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手と手紙 旅立ちにて③(これは面白い素材だ)


「じゃあ、始めるとするか」

 秋庭はレコーダーにスイッチを入れ、机上に置いた。

 本日は秋庭待望の取材日だった。本当は初めて海里と会った二日前にやりたかったが、例の騒ぎがあって延期になったのだ。しかも今朝になっていきなりタカフミから海里が出ていくと聞かされ、大慌てで取材先からとんぼ返りしてきた。

 強引に押しかける形になってしまい、ユキヒが麦茶と茶菓子を置いたあとで心配そうにリビングの入り口を何度もうろうろするのが見えた。タカフミは同席を希望したが、彼は海里以外の誰とも話す必要を感じなかったので丁重にお断りした。

 あれから、秋庭自身も機械知性体を、彼らが関わったとされる事件を調べた。正直、先日連れて来られたときはタカフミのいう機械エイリアンの存在については半信半疑だったが、海里の傷を見て自身の思いこみを恥じた。

 世の中の報道の大半は、制作側の「こう見せたい」という方向にゆがめられているが、加工前の情報に接する機会の多い秋庭には、まれに「信じられないが真実」というネタもあることをよく知っている。

 秋庭は記事を売るためならその真実をねじ曲げて報道してもかまわない、と考えている。稼ぎにならない真実など必要ないからだ。だが同時に、自分だけは本当のことを知りたいという矛盾した欲求も持ち合わせている。そんな彼の前に現れた真実に対し、加工を考える前にとにかくすべてを独占してしまいたい衝動にかられていた。

「この間の傷はどうなったんだ」

 質問を始める前の、軽く世間話の態でたずねると、治った、というそっけない返答。

「どうやって治したんだ。その辺にある道具や工具を使うのか?」

「あの程度なら、自己修復が働く」

「そいつはすげえなぁ」

 ひゅう、と口笛を鳴らすがまったく反応がない。海里は服はきちんと着替えているのでシャツの上から先日の傷を確認することはできなかった。二日前も色々とたずね、写真を撮ろうとしたが逃げられてしまう。何が起こって負傷したのか、という問いにすら答えない。

 刃物かガラスか、あるいは銃弾か。とにかく何かが機械の身体を傷つけた。人間なら警察と病院の往復だが、この青年はどうでもいいとばかりにその話題に触れたがらない。

(これ以上騒ぎにしたくない、隠したいんだな)

 それも、自分が目立ちたくない、ということではなく、沖原家の者たちに迷惑が振りかかることを恐れている節がある。ユキヒが殴られて立ち上がった様を見ていれば、海里が事なかれ主義の弱腰でないことはわかる。もし暴力の矛先が自分のみに向き彼女の安全が確保されていた場合、彼はあのまま嵐が過ぎ去るまで耐え続けただろう。

(少なくとも、無差別に暴れ回るような性格じゃあない。むしろ、いい子ちゃんだな)

 とはいえ、先ほどからやたらとこちらを警戒している空気を感じる。どうやら先日、しつこく追い回して服を脱がそうとしたり身体に触ったのを根に持っているらしい。機械エイリアンは見かけは二十歳ほどの、日本ならどこにでもいそうな青年にしか見えない。人に酷似した外見が繰り出す拳の威力も知りたかったが、まだ自身を差し出すつもりはなかった。

 会話を繋げる前に、秋庭は麦茶で喉を潤すふりをして相手の容姿をいま一度確認する。

 短く刈った黒髪と赤褐色の瞳の組み合わせが珍しいと思ったが、それ以外はそのあたりを歩いている青年と大差ない。ただ同年代にありがちの浮ついた雰囲気は薄く、ソファに腰かける姿勢は固い。こちらの不躾な視線を警戒はしている様子だが、おびえてはいなかった。

 海里は決してはっと目を引くような華やかな外見ではない。それでも一度視界の端にでも入れれば離せない魅力がある。平均的な容貌の中にもずば抜けた存在感がある。

 まっすぐにこちらを見返す瞳が陽光を受けて透き通ったルビーを彷彿とさせる深紅に輝く。

 秋庭は口端をつり上げ、質問を開始する。

「改めて確認するが、あんたが海里シンタロウか」

「そうだ。だがそれはマイキが与えてくれた名だ。機械知性体としての名前はトラストになる」

 凛とした声だった。意志のある強い眼差しに秋庭は感嘆の息を漏らして笑う。

「俺は秋庭マサオミだ」

 手を差し出し、握手を求めた。

「取材に応じて欲しい」

 先日と同じことを言ったが、相変わらず海里は手を出そうとはしない。苦笑しつつ手を引っこめ、秋庭は彼に向き直る。

「機械知性体ねえ、ということは、あんたも機械なんだな。いや、その証拠は二日前に見たわけだが」

 海里はうなずく。どうやら簡単な返事は声に出さないらしい。レコーダーの都合もあるのでなるべくしゃべって欲しかったが口が重い性質のようだ。

「もう一度、見たいな」

 できれば写真も、と言ったが海里は首を横に振る。

「痛いから嫌だ」

 はっきりと不愉快だ、という表情を見せる海里に秋庭は面食らう。痛覚の有無に軽い衝撃があった。

 昔の映画で未来から送りこまれた殺人アンドロイドが内部構造を露出させながら表情を変えずに追いかけてくる描写を思い出す。感情のない機械兵器に痛みというものは不要だが、少なくとも目の前の存在は苦痛に対して抵抗を示す。

「……そうか、痛いのは嫌だよな」

 秋庭も先ほど海里の拳を食らうのを拒否したのも同じ理由からだ。気負って前のめりになっていた顔を叩かれたような気分になる。

 ここにいるのはプログラムで動く殺人アンドロイドではない。れっきとした一個の人格を持った存在なのだ。そんなあたりまえなことにいまさら気づかされる。

 息を吐くと秋庭は麦茶を一気に飲みほす。傍らにはピッチャーごとおかわりが置かれていた。手軽につまめそうな菓子も器に盛られている。長丁場になりそうだからというユキヒの気づかいだ。先日の暴言で嫌われていてもおかしくはなかったが、一応は客として扱ってもらえている。

 さっきから麦茶ばかり飲んで話を進めない秋庭を海里はまた不審そうな眼差しで見てくる。そんな様がひどくおかしかった。

 確かに機械仕掛けの身体なのだろうが、命令に盲従するだけのロボットではない。彼は一個の人格を備えた存在なのだと改めて自身に言い聞かせ、秋庭は口を開いた。

「じゃあ、機械知性体ってのは何なんだ?」

 問いかけに、海里は端的に答えを返す。最初はとつとつとした話し方に感情が読みにくかったが、いくつか質問を重ねるうちに、秋庭はあることに気がつく。

(こいつ、もしかして意外と若いのか?)

 発している内容が幼稚というわけではない。それなりの受け答えはする。そしてうまく言葉が出ないことにいらだちは覚えている様子だが、少なくとも自身の未熟さを適当な言葉で装飾したり、無意味に笑ってごまかそうとはしていない。秋庭に対してはまだ警戒を解いていない様子だったが、根は素直なのだろう。インタビューと言われ、彼なりに真剣に対応しようとしているのはよくわかった。

(これは、やばいな……)

 尻のあたりがむずむずしてくる。人類が長年探し求めてきた人類以外の知的生命体。そんな貴重な存在が、まさかそのあたりを歩いている学生と変わりない姿で現れ、しかもスレていないまっすぐな反応を示すなど、驚愕を通り越してあきれはててしまう。

(高度な知識や技術は? 上位存在たる傲慢さは?)

 そんなもの、どこにもない。

 沖原家へ秋庭が訪れた際、彼は庭で少年と一緒にホースやジョウロを使って庭木に水をまいていた。そうしている姿は当たり前の兄弟のようだった。

 もっとも、話を聞けば海里は種族内でも特に若い世代らしい。こうした説明役にふさわしい存在もいるそうだが、あいにく不在だった。

 職業柄、あることないことを吹きこんでしまいたい衝動にかられるが、ぐっと飲みこむ。こちらに都合がいいように誘導するのはたやすいが、もし事実を理解した際の反撃が怖い。秋庭の勘だが、海里は一時の衝動に流されない理性はあるが、本気になれば一直線になって飛びかかってくるタイプだろう。映画の殺人アンドロイドのように、プレス機で押しつぶされるまで進み続けるはずだ。そうなれば、映画の登場人物ほどサバイバルに長けていない秋庭は逃亡の最初で追いつかれて終了だ。

「……機械知性体オリジネイター」

 不思議な存在だ、秋庭は感嘆の息を吐く。

 人類の歴史が始まる以前に宇宙から飛来した存在。彼らの正体はエネルギーの結晶アニマ。魂と呼ぶべきそれを機械の身体に収めて活動の常態としている。

 彼らは人類が地上に新たな種族として数を増やしはじめたころ、そのロボット的な巨体が人間世界の進化に悪影響を及ぼすとし、深海の底を居住区と定めて隠れひそんでしまった。

 だが、一部の者たちはその方針をよしとせず離反し、地上世界へ侵入する。彼らは自らをイノベントと称し、ある計画を始めた。

 地上世界から、人間を排除する。

 その具体的な方法や、組織の全貌を探るために送りこまれたのが、深海に残っている者たち、ユニオンのメンバーである海里たちだった。

 説明は受けたが、秋庭にはどうにも映画でも見ているように非現実な話だった。

 それよりも、うまく話せないと謝罪する、海里という存在そのものが気になる。

(正義の味方、か)

 タカフミは彼らをそう称していた。彼が好きなアニメに起因しているのだろう。

 特ダネを探していたところ、タカフミから宇宙人からのメッセージを届けないか、と持ちかけられたときには、とうとう亜熱帯で測量しすぎて脳が焼かれたのかと危惧したが。

(これは面白い素材だ)

 秋庭は独りごちた。

 そして、長い長いインタビューは終わった。

 最後に秋庭はもう一度、正確には三度目の握手を求める。海里は相変わらず戸惑うような視線を向けてくるが、秋庭があきらめずに手を差し出すと、おずおずといった態で右手を掲げてきた。

 半ば無理やり重ねた手を、秋庭なりに力をこめてにぎる。海里は驚いたように目を見開いたが、かまわずに秋庭は笑った。

 にぎった手を振り回す秋庭を、海里は心底わからないとばかりに見つめ返し、笑い続ける秋庭をユキヒとマイキがリビングの出入り口で不思議そうに眺めていた。



冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは7巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

pixiv ID 2358418

「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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