弱者の正義⑥「ねえ、シン兄ってバイクの運転できる?」
突如海から現れた巨人を破壊したのは、別の巨人だった。
白と黒、紺青の巨人二体は日本人ならなじみのあるフォルムを有していた。二本の長い脚で直立し、引き締まった腰部、厚い胸、表情がうかがえる顔。
出現した存在は、まるでアニメーションから抜け出してきたような人工の巨体。人型ロボットだった。
混乱の中、一体は姿を消し、もう一体は戦闘機形態になって飛び去る。
誰も正確に現場を見ていた者はいなかった。全員が背を向けた瞬間を見透かしたようにロボットたちは現れ、気がついて振り返ったときにはすべてが片付いていた。
呆然とする人々の上空、たなびく黒煙をかきわけるようにして何機ものヘリが市街地の上空を旋回する。
大半は警察や機動隊のヘリだが、中には民放のヘリもいた。報道のヘリは現場の直上からは追い出しているが、遠距離からでも撮影しようと試みる局があとを絶たず、警察側が直接苦情を申し立てても現場の担当者と連絡がつかないの一点張りだった。
ようやく機動隊が集結し、つぶれた巨人を取り囲んだが、崩れ落ちたゴーストは細い煙を上げるだけで二度と動かなかった。
そこに久檀の部隊が登場する。久檀は機動隊の面々をねぎらうと、まずは避難誘導と崩壊地区の閉鎖だ、といって彼らを現場から体よく追い出してしまう。代わりに乗って来たトラックから、駐屯地を出たときよりもあきらかに増員している部下に向かって指示を飛ばした。
そして久檀が後片付けを始めた向こう、人気のなくなった港湾施設の一角で戦闘形態を解いた海里がシリウスに乗りこんで飛び去る様子の一部始終を観察する目があった。
帰還後、海里はそのままシリウスのコクピット内にこもっていた。
「……トレトマンに連絡をした方がよくないか」
三度目の同じ問いかけに、海里は三度かぶりを振る。
「言う必要はない。……時間をかければ治る」
海里の胸部は、ゴーストの機関砲を受けたのと同じ位置がえぐれていた。海里のいまの身体は以前とは異なり、すべてが微細機械細胞に置き換わっている。これまでは今日のような巨体を構築して戦闘行動を取る場合、他の機械の構造を読み取って組み替え、武装として用いていた。だがいまは世界中に散っている微細機械細胞を組み合わせて同じことができる。
現実的な問題を無視すれば、戦艦でもビルでも作れるが、外装を入れ替えたばかりの海里にまだそこまでの器用さはない。そのため、構築した外装を解除した際、通常なら基本形へ戻れば負傷もリセットされるはずだが、彼はあのロボット形態も自身の手足の延長として強く認識してしまっていたので破損した外装も自身が受けた傷として引きずってしまっている。
傷は大きいが、自己修復が働いているので徐々にだが治りつつある。明日には完全に戻るだろうと海里は判断して操縦席の上で背を丸める。トレトマンの手を借りなくとも治ることには治るだろうが、それでも痛みは続いている。あまり表情には出なかったが、身体に力は入っていない。
四度目の問いかけはなかった。
しばらくたってから、シリウスが声をかけてくる。
「出られるか」
問われて顔を上げると、キャノピーの向こうでマイキが手を振っているのが見えた。帰ってきたのがわかってここまで迎えに来たのだろう。目を伏せていた海里はわずかな逡巡のあとで顔を上げる。
「開けてくれ」
海里はまだふさがらない傷を服で隠し、表面上は何の問題もない態を装ってコクピットから飛び降りた。
「シン兄、おかえり」
帰ったぞ、と返事をする後ろでシリウスは戦闘機形態から元の形状へと戻る。そうやってあきらかにやせ我慢でまっすぐ歩く海里のあとを追い抜かさないようにしながらあとに続いた。
元いた倉庫へ戻った海里たちは、隊員からなるべく敷地内で待機するように言われた。どうやらロボット形態の戦闘が外でそれなりの騒ぎになったらしい。とはいえ外に出たところでできることもないので、マイキにせがまれてそのときの様子を語って聞かせることにした。
ひととおり話し終わるとかなり時間がかかったらしく、シリウスから六時を回っていると告げられた。
外はまだ真昼の明るさを保っているが、いくら夏でも七時を過ぎれば陽が落ちる。鷹ノ巣山駐屯地は山中にあるので海里はマイキを自宅へ送り届けることにした。マイキはもう慣れた道程なので一度は断ったが、倉庫に様子を見に来た隊員から、巨人出現騒ぎで公共交通機関は乱れ、鷹ノ巣山駐屯地から最寄りの駅まで出るバスは運休か遅延で来ない可能性があることを告げられて目を白黒させる。
駅まで徒歩で帰るとなると、子供の足では一時間以上かかってしまう立地だ。こんなとき、軽自動車形態を取れるレックスがいれば、と思ってしまうが送迎のためにオーストラリアから呼び戻すなんて真似はできない。
そこで発想の柔軟性に欠ける海里は、それならマイキを抱えて自分が走ると言い出してシリウスとマイキの双方から止められてしまう。
と、マイキがいいことを思いついたと跳ねる。
「ねえ、シン兄ってバイクの運転できる?」
駐屯地に出入りしている間にマイキはバイク偵察隊の訓練を見て、その運転技術の高さにひっくり返りそうなほど驚愕したと身振りも交えて伝える。
さすがに海里も立ち乗り銃撃や、バイクを盾にして走行するといった高等な技術を要求されても応える自信はなかったが、マイキは単純に同じバイクに乗ってみたいらしい。
「バイク、貸してもらえないかな」
どうだろう、と海里は首をかしげる。隊内の装備品を気軽に貸してもらえるとも思えなかったので、代替案を提示する。
「俺がバイクを構築して、それにマイキを乗せて走る」
微細機械細胞を使えば、ひととおりのものは複製できる。それに同期接続はもともと機械の構造を読み取り、任意の構造に組み替える能力なので、それの応用と考えればできないこともないだろうと海里は結論付ける。
ただ複製するには元の機械の構造を読み取らなければならない。そのためにはバイクを見せてもらう必要があった。
駐屯地内は封鎖解除の影響で、どこの部署も忙しく走り回っていた。勝手にバイクの保管場所に入るのもためらわれ、海里がやっぱり自分が抱えて走ると言い出しマイキがそれは嫌だと押しとどめていると、先ほどバスの運休を知らせに来た隊員が慌てた様子で走って来る。どうやら海里を探していたらしい。よかった、と息を切らす隊員は、彼らに駐屯地の出入り口に近づくなと厳命する。わけがわからずに首をかしげる二人に、あとで説明に行くといって踵を返した。
取り残された形になった二人に、シリウスが後ろから声をかけてくる。通信を傍受したところ、どうやら駐屯地の出入り口で騒ぎが起こっているらしい。シリウスが断片的な情報を教えてくれる。
巨人の襲撃により、烏守市と千鳥ヶ丘市、そして周辺の市民が大きな混乱を見せている。
そして、どういうわけか鷹ノ巣山駐屯地では巨人をかくまっている上に、結晶病のワクチンがある。政府高官が独り占めしようとしているといった情報が流れ大勢の市民が押し寄せているらしい。
ワクチンの話は初耳だったが、巨人、つまり海里たちが隠れていることは合っている。情報漏洩の事態に海里たちは静かに震えた。
さらに、とシリウスは付け加えた。
「イノベントの宣戦布告の件だ」
歌姫シャーリー・アレン殺害と同時に、世界中にイノベントが人類に対し敵対行動を取る旨を告げた。
そのとき、市街で歌姫と多数の少女を殺戮したのが、海里の戦闘形態を模倣したロボットだった。
「あれをやったのが、昼間にゴーストを倒したおまえだと同一視する者たちが集団の中にいる。加えて……どうやら、人間形態の情報も出回っているようだ」
戦闘形態を解除して立ち去る姿を見られていたらしい。それから半日もかからず集団が強行してくる様に海里は言葉を失う。
「シン兄じゃあないのに」
「そうだ、腹立たしいことだ。まったく似ていないだろう」
だがその区別が人間にはできない。機械知性体は例え外装デザインが変わっても、アニマの波長を読み取って個人を特定する。いくらこちらが歌姫を殺したのはアニマを持たないハリボテのロボットで、あれはイノベントによる策略だと訴えても届かないだろう。
一同は再び倉庫の住人になる。彼らのいる場所は正面口から遠く離れているので騒ぎは届かない。時折、風が山林の葉を揺らす音が響くだけ。一般市民が大挙して押し寄せている現場を直接見ていないので、暴動と言われても嘘のように思える。
「ユキ姉……大丈夫かな」
マイキは携帯電話に視線を落とし、ぽつりとこぼす。遅くなったので連絡は入れてある。ユキヒは交通網が乱れているので帰宅が難しいが、海里たちが側にいるのでひとまずは安心している様子だった。
もう一度電話しようかな、といいかけたマイキの横で海里が立ち上がる。
「シリウス、俺のこの外装情報も漏れていると言ったな」
呼ばれ、シリウスは海里の質問を肯定する。
「ああ、あの集団の中には街中でおまえを見たことがあると騒いでいる者もいる」
言葉が終わる前に海里は走り出していた。弾け飛ぶような勢いに二人が呆気にとられている間に彼は倉庫から飛び出してそのまま直進。地面を蹴って目前のフェンスを跳躍して林の中へと消えてしまう。
「トラスト!」
声を上げながらシリウスも追いかけたが、寸前で思いとどまる。戦闘機では市街地を飛び回ることができず、かといって巨人の形態で走り回れば、その巨人の出現で不安定になっている人間はさらに混乱に陥るだけ。
悪態をつき、シリウスはむき出しの地面を殴った。
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こちらは7巻収録分です。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




