還って災いを与う①「あそこにいるのは人間じゃあないよ」
還って災いを与う
オーストラリア大陸の形成は数億年前にさかのぼる。ほかの大陸から孤立した大陸は年月をかけて独自の自然的地理的特徴を見せるようになった。
広大な土地には様々な気候帯があり、熱帯性から温帯性まで変化に富み場所によってまったく違った気候風土を持つ。砂漠もあればスキーのできる山地もひとつの大陸内に存在している。
独自の自然、植生、希少な動物などオーストラリアの自然は太古の昔から受け継がれてきた財産であり、すべてが厳重な保護と慎重な管理が行われている。
しかし管理体制はまだまだ不十分であり、とてもではないが大陸のすべてをカバーするまでにはいたってない。未だに人が踏み入れていない山脈や砂漠が存在している。
そして、管理すると称して実際にはまったく別の報告書が作成され、特に貴重な生態系の存在していない荒れ地として、意図的に地図上では空白地帯扱いになっている場所がある。
その空白のひとつは岩だらけの断崖を頂点に大小の峡谷や岩石群が点在する丘陵地帯だった。乾燥した風が岩肌をなで削り、赤く染まった砂が舞う。雨量が少ないので川も干上がってしまうことが度々あったが、ひとたび激しく雨が降ると川はあふれ出し、土石流となってすべてを押し流してしまう。
豪雨によって景観すら変わってしまう自然界に、不自然な線が引かれていた。巨石の群れをまっすぐに突きぬける線は舗装された道路だ。赤土の浸食を受けているが、道は道として厳然と存在している。
「あれだよ」
ハルは道の向こうに見える、他と変わらない赤茶の岩山を指さす。城崎は返事もせず、ただ車両の方向だけは岩山へと変更した。彼らはザ・ガンを大陸中央部にあるアリススプリング駅で下車し、そこからはひたすら車の旅だった。列車の貨物倉庫には、どこから徴用して来たのか軍用車両が積まれていた。オリーブ色に塗装された頑強なジープは城崎にとってはある意味、慣れ親しんだ存在になる。
砂漠とまではいかないが、乾燥地帯を車両一台だけで走破しろと言われて城崎はたじろいだが、拒否権はなかった。運転がんばってね、と気楽に言ったハルをぶん殴りたくなったが、じゃあ自分がハンドルをにぎると言われても、とても任せる気にはならない。一応、ハルも人間である城崎を気づかっているのか、後部座席は寝る隙間もないほど水や食料、医薬品、ガソリンの詰まった予備タンクが積みこまれていた。しかもテロでも始めるつもりなのか、重火器類や弾薬箱まである。
ホテルや列車、そしてこれらの装備品などをハルはどこからともなく用意してくる。ハル曰く、彼のような存在に価値を見出して援助を申し出てくる者たちは多いらしい。見返りに何を要求してくるのか考えると怖いものがあったが、ハルは気にかける様子もなく湯水のごとく惜しげもなく資金を使いこんでいる。
装備は十分。地理や環境の不安はあったが、経験上、危険はあっても走破できない距離ではないと判断した城崎は、仕方なく走り出すことにした。だが地図で示された地点は自然保護区で、観光客の立ち入りは禁じられている。
この旅は、道に迷って車両トラブルで干からびるか、監視員に見つかって銃撃をくらうか、ハルが飽きるか。彼に残された道はこの三つしかない。
だが城崎の行く末はそのどれにも当てはまらなかった。大陸横断を初めて数日、危惧するほどのトラブルも起こらず彼らはあっさりと最終目的地へ到着する。いささか面白味の欠ける道程になってしまったのは、前人未到の岩石地帯のはずが、途中から舗装された道が出現したからだ。
地図にない道路に城崎は困惑するが、方向を指示していたハルは、資材の搬出用だよ、と言ったきり詳しい説明はない。こっちだよ、と示されるまま車を進めると、岩の切れ目を指差す。半信半疑でゆっくりと隙間をぬうようにして車の鼻先を突っこむと、途端に視界が変わった。
赤茶の岩肌が消え、代わりにあきらかに人工の壁が車両を取り囲む。壁に埋めこまれた感知式の照明がぼんやりとした光を投げかけてきた。光の先を目で追うと、道は緩やかに傾斜しながら奥へと続いているようだ。
「ここは……」
「表面の岩はこの地下への入り口を隠すための偽装だよ。この先にあるものは、見てのお楽しみさ。大丈夫、罠とかそんなのはないから」
ハルが言ったように、落とし穴や壁から飛び出す槍もなく、ジープは行き止まりまでたどりつく。巨大な扉があったが、ひしゃげてしまい何の役目も果たしていない。
周辺一帯は爆発でも起こったのか、すべてが破壊されていた。照明も壊れているらしく、まばらにしか灯っていないので全体を見ることは難しい。それでもかなり広い空洞が存在しているのが空気の流れで感じられる。
迷っている間にハルはさっさと下車してしまい、城崎も車のエンジンを切ってあとを追う。
扉の隙間から内部へ侵入すると、外以上に散らかっていた。何か事故が起きたあと、とりあえず撤収した状態のまま放置されているらしい。だが積もっている埃の量とまだ残るこげた臭気から、そこまで長期間の放置ではないようだ。とはいえ明日にでも修復の手が入るのか、このまま永遠に存在を忘れられてしまうのかは不明だったが。
彼らが足を踏み入れると、わずかに生き残っていた照明が灯る。予想通り内部は広く、見上げても天井は暗闇の中だった。
城崎は腰の後ろに差している拳銃に手をかける。油断なくあたりを見回していた視線がある一点を注視し、それ以上動かせなくなり足を止めた。
「あれは、何なんだ」
間抜けな言い方だと思ったが、それ以外に何を口にすればいいのかわからない。
城崎はハルの向こうにある壁の全景に息を呑む。
巨大な人型が岩壁に半ば同化するようにして埋まっていた。実際は本当に埋まっていたところを、巨人の周辺に転がっている重機が掘り出したのだろう。巨人は金属で構成されている。だが重機と違い、優美な曲線と装飾の施された全体像は、機械というよりも美術品の趣きがあった。
鋼鉄の巨人。城崎の中に機械知性体という単語が浮かぶ。
「フレイヤだよ」
言って、ハルはうれしそうに振り返る。
「これが僕の親にあたる存在だ。生きてはいるけど、もうずっと眠ったままなんだ。ひとまず話はあっちに訊けばいいよ」
ぞんざいに指さす先を見て、また城崎は目を見開く。自分たちだけと思っていた場所に別の存在が立っていた。
銀色の髪を優美に流した女性が、城崎が顔を向けたのを見て軽く頭を下げる。巨人の大きさにまぎれ、いままで気がつかなかった。城崎自身も侵入者だが、女性はまた違う意味で不可思議な存在だった。
「……あの女性は、何でこんなところにいるんだ」
あれね、とハルはそっけなく返す。
「あそこにいるのは人間じゃあないよ」
あたりまえのことをあたりまえと言いきる突き放した物言いに、城崎は思わずハルを振り返る。
「あれは僕みたいな機械知性体でもない。ただの機械仕掛けの人形だよ」
ハルの言葉に城崎は妙に納得する。彼女の存在は地下の荒れ果てた空洞の中では美しく整いすぎていて、まるで現実感がわかない。人形という表現が的を射ていた。
「僕は自分の用事をすませるから、君は彼女と時間をつぶしていてよ」
言って、ハルは重機のひとつに手をかける。横倒しになっていたショベルカーが重圧な音を立てながら起き上がろうとする。ハルに説明をする気がないと判断し、城崎は女性の方へ歩み寄る。少し間を開けて立ち止まると、女性は親しみのこもった微笑みを浮かべて会釈した。
「私はアヴリルと呼ばれております」
滑らかな言葉に静かな挙動。ハルは機械仕掛けの人形と評していたが、マネキンのようないかにも人工物的な様子は見受けられない。アヴリルと名乗った存在は、どこか夢見るような表情を浮かべて微笑する。
「私はあなた方がロボットと呼ぶ存在がもっとも近いもので、人間ではありません。この身体はすべてが人工物で構成され、単純なプログラムの多重処理によって動く構造と人工知能が搭載されております」
はっきりと人間ではないと告げられてしまい、逆に戸惑う。非人間的というなら、先ほどから後ろで重機を手も使わずに投げ飛ばしているハルの方がよほど人の枠から外れている。
「私はフレイヤから一部の人格と知識を複製された端末になります」
城崎は巨人と女性を交互に見つめる。巨人は特に女性的なフォルムをしているわけではなかったが、彼女と巨人は優美な様がよく似通っていた。
「フレイヤとは、何なんだ」
「機械知性体オリジネイター。始祖オリジンより生まれた最初の世代。〇二〇二。サウス、オリオン、ディシス、ヨルドと共にユニオンから離反。地上世界で居住可能な土地を探索中、この地で活動限界を迎えて睡眠期に突入しました」
待ってくれ、と城崎は押しとどめる。一気に多数の名称が出て理解が追いつかない。いま一度、鋼鉄の巨人を振り返る。ハルのような機械の身体を有した知的生命体が地球上に存在しているという事実は知識として持っていた。
海里たちを防衛軍の日本支部でかくまっていた際、彼らの事情はおおまかにだが聞き及んでいる。彼らは互いの主張の相違から対立し、一部が組織より離反。深海都市から地上へ出た一派が人間世界に侵入し、人類殲滅を目論む。
計画を阻止するため、深海都市から地上へ調査に出たユニオンと、分派したイノベント。仲間割れによる被害は一方的に人類が被っている状態だった。
「おまえたちは、人間を滅ぼすのか」
鋭い問いに、アヴリルはふわりとした仕草で小首をかしげる。
「いいえ。フレイヤが求めたのは、地上世界での居住地です。先住者である人類と敵対する意思はありません」
反射的に感情に任せてつめ寄りそうになったが、轟音が洞窟内に響き足元が揺れ、言葉が止まる。
重機を起こし、再起動させたハルは複数の機械を動かして土を掘り返し、瓦礫を撤去する。いきなり工事現場の騒音が発生し、城崎は眉をしかめる。
ハルは機械を動かしつつこちらへ戻ってきた。操縦者不在のままでも重機は機敏に働いている。
「フレイヤに争うつもりはなかったんだろうけどさ、平和的に行こうとしても、結果はこうだ」
「こいつは、人間に敵対行動を取ったのか」
フレイヤが埋もれている土砂は古く固まってる。地層を見てもいつの時代に何が起きて巨人が埋まってしまったのか、地質に詳しくない城崎にはわからない。
「当時の人類の文明水準は、まだ多くの火や鉄を扱うまでにはいたらなかった。戦いにはならない。人類を過小評価しているわけじゃあないよ。よくいうだろう、本当に怖いのは幽霊でも牙のある獣でもない、同じ存在だってね」
「仲間割れか」
よくあることだよ、とハルは晴れやかに笑う。
「フレイヤはあくまで地上の、どこか島にでも移住するつもりだった。僕らの科学技術を用いれば、島ひとつくらいセンサー類にひっかからないように隠すことくらいはたやすい」
その点は城崎も同意する。機械知性体の持つ技術は人間世界の水準から見れば、SF映画並に桁外れだ。
仲間割れ、と城崎は自分の知識から言葉にしてみた。ハルも否定しない。どうやら技術レベルは離れていても、彼らにも人間的な負の感情はあるらしい。
「でも、それじゃあ深海都市にいたころと変わりない、とフレイヤの考えに対して反発が起きたんだ。気持ちはわかるけどね。これほどまでに広大で資源に満ちた世界が側にあるっていうのに、隠れひそんで暮らすなんて耐えきれないよ」
それが他の四人だ、とハルはどこか陰湿な笑みを見せる。
「で、我が子同然の存在が起こした反抗に対し、フレイヤはあっさりと負けを宣言したわけだ。自己意識を凍結させ、崖から落下して自重を使って地下へと埋もれた。このあたり、いまは平地が多いけど千年かそこら前はもっと複雑な山や谷があったみたいだよ」
自ら飛び降り自殺まがいの真似をしてここに埋まったと言われ、城崎は自分以外の、人類の枠に入らない者たちを視界に入れる。彼らの行動原理は予測もつかないというより理解が及ばない。
「残った四人は、人間世界の工業化に合わせて徐々に侵入と浸食を開始した。機械文明と僕らの技術は相性がよくて、特に兵器産業はあっという間に発展したね」
産業革命、と城崎は歴史の授業で出てくる単語を思い浮かべた。
「ただ、どのあたりで誰が人類を滅ぼそうなんて言い出したのかはわからない。全員かもしれないし、何となく、そんな雰囲気に流されて始めたのかもね。そのあたりから、彼らは自分たちのアニマの分割なんて危険な真似を始めて、碌な記録が残っていないんだ」
またいくつか不明な事象が出てきたが、問いかける前に城崎は機械知性体のはた迷惑な行動原理に返す言葉を失う。はっきりいえば、あきれはてていた。
ただ、怒りは覚えても心情的に納得できる部分はあった。状況に流されるということは、人間の心理的な行動としてはよくある。集団の空気に呑まれてそれが正しいように思いこんでしまうのだ。
「彼らの記憶は、自分たちを細かく分割して切り刻んでいるうちに消滅していった。僕が話していることも、断片的な情報を組み合わせて推測しただけにすぎない。誰もすべてを、本当のことなんて知りもしない」
ハルはついと背を向けて歩き出す。話している間も動いていた重機が、ある一点を向いて停止していた。
掘り返された瓦礫の中央。巨大な黒い長方形が屹立している。表面は崩壊に飲みこまれていたので傷だらけだったが、内部構造は生きているらしく点滅する光が見えた。
「さて、問題はこいつをどうやって起動させるかだよね」
ここじゃあ電力や冷却に問題がある、とハルは苦笑する。
「……それはスパコンか?」
長方形を見て城崎は首をかしげる。スーパーコンピュータは主に科学技術計算を行うことを目的とする大規模コンピュータの総称になる。大規模なハードウェアやそれを利用するためのソフトウェアを備え、膨大な計算処理を可能とする。気象予測などのシミュレーションや、工業製品の設計分野でも広く利用されている。
ただ相応の能力を持っている分、本体の大型化と消費電力、排熱と冷却の問題がある。水平に立たせることも難しく、照明もおぼつかないほど電力供給の不安定な場所で動かすような代物ではない。
それでもハルは考古学者のように丁寧に長方形の状態を見分し、ケーブルの先をたどり、また瓦礫の山にぶち当たって蹴りを入れる。
「近いけど違うね。こいつは量子コンピュータだよ」
量子と聞いて、城崎の中に一気に苦手意識が高まる。眉間にしわを寄せた城崎が見えなかったハルは先を続ける。
「量子の重ね合わせ状態を利用した演算システムを持つコンピュータだよ。現在の電子を用いたコンピュータじゃあ実現できない演算処理の並列性を実現できる」
すでに言われたことの半分も脳に入ってこない。ハルは城崎の知能が上がっていると言ったが、それはかいかぶりだろう。
「急いでるから、ひとまず動かすよ」
言外に、壊してもかまわないというニュアンスが伝わってくる。運び出せと言われたところで、乗ってきたジープに積める大きさではない。地下空洞はこの場所以外にも奥行きがありそうだった。探せば大型のトラックも出てきそうだが、ハルは言葉通り急いでいるらしく、搬出の手間を惜しみ、瓦礫の中でコンピュータの起動を試みようとしていた。
「手伝って欲しいな」
珍しく、というか初めての頼みごとに城崎は虚を突かれ、思わず足を踏み出していた。ハルの様子は普段と変わりない。人間のようにあせって手が震えたり、汗をかくような表現がないのでわかりにくい。
ただ、わざわざ頼む以上、本当にせっぱつまっているのだろう。この行動の先に何があるのか、城崎はハルに対する嫌悪よりも好奇心が上回る。
「……このケーブルを交換すればいいのか」
城崎は半ばで断線したケーブルを拾った。
ハルの能力は大きな破壊には向いているが、細やかな調整はしにくい。おおまかな瓦礫を撤去して必要なものを掘り返したあとは手作業でやるしかない。そしてこの場合、人手は多い方がはかどる。城崎はただ待っているのも退屈だと自分に言い聞かせ、指示通りにケーブルを組み替え使用可能な電源を探す。アヴリルは謎めいた微笑を浮かべるだけで手を貸そうとはしない。ハルも人数には数えていないらしく徹底的に無視していた。
数時間のあと、起動準備は終わった。
「……できた」
文明が崩壊した洞窟内に、巨大なモノリスが神々の遺産のように立ち上がる。量子コンピュータを中心に、補助となる既存のコンピュータが並べられた。その様は不格好な環状列石を思わせる。
起動させるよ、といってハルは壁面の配電盤に触れる。何をするつもりなのかは聞かされていなかったが、いつもの無駄話をする余裕もない様が気になって聞けずにいた。作業中、これを手伝ったせいで人類が滅びました、となったらどうする、という考えが頭をよぎり、手にした拳銃で人外の存在を撃ち抜きたくなることが何度もあったが。
ばちりと電源が入り、急激な電圧の変化に照明が瞬き数秒間暗くなる。機械群は沈黙のあと、眠りを叩き起こされた不機嫌さを表現するように、並列に繋がれた多数のコンピュータが再起動しモニタが明滅。モーターのファンが回って猛烈な音を奏でる。次いで電子音が重なって高い天井に反響し、機械の狂騒曲が始まる。
動き出したことを確認したハルは中央の黒いモノリスまで戻り、表面に触れる。彼の髪が下から風を受けたように舞い上がり、コンピュータの表面で瞬く光を受けて瞳の色が様々に変化する。
「急いでるのに……」
若干のいらだちのこもった顔を上げる。
ハルの視線の先、破壊された扉の向こうから別の侵入者が現れた。
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