弱者の正義④「い、痛いっす隊長!」
鷹ノ巣山駐屯地の広大な敷地の半分は演習場だ。一周するのが困難なほどの敷地を背の高いフェンスがぐるりと囲っている。この駐屯地は市街地の近くにありながら敷地の大半は山中にあるので付近に民家はほとんどない。平地の演習場が少ない代わりに山岳訓練ができる山がすぐ背後にあるので、年に何度かは他の駐屯地と合同演習を行っている。
山ばかりの敷地内にある、貴重な平らの演習場に戦闘機が一機鎮座している。紺青の機体はキャノピーを開け、登場者が乗りこむのをいまかと待っていた。
「よぉ、シリウス」
呼ばれ、戦闘機形態のシリウスは主翼のあたりで手を振っている久檀に意識を向ける。
「なんだ」
「面倒を引き受けてくれてありがとよ」
シリウスは何も言わないでいると、久檀は笑って手を振って踵を返す。その先には、マイキに抱きつかれている海里がいた。市街地に出現したゴーストを排除しに行くと聞いてから少年は海里から離れない。しがみつかれたままここまで連れて来てしまったが、引きはがさないことにはシリウスに乗りこめないので難儀している様子だった。
と、久檀がマイキの両脇に手を入れ、あっさりと少年を引きはがす。マイキも急に足元が不安定になり、呆然と足先を揺らしていた。
行って来る、と海里は短く言って少年に背を向け、歩を進めた直後に走り出した。最後の数歩で跳躍し、紺色の胴体を蹴ってコクピットに滑りこむ。
「待たせた」
「急ぐぞ」
言葉の最後にはキャノピーが閉じ、エンジンが轟音を上げタービンが力強く回転する。演習場は舗装されていないので周辺に砂嵐がまき起こった。砂に巻きこまれまいとマイキを抱えたまま演習場の外へ退避する久檀を後目にシリウスはブレーキを解除する。
瞬間、弾かれたように機体が前に出る。直後にノズルを全開にし、急激な離陸体勢を取った。
鷹ノ巣山駐屯地には戦闘機が離着陸できるような滑走路がない。地上から離れた機体は滑走路としては短すぎる演習場を瞬きの間に端から端まで飛び、折りたたみかけた車輪がフェンスをかすめるぎりぎりの高度で飛翔した。
鋭角の機体は山肌を滑って急上昇。蒼穹へ吸いこまれるようにして高空へと消え去った。
警察では荷が勝ちすぎる。機動隊でも対応はできかねるだろう。
そう結論が出るのに大した時間は必要なかった。
海里たちを見送って帰って来た久檀は、外部から連絡が入ったと報告が入った途端、内容も聞かずに踵を返す。隊長の唐突な行動には慣れっこになっている副官の銀雪は、彼のあとを追いかけながら背中に通信の内容を叩きつけ一緒に走る。
「出動命令が出ました。烏守市近辺にて暴動の鎮圧および市民の救助、避難誘導に当たれとのことです」
久檀は息を吐く。思ったよりも速い正式命令は状況の厳しさを同時に語っている。
鷹ノ巣山駐屯地は結晶病の研究のために封鎖され、隊員は全員外出禁止令が下されていた。その命令は解除され、急激に敷地内が活力を取り戻す。
「よし、出るぞ」
角を曲がるたびに久檀に追従する部下が増えていく。全員が軟禁状態にある施設内だというのに彼らは完全に武装を固めていた。
遅れて来た唯一の女性隊員である鳴神が久檀の装備品を彼に手渡す。
「少年はどうしてる」
「倉庫で待機してますよ」
「そのまま留守番するように言っとけ。っても、あいつらが帰って来るまでは動かねえだろうけどよ」
銀雪が倉庫内にいる部下に無線を飛ばす。その隙に、分厚い靴底を高らかに鳴らしながら一人が久檀に近づく。
「隊長、俺たちってよく考えたら鷹ノ巣山の隊員じゃなくね?」
「鋭いな、藤九郎。なら、なぜその優秀な鷹ノ巣山の部隊ではなく俺たちみたいな部外者に声がかかると思う」
「はい、はみ出している余白は切り取られる運命だからです。つまり、いらないものを処分にかかったわけです」
ごが、と鈍い音が響く。久檀が藤九郎のヘルメットに覆われた頭を殴ったのだ。
「い、痛いっす隊長!」
「正解の賞品だ」
当たってんなら殴らないでください、というもっともな主張を久檀は却下する。
本部からの出動命令は鷹ノ巣山駐屯地の隊員に対して行われている。言い換えれば、部外者の久檀たちはその命令を実行する立場にはなかった。
動く必要はないのだが、久檀が鷹ノ巣山にいると知っている上層部連中は、彼が大人しく待機するような真似はできないと理解している上に、下手に動くなと命令すればあとになってもっと大きな騒動になることも悲しいかな、読んでいたのであえて指示なしで放置し、できれば適当に失敗してくれないかと願う以外に取る道がなかったのだ。
その思いは鷹ノ巣山駐屯地司令も同じだったようで、彼は真っ先に、久檀が適任だ、と無責任に言い放ったのだ。
組織内の厳しい上下関係はどうなっているんだ、と久檀でも文句を言いたくなるほど投げやりな行動だった。もしここで久檀の部隊が致命的な失態を見せれば、毛布の中に籠城している駐屯地司令は首が飛ぶだけではすまないだろう。
まあ、どうにかするけどよ、と久檀は涼しい顔をしていたが。
「隊長ー出るのはいいっすけど、ここには鳴神姐さんと隊長を入れても六人しかいないっすよ」
少なくないか、と当然の突っこみを受けても久檀はひるまない。
「十分だ。銀雪、トラック一台借りれるように手配しとけ」
もう手配済みです、と銀雪は駐車場の位置を教える。
「え、え、ジープで足りるっしょ」
「あいつらのことだ、そのあたりで待機してるはずだから拾いながら現場に行くぞ」
久檀の部下はここにいる五人だけではない。何名かは、以前にハルがゴーストを三体ともなって現れた際に死亡。あるいは負傷し入院しているが基地封鎖までに集まれなかった者たちが他にも多く存在している。
「あいつらの装備は……ないっすよね」
「ないな。けどよ、非常事態に人手は多いに限る」
久檀は駐車場へ通じる鉄扉を蹴り開ける。
「烏守から一番近い駐屯地にいる俺たちが最速で駆けつけなくてどうする。いや、例え北と南の端にいたって救援に向かうんだ!」
口では人命救助最優先と叫んでいるが、その表情はテーマパークへ足を踏み入れた子供のように輝いていた。
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こちらは7巻収録分です。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




