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弱者の正義⑤「……分析完了した。あれは恐らく哨戒機だ。戦闘用ではないので都市を破壊できるほどの武装はない」

 パトカーが、特殊車両が無残にひしゃげていた。屋根が押しつぶされ、燃えたガソリンから煙が尾を引いて立ち昇り、黒煙が埠頭を覆い尽くしている。

 ジェラルミンの盾や警棒はばらまかれ、即席のバリケードとして並べられた消防車の列は踏みつぶされた空き缶のように車両の半ばから折れていた。

 ゴーストは人間側から無数の弾丸を浴びせられても、それらを排除するほどの敵対行動とは認識していなかった。外洋を周回中に浮遊物に当たった、その程度の認識。だからゴーストが車両を破壊したのも進路上にあったから踏みつぶしただけで、破壊して被害拡大を狙うような意図はなかったのだ。

 ただ歩く、それだけで市街は被害を受けていた。埠頭周辺はどちらかといえば田舎の風情が残る町並みで、港近くの商店街はシャッターが下りている店も珍しくない。日曜日の早朝ともあってそこまで人通りはなかった。それでも押し寄せる避難者で周辺道路は大混雑に陥っていた。流れ出す人の奔流で車道もせき止められ、交通は完全に麻痺する。中には進まないことにいらだち、歩道に乗り上げた車両が商店街を暴走し歩行者を巻きこんで大参事になった。

 一体なにが起こっているのか。交通整理と避難誘導を行っている警察官は恐慌状態の市民につめ寄られるが、逃げてくださいとしか言えない。彼らもまた、ほとんど何も知らないまま現場に放りこまれていた。

 半年の間に起こった複数の事件に加え、世界中に蔓延する謎の奇病。許容量を越えた不安は一気に噴出し、人心を惑わせる。

 転倒者は容赦なく踏みつけられ、助けようと手を出した者は邪魔だと蹴り飛ばされる。道端で笑いながら泣き出す女性の鞄を何者かがひったくっていった。

 混乱は、シャッター通りになった商店街の向こうに巨体の頭部が見えた途端ひとつの方向にまとまる。

 わずか半年前、熱線が街を焼き、車両を破壊し、人も物もあっけなく失われた。千鳥ヶ丘市と烏守市は電車で二十分ほどしか離れていない。逃げ惑う市民の何割かは、あの日の光景をじかに見ていた。

「走れっ!」

 警官が口々に叫ぶが、市民たちは言われなくともすでに走り出していた。避難誘導に当たっていた警官は、商店街や車両内に人が残っていないか確認しながら徐々に後退する。

 ゴーストは行く手をふさぐ巨大な障害物、商店街を覆うアーケードに足止めされてなかなか先へ進めずにいたが、破壊と迂回を繰り返しようやく大通りへ出ることに成功する。まっすぐに延びた道路は放置車両以外特に遮蔽物はなく、ゴーストは四足の先をアスファルトにめりこませながら進行を開始した。

 速度を上げたゴーストの頭上はるか遠くで空気を貫く音が響く。センサーが反応し、ゴーストの単眼がぐるりと回転した。そして音の正体を捉えたころにはすでに上空を鋭角の翼を持った機体が滑り抜ける。

 紺青の戦闘機は一度大きく上昇しながら旋回する。そしてあろうことか、機体を斜めにした状態でキャノピーを開いた。陽光を反射する機体から小さなものが飛び出し、さえぎるもののない空間で大きく手足を広げた。

 どこかで、無機的な、だが熱い鼓動が叫んだ。

 一瞬、太陽に似た光が瞬き、明滅したと思うと破裂した。閃光で焼きついた残像を振り払うようにして現れたのは人型。ただ、それは先ほど機体から飛び出したときより何倍も大きくなっている。

 上空から自由落下してくる人型の背後で紺青の戦闘機もまたエンジンを切って落下を始める。戦闘機は空中で大きく機体が分解。金属の塊が大きく展開し、構造を組み替え変形していく。

 最初に飛び出した人型は、まっすぐにゴーストを見据えながら背中に緊急展開した翼とブースターで晴れすぎた空を滑空し、着陸地点はそこだとばかりにゴーストの胸部に膝蹴りを叩きこんだ。

 ゴーストの巨体が傾く。四肢を使ってバランスを取ろうと試みるが、激突してきた人型の重量を支えきれずにそのまま転倒し、共にアスファルト上で弾む。白と黒に塗り分けられた人型とゴーストはひとかたまりになって無人の道路を一緒になって転がり、その間に人型の背から翼とブースターが切り離されて道路に落下する前に光の粒子となって霧散する。それでも勢いは止まらず、互いに姿勢を崩しアスファルトをえぐって滑っていく。白と黒の人型の方が弾みながら先に離れた。ゴーストは放置車両とガードレールを巻きこみ、近くのシャッターに突っこんで停止する。

 白と黒の巨人は、脚先をアスファルトにめりこませてようやく身体を止めると膝立ちの格好から立ち上がる。

「トラスト!」

 呼ばれて顔を上げた人型、微細機械細胞で戦闘用の身体を構築した海里は高空から滑空する紺青の人型に視線を向ける。向こうは彼より何倍もうまく着地し、滑らかに走って隣に並んだ。

「ユーリ……その、トラスト、大丈夫か」

 一拍あけて、海里は問題ないと返すが互いの間に、何とも言えない気まずい沈黙が落ちる。

 原因は、呼び名だった。

 海里には名前が複数ある。個体名はトラストだが、人間世界に侵入する際に海里シンタロウという名前をもらっている。そしてオリジネイターには生を受けた際、名前が決まるまでの仮称がある。

 〇七〇一。

 機械で言えば製造番号のようなもので大抵のオリジネイターはこちらで呼ばれるのを嫌がる。だが生まれた際にアニマの脆弱さを指摘された海里は正式な名前と身体が与えられるまでかなりの間があき、中には未だにこの仮称で呼ぶ者もいる。

 シリウスもその一人だった。周囲から何度指摘されても改められなかったが、ことここにきていきなり本名を呼ばれ、海里は戦闘行動中だというのに一瞬呆けてしまう。

 呼んだ方も、ついとっさにと言い訳していたが、埋もれていたゴーストが動き出す気配を察し、互いに意識を切り替える。

「……分析完了した。あれは恐らく哨戒機だ。戦闘用ではないので都市を破壊できるほどの武装はない」

 だがそれでも、武器は携帯している。

 鉄クズとコンクリートの破片をまとわりつかせたまま半身を起こしたゴーストは胸部の機関銃を撃ち放つ。威嚇射撃なのか狙いはあってないも同然だったが、アスファルトは一瞬で砕け破片が散る。海里たちは銃撃の軌道を避け、被弾して穴だらけになった看板を盾に射撃の範囲外へ離脱する。

「どうする」

 海里の端的な問いかけに、シリウスは脚部の装甲に収納していた銃を抜く。

「破壊する」

 おまえは、と目線で返されたが、武器のことまで頭になかった海里は無言で鋼鉄のこぶしをにぎった。



 ゴーストは電子的な混乱を示していた。

 周回行動に戻るという、生物で言えば本能に従って動いていたはずが、前方に大型の障害物がふたつ存在している。得た情報を発信する以外に能のない個体だったが、登録されているデータから、障害物を機械知性体……高度の排除対象と認識する。

 ゴーストは製造されてから初めて、索敵から武装モードへ移行する。腕部と一体化していた砲が海里たちへ向けられ、機関砲が弾けた。

 海里たちがいるすぐ側の外壁が砲撃を受けて粉々に砕け、鋭い破片が飛び交う。海里とシリウスは飛び散る破片をものともせずに跳躍し、シリウスが大雑把にゴーストに向けて銃撃する隙間をぬって海里が飛びかかる。

 二対一。しかも制限の多い人工知能と互いのくせを知っている二人を前に、ゴーストは分が悪すぎた。

 眼前にみるみる近づく海里を前に、ゴーストは頭部に装備されている機関銃を一斉射撃したが、角度が悪く相手の装甲で火花を散らしただけだった。一瞬で数十発放たれた弾丸は、白と黒の装甲を貫くことなく跳ねて散り、手近のアスファルトや看板に穴を開けてずたずたに引き裂く。

 ためらいなくまっすぐ走って来る海里。突進の勢いをそぐことができず、ゴーストは真正面から殴られる。傾く姿勢を制御する間もなく、ゴーストは頭部を首ごと引きちぎられた。

 二体は先ほどの降下時のようにひとかたまりになって転がり、手近の街灯をへし折って停止する。引きちぎられた頭部は不格好に転がり、鋼鉄のボールはシャッターに当たって弾んだ。

 頭部がなくなった身体は残ったセンサー類を駆使して立ち上がろうとしたが、脚部四本すべてにシリウスが放った弾丸を撃ちこまれ装甲に亀裂が入る。

 だが、まだ止まらない。回路を切り替え続け姿勢制御を行いながら残弾を吐き出す。狙いもなく、ただ放出される弾丸の群れは予測ができず、海里はランダムな攻撃に対し一度後退する。

 その間にゴーストは大きく上体を揺らめかせながらも立ち上がった。四肢と腕を使って踏ん張り、ちぎれた首からはみ出したケーブルが振り回されて火花が散る。

 だが、最後の悪あがきだった。

 シリウスの正確な射撃が胸部を撃ち抜く。足と同様に装甲が割れ、そこに海里が飛びかかる。

 殴り、割り、鋼鉄の指を強引にねじこんで装甲を引きはがす。一緒に引きずり出されたケーブルがぶちぶちと音を立てて千切れ、黒煙と火花が散った。

 連鎖的に起こった小規模の爆発により、脚部内の骨格が折れた。鋼鉄の巨体を支える四肢の一本が真っ二つになる。残った脚で全体重を支えようとしたが、すでに全体の装甲が砕けていたため、負荷を分散させることができずに結果、すべての脚が同じ末路をたどる。

 大きく姿勢を崩すゴーストに海里は巻きこまれないようにと身体を離す。

 と、背中から倒れようとした巨体の腕が不意に動く。ぐにゃりと曲がる長い腕部と一体化している機関砲の銃口が、故意か偶然か海里の頭部に突きつけられた。

 銃口が触れそうなほどの近距離から放たれた弾丸が、凶悪なまでの威力をふりまきながら炸裂する。

 とっさに海里は自ら後ろに倒れる。頭頂部に直撃だった弾丸は目標を見失ったが、代わりに彼の胸部を深くえぐった。弾けた砲弾と一緒に装甲が砕け散り、着弾の衝撃に海里は地面に叩きつけられるようにして倒れた。

 ゴーストの攻撃はそこまでだった。

 停止した機体の胸部に、背中から空が見えるほどの穴が開く。ぽかりと広がったトンネルの向こうでシリウスが銃をかまえていた。

 金属がつぶれ、穴から激しい火花が散る。次いで、胸部の奥から爆発が起きた。ゴーストは苦悶するように手足を震わせたあと、崩れ落ちる。

 鋼鉄の巨人は、二体の巨人を前に機能停止した。

 駆け寄ってくるシリウスを横目に、海里は空を見上げていた。胸部が大きく損傷し、白い蒸気を噴き出していたがややあってから立ち上がる。

 停止したゴーストの機関部にシリウスはもう一度弾丸を撃ちこみ、いささか執拗すぎるほど徹底的に破壊した。


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こちらは7巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

pixiv ID 2358418

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