弱者の正義①「君に植えられた種子は、十年越しでやっと芽生えた」
弱者の正義
妖精計画。
遺伝子に手を加え、人類に影響力のある「声」を持つ個体を生み出す技術。
しかし能力を持った個体は身体に様々な障害を発生させた。その最大例が、生殖能力の欠如。能力は次世代に引き継がれず、人工授精など人為的な手を加えて妊娠、出産までこぎつけても先天異常で大半が死亡した。
自然妊娠が期待できない以上、すでに生まれて来ている個体に遺伝子改良を続ける必要がある。だがコストと個体の消耗率を考えると、勝手に生まれてくる人間の方が安くつく。一代限りの能力では、計画に必要な個体をそろえるまでに最初の個体が死んでしまう。
計画は修正される。多少時間はかかっても、偶発性に賭ける方向へシフトする。今度は男性側の生殖遺伝子に手を加えることにした。
男性の遺伝子を継ぐ次世代に能力を発現させるために。
その苗床になったのは、世界防衛機構軍。健康な男子が列を連ねて存在している。しかも職場の特殊な性質上、秘密裏の実験がやりやすかった。
さらにいえば、女性の遺伝子に手を加えても、世界的な出生率の低さから効果は薄かった。しかし男性が性交渉を持つ相手は生涯に一人だけとは限らない。特に、国境を越えて派遣されることが多い防衛軍の男性は、被験者としての条件を備えていた。彼らは自分たちが他国に落としてきた種が芽を出したことも知らず、収穫物は誰にも知られずに刈り取られる。
遺伝子操作と、突然変異を狙っての計画は深く静かに進行していた。種になった男性もまた、女性ほどではないが死亡率は高かった。成人してからの遺伝子操作は成功率は低いが、その際の死因の不自然さも、軍人だから、という理由で大半は納得される。
そして、遺伝子操作された男性と交配した女性から能力を有した個体の出産が確認された。死産の確率は高く、そして女児しか生まれなかったが、力を持ちながらも生殖機能を保った個体も多く発見される。
イノベントからすれば、数十年程度の計画の遅延は許容範囲内だった。予想外の事態が起きようとも、さらに十年の時間を想定し、いくらでも計画は修正された。
「軍隊っていう組織構造は、秘密裏の実験を行うのにうってつけの表の顔になるわけだよ」
ハルは説明の間にひらひらと動かしていた手を止め、膝の上に置いて休める。
静かな夜の一室。重厚なソファにくるぶしまで埋まる絨毯。奥の壁は一面のガラス張りで、星を消す勢いで夜景が強く瞬いている。
「まー……簡単に説明すると、いきなり超能力をあと付けしようとしても失敗したから、男の方に種だけ植え付けて運び手に仕立て上げ、発芽した次世代の中の何割かに能力が出ればいいかなっていう大雑把な計画だよ。そのために、防衛軍内に遺伝子操作された人類が大量生産されたんだ」
ここまでわかったかな、と爽やかな笑みを向けてくるハルに対し、相対する城崎にできたのは嫌悪の表情だけだった。彼は机上に置かれているコーヒーには見向きもせず、眉間にしわを寄せる。
「では、天条大佐とルミネちゃんは……」
ハルは朗らかに言った。
「あー、うん、成功例ってやつだよ」
よかったね、と手を叩くハルの顔面に拳をめりこませたくなったのを、城崎はどうにか耐える。
怒りに身を震わせる城崎を、ハルは涼しげな眼差しで見下ろす。淡い間接照明のわずかな光を受け、彼の目は不可思議に色を変える。
「君が怒りを覚えるのは理解できるよ。自身のコミュニティに危害が加えられたら反発心を覚えるのは当然だ」
少々的を外した返答に城崎が顔を上げる。ハルは晴れ晴れとした顔で笑っていた。その反応を予測していたとばかりに。
「君がルミネと呼ぶ少女の安全を願う背後で、数千人の同じ少女が朽ちていった事実を想像できないようにね」
城崎は瞠目する。だがハルは意に介していないとばかりに続ける。
「成人してからの遺伝子操作は成功率がものすごく低いんだ。生き残って正常な生殖能力を有する個体の方がまれだ。しかもそんな父親の遺伝子を受け継いだ女児もまた、恐ろしく生存率が低いときた。流産の確立が跳ね上がるらしくてね、まずまともに生まれない」
ハルの言葉に、城崎は眉をつり上げる。
「もっとも、生まれたところで最終的に、色々と理由をつけて子供は取り上げられて研究対象だ。あの少女はどうも、たまたま監視網から漏れていたみたいだ。計画がいまも動いていれば確実に実験材料だったね」
城崎はうつむいた。それをうなずいたと解釈したのか、ハルは話を続ける。
「遺伝操作で生まれた女児は、成長の度合いで「加工」され、区分される。僕たちの指示を受信する女王と、それらを実行する働き蜂にね。少女たちの九割は、女王に従って死んでいく。平均寿命は十五歳前後。その女王も、成長の過程で能力が拡張し、やがて自分の脳を壊すか、周囲の人間に壊れた意識を伝播させ、狂気に巻きこんで一緒になって死んでいく。同族がやったこととはいえ、恐ろしい計画だよ」
もういないけどね、とハルはあっけらかんと付け加える。
「どちらにしても少女たちは死ぬし、遺伝子操作の弊害で、女児が生まれる確率が上がれば人口の男女比も狂う。計画がこのまま実行され続ければ、最終的に人類は大幅に数を減少させてしまう可能性はあるね」
「……遺伝子操作された人間は、どれだけいるんだ」
「さてね。入隊した人間は健康診断と称して、保護の名目で集められた戦災孤児も同様。まあ、万単位で億はいないだろう」
現状、生きて活動している個体数は把握していない、とハルは言う。
城崎はその中の生きている個体のひとりだ。彼は天条に出会い、そしてある手術を受けた。それによって命を繋ぐことができたし、防衛軍という新しい居場所も手に入れて現在にいたる。
天条には感謝している。だが天条は未だに自身が遺伝子操作を受け、その影響が娘に引き継がれていることも、城崎が病気の治療を隠れ蓑に人体実験の材料にされたことも知らない。いまさら、天条の手で手術台に放り出されたことを恨みに思う理由もないし、この事実を知って欲しくもなかった。
「とにかく君は、自分の大切な個体の損耗は気にかけるが、膨大はデータの向こうで死んでいった少女たちには何の感慨も浮かべない」
ハルは笑う。侮蔑的な意思もなく、ただ対象を観察する感情のない笑みだ。
「日本のアニメで見たんだけど、悪のボスは人類が愚かで害悪だから滅ぼせっていうんだ。けどそれはある意味では正解だろうけど、僕はボスが言いたかったことも何となくわかった。世界には、命の値段がどうしようもなく安かったり、ほとんど無価値だったりする場所がたくさんある」
ハルはソファに身体を預け、視線を動かす。
「けど、無価値だからって、ゴミみたいに捨てていいものじゃあない」
ハルが顔を向ける先には、ビル群の明かりが広がっている。様々な電飾で輝く街並みはそれだけで価値があるように思えたが、彼がそれに心を動かされている様子は見受けられない。
「ボスが言いたかったのは、人類があまりにも自分たちの価値を知らなさすぎて、嘆きのあまりに暴挙に出たんじゃないかってことだ。人類という存在は、ささやかだからこそ守られるべきものであり、失われてはならないものだ。それに気づかないことに失望し、愚かだと泣きながら怒りながら人類を適切に統率しようとする……」
城崎はハルの言ったアニメに覚えがあった。彼との道中、何か動画を観ていると思ってのぞきこむと、あきらかに子供向けのアニメを観て笑い、あるいは真剣に見入っていたことが多々あった。もっとも、それ以上の興味はなかったので、ハルが一緒に観ようと誘ってもかたくなに拒否していたので内容を詳しくは知らない。
たかがアニメと人類の存亡を同列に語るハルに、城崎は嫌悪を通り越して対応に困惑する。
街の明かりを眺めていたハルは不意に光をつかむように手を伸ばす。差し出した手は虚空を泳ぎ、何も手中に収めることなく落ちていく。
「僕ら機械知性体は、歴史にも大きく傷を残すような出来事の裏で実験を重ねて来た。そのたびに、人間の命は食いつぶされてきた。そして、これからそれらを越える惨事が引き起こされようとしてる。よりによって、人間の手で」
どうする、とハルは眼で問いかける。
「僕はずっと人類を見てきた。確かにどうしようもないことを繰り返してはいるけど、そんなの人間も機械知性体も同じ。間違うことなんて誰だってある。機械知性体だからって変な優越感だけで人間の上位に立てるはずがないんだよ。人間はそんなにヤワな存在じゃあない。様々な経験を経て貪欲に進化する存在だ。けどいま、起こりつつある危機に対し、果たして人類はどう対応するのかな」
くつくつと、泡の弾けるような笑声が上がる、
再び伸ばした指は城崎には届かない。いつものことだ。人外の存在は、問えば応えるが、決してそれ以上は近づいて来ない。長年の友人のように気さくに笑いかけてくるが、城崎と必要以上に距離をつめてはこなかった。
「君に植えられた種子は、十年越しでやっと芽生えた」
ひと息置いて、ハルは喜ばしい者に出会えたように笑う。
「生機融合体、とでも呼べばいいのかな。君の能力はまだ未知数だ。けど、副産物として、自覚はないかもしれないけど知能が飛躍的に上がってるはずだ」
城崎は眉根を寄せる。生機融合体の件は以前から言われているが、頭がよくなったと評価されても先ほどのハルの話しすら理解が及ばない部分が多く、未だに混乱している。
城崎の困惑に対し、ハルはきれいに微笑する。
「いまはまだ、情報を集めてる段階なんだよ。パズルもある程度ピースがそろえば急に完成図が見えるようになるだろ。そんなふうに目の前が開ける瞬間がきっと来る」
楽しみだ、とハルは深く静かにソファに身体を預けた。天井へ向ける眼差しはどこか陶然としている。
「エルフの実験が、途方もない結果を生み出してしまった。君はきっと、僕の想像以上に進化する」
ハルはかみしめるようにもう一度、楽しみだ、とつぶやいて目を閉じた。
冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。
こちらは7巻収録分です。
https://mutsugami123zero.booth.pm
pixiv ID 2358418
「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




