話について行けない。
トレトマンとハルは互いだけで会話を成立させ、補足をまったくしない。ハルは全員の注目を浴びても臆する態度を少しも見せず、独白じみた解説を続ける。
「結晶のひとつひとつが個人であり、全体で別種の存在となる。脳や肉体の枷をなくした人類は膨大な情報を受け入れて精査できる。通常の人間では、脳にダメージを受けるほど供給過剰な情報の海の中を泳ぎ、積み上げた知識で驚異の進化を始めるだろう」
「それが君の考える、人類の進化形か」
トレトマンはハルの言っている内容を自分の中で考えこんでいるのか返答は短い。
「動物や植物は自分たちでシステムを作り、適応し与え合い生きている。循環、生態系ができているんだ。人間は、生態系の頂点に立てたわけじゃあない。循環の輪から切り離されただけ。そんなあり方はやがて矛盾が出る。実際、爆発的に増える人口に対して環境の整備が追いついていないしね」
「だから数を減らすと。傲慢な考え方だ。人間の数を半分にすれば、環境破壊も半分になるとでも言うのか」
馬鹿げている、とトレトマンは珍しく雑に吐き捨てた。対するハルは楽しそうに笑う。
「バカだけど、そこまで馬鹿じゃあないよ。確かに一時的に人類の総数は減って汚染も減少傾向になる。でもすぐに戻ってしまう。世界大戦が何度起こったって最終的に人類は生き残るよ」
ハルは適当に天井を見やり、つぶやいた。
「だから、別方向に進化する必要があるんだ」
独白に応える者はいない。トレトマンは自身の考えに沈んだのか相槌も返さず、他はとにかくハルの言っている内容に理解が及ばない。
「あの結晶には、個人であったころの記憶や人格も保存されている。何か投影できるような機械があれば、人間と結晶体同士の対話も可能になる」
どこか陶酔したような表情を見せるハルに、トレトマンはあきれたように肩をすくめてみせた。
「それが本当に、人類にとって幸いだと?」
「最初の感染爆発で、強制的に結晶化してしまう人類はかわいそうだと思うけど、一度システムが安定すれば以降は選択できるようになる。自ら望んで結晶体となるか、現状のまま個人として生存するか自分たちで決めればいい」
全人類に強制はしないと、ハルはまるで当然の権利だとばかりに告げるが、聞いていた海里は結晶化という状況を引き起こしている段階ですでに狂っていると感じていた。暴走しているのは人間かもしれないが、まずそんなことを思いつくハルが許容できない。
ハルは人類の進化のためともっともらしく言っているが、それはハルが勝手に思っているだけだ。
海里はハルの語りが自分の都合がいいように理論をすり変えているように感じられ、憤りを覚える。対してトレトマンは常の冷静さを崩さずハルに付き合っている。
「では、結晶となった人類は、人間としての能力を越えることを責務とし、技術的特異点を目指すというわけか」
「進化を経た人類は、軍事機密から金融、経済、果ては個人情報にいたるまで、ありとあらゆる情報を取りこみ、膨大な知識と思考計算から予知と呼べるほどの未来予測も行えるようになるよ」
楽しみだ、と祭りを前にした昂揚に似た笑いを浮かべるハルに、トレトマンはどこまでも突き放した言葉を返す。
「ではやはり、我々は君を止めなければならない」
ハルは肩をすくめる。だが表情に落胆の色はない。彼は最初から理解や共感を得ようとはしていなかった。
「残念だけど、この計画を推し進めているのは僕じゃない、人間だ。彼らは僕ら機械知性体も計画の一部として取りこもうとしている。フレイヤを使おうとしている」
トレトマンは軽く手を振って補足する。
「フレイヤを掘り返すために手配されていた部隊は、こちらで止めておいたぞ」
「どうりで静かだと思ったよ」
助かった、と悪びれた様子もない。稼働を続けるモノリスによりかかる様は気楽そのものだ。
「けどまあ、できれば僕のやることを見逃して欲しいんだ。僕なりに考えている計画があって、人間がやっていることは少々気に入らないからどうにかしたいんだ」
本当だよ、と笑うが、どう見ても嘘か裏があるようにしか思えない、他者を不安にさせる笑い方だった。
「多分、このままだと予測もつかない結果が、予想のできる悪夢になるよ」
「君なら止められると」
「そのためにここまで来たんだ」
ハルは背後のモノリスを振り返る。
「このコンピュータを使って、世界中の微細機械細胞に与えられている指示を上書きする」
近くにいた城崎がハルを振り返る。どうやら何も聞かされずにこの場にいたらしい。
ほう、とトレトマンが興味を示すように動く。
「僕だけじゃあ処理能力が追いつかない。他に処理の大部分を肩代わりしてもらうコンピュータが必要になるけど、人間が作っているスパコンを何十台並列させてもまだ足りないんだ」
そのための量子コンピュータだ、とモノリスを見上げるハルにトレトマンが同意を示す。
「そういうことなら協力を申し出たい。だがその前に、仕様を教えてもらえるだろうか」
トレトマンが巨体で踏み出すと、ハルは笑いながら半歩引いた。互いの距離はまだあったが、巨体が飛び出せば三歩でつめられる程度だ。
「残念だけど、話をまとめている時間もないんだ」
変わらない笑みを浮かべるハル。不意に彼の頭上に影が落ちる。影は圧倒的な質量を伴って飛来し、風圧にハルの髪が大きくなびいた。
「とにかく、こいつを捕まえればいいんだ!」
シリウスだった。紺青の巨体は、巨躯を思わせない敏捷さで跳躍しハルに迫ると手を伸ばす。
やめろ、と声を上げたトレトマンの制止の声も聞かずに広げられた手が、その大きさに比べると玩具のような大きさのハルをにぎりこもうとする。
「やめるんだシリウス、そいつは……」
ハルの姿が、巨大な指で千切られた、ように見えた。
「な、に……」
シリウスは何もつかめなかった手と、断裂した姿のまま、薄い笑みを浮かべて見上げるハルの視線を見返す。
ハルは引き裂かれた個所を気にもせず、何秒間か揺らめいたあとに消えてしまう。
「ハルはここにはいない」
と、それまで壁の飾りのように動かず黙していたアヴリルがあらぬ方向に視線を向けた。
動かない巨人の胸元あたりで局地的な雷が発生する。青白く発光し空間を引き裂く光が一点に集まり、逆に膨張する。瞬間的に強い光が洞窟内を白く染め上げた。
強すぎる光に、さしもの機械知性体も視力を奪われる。激しい明滅のあと、巨人の前にハルが転がっていた。身体の端々から小さな火花が散り、そのたびに手足が跳ねる。
「ハル、幻影に相手をさせている間に何をしていた」
「……急いでいたんだよ」
「トレトマン、こいつは、さっきのは」
慌てふためくシリウスに、トレトマンは落ち着け、と手を掲げて黙らせる。
「いまわしらが話をしていたのは、高密度に結像させた立体映像だ。その間本物は、裏でこそこそ何かをしていたらしい」
寸前まで気がつかなかったと、トレトマンは肩をすくめる。ようやく顔を上げたハルは、動きが鈍く表情も精彩をかいていた。
「僕だけじゃあ、間に合わないんだ」
視線の先にある巨人を見て、トレトマンは合点がいったらしい。
「フレイヤと同期していたのか」
機械知性体の中核は、体内に収められたエネルギー結晶体、アニマだ。ハルは凝縮された力の塊をひとつの演算装置として利用したのだろう、とトレトマンは推測を述べる。
起き上がろうとしたハルは、そのままあおむけに倒れてしまう。
「……がんばったんだけど、間に合わなかったみたいだ」
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こちらは7巻収録分です。
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pixiv ID 2358418
「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




