手と手紙 旅立ちにて④「異質な者同士、理解し合うのは難しいだろう。だが、あきらめたくはないんだ」
世界防衛機構軍オーストラリア本部への、二度目になる不明機の侵入警報はすべて無視された。統合司令室に走る緊張感は、一度目とは打って変わり、開演された舞台で役者が発する最初の一言を待つような雰囲気があった。
不明機は撃墜される不安などおくびにも出さず、泰然とした様でアスファルトが不自然にひび割れた滑走路へと着陸する。まぶしすぎる陽光の中、戦闘機の表面が深い紺色に浮かび上がった。
アスファルトが濡れて見えるほどの熱と大気の揺らぎの中、開いたキャノピーの奥、操縦席から現れたのは何の装備もない若者だった。どこにもでいるような東洋系の青年はコックピット上を歩いて後部座席に半身を突っこむと、毛布にくるまれた一抱えもある荷物を持ってひと飛びで操縦席から飛び降りる。まるで危なげのない動作だった。
悠然と歩を進める彼の背後で戦闘機は変形を開始する。
翼が折れ、胴体が展開し内部構造が露出して複雑に組み換わる。変形は数秒で終了し、二本の脚で立ち上がった元戦闘機は人型となって青年のあとを追う。長大な一歩で踏み出し、五歩で追いついた。
渡せ、と手を差し出され、青年は大きな手に荷物を乗せるとそこで顔を上げた。
広大な滑走路はまるでアスファルトで固められた草原のように見える。どこまでも平坦な灰色の地面が地平線の先まで続いている。
管制塔や施設も相応に大きいが、滑走路の面積が広すぎてマッチ箱がぽつんと置かれているようなイメージしかわいてこない。根本的に縮尺が違うのだ。
そんな広すぎる場所を徒歩で横断しようとしていた彼らだったが、すぐに歩調を緩める。
視線の先に彼らを出迎える存在があった。
紺青のロボットよりも小柄なロボットが滑走路脇で待機していた。鮮やかな黄色の装甲が陽光の中でまばゆく輝く。こっちだ、と手を振らなくとも存在感を主張している。
青年は唐突に走り出すと、黄色いロボットまで近づいて差し出された手に当然のように足をかけて登り、慣れた仕草で肩に腕を回す。そうしてひと組になり黄色いロボットは脚部から出したホイールを駆使し軽快にアスファルト上を走り出す。
置いてきぼりを食らう形になった紺青のロボットは、少しばかり呆然とした様子で青空を背景に立ちつくしていた。
「よし、全員集まったな」
トレトマンは腕を組み、金属のひとさし指を立てる。人間らしい仕草だが、その身体のどこにも人間らしさはない。直線と曲線で構築されている五メートルをこす巨体。機械知性体は金属の身体に人格を有した生命エネルギーを組みこみ稼働する存在。トレトマンは白を基調にした外装で、人間社会に溶けこむために救急車に擬態する。
「トレトマン……トラストを置いてった割に、あっさり呼び戻したよね」
レックスの若干恨み節のこもった視線を受けてもトレトマンは平気で受け流す。後ろでレックスはいつものやり取りに肩を落とした。彼はトレトマンよりは小柄で鮮やかな黄色の外装を持ち、軽自動車のスバル360に変形して街中を走り回る。
シリウスは細長いシルエットと濃紺の外装。そして戦闘機形態へ変形可能だ。彼は持ってきた荷物をトレトマンに手渡す。先に用件は伝えてあるらしく、トレトマンもうなずいただけだった。
残る海里だけは人間と差異のない外装をしている。
彼らがいるのは、防衛軍内のとある倉庫の一角だった。他にも仲間は数多くいるが、ひとまずトレトマンが合流した海里たちに状況を説明するために顔を出してきた。
「日本ではまた騒動が起こったようだな」
しかもやっかいだ、とトレトマンは肩をすくめる。
「流言飛語の類は、治世の混乱から発生する。つまり、それほどまでに世間が乱れ、人心が害意に対して過剰反応を起こしている」
「要するに、人間側も余裕をなくしているんだね」
そうだな、と返すトレトマンの弁は常に軽くも重くもない。
「トラストの正体が知れて追い立てられた件だが、いずれは起こることだった。気にするな」
気にするなとあっさり言われてしまったが、トレトマンとしては今回の一件をどうでもいいと捉えているのではなく、起こりうる被害のひとつと考えているらしい。
「後日に適切なタイミングを計って情報を新たに流して印象の上書きを図るぞ」
「そんなにうまくいくかなぁ」
何もしないよりは改善する可能性がある、とあまり乗り気になれない説明をされたが、いまの彼らにできることは少なかった。
そこで近づいてくる存在に気がつき、彼らは顔をそちらに向ける。倉庫内では少数派の人間だ。巨体の中では小人のように見えるが、実際には大柄な部類に入る偉丈夫に彼らは向き直る。
「久しぶりだね」
落ち着いた低音と柔らかい笑みがいかつい印象を相殺する。天条ユウシは海里の肩を軽く叩き、彼も首肯して同意する。そして何かを思い出したように着ているジャケットのポケットを探りはじめた。
「渡すものがある」
言って、海里は懐から小さな包みを取り出した。ピンクと白のチェック柄をした封筒だ。
表書きを見た天条は軽く目を見開く。そこには「パパへ」と書かれていた。
「あんたに渡してくれと頼まれた」
「そうか。すまない、娘が面倒事を頼んでしまったようだな」
大したことじゃない、と海里はかぶりを振る。実際、海里は郵便配達役を特に不満には感じていない。ただ手渡せるかどうかの確証はなかったので、こうして渡豪してすぐに会えたのは僥倖だった。
天条は封筒の表裏を何度も返し、封を開けたそうにしていたが先に用件をすませるためにひとまず胸のポケットにしまった。
「何度も申し訳ないが、また君たちの話を聞かせてもらえるだろうか」
「何日かけてもかまわないぞ」
長広舌を得意とするトレトマンはむしろうれしそうにしている。
「我々のような異種生命体を攻撃せず、対等の存在として対応してもらっているだけで、いまはありがたい。私は君たちの理解が及ぶまで、何万時間でも言葉をつくしてみせよう」
トレトマンならやりかねない、とレックスたちは後ろで肩を落とす。話し続けるのはかまわないが、巻きこまれることだけは避けたいと全員が全力で拒否の姿勢を見せた。
そしてトレトマンの話好きをしらない人類の天条は、それを協力的な態度と取ったらしくほっと息を吐く。
「長々と時間をかけている余裕がないのはわかっているが、ここで足場を固めておかなければならない。我々人類の危機はもう目前なのだ」
同感だ、とトレトマンはうなずく。
「こちらには人類に対する敵意はない。とはいえ、その人類に害意を向けているのは同じ機械知性体だ。微妙な状況だからな、意識のすり合わせは大事だ」
誰が話し合いの席に着くかという段取りになり、当然、トレトマンが筆頭に挙がる。当人も自分が出た方が早いと自覚している。
「今回は、海里くんも来てもらえるだろうか」
すまなさそうな顔を向けてくる天条に、海里は視線でなぜと問う。
「上層部は君のような、そのぅ、人型の機械知性体に興味があるらしい」
「だろうな。とはいえ、こいつは外装が人間を模しているだけで、中身は他のやつらと大差ないぞ」
わかっている、と天条はかぶりを振る。彼は海里の正面に立つとまっすぐに視線を合わせてきた。
「ここでは私が君を守る」
日本での出来事を聞いたらしい。海里が反応に困っている間に天条は勢いこんでつめ寄る。
「立場や面子なんて関係ない。君を理不尽な悪意にさらすような真似はしないと約束する」
トレトマンは甘やかさなくてもいいぞ、とあっさり放り投げてしまうが、天条の決意は固く、このまま本当に護衛役として二四時間張りついていそうな熱い空気に海里は思わずたじろぐ。前のめりになっていることに気づいた天条は我に返ると息を吐き、肩の力を抜くと眉を下げて笑った。
「任せてもらえるだろうか」
「……お願いします」
半ば勢いで押し切られてしまう形になったが、天条はどことなくうれしそうな様子で海里の肩を叩く。
「異質な者同士、理解し合うのは難しいだろう。だが、あきらめたくはないんだ」
やり取りを眺めていたトレトマンは笑いもせず、淡々と返す。
「反発は覚悟の上だ。それを踏まえた上で、我々は迫る脅威に立ち向かう必要がある。これから忙しくなるぞ」
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こちらは7巻収録分です。
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関西コミティア、文学フリマに出没します。




