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弱者の正義⑧「取材に応じて欲しい」

 海里以外のコーヒーを淹れて、一人ひとりに配るとユキヒは着席した。

「秋庭さんは父のお知り合いですか?」

 ユキヒが静かに会話をうながす。海里はソファに座ってはいるが先ほどからだんまりで、彼女が話さなければ先に進みそうもない。

 たずねながら、ユキヒは男を観察する。秋庭は彼女よりもずいぶんと年長者のようだったが、父親の知り合いというには幾分か若い。三十路に足をかけたくらいだろう。タカフミとの共通点は、二人とも妙にひょろひょろとした体躯で、常に笑っているところだろうか。

「そうだね、顔見知りではあるね」

「日本で会うのは初めてだが」

「えっと……」

 疑問符だらけのユキヒに対し、秋庭は名刺を机上に出す。フリーライター秋庭マサオミとあるが、あとは携帯電話の番号とメールアドレスが書かれているだけだった。

「テレビで海外で働く日本人を取材する番組があるでしょ。あれで何回かタカフミさんに会ったんですよ」

「会ったって……お父さん、取材されたの? でもあの番組、私もよく見てるけど、出てなかったような」

「ああ、正式には取材を受けてないからね」

「候補には上がったんだけどねえ。企画会議じゃ採用されなかった」

「まさか、仕事ぶりが不真面目だったとか……」

 いやいや、と秋庭は手を振る。

「逆だよ。タカフミさんはあちこちで働きすぎて、この辺に日本人技師がいるって聞いていくと、三割くらいの確率で遭遇するから、下手に採用するとやらせに思われるって上からストップがかかった」

「……仕事中毒の弊害が出たわね」

「いやー。機会があればタカフミさんのドキュメンタリーを作りたいくらいにこの人は色々やってるよ」

 ただ世界中を飛び回りすぎていて、追いかけようにも取材費が下りないと秋庭は嘆く。

「一度都合が合えば個人的に会いたいって話をしてたら、いま日本にいるって連絡をもらったんですよ」

 では今日、タカフミが会いに行っていた日本の知り合いとは秋庭のことだったのだ。

「会うたびにいつも面白いネタを聞かせてもらってたけど、今回のはとびきりだ」

 面白いネタと聞いて、ユキヒは片眉を跳ね上げる。

「もしかして、お父さん、しゃべったの?」

 あえて主語を排した言い方をした。タカフミはにっかりと笑って、全部だ、と清々しく宣言してくれた。

「前々から思っていたんだ。彼らのことを変に隠すより、こちらから前に出て知ってもらうことも大事なんじゃないかってね」

 情報の封鎖が余計な疑心暗鬼を生んでしまい、不平不満をためこんで膨れ上がった人心はわずかな刺激で簡単に弾けて理性を失ってしまう。

 先ほどのように。

 ユキヒは男たちの目にあった狂気の色を思い出し身を震わせる。

 改めて、と秋庭は海里に向き直る。

「秋庭マサオミです」

 手を差し出し、彼は海里に握手を求めた。だが人間とそのようなやり取りをする機会のなかった海里は取るべき態度が見つからずに沈黙を続ける。

「取材に応じて欲しい」

 単刀直入に言った。

 海里は驚いて目をみはっている。

「あの、海里さんに取材したいとおっしゃっていますが、どんな理由からなんでしょうか」

 ユキヒは思わず身を乗り出す。必死な様子に秋庭はからからと笑った。

「俺を警戒するの、もっともだと思うよ。マスコミにマイクを向けられたからって、喜々としてしゃべるのもどうかしてる。よしんば真実を語ったところで、放送する側の都合がいいように内容は改変されるし、視聴者はより刺激的で残酷な内容を求めるものだ」

 ブラックのままコーヒーをすすりながら、まるで茶飲み話に誘うような調子で秋庭は続ける。

「人類の中に機械仕掛けの人間が混じっていて、人類を滅ぼそうと奇病を流行らせている。SF映画でも使い古されたネタだ。だが視聴者が求めているのは正義の味方じゃあない。悪がどこにいるのか、そいつがどんな残虐な行為を行っているかを知りたいんだ。そんで、その悪は絶対に自分の隣には来ないとふんぞり返ってテレビの向こうで笑うのが仕事なんだよ」

 軽薄な口調とは対照的に、物騒な単語の連続に室内の空気が重くなる。

「だから俺たちは、視聴率を稼ぐためにゆがめた事実をためらいなく放送する。取材で手に入れた情報はただの素材。そこからどう調理して、どんな味付けをして提供するかはこちらの気分次第だ」

「そんな……」

 ユキヒはスカートの裾を握りしめる。笑みを浮かべたままうなずいている秋庭の様に、血の気が引く思いだった。

「俺は知りたい。機械知性体とは何だ。どうすれば殺せるんだ。人類殲滅って、いままでにどれほど残酷な手段を使って何万、いや何億の人間を殺害したんだ。結晶病はどんなふうに人体を破壊するんだ!」

 カップをにぎったまま熱弁をふるう秋庭にユキヒはうすら寒いものを覚える。先ほど自分たちを取り囲んだ男たちとはまた違う種類の熱気と狂気を感じた。

「秋庭くん、そろそろやめないと、君を紹介した俺は娘に嫌われて夕食がなくなってしまう」

 興奮に沸き返る秋庭を、のん気な声でタカフミが止める。

「あ、さーせんっ!」

 軽く言って、秋庭は身を乗り出していたのを思い出して着席し、残っていたコーヒーを飲みほした。

「ユキヒ、彼は悪辣な人間だ。自分が見せたいように内容を改変するなんてお手のものだ」

「だったら、そんなうさんくさい人を連れてこないでよ」

 余計にややこしいことになった、とユキヒは眉間を押さえる。海里は状況がわかっているのかそうでないのか不明なままだんまりだ。

「まあ、こいつはうさんくさいが面白いことには目がないんだよ」

「お父さん、そんなんじゃあ……」

 つめ寄ろうとしたユキヒを、タカフミは両手を上げて降参する姿勢で制した。

「けど、とっかかりは何でもいいんだ。要はこの世界はまだ絶望するにはいたらない。正義の味方はいるんだってことを知らしめるだけでいい。そうすれば、あとは何とかなる。海里くんたちは大切な隣人だ。けど父さんは欲張りだから、彼らをもっと他の人たちに知って欲しいんだよ」

 タカフミはそこで両膝を叩き、海里に向かって笑った。当人は突然向けられた笑顔の意味がわからずに硬直する。

「ガイアスターだって、民間人を守れずにマスコミから批判され、戦いの最中だっていうのに守るべき市民から石を投げられたことだってある。それでも彼は立ち上がった。その様に、見ていた者たちもやがて気づいたんだ、ここで石を投げられる安全な場所は誰が支えていてくれているんだってね」

「……アニメみたいにうまくいかないわよ」

 タカフミのアニメ好きはいまに始まったことではなかったが、こうして何かにつけて引き合いに出すくせだけは改めて欲しかった。

「どうだろう。世界中にはいろんな考え方の人がいる。父さんみたいにアニメの設定を深読みしすぎてあきれられるオタクは意外とたくさんいるんだぞ」

 だから、とタカフミは笑う。

「まずはとにかく、知ってもらうことが先だ。あれこれ思い悩むのはそのあとにしよう。多分、間違ったとらえ方をする人は大勢いるさ。けど、父さんはわかってくれる人も多いって確信しているぞ」

 秋庭も笑うが、肩をすくめてあきれている様子だ。

「まあ、思うところはあるだろうけど、取材っていっても、局の意向じゃあない。興味を持ったのは俺だ。俺は君たち、機械知性体の話を聞きたいんだ」

 人を食ったようなうさんくさい笑みだが、眼差しだけが鋭く深い。視界に入れた獲物を逃がさない、貪欲で狡猾な猛禽類の眼を見せる。

「知って、君たちが悪なら全力で盛り上げるし、正義の味方なら、どうしてこんな事態になるまで何もできなかったと叩きつぶす」

 楽しそうに秋庭は笑う。

「視聴率を稼ぐには、視聴者の興味をひくには、真実なんていらないんだよ」

 言って、彼はハンディカメラを取り出した。

【弱者の正義 終】


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こちらは7巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

pixiv ID 2358418

「六神屋」でイベントに出てます。

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