還って災いを与う②「話には聞いていたが、本当に人間にしか見えないな」
防衛軍内には相応の立場の者を招いて会談を設ける議場がいくつか存在している。内装は軍隊の設備ということで豪奢とまではいかないが、場に集う者たちが自然と背筋を正す程度には整えられている。だがここしばらくその議場は使われていない。正確には使えないのだ。
急きょ新たな議場として設定されたのは巨大な格納庫である。それでも「彼ら」に対して十分な広さがあるとは感じられなかった。
今日も種族内で特に巨体を誇るアトラスは狭苦しい格納庫内を危なげなく歩き、足元の電子機器を乗り越えていく。
当初、議場に入れないと言われた彼は、ならば頭部、肩部、腰部の装甲を取れば匍匐前進で扉をくぐり抜けられないかと提案した。自分の巨体のためにわざわざ新たに会議をする場を設ける手間を人間側にかけさせることをためらったのだ。
トレトマンに、威厳がなくなるからやめろ、と即時却下されていたが。
ただ場所が格納庫になったことでできた利点もある。空間だけはあるので機材の配置や持ちこむ量が自由になった。大量のモニタースクリーンが所狭しと並び、様々な電子機器が日を追うごとに追加され、いまではコックピットのような有様になっている。とはいえ、集まる将校には腰を落ち着ける場所がない、と若干不評だったが。
未知との遭遇から始まった会議は今日も行われる。互いの生態、歴史や状況確認、要求などに関しての話し合いに回数制限はない。機械知性体の面々は徒歩でやってくるが、高級将校たちは車両に乗って登場する。中にはモニタとマイクを介し、オンラインで参加している高官もいた。
最後に、運転手のいない黄色の軽自動車が到着する。車内から海里と天条が出てくると、彼らの背後で軽自動車は瞬く間に二足歩行形態へ滑らかに変形する。格納庫内にいた人間の何割かがレックスの変形を見つめて感嘆し、あるいは驚愕した。
アトラスは集まった高級将校の顔触れを眺め、初参加の者に対しては丁寧な自己紹介をする。
会議を始めようとしたアトラスだったが、彼らの視線が別方向にそれて関心がよそへ移っているのに気がつく。集中している先を見て、アトラスはトレトマンを振り返る。彼は軽くうなずいただけだった。視線の先に立っている海里は多くの目を向けられて身体が引きかけたが、レックスの脚に隠れる前に天条が肩を叩く。
機械仕掛けの人間。正確に言えば違うのだが、高級将校の関心は自分たちと変わりない外見を有しながら、その成り立ちが異質な海里に向けられている。わざわざ海里の同行を希望した以上、彼らが真っ先に気にするのも当然だろう。中にはあきらかに嫌悪をむき出しにしている者もいて、眼差しの冷たさにアトラスは寒気が走るのを感じた。人類とこうして交渉の場を持ち、外交という「言葉による戦争」を繰り広げているが、それは種族の代表としての責務であって、彼自身が交渉の席に着きたいと望んだから。その際に理不尽な攻撃を受けても、必要な損害として処理する覚悟は決めてある。
だが海里は違う。組織の存続のために働いてもらう必要はあるが、こうした重責の伴う場に出すにはあまりにも若すぎる。海里はアトラスから見れば、ようやく歩き出した雛鳥にしか見えないのだ。トレトマンに言わせれば、過保護すぎだから適当に放り出しておけ、とあきれられてしまうが、アトラスは種族内でも特殊な立ち位置にいる海里が心配でならなかった。
守らなければならない。だが海里は交渉のカードとして提示する必要がある。この矛盾を抱えながら、表面上はおくびにも出さずにアトラスは海里を呼んだ。
トラスト、と声をかけられ海里は歩み出るとアトラスの足元、将校たちの前へ出る。天条が何か言いたげにしていたが、トレトマンが押しとどめた。
真っ先に歩み出て来たのはマクミランだった。彼は親しみのある笑みを浮かべ、手を広げながら友好的な様子で海里に近づく。簡単に自己紹介をして手を差し出すと、海里は少し考えこんだあとに本名の「トラスト・〇七〇一」と名乗って男の手に自分の手を重ねてにぎった。
繋がった手と手に、マクミランはわずかに目を丸くする。だが驚愕は二秒で消えうせ、離した手を名残惜しそうに見つめる。
「ようやく君たちと触れあえたな」
笑う顔は少年のようだった。聞いていたトレトマンは、私とも握手するか、と言ったが笑ったのはマクミランだけだった。笑いを収めると彼は海里に向き直る。
「こんな場にいきなり引きずり出されて緊張しているだろう。皆、人間と酷似した機械エイリアンがいると聞いて興味津々なんだ」
それにしても、とマクミランはまた笑いはじめる。
「話には聞いていたが、本当に人間にしか見えないな」
「だから呼び出しても何も面白くはないと言っただろう」
トレトマンの突っこみに、それは違うとマクミランは訂正を入れる。
「面白味がないというより、こうまで違和感なく存在できているということが十分に驚愕に値するよ。彼に軍服を着せて若手の中に放りこんで混ぜてみろ、一分もかからずに埋没して見分けがつかなくなってしまう」
そろそろ黙ってくれ、というニュアンスの言葉が飛んできた。振り返ると別の将校が苦々しい顔をしている。多くの実戦経験を重ね、最近昇進した作戦部長官ジャスパー・リード少将だ。彼は齢を重ねても見事な赤毛をしている。
「そんな機械仕掛けの人間が我々の社会に入りこんでみろ、それこそどうやって見分けるんだ」
リードと機械知性体の間に剣呑な気配が生じる。目をすわらせているリードはさらに言いつのろうとしたが、寸前で別の男声が割って入る。
「深刻にとらえる問題ではないかと」
技術開発部長官ティメオ・ノワレ少将が緊張感の間に割って入る。彼はこの場に初参加だった。これまで散々多忙のため、の一言で逃げ回っていたが、どうやら事実らしい。よほど激務だったのか制服が身体に合わなくなるほどやせ細っている。
ノワレは青白い肌にどんよりとした眼差しの顔を上げて周囲を睥睨する。三人の中では一番年かさだが、急に痩せた弊害か、年齢以上にしわが刻みこまれて仙人のような風貌になっている。それでも眼光だけは異様なほど熱い光を帯びていた。
「機械知性体の中でも、人間形態を有している個体はごく少数だ。数からして脅威とは言えない」
同意を求めるようにノワレはアトラスを振り返る。
「ユニオン内ではトラストしかいない」
事実だったが、リードは信じられるか、とばかりに舌打ちする。それでも一応は引いたので、今度はノワレが前に出る。
「あなた方が探しているイノベントだが、人間形態の個体で現状、活動している存在はない」
「日本から持ってきたのがあっただろう」
あれも出せ、と罵声を上げるリードを副官がなだめた。
「あやつはもう自力では行動不能だ」
暗に見世物にしたくはない、とトレトマンは聞き分けのないリードに拒否の姿勢を見せる。
トレトマンは海里たちが連れ帰って来たディスを診察した。確保した自衛隊側としては手放したくなかったのだが、彼らでは治療を施すことができなかったので日本政府には最後まで存在を秘匿したまま彼らに預けることになった。
ディスを一目見るなり、トレトマンは首を横に振る。彼にできたのは、漏れ出ている冷却液を止めるなど、応急的な処置だけ。外装を交換したところでこの個体が立ち上がることはもうないだろう、と結論付けた。
要求を突っぱねたトレトマンは、リードを無視してノワレと話を続ける。
「イノベントには、我々が確認できただけで五人の人間形態が存在していた。得た情報によると、二人が滅び、一人が行動不能、残る二人の行方がつかめていない」
「一人なら、はっきりした」
ノワレの吐く息は重い。だがそれはこれから告げる内容を想像してではなく、単純に疲れているだけなのだろう。この議場は人間向きではないので座席がない。打ちっぱなしのコンクリートがむき出しの床と無機質な壁と天井で構成されている。副官がパイプ椅子を持ってきたので、彼がそれに座るのはもう秒読み段階だった。
「お探しの機械知性体だが、確かに防衛軍内の第九にいる。いや、いたという方が正確だが」
ためらいなくパイプ椅子に座るノワレ。それでも最後の矜持とばかりに上がった眼差しは鋭い。
「ヴァン・ディシスと呼ばれていた個体だが、研究員によって解体されていた」
この回答に、機械知性体の全員が絶句する。走った衝撃に打ちのめされている間にノワレは報告を続けた。
「回収はしたが、元通りに組み立てるのはあなた方の技術をもってしても不可能かと」
第九内部の混乱により、それまで公然の秘密として存在していたイノベントは使役していた人間の起こした反乱で、逆に追い立てられる獲物となってしまった。
ディスはどうにか脱出して日本にいた海里たちの元へ逃げこんだが、ヴァンは人間の知識欲に蹂躙されてしまう。
状況の詳細報告をさえぎり、トレトマンは話を先へと進める。これ以上、仲間の凄惨な最後を皆に聞かせ続けるのは忍びなかった。
そこでノワレは周囲を置いてきぼりしていたことに気がつく。副官が補足説明を行うために報告書を手に前へ出た。今日にいたるまで行っていた活動報告だった。
アトラスたちが現れたことで、技術開発部は今日まで機械知性体オリジネイターと接触し、その技術体系を模倣、あるいは発展させながら兵器や装備の開発を行っていたこと、そして第九という俗称の非公開部署があることを公式に認めた。
次いで、非人道的な実験を繰り返している現状を謝罪することも改める約束もせず、ノワレは救援を請う。
第九内で組織内の反乱が起き、一部では死傷者が出ている。しかも決起した一派が資料やサンプルを持ち出して逃亡した。彼は鎮圧のために部隊の派遣を要請する。
技術開発部にも、暴動鎮圧用の部隊は存在している。だというのにあっさりと、力不足なので助けてください、と大上段に言いきる様に、全員が呆気にとられてしまう。
そこで、では行くか、と立ち上がったのはトレトマンだった。彼は会議と名のつくものほとんどすべてに参加している。話すことも好きだが、強力な兵器を持ち出して戦うことも好んでいるので大規模戦闘となれば前線に出たがる傾向があった。その性質を知っているアトラスは制止にかかり、我に返った高官たちは部外者に任せるわけにはいかないと慌てて動き出す。
トレトマンは彼らにいくつか要望を出した。そのひとつが、第九内にいるはずのイノベントの捜索だった。
散々な結果だったが、感傷に浸っている余裕はない。
事態の推移を報告し、全員の認識が共有されるのを確認してから副官はようやく本題に戻る。
「話は前後しますが、作戦部と共同で行った第九の制圧は完了致しました」
第九は特殊な研究施設なので防衛軍内でも存在、特に所在地は秘匿されている。だが所詮は要塞でも何でもない建物なので、侵入に大した手間はかからなった。ただ突入した者たちは内部の異常さに銃をかまえたまま呆然とする。
ほとんどの研究員が突入してきた彼らを認識せずにそのまま自分の行っている作業に没頭していた。声をかけ、肩を叩いてもうるさそうに振り払うばかり。銃を突きつけても、いま忙しい、の一点張りだった。研究員の大半は規定の軍事訓練を受けているのでそれなりに戦闘行動はとれるのだが、重火器類が保管されている倉庫は手つかずのまま。だがパソコンの前から引き離そうとすると奇声を上げて暴れるので仕方なく、銃底で殴って黙らせた。
突入部隊は、実弾ではなく麻酔銃を持ってきた方がよかったのでは、と首をかしげる始末。
時折、散発的な抵抗を受け、なぜかその射線上にふらふら歩いてきた研究員が射殺されたりもしたが、電源を破壊してしまえば終わりだった。制圧部隊はデータが、と泣きわめく彼らを引きずってトラックの荷台に放りこみ、そして番号を振られた実験体の惨状に青ざめた。
制圧作戦はそれで終了となる。研究員の処遇や、回収された実験体のその後に関しては別の部署が引き継ぐことになる。
「残るもう一人の機械知性体、ハルと呼称する存在に関しては所内にデータがほとんど見つかりませんでした。行方も、確実にいたという証拠もです。なお、捜索対象リストにあったカズマ・シロサキについては収容された履歴はありましたが、その後については不明です」
城崎の名前に天条は落胆する。そこには第九にいた事実と、彼が行方不明になっている現実は変わらないという二重の嘆きがあった。
「では、我々の取るべき行動は決まったな」
トレトマンの言葉にアトラスは首肯する。
「まずはフレイヤに接触する」
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pixiv ID 2358418
「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




